バーナードの組織論

チェスター・I・バーナードの『経営者の役割』(The Functions of the Executive)は、組織理論や管理理論における古典中の古典として高く評価され、長く、広く読まれています。

バーナードは、学者ではなく経営者です。約40年間アメリカ電信電話会社に勤務し、ニュージャージ・ベル電話会社の社長を務めました。

本書が書かれたのは、テイラーによる科学的管理論などの合理主義的組織理論と、メイヨーなどによる人間関係論との対立が始まりつつあった頃です。

バーナード自身の管理経験を正しく説明できる理論が存在せず、特に社会的過程(個人や集団の間の相互作用)としての組織に論及しているものが全く見当たらなかったことが、本書を書いた理由です。

議論の中心は、組織における専門職能である管理過程についてです。バーナード自身の経験を基に構想してきた仮説を整理したものです。

バーナードは、組織概念を社会体系として把握し、公式組織と非公式組織、有効性と能率、人間行動における非経済的動機の重要性、権威の根拠と無関心圏など、きわめて重要な理論を構築しました。

組織が置かれている環境に意味を与え、組織の協働に統一を与えるものが管理職能です。

公式組織と管理職能

公式組織とは、ある目的を達成するために、人間によって意識的に形成され、人間相互間の協働を計画的に遂行するものです。

公式組織は人間によって構成された社会であり、組織における行為は具体的な社会的過程によって遂行される社会的行為です。

人間が生きている時間の多くは、家庭や職場や各種団体といった組織の中で費やされているため、社会で目につく人間の行為(動作、言語、思想、感情)の多くは、組織に関連して決められたり、方向づけられたりしています。

社会には数多くの公式組織が存在し、公式組織による努力の結果によって、信頼でき、予見でき、安定的でもある多くのものが提供されているため、そのような組織的努力は成功するのが当然であると思われています。

しかし、実際のところ、公式組織における人間の協働は成功しないことのほうが多く、例外的に成功しているものが生き残っているだけに過ぎません。公式組織は非常に不安定で短命です。

その原因は、組織外から様々な力が働くからです。組織外の力は、組織が利用する素材を供給する一方、組織の活動を様々に制約します。

組織の存続は、物的、生物的、社会的な素材、要素、諸力からなる環境が不断に変動する中で、組織内の諸過程を調整しながら、複雑な性質を持つ均衡をいかに維持するかにかかっています。

その調整が達成される過程が本書の主たる関心であり、その職能が管理職能です。

管理職能は、公式組織内のあらゆる段階で統制的地位にある人々(管理者)によって行われます。

大規模で複合的な組織では、管理者だけでなく、管理者の補助者(スタッフ)も管理職能の一部を分担します。経営に関わる意思決定の管理職能が、集団によって担われる場合もあります。

協働体系に関する予備的考察

ここでは、組織の諸問題の研究ないし討論に当たって有用な用具となる概念的枠組みの構成を試みます。

組織は、大前提として人間の活動によって成り立っていることは疑いないため、組織と個人の関係、あるいは組織における個人の位置づけは、最重要の検討事項です。

人間は、それぞれに達成したい目的を持つ一方で、物的、生物的、社会的な制約を受けて生きています。その制約を克服して目的を達成するために、他の人々と協力した活動、すなわち協働が生じます。

人間の協働を維持することは決して容易なことではなく、協働の目的を達成するためであっても、協働に参加する個々人の「心理的要因」すなわち「動機」を満たすことができなければ、結局のところ、協働を維持することはでません。

諸要因への働きかけによって制約を克服し、協働の目的が達成されるとき、その達成の度合いを、協働の「有効性」と呼びます。

協働目的の達成の過程で、個人的動機の満足も同時に達成できるとき、その満足の達成の度合いを、協働の「能率」と呼びます。協働体系の「能率」は、各人の能率が合成されたものです。

公式組織の理論と構造

協働体系は、物的要素、生物的要素、社会的要素の複合体です。その中核は、一つの明確な目的の達成に向けた2人以上の人々の活動です。

バーナードは、「2人以上の意識的に調整された活動や諸力の体系」を「公式組織」と呼びます。

公式組織が成立するための条件は、「伝達(コミュニケーション)」、「貢献意欲」、「共通目的」の3つです。

組織には、小さくかつ単純なものから、その内部に補助的組織や下位組織といった部分体系を持つ複合的なものまであります。単純組織が成長すると、必然的に複合組織になります。また、複合組織から単純組織が分離し、関係を保ちながら、さらに複合組織へと成長してくこともあります。

組織を維持するためには、伝達の機能が不可欠ですが、その役割を担うのがリーダーであり、リーダーが行う組織の維持機能を体系化したものが管理組織です。

公式組織の形成に当たっては、通常、人間同士の非公式な相互作用、すなわち「非公式組織」が先行します。非公式組織は、メンバーを増やし、関係が複雑になるにつれて、一定の目的や活動の型を求めるようになり、一定の論理構造を持った公式組織が形成されていきます。

公式組織が複合組織として成長していくと、いくつかの下部組織や補助組織が公式組織として作られていきます。新たに作られた公式組織でも、個人的な相互作用が行われ、非公式組織が形成されます。

公式組織と非公式組織は、実態上不可分の関係にあり、相互に影響しながら、それぞれの維持発展に貢献します。

公式組織の諸要素

組織の重要な側面の一つに「専門化」があります。専門化するための要素にはいくつかありますが、代表的なものは、場所、時間および社会的結合です。

様々な要素で専門化された組織は、内部的な相互作用の繰り返しによって、その専門化を一層精緻化するようになります。したがって、専門化において重要な要因になるのはむしろ「単位組織」です。

各単位組織は、特定の目的や場所的特徴や時間的計画を持ち、個々の貢献者の選択を規定する特定の社会結合上の状況を包含しています。

組織の維持にとって決定的な要素は、人々が協働体系へ貢献しようとする意欲です。個人の意欲を引き出すためには、個人的動機を満足させる必要があります。そのために、組織が個人に提供できるものを「誘因(インセンティブ)」と呼びます。

協働活動を促すのは、命令を初めとする「伝達」です。組織の貢献者が、その伝達にしたがって行為をなしたり、なさなかったりする場合、その伝達には「権威」があると言われます。権威を付与するのは、それを受容する側であって発令する側ではありません。

公式組織における行動を特徴づけるものは、目的に対する手段を熟慮した上で採用すること、すなわち意思決定です。意思決定は伝達ラインの職位に配分され、責任と共に委譲されます。組織的意思決定過程の専門化こそ、管理職能の本質です。

協働体系における組織の機能

協働体系に必要な諸力の調整には、組織の伝達体系が必要です。伝達体系はいくつかの相互連絡点を持ち、管理者がその位置を占めます。

管理職能に関わる業務は、組織を継続的に活動させ、協働努力の体系を維持する専門業務です。協働努力の体系は、全体として自らを管理します。

管理職能は、第一に伝達体系を提供し、第二に不可欠な努力の確保を促進し、第三に目的を定式化し、規定することです。

管理の手段は相当程度まで論理的に決定された具体的な行為ですが、その決定過程の本質は、全体としての組織とそれに関連する全体状況を感得することです。

組織の存在理由は、その究極の目的によって与えられます。目的が達成されることによって、その存在理由が結果によって正当づけられるとき、用いた行為は有効的であり、能率的であると言えます。

公式組織における行為のすべてが、客観的で論理的な因果関係によって導き出されるわけではなく、個人の選択、動機、価値的態度、効用評価、行動基準および理想に依存せざるを得ません。

これらは個人の価値観に関わるからこそ、リーダーシップが必要です。リーダーシップは、信念を作り出すことによって協働的な個人的意思決定を鼓舞するような力です。