社長、「従業員満足」で本当に満足してますか?
従業員満足(Employee Satisfaction=ES)の重要性が指摘されるようになりました。
従業員満足を高めることで顧客満足を高め、生産性の向上、業績アップにつながるという考え方です。
その考え方を取り入れて、従業員満足度調査を実施している会社も多いかもしれません。
それで、会社は良くなっていますか?
従業員満足はよいですが、社長のあなたは満足していますか?
従業員満足から業績アップにつながる因果関係は、本当に正しいとは言えません。
調査の結果、従業員満足度が上がったと言っているかもしれませんが、そもそもその「満足」とは何なのか、意味があるのか、よく考えてみる必要があります。
会社が従業員を雇う理由は、仕事をし、事業の成果に貢献してもらうためですから、従業員に持ってほしいものは「満足」ではなく「責任」です。
高い目標を掲げ、自分を磨き、熱心に仕事に取組み、成果をあげる責任です。
「責任ある仕事」こそが、従業員のモチベーションを高めます。
責任ある仕事があってこそ、職場環境、評価、給与、福利厚生などでの従業員満足がモチベーション向上に相乗効果を与えます。
経営者が優先すべきことは、会社のビジョンやミッション、方針、戦略など、会社の目的や方向性を明確にすることです。
目的や方向性が不明確な仕事に要求すべき責任などありません。責任が伴わない従業員満足は、単なる現状維持の満足であり、給料をもらって楽をする満足でしかありません。
従業員満足がなぜ大事なのか?
従業員満足は、企業の業績向上につながると考えられています。
我が国は少子高齢化で人手不足が深刻です。業種によっては著しい売り手市場になっていますから、従業員の不満が高まれば、さっさと転職されてしまいます。
モチベーションも下がりますから、一生懸命に働いてはくれません。顧客サービスのレベルも下がります。
当然、生産性は下がり、会社の業績も下がります。
結局のところ、従業員満足が重要な理由は、次のような効果があるからだと言われています。
- 従業員の定着率の向上(離職防止)
- 優秀な人材の確保
- 従業員のモチベーション向上
- 顧客満足度の向上
- 生産性の向上
これらが会社の業績向上につながるという理屈です。
これらは並列関係というより、互いに因果関係がありそうです。
従業員の定着率が向上すれば、優れた人材や教育を施した人材を失わずに済みます。
優秀な人材がいれば、経営資源の質が高まり、会社の潜在能力が高まります。
モチベーションが向上すれば、優れた人材がその能力を存分に発揮してくれますから、優れた商品や顧客サービスを生み出し、顧客満足度は高まります。
結局、人材コストは削減され、売上も増えるので、生産性が向上し、業績もアップします。
従業員満足が生産性を高めるって本当ですか?
一見理屈が通っているように思えますが、かなり論理の飛躍があります。
まず、従業員満足がモチベーションを高めるという理屈に、論理の飛躍があります。
次に、モチベーションが高まって、顧客満足度や生産性が高まるという理屈も同じです。
何か一つのことに取り組んだら、因果が巡り巡って会社の業績を高めるという言い方は、ドラッカーが悪習として否定している「キャンペーン型マネジメント」に当たります(参考:「自己目標管理」)。
経営はシステムですから、様々な取り組みが互いに影響し合って全体の業績を左右します。何か「これだけ」をやればいいというものではありません。
(参考:「働き方改革や健康経営が生産性を高めるって本当ですか?」、「商売が繁盛するたった1つのコツ!?」)
まず、従業員満足がモチベーションを高めるかどうかは、その「満足」の内容によります。「満足だから、これ以上頑張らなくていい」という意味かもしれませんよ。それがモチベーションにつながるでしょうか?
次に、モチベーションが高まるから、顧客満足度や生産性が高まるとも言えません。従業員のモチベーションが高まった結果、お客さんは「ウザイ」と感じるかもしれません。
仕事をするうえでモチベーションは必要条件ですが、モチベーションを実際の成果につなげるためには、そのための仕組みが必要です。
それは、優れた戦略であり、効果的で効率的な業務プロセスです。
モチベーションが顧客満足の向上につながるには、顧客満足を高めるようなサービス提供プロセスが必要ですし、それを高いレベルで実践できるだけの徹底した教育訓練も必要です。それ以前に、価値の高いサービスがなければすべては無駄です。
こういった仕組みをつくることが重要であり、難しいことなのです。これは経営そのものでもありますから、結局、当たり前のことをバランスよく着実に行うことしか、業績を向上させる道はありません。
従業員満足によって、黙っていても従業員自らがそんな素晴らしい仕組みをつくってくれるなどと考えているとすれば、甘すぎると言わざるを得ません。
1メッセージのキャンペーン型マネジメントは、そういった論理の飛躍を含んでいることが多いので、注意しなければいけません。
例えば、「これをやればうまく行きますよ。」といった1メッセージ型の触れ込みでコンサルティングファームなどが寄ってくることもあります。
一見簡単そうで、それほど高額でもないため、契約してしまいます。入口は小さく見えますが、そこから入ると、さらに大きな入口が待ち構えています。
「こんな課題が見つかりました。ここでやめてもいいですが、こんな問題が起こる可能性がありますよ。」といって、さらに高めの次なる契約が提示されます。
このようにして、公共事業さながらに「小さく生んで、大きく育てる」方式でどんどん深く入り込んでくることがありますので、くれぐれも注意しましょう。
従業員は何に満足しているのか?
従業員にとって「満足」か「不満」かというのは、とても曖昧です。
ある人は、仕事において何かを達成しているから満足なのかもしれません。別の人は、大過なく過ごせているから満足なのかもしれません。
ある人は、より優れた仕事を行いたいから、仕事を改善したいから、より大きな仕事をしたいから、現状に不満なのかもしれません。別の人は、単に何に対しても不満を持つ人だから不満なのかもしれません。
従業員に求めるべきは「責任」
そもそも会社は何のために従業員を雇っているのでしょうか?
生産的な「仕事」を通して、事業の成果に貢献してもらうためです。
従業員が自分で行う仕事について、満足かどうかという感情は意味がありません。
仕事は、自ら高い目標を掲げ、達成に向けて最善を尽くさなければなりません。環境は変化し続けますから、自分自身も変化し続けなければなりません。常に、仕事を改善し続けなければなりません(参考:「自己目標管理」)。
したがって、自分の仕事において満足や不満があると仮定するなら、常に「不満」がなければなりません。常に「より良く」でなければなりません。
ですから、従業員にまず求めるべきは「満足」ではなく「責任」です。
責任を持ちたくない従業員は、責任を持たない状態が満足であり、責任を持たされると不満です。そういう意味での「満足」を重視することはできません。
例えば、従業員にアンケートをとるなら、「今日のセミナーは満足か」と聞いても何も分かりません。「今日のセミナーを自分の仕事にどう活かすか」と聞くべきです。それが責任を要求するということです。
仕事に責任を持たせるための前提は、先ほども述べた「自己目標管理」です。その前提のもとに、
- 強みが生かせる仕事に配置すること
- 仕事に高い基準や目標を要求すること
- 自分の仕事を評価するためのフィードバック情報を与えること
- 自己啓発、教育訓練の機会を与えること
- 部門全体の目標設定、自分が関わる仕事の設計・改善に参画させること
が必要です。
リッツ・カールトンの従業員満足
従業員満足と顧客満足と言えば、ザ・リッツ・カールトン・ホテルがよく取り上げられます。
同ホテルは、従業員満足が顧客満足につながり、利益を生むことを信念として持っています。
特に、クレドが有名です。「どういうホテルであればお客様が常に行きたいと思ってくださるか? それから他の方にもすすめたいと思ってくださるか」を話し合い、その考え方をまとめたものだそうです。すべての従業員がクレドを記したカードを携帯しています。
このクレド・カードはよく真似されるようですが、成果が出ることはほとんどありません。それだけを真似するからです。
まさにキャンペーン型マネジメントです。クレド・カードを導入すれば、従業員満足から顧客満足が実現し、高い利益につながると考えているのでしょう。
同ホテルのすぐれた顧客サービスと高い利益は、そんな単純なことで実現しているわけではありません。
「私たちが求めているものは、人をもてなすことができる人だけです」と言っているように、従業員採用では時間をかけて徹底した選別を行っています。
採用後は、基本から徹底して教育訓練を行います。
そうやって配置された優れた人材が、「顧客満足」をあらゆる仕事に優先する事項として徹底して実現することを命じられます。そのために相応しい予算や裁量も与えられます。
言葉遣い、あいさつの仕方、電話の出方など、細かいルールも決まっていて、そのルールに従うことを義務づけられます。
優れた顧客サービスをした従業員に対しては、様々な形で報奨が用意されています。
これらすべての取組が同ホテルの優れたサービスを支えています。キャンペーン型マネジメントでは駄目なのです。
やるべきことは一つではありません。一つの目的に向けて、やるべきあらゆることをやらなければなりません。
同ホテルにとって、従業員満足が顧客満足につながるとは言いつつも、「顧客満足こそが従業員満足である」という逆説も持っています。
「従業員満足」という言葉を使っていますが、そこには厳然としたミッションが込められているのです。決して、曖昧に使っているものではありませんし、従業員には厳しい責任が要求されているのです。
従業員満足度で知るべきものとは?
繰り返しますが、従業員を雇う目的は、仕事で成果に貢献してもらうことです。仕事で従業員に求めるべきは「満足」ではなく「責任」です。
では、仕事以外のことで従業員が感じる「満足」や「不満」はどうなのでしょうか? それらを無視してよいかというと、決してそんなことはありません。
例えば、職場環境、評価、給与、福利厚生などで従業員が感じる不満は、間違いなく生産性を落とします。
それらを改善したら「不満」を減らすことはできますが、それ自体でモチベーションを高めることにはなりません(参考:「モチベーション」とは何か?)。
モチベーションを高めるのは、あくまで「責任ある仕事」です。それが大前提になければなりません。
そのうえで、従業員に問わなければなりません。
- あなたが仕事において責任を果たすうえで、妨げとなっているものは何か、不満に思っていることは何か。
- あなたがよりよい仕事をしていくために、会社はどのような職場環境、ツール、制度を用意することができるか。
仕事に対する責任の要求と同時に、従業員の不満が解消されていく仕組みがあるならば、相乗効果的なモチベーション向上に役立つことは間違いありません。
ChatWork株式会社に見る「非常識」な社員満足
株式会社EC studio(現 ChatWork株式会社)を創業された山本敏行氏は、小さいながら、同社を2年連続社員満足度日本一に導きました。
山本氏の書籍『日本でいちばん社員満足度が高い会社の非常識な働き方』(ソフトバンククリエイティブ株式会社)に、その経緯が語られています。
こういう事例があると、どうしても「非常識な制度」に目を奪われがちになり、制度だけを真似しようとします。うまく行くはずはなく、「お宅の会社だからうまく行ったんでしょう」というお決まりの捨て台詞で終わるのがオチです。
山本氏は、紆余曲折を経ながらも、明確なビジョン、方針、戦略等をお持ちでした。社員が努力を傾けるべき方向、責任を集中させる方向がはっきりしていたのです。
そのうえで、どうしたら社員が仕事を一緒に楽しめるかを考え、意見を求め続けました。それが、一見非常識に見える様々な制度につながっています。すべては根拠があり、合理的な仕組みなのです。
ですから、一つひとつの制度が問題ではなく、「わが社の社員が仕事の責任を果たすために足りないもの、必要なものは何か」ということが問題なのです。
優先すべきは目的
いかなる場合も、経営者は、会社のビジョンやミッション、方針、戦略といった会社の目的や方向性を明確にすることを怠ってはいけません。
それがあって初めて、社員に対し、仕事への責任を要求することができます。
目的や方向が曖昧な状態で、仕事において要求できる責任など持てません。責任が要求できない中での従業員満足は、単なる現状維持の満足であり、給料をもらって楽をする満足でしかありません。