「生産要素」と「生産手段」の違い

「生産要素」(factors of production)と「生産手段」(means of production)は、似ているようで違います。日本語の違いだけでなく、英語でも違う単語が使われています。

ドラッカーも区別して使用しており、知識労働やサービス労働の生産性を議論するうえで、特に重要になります。

いずれも経済学の用語であり、財・サービスを生産するために投入されるものを指します。

「生産要素」と言う場合、労働・土地・資本の三要素をあげることが多いでしょう。この3つは対等であり、一部代替も可能であるとされます。

「生産手段」と言う場合、労働の過程で人が使用するものを指し、「労働手段」(機械など)と「労働対象」(原材料など)に分けられます。機械は「労働」と代替できるものというより、「労働」のための”道具”として活用するものです。

「生産要素」とは何か

「生産要素」という用語は、経済学で用いられています。

財・サービスを生産するために投入されるものを指しており、次の三要素が代表的です。

  • 労働
  • 土地
  • 資本

個々の要素の意味は、経済学者によって異なる場合もあり、各要素をさらに細かく分ける場合もあるようですが、一般的には、「労働」は人(労働者)を指し、「資本」は物(設備、建造物)を指すと考えてよいでしょう。

「資本」の区分

生産性の議論をする場合、「資本」をさらに、次の2つに区別することがあります。

  • 物的資本
  • 人的資本

「物的資本」とは、設備や建造物であり、単に「資本」という場合は、これを指すことが多いようです。

「人的資本」とは、労働者が教育、訓練、経験を通じて獲得する「知識」や「熟練」を意味します。「知識」は「技術」を含み、「熟練」は経験によって得られます。

「人的資本」は労働者に体化されたものですが、生産要素としては「資本」に分類されます。この場合、生産要素としての「労働」は、「労働量」を意味します。質的なものは「資本」の方に分類されるという意味でしょう。

「お金」の取り扱い

資本としての「お金」という意味で、「資本金」という言葉がありますが、経済学用語としての「資本」には、通常、お金は含まれないようです。

お金は生産要素ではなく、生産要素を購入するための手段です。三要素はいずれも市場で購入(賃借も含む。)することによって調達できます。

なお、ドラッカーは、生産要素として「労働、土地、資金、マネジメント」をあげている場合もあります。ただし、どちらかというと否定的な文脈で使用しており、いずれも「生産要素ではなくコストにすぎない」という言い方をしています。

ドラッカーが重視するのは、もちろん「知識」です。知識こそが経済価値をもたらす中核であり、知識の生産性を高める理論としての経済学の構築を強く求めています。

ちなみに、「マネジメント」は、上記で述べた「人的資本」に含まれると考えて良いでしょう。

「天然資源」の取り扱い

「資本」、特に「物的資本」と言う場合、あくまで生産によって生み出された物を生産要素として使用する場合を指しています。

したがって、たとえ財・サービスの生産に投入される物であっても、自然が供給する資源、すなわち「天然資源」は、「物的資本」には含まれません。

生産性を議論する際は、「天然資源」も評価の対象にすることがありますが、「資本」とは区別したうえでの評価になるようです。

なお、ドラッカーは、生産要素のうちの「土地」に、「天然資源」が含まれているという考えを示しています。

原材料など「加工対象」の取り扱い

原材料、部材、部品など、生産の過程で消費・加工される対象は、生産のための投入物ではあるものの、「生産要素」という概念には含まれないようです。

「労働」と「資本」の代替性

経済学では、一定の範囲で、生産手段としての「労働」と「資本」は代替できると考えられています。要するに、「人」を「機械」に置き換えるような場合です。

「労働」と「資本」が代替できるということは、生産要素として見た場合に、それらが対等であると考えられるからです。対等であると考えられない場合は、代替できません。

例えば、物を加工したり、組み立てたり、運んだりするような作業の場合、作業を分析・合理化し、一定の作業内容に標準化することによって、その作業を機械化することが可能になります。

これは、人と作業を明確に区別でき、その作業を「人」が行う代わりに「機械」が行うということです。どちらでも対応できるように作業を標準化するからこそ、可能になります。

このような場合に、「資本」に代替できる「労働」というのは、”人そのもの”というよりは、作業を行う”肉体機能”を指していると言ってよいでしょう。

そのような代替を可能にするための根拠は、「人的資本」としての知識(技術)と熟練(経験)です。仕事に知識を適用することによって、客観的で標準的な作業として切り離すことが可能になります。知識の適用には、熟練が必要です。

通常は、単純な肉体労働の場合に、代替が容易であろうと想像できます。

作業の都度、人間の判断や意思決定が必要になる場合は、代替が難しくなるはずです。ただし、判断や意思決定があらかじめ予見でき、場合分けできるのであれば、コンピュータに置き換えることもできるでしょう。AIが進化すれば、その代替範囲も拡がることが予想できます。

ちなみに、「生産要素」のなかの「土地」は特殊なので、代替性の議論からは外れていることが多いと思いますが、理論的には、「資本」と「土地」の代替は考えられます。例えば、高性能でコンパクトな機械を導入することによって、より狭い土地で同等の生産を可能にするという議論はあり得るでしょう。

「土地」が希少な天然資源と結びついている場合も、その資源が致命的に重要であれば、資本による代替は困難になってきます。

「生産手段」とは何か

「生産手段」という用語は、経済学一般で用いられるというよりも、マルクス経済学において特に用いられているようです。

労働と組み合わせられて生産物を生み出すために使われる物的要素を指しており、機械や道具などの「労働手段」と、原材料などの「労働対象」に分けられます。

「生産要素」と「生産手段」の違い

「生産要素」と「生産手段」を単純に比較すると、「生産手段」のうちの「労働手段」は、「生産要素」のうちの「資本」に対応するように見えます。

「労働対象」は、生産の過程で消費・加工される対象であることから、「生産要素」に含まれないと考えられます。

しかし、厳密に比較すると、「生産要素」と「生産手段」はまったく別ものであることが分かります。

「生産要素」(労働・土地・資本)は、それぞれ並列的で対等な関係にあります。だからこそ、代替可能性の議論ができます。

ところが、「生産手段」は、労働と組み合わせられる(結合される)ことが想定されています。つまり、人が生産手段を使うことが前提となっており、人に置き換わることは前提とされていないと考えられます(合理化による一部機械化までは否定していないと思いますが)。

だから、生産”要素”ではなく、生産”手段”と呼ばれるのでしょう。あくまで”労働者(人)”が主役になるわけです。

ドラッカーも、「生産要素」と「生産手段」を区別して使用しています。

物を作ったり運んだりする作業の場合、機械や技術は「生産要素」と見なすことができます。要するに、「資本」が「労働」に代替できるわけです。

ところが、知識労働やサービス労働の場合、それらの中核的な労働は”人”しか行うことができないため、機械や知識(技術)は、人が仕事をするときに使用する「生産手段」にしかなり得ません。「労働」と対等で代替可能な「資本」としての「生産要素」になり得ないと考えられるわけです。

しかも、人がそれを何にどう使うかによって、得られる成果はまったく異なってきます。その使い方にも、使う人の知識や熟練がものを言うのです。

補足:生産管理における「生産要素」

経済学で使われる「生産要素」の意味は以上のとおりです。「生産」という言葉は広い意味をもっており、サービスの提供や事務的な仕事で何らかの手を加えることも広く含まれます。あらゆる経済活動に関わってくるもので、そこに投入される「生産要素」として、「労働・土地・資本」の三要素が抽出されています。

ところで、「生産」という言葉は、より狭い意味では物の「製造」に限定して使われることもあります。製造に関わる全体の管理を「生産管理」と言いますが、この分野においても独自に「生産要素」が定義されています。

生産管理における「生産要素」は、製造工程に物理的に投入(インプット)されるものであり、次の三要素があります。

  • 人(Man)
  • 機械(Machine)
  • 材料(Material)

いずれもMを頭文字とするので、「3M」と言われます。3Mがあると、生産がスタートできます。

製造の結果、製品(アウトプット)が生み出されます。製品は顧客に提供されますから、顧客の求める条件(需要)に合致していなければなりません。その条件のことを「需要要素」と言い、次の三要素があります。

  • 品質(Quality)
  • 原価(Cost)
  • 納期(Delivery)

これらも頭文字をとって「QCD」と言われます。

要するに、会社が用意できる3Mを投入して、顧客が求めるQCDを満たす製品を製造するために、生産管理が行われることになります。

製造の過程のことを「生産工程」と言います。何を製造するかによって生産工程は異なり、細かい段階に分かれますが、大括りにすると、次の三工程で構成されます。これらを「生産機能」と言います。

  • 設計
  • 調達
  • 作業

「設計」には、製品そのものの設計と、生産工程の設計があります。「調達」は、生産要素(3M)を手配することです。「作業」は、実際に製造することであり、人が労働したり、機械を動かしたりすることです。作業の工程を特に「製造工程」と言うこともあります。

これらの生産機能で構成される生産工程は、目的とする需要(QCD)を満たす製品を効率的に作ることができるよう、適切に管理されなければなりません。

生産工程を適切に管理することを、特に「工程管理」と言います。生産管理の一部であり、中核です。「生産管理」が「工程管理」と同一視される場合もありますが、「生産管理」という場合、生産の構造や方式、生産の諸制度や手続きなど、製造業のライン業務に関わる幅広い意思決定に関わってきます。

工程管理にも細かな仕事がたくさんあり、何を製造するか、どのように製造するかによって内容は変わりますが、大括りにすると、次の三機能で構成されます。これらを「工程管理機能」と言います。

  • 計画
  • 実施
  • 統制

「計画」は、誰が、何を、いつ(いつまでに)実施するかをあらかじめ決めることです。「実施」は、計画を実際に行うことです。「統制」は、計画どおりに実施できているかを確認し、計画から外れている場合には、計画どおりに進むように修正をかけることです。

工程管理機能は、広く経営に適用される「マネジメント・サイクル」(PDCAサイクル)と本質的に同じものです。PDCAサイクルの「CA(Check・Action)」が「統制」に対応します。

生産機能(設計・調達・作業)と工程管理機能は混同されることがありますが、前者は生産工程の中身であり、後者は生産工程を管理する方法です。「設計」工程について「計画・実施・統制」という管理を行い、「調達」工程においても「計画・実施・統制」という管理を行います。「作業」工程も同様です。