マネジャーとスペシャリスト

ドラッカーは、人としてのマネジメントを大きく二種類に分けて考えています。

  • スペシャリスト:特定の専門分野で、主に一人で仕事をする人
  • マネジャー:「管理職」に当たり、部下を持つ人

ドラッカーの言う「マネジメント」は、一般に想像される定義と異なり、「組織の成果に責任を持つ者」です。

「責任」に焦点を当てることで、スペシャリストもマネジメントに含まれ、理想的には「誰もがマネジメントであるべき」という考え方につながります。

かつてのマネジメントの定義

かつてマネジメントは、

「人の仕事に責任を持つ者」

と定義されていました。いわゆる「管理職」に相当し、部下を管理する人たちと言い換えてもよいと思います。この定義は、ある面で役に立ったと言います。

  • 所有者の機能とマネジメントの機能を区別できるようになったこと
  • マネジメントの仕事が、分析、研究、改善の対象となる独立した仕事であることを明らかにしたこと

しかし、不都合もありました。

組織には初めから、マネジメントであり、しかも責任ある地位にありながら、人の仕事に責任を持たない人たちがいたからです。「スペシャリスト」を指しています。

ドラッカーは、「マーケットリサーチのマネジメント」を例に、次のように問題指摘しています。

  • 「マーケットリサーチのマネジメント」は、かつての定義を適用すると、「マーケットリサーチャーのマネジメント」となる。
  • 本来は「マーケットリサーチを事業に貢献させる」役割でなければならないので、「マーケットリサーチャーのマネジメント」は適切でない。

今日のマネジメントの定義

ドラッカーの定義です。

組織の成果に責任を持つ者

マネジメントは、命令する権限ではなく、貢献する責任です。部下に対する上司、ということとも関係ありません。

この定義によって、スペシャリストも包含できるようになります。

スペシャリストの役割

今日、組織で最も急速に増えているのが、スペシャリストです。彼らは、一人で仕事をしますが、組織の富を生み出す力、事業の方向、業績に重大な影響を与えています。

スペシャリストの課題は、自らの知識と能力を全体の成果に結びつけることです。アウトプットの内容は知識や情報ですから、自らのアウトプットが他の者のインプットになることが成果です。

顧客は、組織内の同僚です。彼らが必要とするものを供給しなければなりません。

従来の中間管理職に代わって、ミドルマネジメントの位置に、知識専門家としてのスペシャリストが多数出現するようになったと考えられます。このミドルマネジメントの交替について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

マネジャーとの関係

問題はコミュニケーションです。

スペシャリストは、顧客である同僚が理解できない専門用語を使いがちです。理解してもらえなければ、インプットとして使用してもらえません。

そのときに必要なのが「マネジャー」です。

マネジャーは、スペシャリストの役割を認識させなければなりません。組織の目標をスペシャリストの用語に翻訳し、スペシャリストのアウトプットをその顧客の言葉に翻訳してやる必要があるのです。

マネジャーはスペシャリストのボスではありません。道具であり、ガイドです。マーケティング・エージェントです。

ドラッカーは、逆に、スペシャリストはマネジャーの上司となり得るし、ならねばならないと言います。マネジャーの教師であり教育者でなければならないと言います。マネジャーを導き、新しい機会、分野、基準を示す者でなければならないと言います。

特別の任務

スペシャリストが事業全体について理解し、コミュニケーションを補う手段として、事業全体のマネジメントへの参画を意味するような特別の任務を与える方法があります。

事業全体の目標を理解するうえでも有効であり、スペシャリストが無用な干渉を受けずに仕事に専念することに役立ちます。

ある企業では、基礎研究に従事する上級研究者を、全社レベルの予算委員会の委員に任命しています。財務の知識がないことは妨げになるところか、むしろ好都合であったと言います。

別の企業では、特許部の弁理士と、マーケティング、研究開発、経理、製造各部のメンバーからなる特許委員会を設置し、特許上のニーズや戦略を決定させています。決定後、特許部の弁理士は、何らの干渉も受けることなく専門的な実務に専念できるようになり、生産性が向上したと言います。

組織外活動の機会

スペシャリストは、組織内部だけでなく、所属する専門集団において規定されるスキルや知識、基準、仕事の方法などにも強く影響を受ける存在です。

したがって、専門集団の中での活動に参加させることが、スペシャリストのスキルや知識の向上のために必要なことです。

具体的には、学会のプロジェクトへの参加、専門大学院での非常勤講師の機会、専門集団が用意する継続学習や自己啓発の機会への参加などがあります。

スペシャリストにとって、組織内部の評価だけでなく、その専門集団において一流の評価を受けることも重要な動機づけになります。

スペシャリストの機能と地位

機能と地位を切り離すことによって、昇進経路を複数にする必要があります。

以前は、リーダーの地位を得るためには、マネジャーの機能に変わるしかありませんでした。スペシャリストの機能を果たし続けながら、リーダーの地位にあることはできませんでした。

機能と地位を切り離せば、スペシャリストでありながら、特定の分野について組織内でリーダーになることができます。スペシャリストが認められ、報われるようになります。

現にそれは可能です。「組織の成果に責任を持つ者」というマネジメントの定義を受け入れることで、スペシャリストがマネジャーのボスになることも可能になります。

IBMではそれが実現可能でした。監督を現場アシスタントに位置づけ、上司は補助者になりました。

当然ながら、報酬面においてもマネジャーと同等の待遇を受ける必要があります。しかし、インセンティブは、あくまでの事業の成果への貢献に焦点を合わせなければなりません。

マネジャーもスペシャリストも共にマネジメント

スペシャリストは一人で仕事をし、自らのアウトプット(知識、情報)を組織内の同僚に供給することを通して組織の成果に責任を持ちます。

マネジャーは、組織のメンバーの役割を認識させ、組織の目標に貢献させることを通して、組織の成果に責任を持ちます。

いずれもマネジメントであり、要求に差はありません。手段に違いがあります。

「エグゼクティブ」の呼称

ドラッカーは、「マネジメント」を機能や機関の意味で使用していることが多く、人を指す言葉として使うことはほとんどないようです(日本語訳では人を指す言葉としても度々使用されています)。

人としての「マネジメント」を指す言葉としては「マネジャー」が一般的ですが、どうしても部下をもつ管理者のイメージが強いため、ドラッカーは、「『エグゼクティブ』という言葉を多く使いたい」と言っています。

「エグゼクティブ」とは、「行動する人」、「物事をなす人」であり、組織においては「成果をあげる者」、「組織全体の成果に貢献する者」に当たります。

スペシャリストを含めてマネジメントの機能をもつ人たち全員を「エグゼクティブ」と呼んで、機能と地位を完全に切り離し、共通の地位を設けることを、一つの方法として提案しています。

例えば、「ジュニア・エグゼクティブ」、「エグゼクティブ」、「シニア・エグゼクティブ」、「コーポレート・エグゼクティブ」のように4階層に分ける方法です。

マネジメントをマネジメントする

組織は階層を持ちます。現場のマネジメントからトップマネジメントに至るまで、マネジメントの階層を持ちます。

部門を統括するマネジメントは部下を持ち、また、自らの上司であるマネジメントが統括する部門の一員でもあります。

組織全体の目標が達成されるためには、各部門を統括するマネジメントがいかに自部門のメンバーを統率できるかにかかっています。メンバーの姿勢は、部門のマネジメントの行動、能力、構造を反映します。

したがって、マネジメントを適切にマネジメントすることが、組織全体の目標達成にとって重要になります。

マネジメントの本音

部下を統率するマネジメントの視点では、かつてのマネジメントの定義である「人の仕事に責任を持つ者」として、いかに部下を管理するかが建前上の関心でした。そのための助言や手法が求められていると考えていました。

しかし、マネジメントの本音は部下の問題ではありませんでした。上司との関係やコミュニケーションの方が問題だったのです。上司や人事部が干渉しなければ、部下とはうまくやっていけると思っていました。

ドラッカーによれば、これは当然のことであり、マネジメントの第一の関心事は上司との関係であるべきだということです。マネジメントとは「組織の成果に責任を持つ者」であり、組織全体の業績に対し責任を持つことだからです。

成果に貢献する責任は、常に上位に向けられています。

自己目標管理

マネジメントは、上司から何を期待されているかを知り、自分の考えを上司に理解してもらうことが必要です。そして、自部門の計画を上司に承認してもらい、自部門の活動を重視してもらう必要があります。

そのための方法が、自己目標管理によるマネジメントです。これが、マネジメントをマネジメントするための最善の方法です。

仕事に必要な情報と会社全体の情報を与えられ、恣意的な命令ではなく、自らが参画して設定した目標と基準によって自己を管理する方法です。