なぜ社員満足のために社員を顧客として扱わなければならないのか?

社員を大切にすることが会社の業績を良くする

ということは、まるで当たり前であるかのように言われています。

次の関係が成り立っていることを前提とした考え方です。

社員を大切にする

社員満足(ES=Employee Satisfaction)

社員のモチベーション向上

顧客満足(CS=Customer Satisfaction)

業績向上

上記の構図は、サラっと見ると自然な因果関係があるように見えますが、いたるところに論理の飛躍があります。そこを理解しないで、社員を大切にしたら会社の業績が良くなると短絡的に考えてしまうと、簡単に失敗します。

(参考:「社長、『従業員満足』で本当に満足してますか?」「働き方改革や健康経営が生産性を高めるって本当ですか?」

社員を大切にすることが業績向上につながるようにするために、「社員を『顧客』として扱う」ことが必要です。その意義は、社員は人であり感情があるという当たり前の事実を受け入れることです。

社員は、機械のように思い通りに動かせる存在ではなく、人として独自の多様なニーズを持つ存在であることを受け入れ、そのニーズを満たしながら、企業の目的に向けて協働していけるようにすることが重要になります。

そのために必要な視点が、「マーケティング」です。

社員満足と業績向上に因果関係はない

社員を大切にすることが業績向上につながるという上記の構図は、自然の因果関係ではなく、相関関係です。

相関関係にあるということは、互いに良い影響を与えることもあれば、悪い影響を与えることもあるということです。相乗効果を発揮することもあれば、互いの制約条件になったり、阻害要因になったりすることさえあるということです。

想像したら簡単に分かると思います。顧客満足は際限なく追及できます。でも、どこかで限界が来ます。業績を犠牲にしなければ実現できない顧客満足もあります。社員満足を犠牲にしなければならないこともあります。

因果関係があるかのごとく相乗効果を生み出すことができるのは、そのように意図的に仕向けているからです。そのように仕向けることが、マネジメントという機能です。

相乗効果を発揮することができなかったとすれば、マネジメントに失敗したということです。

相乗効果を発揮するための重要な観点の一つが、

社員を「顧客」として扱う

ということです。

「社員を『顧客』として扱う」と言うと、社長の中には、「こっちが給料を払ってやっているのに、なぜ社員に媚びないといけないのか?」と言う人たちがいます。「顧客」=「わがまま勝手に振る舞う人」という印象を持ってしまうのでしょう。

そう思う方は、是非、「顧客はなぜそんなに偉いのか?」を読んでみてください。

「顧客」の本質

「社員を『顧客』として扱う」というのは、社員を大切にすることだけに意味があるわけではなく、マネジメントの重要な一環として必要でもあるからです。

そもそも「顧客」とは、どのような人でしょうか?

一般的には、「商品(財やサービス)の購入者」を意味します。企業から商品の提供を受けて、その対価としてお金を支払う人のことです。

この点からすると、むしろ社員にとって企業の方が顧客ではないか、という話になるのですが、ポイントは「お金を支払うこと」ではありません。

そもそも、顧客と企業は、対等な価値を有するものを相互に交換する関係です。「お金」を提供する人を狭い意味で「顧客」と呼んでいますが、「対等な価値を持つものを交換する相手」を広い意味で「顧客」とみなそうということです。

ですから、企業が社員を顧客とみなすのと同様に、社員も企業を顧客とみなすことが重要です。

企業内で、自分の仕事の成果を他の社員が利用するのであれば、その社員を顧客とみなすという考え方も大切です。

仕入先や販売先も同じです。販売先だけが顧客ではありません。

総合して言うと、何らかの契約や取引を行う相手は、自分がお金を払う側であろうが、お金を受け取る側であろうが、台東の価値を交換し合う関係にあるという意味で、顧客とみなすことが大切です。

社員を「顧客」として扱うことの意義

取引相手を「顧客」とみなすという場合、そのポイントは次のようなことです。

  • 相手も自分も、人として独自の多様なニーズを持っている。
  • 独自のニーズは、お互いに相容れない場合もあるので、取引が成立しないこともある。
  • 一部に相容れないニーズがあっても、重視するニーズがそれぞれ違うのであれば、それらを互いに尊重し、重要度が低い他のニーズを互いに調整することによって、取引成立につなげることができる。
  • お互いの多様なニーズの中には、共感でき、協働できるニーズも存在することがあるので、双方がそのニーズに焦点を合わせることによって相乗効果を期待できる。

要するに、双方が独自の多様なニーズを持っており、「ニーズが合致したり、調整できる取引相手を選ぶ自由」が保証されているということです。

独自のニーズを持った者同士が自由意思で交渉し、取引する場所のことを市場と呼びます。特に、社員(求職者)と企業(求人者)の取引が行われる場所が「労働(雇用)市場」です。

労働市場に存在する求職者は、失業中の人だけではありません。

現に会社で働いている人であっても、転職の意思があり、そのための活動(情報収集や応募)を行っているのであれば、労働市場に存在することになります。

さらに言うと、特殊な場合を除いて、他に良い会社があればいつでも転職する自由がありますから、社員はすべて、いつでも労働市場に存在すると見た方がよいでしょう。

市場において、自由選択権を持つ者同士が取引するわけですから、社員を顧客として扱うということの真意は、結局のところ、

社員に対してもマーケティングが必要である

ということにつながります。

マーケティングとは、顧客のニーズからスタートして、あらゆる仕組みや活動をつくり、実行することを意味します。

こう言うと、こんな社長の声が聞こえてきそうです。

「社員にマーケティングなんてしたら、結局、社員のやりたい放題になって、業績なんかあったもんじゃない。」

確かに、社員のすべてのニーズに応えようとしたらそうなるかもしれません。

しかし、通常の顧客との取引でも、顧客のすべてのニーズに対応しているわけではないはずです。顧客のニーズは多様で無限ですが、自社の事業としては、顧客の特定のニーズ(日用品、車、食事、サービスなど)に限定し、一定の範囲で折り合いをつけた形で対応しているはずです。

社員が企業で働こうとする場合にも、すべてのニーズに全面的に対応するのではなく、お互いに妥協できるところ、できないところを理解しながら、調整を図っていくわけです。これがマーケティングです。

社員のニーズ

社員としてのニーズとは、具体的にどのようなものでしょうか?

人によって様々でしょうが、一般的には、2つのニーズに集約できると思います。

  1. 生計を立てたり、私生活で自己実現を図るために必要な収入を得ること
  2. 仕事を通じて自己実現を図ること

この2つのニーズを取り扱うに当たっては、次の点に注意する必要があります。

  • これらは独立したニーズであり、いずれのニーズも満たす必要がある。
  • 1.のニーズが満たされないと会社への不満になり、仕事に対するモチベーションを下げる。ただし、ニーズを満たしたからといって、モチベーションが高まるわけではない。
  • 2.のニーズは、仕事に対するモチベーション向上の要因となる。
  • 2.のニーズを満たしつつ、仕事の成果に連動した形で1.のニーズに対応することが理想的である。2つのニーズの相乗効果につながる。

しかし、未だに多くの企業が1.のニーズばかりを重視しています。給料さえ出せば、やる気が出るだろう、仕事を頑張ってくれるだろうと考えています。それどころか、給料を払えば、社員の全人格を支配できるとさえ思い込んでいる社長も少なくありません。

そういう社長は、「給料を払ってやっているのに、働きが悪い」とか、「俺が給料を払っているのだから、俺の言うことを黙って聞いて働けばいい」などと言います。

まさしく、モンスター・カスタマーと同じ理屈です。自分が金を払っているのだから何でも無理が通ると思い込んでいるクレーマーと同じです。お金で人の感情さえ支配できると思っています。

(参考:「顧客はなぜそんなに偉いのか?」

給料だけで社員をやる気にさせることはできません。

給料が安いと社員は不満になり、やる気もなくなりますが、給料を上げたから満足してモチベーションが高まることにはなりません。

モチベーションの向上に重要な意味を持っているのは、2.のニーズです。

2.のニーズに対応しつつ、成果と給与が連動したときに、最大の相乗効果を発揮します。

(参考:「『モチベーション』とは何か?」

社員のニーズと業績向上の最大の接点

それでも、このように言う社長がいるかもしれません。

「社員の自己実現のために仕事をさせたら、会社の業績にはつながらないではないか。」

実のところ、この意見が重要なポイントになります。社員満足(ES)が顧客満足(CS)につながり、業績を高めるかどうかに関わるからです。

多くの会社で、社員満足(ES)が業績向上につながらない理由の一つがここにあります。

社員満足が自動的に顧客満足につながるということはありません。社員満足と顧客満足を一致させる対策を意図的に講じないかぎり、そうはならないのです。

どのような対策を講じるのかということが、要するに「社員の自己実現と会社の業績を一致させようとすること」、「社員の目標と会社の目標を一致させようとすること」なのです。そのために一体何ができるのかが問題なわけです。

端的に言うと、あらゆる社員に対して、これができるということはありません。ですから、最も重視すべきは、自社に相応しい社員を獲得することなのです。つまり「募集・採用」の段階です。ここがいちばん重要です。

サウスウェスト航空やザ・リッツ・カールトン・ホテルなど、社員満足が業績向上につながっている企業は、例外なく、募集・採用に多大な労力をかけています。

社員満足が業績向上につながるためには、社員が誰であってもよいわけではないからです。そもそも、自社の経営ビジョンや理念に共感し、自社で働くことに生きがいを感じてくれるような人でなければ、どれほど優れた企業であっても、業績向上につなげられないことが分かっているのです。

会社の価値観に共感できない社員の場合、社員満足をいくら高めても、会社の業績向上のための動機づけはできません。会社の業績向上に参画すること自体が、その社員にとっては不満足要因になってしまうからです。社員満足が業績向上につながらない最大の要因です。

でも、多くの企業はここに力が入っていないか、間違って力を入れています。

多くの企業では、求人票などの募集情報において、社員のニーズのうち給料や福利厚生ばかりを気にしています。

しかし、給料で選んだ社員は、必ず給料で辞めていきます。

給料に関するニーズには最低限対応しなければなりませんから、相場を下回るような給与では、よほど企業ブランドが高くない限り採用できません。相場をよく調べて、無理のない範囲で少しでも上回るようできれば望ましいでしょう。

そのうえで、仕事のニーズに対応できるような募集・採用をしなければなりません。

企業の側から、仕事に関わる詳しい情報を発信するということです。

  • わが社はどのような会社で、どのような事業を行っているか。
  • わが社の使命、ビジョン、理念は何か。
  • わが社の顧客は誰か、どのような顧客ニーズに対応しようとしているか。
  • わが社の製品やサービスはどのようなもので、どのような特徴があるか。
  • 取引先はどのようなところか。
  • 経営者はどのような人で、どのような考え方を持っているか。
  • 組織にどのような特徴があるか。
  • 一緒に働くのはどのような人たちか。
  • あなた(求職者)にやってほしい仕事はどのようなものか。
  • その仕事のレベルはどの程度か(必要な能力、資格、経験など)。
  • その他、わが社が社員に求めるものは何か。
  • わが社にはどのような評価・報奨制度があるか。
  • わが社に入ったらどのようなキャリアパスや教育訓練が用意されているか。

などです。

詳しい情報を出した場合、いかがわしい企業やブラック企業でない限り、応募者が増えることはあっても、減ることはまずありません。

(参考:「あなたの会社はなぜ社員を採用できないのか?」

社員満足(ES)を業績向上につなげている企業には、応募者が殺到しています。中小企業であってもそうです。書籍『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズなどで紹介している企業は、どこもそうです。

わが社は一体どんな会社か?

ところが、ここで多くの企業は重大な問題に直面します。出すべき詳しい情報を用意していないという問題です。特に人手不足に困り、業績も芳しくない企業に限ってそうです。

ですから、社員に何を求めるのかもはっきりと示すことができず、自社に相応しい人材が採用できません。「自社に相応しい」の意味さえ曖昧です。

このような企業では、わが社はいったいどんな会社なのかをはっきりとさせる努力をしなければなりません。上記のような質問に対して、詳しく堂々と語れるだけの内容を持たなければなりません。

これは一朝一夕に定まるものではありません。考え続け、社内で何度も議論し、実践し、社員の声も聞きながら改善するといった、地道な取組を長い時間をかけて行うことが必要です。だからこそ、簡単に真似ができない強い組織が出来上がっていくのです。

社員の理想は必ずしも明確ではない

これから採用する社員については、自社のビジョンや理念に共感できる人を選ぶとしても、現に働いている社員はどうすればよいのでしょうか。

今いる社員がビジョンや理念に共感してくれなければ、結局、業績向上にはつながらないということになります。

ですから、会社のビジョンや理念が明確になることによって、共感できないことがはっきりした社員は、会社を去っていくこともあるでしょう。それは仕方がないことであり、むしろ望ましいことではないでしょうか。

ただ、これまで一定の期間、一緒に仕事をし続けてきた社員であれば、社長の考えに全く共感できないということはないはずです。ビジョンや理念が明確に示されていなかったとしても、仕事の過程で社長の考え方に触れているからです。

実のところ、仕事を通じて自己実現を図りたいという社員のニーズは、必ずしも明確で具体的なビジョンを伴っているとは限りません。

社員がはっきりした自己実現のビジョンを持ち、具体的な事業や仕事のイメージを持っているなら、自分で事業を起こそうとするでしょう。そのような人は一握りです。

多くの人にとって、仕事における自己実現とは、自分の強みを生かして何らかの形で社会に貢献したいということを意味します。

強みで社会に貢献するというのは、ドラッカーが言い続けてきたとおり、組織の中で働き、強みを生かして一定の役割を果たすことによって実現されます。それが知識社会であり、組織社会の現実です。

知識社会では、多くの人は学校教育で専門知識を学びます。そのような知識は断片的であって総合的でないため、単独で会社を起こせるような知識ではありません。限られた専門知識を持つ多くの人たちが、組織の中でそれぞれに限られた仕事を担うことによって、組織全体として社会に貢献しています。

ですから、多くの社員は、経理が得意であるとか、特定の専門技術に詳しいといった限られた強みを生かすことができ、それが会社の成果につながり、社会にも貢献しているということが実感できるのであれば、自己実現として一定の満足を得ることができます。

もちろん、会社のビジョンや理念に一定の共感ができるということが前提です。

自分の貢献が正当に評価され、報酬や地位、さらにやりがいのある仕事として報いられるのであれば、その満足はさらに高まり、モチベーションも高まります。

わが社の目的からスタートする

基本と原則に立ち返りましょう。大切なことは、わが社は何のために存在するのか、すなわち目的に立ち返ることです。

目的をもとに、われわれの事業を定義し直すことです。

事業を定義し、戦略を定め、仕事を設計し、強みに応じて人を配置し、組織をつくり、人事制度を整備することです。働きに応じて正当に報いることです。

これらのことを、社員の意見を聞きながら着実に行い、フィードバックし、改善を重ねていくことです。

社員は、「自分は何のために働いているのか。私の日々の仕事は、どのような形で会社全体の成果につながり、社会に貢献しているのか。」を知りたがっています。それが彼らにとってのやりがいであり、自己実現だからです。

手を抜かず、誤魔化さず、順を追った、着実なマネジメントが求められます。これだけが成果を保証する道です。

(参考:企業のマネジメントほか)

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