「人間関係論」(human relations)という分野は、ハーバード大学のメイヨー(E. Mayo)教授のチームが、アメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行った調査(1927〜32年)に端を発しています。
第一次世界大戦後のアメリカ企業では、科学的管理の進行に伴う労働者の機械視を是正する意味を含めて、盛んに人事管理が進められましたが、その中心は「労働科学」、すなわち産業心理学における疲労や単調労働の研究などの成果を導入しながら、心理学的な力としての労働力の有効利用を図ろうとするものでした。
メイヨーも、当初は、産業心理学的研究の一環としてホーソン調査を始め、物理的条件の改善による生産性の上昇を確認しようとしていましたが、調査の結果、物理的条件よりも被験者の間に芽生えた友好関係、実験に選ばれた意識や誇り、などの集団的・心理的要因のほうがより強い影響を持つことを発見しました。また、労働者の態度や行動は、感情(sentiment)から切り離して理解することが困難であり、感情の背後に、その人の過去の経歴やインフォーマルな集団の特徴が強力に作用していることを見出しました。
人間関係論は、それまでの個人心理の研究に傾き過ぎていた心理学の分野に、集団心理学、社会心理学の具体的な内容を与えたと評価されています。
一方、批判も出されており、半ば自然発生的に生まれてくるインフォーマル組織による影響を重視し、従業員が置かれている人間的状況を理解しようとする姿勢が、受動的な人事管理に傾きすぎているように思われます。従業員の動機づけも自然発生的に生まれてくるかのような仮定があるように見えますが、仕事そのものや共通目的を動機づけとした自発的で積極的な協働活動への参加という観点は十分想定されていないように思います。
ここでは、メイヨーのチームのメンバーでもあったレスリスバーガーの著書『経営と勤労意欲』(management and morale)に基づいて、人間関係論について概要を紹介します。
人間協力を得るための管理の必要性
『経営と勤労意欲』(management and morale)は、1941年にレスリスバーガー(Friz J. Roethlisberger)によって発表されました。
本書の目的は、産業の発達によって生じた問題の解決に資するため、経営組織における人間管理に新しい考え方を取り入れようとしたものです。
どのような経営組織にも適用できるような、決定的解決法となるべき原理を示すものではありません。多様で変化する「その時その場の経営組織」における人間関係の状況を正しく把握し、人間や集団の事象を正しく観察して、適切な診断を下すために役立てようとするものです。
診断結果に基づいて、現状に応じた人間管理をしなければなりません。人間管理は普遍的ではありません。現在ただ今の具体的状況の中で起こっている人間問題の管理です。
人間管理において特に目指すべきことは、「人間協力(human collaboration)」の促進です。
産業社会における問題
科学や技術の進歩、それらに伴う産業の発展は、人類に富をもたらし、貧困と闘争といった問題を克服できるという希望を与えました。
しかし、人間社会の秩序を維持するために不可欠な「社会的協力」に関わる能力、「自発的協力の精神」(ジョージ・ペイシュの言葉)は減退しました。フレデリック・ル・プレェによると、特に産業化・都市化された地域において人間協力の能力が低下したといいます。
かつて、家族や職業は地域社会と一体でした。地域において伝統的に継承され、社会的に安定した地位と役割を与えていたので、各人の人間協力は自ずと明確でした。
産業が発達して都市化が進行すると、家族は分割され、住み慣れた地域を離れ、小さくなっていきました。仕事でも機械化・分業化が進展し、人間の高度な技能が求められなくなりました。産業都市の社会では、各人の安定した地位と役割、精神的な安定は失われました。
人々は不幸な意識に見舞われ、変化を一層望むようになり、無秩序は一層深まるという悪循環に陥りました。
同胞と共に進んで手を取り合って仕事をしようとする気持ちは、成員一人ひとりの心の中から失われ、次のような弊害が現れてきました。
- 資本家と従業員との間の協力関係の喪失(富の弊害)
- 自称知識人による、人間協力の基盤である社会慣習の破壊(科学と教育とがもたらす弊害)
- 政治的権力の一極集中による独裁化(権力がもたらす弊害)
デュルケムは、産業の発達が、社会的協力に関する人々の能力だけでなく、その生活感情の安定も打ち壊してしまったと指摘しました。その間隙に、国家のみが人間関係の調整力であるという主張が起こりました。
伝統的諸規律の崩壊によって、個々人が束縛から解放されるどころか、物質的価値感覚以外の一切の生活目標を奪い去られるようになりました。社会規範の弛緩・崩壊などによって生じる無規範状態や無規則状態(「アノミー」)です。
人間が社会から孤立化し、不安を抱くようになると、敵意や対立が生み出されます。そうならないよう、人間協力の復活が必要です。
あらゆる社会集団は、それ自身およびその成員のために、次の2つの目的を達成しなければなりません。
- 経済的欲求を満足させること
- 日常の社会生活において、人間の良き協力関係を維持すること
協力関係を取り戻すために、昔の農耕社会に戻り、古い因習を取り戻すことが良いとは限りません。産業が発達した現代社会において相応しい形を築くことが必要です。
「社会生活における人間的幸福とは何か」という根本的な問いから出発します。この問いに答えるためには、産業社会の具体的状況を客観的に考察することによって、人々の行動、感情、信念の基底となっているものを発見する必要があります。
人間協力と統率の前提
産業組織は、2つの側面から考察する必要があります。
一つは、経済目的遂行のための組織であるという側面です。経営管理者は、商品を生産し、販売することによって利益をあげるという経済的役割を担っています。
もう一つは、人間によって構成される社会的組織であるという側面です。そこで働く人々には、仕事を通して実現したい希望や抱負があります。経営管理者は、その人々および集団を効果的に協力させていく社会的役割を担っています。
後者の役割においては、従業員たちの感情の声に耳を澄ませ、その感情に精通することが求められます。そのためには、産業組織内の社会的構造(感情の体系)の性質を認識する必要があります。
産業組織が社会的構造を持つ以上、社会的に秩序づけられた人間生活を形成します。その成員である個々人の行動と態度とを社会慣習により統制し、規制します。能率的な社会生活を促すだけでなく、そこに生活する人々に対して精神的な安定感を与えます。それゆえ、組織の崩壊は、成員の間に不安な感情を起こします。
そうした社会的構造による統制や規制は、産業組織の経済目的を達成するうえでの制約になる可能性があります。命令の伝達と正確な報告の獲得といった上下間の意思疎通を困難にすることがあります。社会的構造が 適材の昇進を阻み、人間協力の種類、働く人々の種類、幹部になる人間の種類までも決定することがあります。
社会的構造は、それが産業組織であっても、それを取り巻くより広い地域社会の社会的構造とも密接に関連しています。従業員は会社外の地域社会の一員でもあるからです。
人間感情の性質
人間の感情を扱う際、「事実」と「感情」を区別することが必要です。
「事実」は、観察ないしは測定できる事柄であり、誰もが同意し得るような操作によって真偽を確かめることができる事柄に関する断定です。
例えば「この部屋の温度は30℃だ」と言う場合、それは温度計で確認することができる事実です。正しいか間違っているかのどちらかです。しかし、「この部屋は暑過ぎる」と言う場合、客観的に定義することのできない感情です。正しくもなく間違ってもいません。
「感情」は、表明する人の個人的で社会的な生活に起因するので、その脈絡から切り離して理解することはできません。感情は、生理的、心理的、社会的な要因によって決定され、時間、場所、性別、年齢、民族、性格、社会的地位、気質など、数多くの因子によって影響されます。
このような感情によって人間行動は動機づけられます。したがって、人間行動の多くは論理的でも非論理的でもありません。「共通の論理尺度によって測ることができない」という意味で「没論理的(nonlogical)」です。
ところが、「感情」はしばしば事実あるいは論理で偽装されることがあります。ですから、論理を重視し、感情を軽視する人は、感情と事実を混同しがちです。感情を表現している自分自身ですら、その偽装に気づかないことがあります。自分の中で、感情が絶対的真理のように振る舞うことがあるからです。
「感情」は、日常の価値判断や思想の決定に重要な役割を担っています。その感情が、自分が属している社会集団の価値観と結びつくとき、確固な体系として存在するようになり、変化への抵抗を起こしてまで存続しようとするようになります。
感情の体系としての産業組織
企業は人間組織であり、人間関係によって仕事が行われているため、一種の社会でもあります。したがって、企業を一個の感情の体系ととらえることもできます。
この見方に従うと、資材、設備、賃金、作業時間など、様々な条件や環境はすべて人間感情と関わる社会的価値を担っているものとしてとらえなければならなくなります。
企業内部で行われるあらゆる仕事は、人間関係によってつくられた社会的秩序を持っています。すべての仕事は建前上同等であるとしても、実態は権威と社会的価値が異なっており、一定の社会的序列を持ちます。その序列は、様々な仕方で、給与、作業時間、作業条件などの中に反映されます。
仕事に序列があるため、仕事を遂行している人間にも社会的地位が付与されることになります。各人が各人の地位を保つことによって、企業社会の秩序は維持されます。
そこに何らかの変化がもたらされると、企業社会秩序の変化にもつながります。誰かの社会的地位が脅かされる可能性があれば、抵抗が生まれます。単なる机の位置や向きでさえ社会的地位の象徴になっていることがあるため、それに手を付けるだけで混乱を起こすことがあります。
産業組織における社会集団
ある程度の大きさを持つ産業組織であれば、少なくとも5種の社会集団が形成されているといいます。
- 経営者(事業体の責任が終局的に付与されている人々)
- 監督者(部分的に経営管理の仕事を担当する人々)
- 専門技術者(特定の専門技術に関わる経営管理の仕事を担当する人々。科学や工学に限らず、財務や会計など幅広い専門分野にわたる。)
- 事務職員およびその補佐員
- 一般従業員(工員、作業員など)
専門技術者と一般従業員との関係では、しばしば感情を犠牲にした合理化が問題を起こします。専門技術者の一般的性格は実験的なものの考え方であり、能率の論理です。この論理を一般従業員の行動に適用しようとします。
仕事に関わる行動であっても、人間行動である以上、感情と密接不可分です。その行動が技術者の手に握られ、技術者が一方的に改良した内容を強制されると、一般従業員は常に変化に対して受動的であることを強いられます。仕事に付与された社会的価値(意味や意義、誇り、地位との関わりなど)の剥奪や破壊が起こると、不安や失望、憤りを生みます。
監督者と一般従業員との関係においても、能率の論理のみによる管理監督に終始するなら、同様の問題が生じます。専門技術者から監督者に昇進すると、その問題は顕著に起こります。
人間協力の統制
人間の行動を統制し、協同活動を統率するためには、人間の行動を規定しているその時その場における要因を診断し、その要因に働きかけることができなければなりません。経済目的だけで人を動かすことはできません。
近代精神病理学によると、人がその環境を統制するためには、大きく2つの方法があります。一つは、その人の欲求や期待に適応するようにその環境を変化させようとする方法です。もう一つは、環境に適応するようにその人の欲求や期待を変更する方法です。
賢明な方法は、統制し得る事柄を統制し、統制できそうもない事柄は統制しようとしないことであり、現在の状況においてその識別が正しくできることが重要になります。その人の状況を理解できて初めて、事柄を改善するためになし得ること、なす必要のあることを知ることができます。
多くの場合、環境を人の欲求や期待に完全に適応させようとすることは困難です。その代わりに、その人の欲求や期待を変更し、自分が生きている環境に対して自分を関係づけ、安定的に位置づけることができるような均衡状態を発見しようとします。
統制において重要なことは、具体的状況を専心追求する態度です。現在の状況において手を下し得る要因および規定条件にまず注意を払うことです。それによって、その時その場における当人の精神状態を知り、働きかけることができるからです。
社会学者および社会人類学者によると、行動の文化的諸様式(日常生活における慣習的行動様式)が、人間生活における主要な統制力となっています。人は誕生以来、家庭や地域など一定の文化的基盤を持った集団的秩序において生活しています。集団の成員を教育する過程は文化の伝達であり、将来の社会生活のための準備期間です。幼児が成長し、自分の家族以外の集団と交わるようになるにつれて、自分自身を社会環境に関係づける社会的技能を身につけていきます。
このようにして身につけてきた行動の文化的諸様式が規範となり、他人の行動を予見し、社会生活における協力を促進させることができます。社会は、その成員に対して一定の行動様式を課すことによって、社会的統制を可能にします。
経営組織においても、有効な協同体系が作り上げられるように、人々が納得して従えるような一定の行動規範が確立される必要があります。社会的に是認された行動規範なしには、協働の自発性はあり得ません。是認されていない行動規範は、強制によってしか維持することはできません。
正しい人事管理
ここでは、特定の企業における具体的な人間状況に適応し得るような、正しい人事管理の方式を検討します。この場合の企業は、数千人の従業員を使い、科学的管理法が実施された近代的経営組織を指します。
まず、近代的経営が直面する主要な人間問題は、
- 経営組織の中で人間問題を処理するのは誰の役割か
- これらの問題を取り扱う際に役立つ一定の技能があるか
- それはいかにして現実に適用され得るか
などです。これらの問いに対する答えによって、近代的経営における正しい人事管理が明らかになります。
経営組織の中に存在する評価体系には、大きく2つの型があります。
- 個人的評価:業績や能率に関わる抽象的論理や基準に従う個人の行動に対する評価
- 社会的評価:社会的に容認されている掟や規範に従った個人の行動に対する評価
人間問題を扱う技能を導入することによって、新たに次のような評価が付加されます。
- 全体関連的評価:一人の人間の行動の仕方を、その全体的状況に従って理解する評価
「判定」ではなく「理解」するという意味での評価である点が重要です。
人事管理は、次の4条件が充足されて初めて完全になります。
- 組織の中に、人間的状況を診断するための技能を導入すること
- この技能を駆使して、組織内の人間的状況を継続的に研究すること
- 組織の研究から得られた知識に従って人事を管理し、従業員の協力を獲得すること
- 経営組織内の特定の従業員を理解するために、組織内で日常生起している事象を正しく観察し、理解すること
「人間的状況」は従業員一般の問題ではなく、個々人の問題ですから、理論を当てはめるよりも、現場において現実の状況を「診断」することが重要になります。
個人だけでなく、集団的な状況にも注意を払う必要があります。過去の人生を通じて形成された組織に対する個人の要求と、現在の組織からその個人に課されている要求とを共に考慮しなければなりません。この両者の均衡・不均衡が、満足・不満足の原因になります。
経営組織における三大人事問題
経営組織における人間問題は、人事的機能として考えると、次のように大別されます。
- 雇用と職場配置の問題
- 訓練および教育の問題(技術と責任感)
- 作業条件、職場安全、保健に関する問題
- 賃金支払いに関する問題
- 昇進に関する問題
- 従業員の福利厚生に関する問題(退職後の生活保証を含む。)
- 団体交渉の問題(従業員の発言の機会の確保)
これらの機能は、組織の経済目的を能率的に達成しようとするための技術的な方法としてとらえられてきました。経済目的自体は、企業である以上無視できません。
しかし、組織は感情を持った人間によって構成されていることを考えれば、人間問題と経済目的とをいかに両立させるかが重要になります。つまり、経営組織が当面する人間問題は、組織の共同目的(経済目的)に向かって人々を協力させるにはどうしたらよいか、という問題に収斂されます。
経済目的を達成する側面と人々の協力を得る側面は、それぞれ異なる性質を持つため、明確な区別が必要です。経済目的を追求する過程で自ずと人々の協力が得られると考えることはできません。ところが、現実には両者の混同がしばしば行われています。経済的インセンティブのみで従業員を動機づけようとする方法は、その典型です。
人間問題の主たる目的が、組織の成員間における協力の達成にあるとすれば、それに付随した諸問題は、概ね3種類に区分できます。
コミュニケーション
組織内部のコミュニケーションに関する問題です。
良好なコミュニケーションによって初めて、従業員は組織の経済目的に対する彼らの義務と責任を自覚することができます。同時に、作業方法や作業条件に関する彼らの感情を表明することができます。
一般に、下層に向かうコミュニケーションは見たり触れたりすることのできる具体的事象に関するものが多く、上層に向かうコミュニケーションは漠然とした事象(人間の感情など)に関するものが多いといいます。
均衡状態の維持
組織内部の均衡状態維持の問題です。
組織が従業員に求める要求(経済的・技術的目的)と、従業員が組織に求める要求(意義のある職場生活などの社会的目的)のバランスです。
具体的には、新しい技術的変化の導入、転任、昇進、抜擢などを、従業員の勤労意欲を傷つけない形で円滑に行う方法です。従業員がその欲求に従って、進んで職務の遂行に協力し得るような体制を整えるために必要です。
その他、企業内の複数の社会集団間の均衡の問題も含まれます。
個々人の集団への適応
集団への適応に困難を感じている従業員に対して、円滑に適応できるようにする手段を講じることです。
個々の従業員の職務への適応の問題でもあり、個々の従業員が職務に求める要求と実際に得られる満足とのバランスです。もちろん、職務を単独で切り離して見るのではなく、個々の従業員が置かれている全体的状況を考慮する必要があります。
職務に求める要求は、往々にして職場外での経験から生じます。
人間問題を取り扱う技能
三大人事問題は近代的で大きな経営組織において例外なく深刻な問題であり、その解決は容易ではありません。
経営組織に必要とされているのは、人間的状況の診断および処置に関する技能であり、この技能を用いてそれらの業務に専心没頭することのできる人々です。
人間的状況を診断し、処置する技能は、現場において個々の従業員の置かれている状況を調査し、具体的な問題の解決を図る経験によってしか身につけることはできません。個人や集団に関わる具体的な事象に精通し、事象に対する体系的知識を持ち、事象に関する効果的な思考方法を会得することが不可欠です。
このような技能を片手間で習得することは困難であり、恒常的な取り組みが不可欠でもあることから、人間問題に精通した人材を育成し、専属で配置することが望まれます。