商売が繁盛するたった1つのコツ!?
このタイトルは、あるセミナーに与えられた質問です。質問の回答が、セミナーのテーマそのものになりました。
人はいつも具体的な答えを欲しがります。「これさえやれば」というたった一つの答えを求めます。答えを人に教えてもらえるなら安心です。楽をして万事うまく行くなら、それに越したことはありませんから。
ところで、セミナーの冒頭で、タイトルの質問に対して、講師から一言で答えが与えられました。それは、
人に感動を与える
言葉自体はありふれているかもしれません。でも、見事な答えであると思いました。
商売繁盛のためのたった一つのコツがあるとすれば、「人に感動を与える」ということです。
確かにたった一つの答えであり、シンプルな答えです。しかし、実践することはまったく簡単ではありません。
現にセミナーでは、具体的にそれがどういうことであり、どういうことをすべきなのかということが、詳しく語られていきました。
経営は、多くの当たり前のことの積み重ねです。大事なことはバランスです。単純思考に陥ってはいけません。
常に事業の目的を念頭に置き、
- 何を捨てるか
- 何をなすべきか
- 何をなすべきでないか
- どういう順番でなすべきか
を考えることが大切です。
「あなたの問題」なのですから、基本と原則をもとにして、「あなたが答えを出す」ことが必要です。
「人に感動を与える」という一言の意味
「人に感動を与える」という一言をドラッカーの言葉で置き換えると、
- マーケティング
- イノベーション
ということになるでしょう。
「マーケティング」だけだと、「人に満足を与える」ということになるでしょう。
「人に感動を与える」ということになれば、満足を超えるえる価値を与え続けることになりますから、「イノベーション」を加えるべきです。
「商売繁盛のコツはマーケティングとイノベーションである」と言えば、答えはシンプルです。
でも、それらは企業の機能そのものです。企業がやるべきあらゆることを意味するといってもよいでしょう(参考:「企業の基本的な機能」)。
不況のときに売上を上げるための秘訣を一言で言うと?
これは、別のセミナーでの質疑応答の一つでした。
デフレの真っ只中の頃です。自動車整備工場をやっていて、経営がとても厳しいとのことでした。
「そんな一言で言えるような秘訣なんか、あるわけないでしょ。」と思って聴いていましたが、講師は見事に一言で答えました。
たゆまぬ精進です。
何と見事で、シンプルな答えでしょうか。答えを一言で知りたいという安直な発想に対して、戒めを込めて一言で答えたわけです。
答えは一つですが、やるべきことは一つではありません。
考え得る、ありとあらゆることをやるべき
ということを一言で表現しているわけです。
人は、具体的な答えを欲しがる
人はいつも、「コレ」という答えを求めています。経営者も例外ではありません。
- これだけあれば
- これさえやっておけば
という答えが欲しいわけです。世の中に、「○○のためのたった一つの方法」といったタイトルの書籍が並んでいるのも、そのためでしょう。
「これだけやれば」には気をつけよう
こういう傾向は、日本だけでなく、アメリカの経営書でも意外と多いようです。
膨大な調査と長年の研究により発見した、業績のよい企業に共通の要因はコレだ
という触れ込みの分厚い経営書がよくあります。
たくさんの事例が載っていて、正しさを証明しようとしています。その都度、経営界のグルが誕生して、注目を集めることもあります。
かつて、 ピーターズとウォーターマンの『エクセレント・カンパニー』が一世を風靡しました。
これに対し、ドラッカーは、インク・マガジンのインタビューで次のようにコメントしています(出典:ダイヤモンド社『実践する経営者』第1章)。
ピーターズとウォーターマンの本の偉いところは、極端なまでの単純化にあります。単純化し過ぎかもしれない。しかし、メアリーおばさんが甥にあげるプレゼントに選ぶのは(ドラッカーの本ではなく)『エクセレント・カンパニー』です。
「極端なまでの単純化」と表現しています。
ピーターズが後に述べたところによると、あえてドラッカーの本を読まず、独自の調査と研究で本を発刊したそうです。
その後に『現代の経営』を読んだところ、自分が発見したと思った「真理」が、もうすでにすべて書かれていたのを知って落胆したといいます。
ドラッカーは、同じインタビューで『イノベーションと企業家精神』を書いた理由を問われ、次のように厳しい指摘をしています。
いろいろな本が出ていますが、ほとんどが問題を正面から取り上げていません。もう少し真面目になる必要があると私は感じました。しかも私の経験から見て、みなが読んだり聞いたりしていることが、ほとんど誤解を招くものに思われたのです。
大切なのはバランス
結局のところ、「たった一つの秘訣」とか「コツ」などというものはありません。
経営は、多くの当たり前のことの積み重ねです。大事なのはバランスです。
バランスの中には、なすべきことの優先順位と、なすべきでないことを明確にすることも含まれます。今やっていることの中でやめるべきことを、真っ先に明らかにします。
ドラッカーの『マネジメント』でも、いたるところでバランスの話が出てきます。
例えば、「事業の目標は一つであってはいけない」と言っています。事業は「多様なニーズのバランス」によって成り立つものですから、複数の目標を設定する必要があります。
さらに、
- 目標と利益とのバランス
- 近い将来と遠い将来との間のバランス
- 目標間のバランス
も大切であると言っています。
「これだけやればよい」といった一つの完全な尺度を見つけようとしてはいけません。いくつもの尺度を使って、複数の側面から事業を見なければ、実体が分からないわけです。活動にも漏れが生じます(参考:「事業の目標」、「事業の目標に関わる基本的な意思決定」、「マーケティングとイノベーションの目標」、「その他の分野の目標」)。
単純な思考に陥らないよう十分に注意しましょう。
答えを教えてもらうことはできない
経営に普遍の一般解などありません。重要なことは「あなたの事業で成果を出す」ことです。
あなたの事業は、あなたが目的を決め、実践しています。そこにあるのは「あなた独自の問題」です。
他人の問題に対して他人が出した答えなど、例題と模範解答にはなり得ても、あなたの問題の答えにはなり得ません。問題が違うからです。
- やるべきことは何か
- やってはいけないことは何か
- やめるべきことは何か
を考え抜いて、自分で答えを出していかなければなりません。
重要なことは、常に事業の目的を念頭に置くことです。「何のために、それをしようとしているのか」を常にいちばん上に置くことです。
次に、自分の問題に適用できる「経営の基本と原則」を見極めて、「あなたが答えを出す」ことが必要です(参考:「目的の経営とは」)。