自己目標管理

組織には、様々な技能や知識を持つ人たちが働いています。人が果たすべき貢献は多様ですから、それぞれの貢献は共通の目標に向けられなければなりません。それでこそ組織全体の成果につながります。

組織が必要としているものは、次のことです。

  • 個の強みと責任を全開させること
  • 全員のビジョンと活動を共通の目的に向けて方向づけること
  • チームワークを実現すること

個の目標と共同の利益を調和させるためのマネジメントの原則が必要です。それを実現するのが「自己目標管理」です。共同の利益を全員の目標に変えるための方法です。

命令や説得ではなく、目標からの要求であるがゆえに、人を行動させることができます。自らの意思によって、すなわち自由人として行動させることができるからです。

マネジメントの「哲学」(本質、根本原理)なるものがあるとすれば、自己目標管理によるマネジメントこそ、それに当たるものです。

3人の石工

有名な3人の石工の話です。「何をしているのか」と聞かれ、それぞれ次のように答えました。

  1. 暮らしを立てている
  2. 最高の石切の仕事をしている
  3. 教会を建てている

最初の石工は、一日の報酬に対して一日の仕事をしている人です。単純労働者に当たる人でしょう。マグレガーのX理論が当てはまる人かも知れません。暮らしのためにやむなく働いているとすれば、指揮命令と監督によって管理することが必要です。

ドラッカーは、3番めの石工こそマネジメントであると言います。マネジメントの3つの役割を果たしているからです。

第1の役割である自らの組織に特有の使命を果たしています。教会を建てるために、石工としての技能(強み)を活かし、貢献しようとしています。

第2の役割である仕事を通して働く人たちを生かしています。自分の強みを発揮することで自らを生かし、目的を知ったうえで次の工程に活用できる形で石を切り出すことで、次の工程に働く人たちも生かしています。

第3の役割である社会的責任を果たしています。「教会」を建てることによって、社会が求める魂の救いの場を提供するという意図を理解しています。

スペシャリストが抱える問題

ドラッカーは、2番目の石工が問題であると言います。今日進行中の社会と技術の変化のために生じている大きな危険に関わると言えます。

高等教育を受けたスペシャリスト(専門家)が急増しています。技能も高度になっています。彼らのほとんどは、それぞれの専門知識によって組織に貢献します。

スペシャリストは、単に石を磨いているにすぎなくても、大きなことをしていると錯覚することがあります。技能が目的になることが問題です。

技能の重要性は、組織全体のニーズとの関連で測られます。組織全体の目的に貢献するものでなければ、その組織では重要でないからです。

スペシャリストもまたマネジメントにならなければなりません。自らの技能を組織全体の目的や目標に方向づけ、貢献させなければならないのです。

このスペシャリストの問題に限らず、組織には、全体の目的や目標の達成を阻害する要因がいくつか存在します。組織が多くの人の強みを生かすためにつくられることによる副作用のようなものです。詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

結局のところ、マネジメントにとっては、何ができるか、何をやっているかが問題ではなく、「何のためにやっているか」が問題です。それを理解しない限り、何ができても、何をやっても成果にはつながりません。

いかに目標を設定するか

マネジメントには明確な目標が必要です。目標は、組織への貢献に基づいて規定しなければなりません。

目標が明らかにするもの

目標は、自らの率いる部門があげるべき成果、チームとしての成果を明らかにするものでなければなりません。組織全体の目標から引き出したものである必要があります。

さらに、他部門の目標達成の助けとなるべき貢献と、他部門に期待できる貢献も明らかにします。部門同士お互いに貢献し合うことによって、それぞれの目標を達成し、全体の目標につなげていくことが大切です。

ある領域の仕事については、特定の他部門にとっていかなる貢献も期待されない場合があります。その場合であっても、その旨を明確にしておく必要があります。自部門に直接関わりのない仕事であっても、組織全体の成果に必要な仕事があることを知ってもらうためです。

事業上の成果は、多様な領域における多様な努力と成果のバランスにかかっていることを理解してもらう必要があります。

目標が持つべき視点

  • 時間の視点
    • 短期的視点と長期的視点の両方が必要です。
  • 質的な視点
    • 有形の目標として、経済的目標(金額などの数値目標)が必要です。
    • 同時に、無形の目標として、次の3つの目標を含まなければなりません。マネジメントの3つの役割に対応しています。
      1. マネジメントの組織化と育成
      2. 部下の仕事ぶりと態度
      3. 社会に対する責任
  • 目標間のバランス
    • 特に、トップ・マネジメントに不可欠です。特定の目標のみを掲げるのではなく、複数の目標のバランスを取ることが必要です。
    • その意味で、次のようなキャンペーン方式のマネジメントは避けるべき悪習です。

キャンペーン型マネジメントという悪習

典型的なのが、節約キャンペーンです。効果がないどころか、間違った方向へ導きます。一つの側面だけを強調し、他の側面を犠牲にするからです。

しかも、終了後は何事もなかったかのように忘れ去られ、また別のキャンペーンが始まるということが繰り返されます。もはや狼少年のごとく、本当の危機が来たときにも、社員には「またか」と本気にされなくなります。

ですから、世の中の声に踊らされないよう、十分に気をつけましょう。世の中には、「○○週間」、「○○経営」、「○○改革」といった、様々な一メッセージ型のキャンペーンが唱導されることが多いからです。

それぞれのキャンペーンが、それぞれの意図や論理を持って、組織の発展、業績向上に貢献することを強調します。特定の目的を持った特定の機関、あるいはその特定の部門が唱導しますから、ドラッカーの言う「階層の分離」の阻害要因も働きます。

それが成功の一側面、成果への一要因になることはあっても、それだけで成果が出るものではありません。逆に、一つの側面だけを強調することによって、他の側面が犠牲になり、全体として害をもたらすこともあり得ます。

様々な要因が組み合わされて成果に貢献しますから、ドラッカーが言っているとおり、複数の目標間のバランスをとることが重要です。

特に、働く人向けのキャンペーンであれば、それがどのようにモチベーションに作用し、成果を高めるのかをよく理解しなければいけません。多くは「衛生要因」(不満足要因)に作用するものであり、「動機付け要因」に作用するものではないからです。モチベーションについて詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

自己目標管理

マネジメントの責任

マネジメントには、自ら目標の設定に参画する責任があります。

  • 自らの目標を規定すること
  • 自らの属する部門の目標設定に参画すること

後者の参画は、前者の自己目標を組織の上位ニーズによって設定するために必要です。上位の目標を理解することなくして、自らに求められる目標のニーズを知ることはできないからです。

上位のマネジメントは、部下であるマネジメントが定めた目標を否認する権限を持ちます。組織全体の目標に貢献しない目標は容認されないからです。しかし、目標を定める責任はそれぞれのマネジメントにあるということを忘れてはいけません。

上司のマネジメントは、最終的に拒否権を持ちながらも、その目標が組織全体の目標に方向づけられるよう協同し、調整する責任があります。

上司は部下に耳を傾ける姿勢が必要であり、部下の声が伝わる仕組みが必要です。

管理すること

「管理」という言葉は誤解されやすい、とドラッカーは言います。

  • 人を支配する能力
  • 自らと自らの仕事を方向づける能力

の2つの意味を持ちます。大切なのは、後者の意味です。

自己目標管理によって、自らの仕事ぶりをマネジメントできるようになることが重要です。それが、自己目標管理の最大の利点です。

マネジメントにとって、強い動機づけになります。最善を尽くす願望を呼び起こします。

高い目標を掲げ、最善を尽くすからこそ、自らの強みと弱みを知ることができます。その結果、自らに必要な訓練を求め、自らに相応しい仕事(人員配置)を探そうとするようになります。

ただし、自己目標管理を可能とするためには、不可欠の前提があります。「目標に照らして自らの仕事ぶりと成果を評価できること」が必要です。

まず、明確な評価基準が必要です。必ずしも定量的である必要はありませんが、単純明快で合理的であることが不可欠です。

さらに、評価するための情報を素早く手にすることが不可欠です。その情報は自己管理のための道具です。速やかに本人に伝えられて初めて、成果に責任を負うことができます。

その情報は、上司が部下を管理するための道具ではありません。目標管理において、ここが最も間違って運用されているところです。

上司が部下を管理し、締め上げるための道具となっています。確実に達成できる低い目標しか設定されなくなるのはそのためです。他人に管理される人間の自然な自己防衛本能です。

業務監査を行っているなら、その結果は監査を受けた部門に直接渡さなければなりません。部門を素通りして社長に渡され、部門長が呼び出されて締め上げられるなら、部門長は、成果のためではなく、監査結果に良く書かれるために仕事をするようになります。「ゲシュタポ」の目を逃れることが目的になります。

上司がその情報を知る必要がないという意味ではありません。働く者が直接その情報を知り、自ら改善しようとする自己管理の努力が動機づけとして重要であるということです。

上司が先に知り、呼び出され、足らざるところを指摘され、改善を命令されるという受動的な対応を余儀なくされることが、部下のやる気を失わせます。

自己目標管理は、人が責任、貢献、成果を欲する存在であることを前提としています。支配による管理ではなく、「自己管理」としての目標管理であることを忘れてはいけません。

報告と手続きに支配されないこと

自己管理によるマネジメントを実現するには、報告、手続き、書式を根本的に見直すことが必要です。ドラッカーは、報告と手続きの誤った使い方が3つあると指摘します。

  • 手続きを規範と見なすこと。
    • 手続きは効率のための手段であり、正しい行動を実現するものではありません。
    • あくまで「手段」であり、「目的」ではありません。
  • 手続きを判断の代わりにすること。
    • 手続きは、判断が行われた後に機能するものです。
    • 手続き上は、正常な判断に合致しない異常を検知できることが重要です。
  • 報告と手続きを上からの管理の道具として使うこと。
    • 本来の仕事ではない報告と手続きが重視される方向に導かれます。
    • 必要な仕事ではなく、よく見せることに力を入れるようになります。
    • 上司は、ごまかすべき相手になります。

報告と手続きの数は最小限に留めます。時間と労力を節約するために使うものですから、現場にとって必要なものだけに留めるべきです。あらゆる報告と手続きは、少なくとも5年に一度は見直すべきです。

ドラッカーは、ある公益事業のコンサルティングにおいて、あらゆる報告を2ヶ月廃止し、現場がどうしても必要だというものだけを復活させる方法をとりました。その結果、全体の4分の3が削減されたと言います。

報告と手続きは「自己管理」のための道具です。記入者が成果をあげるために必要な道具でなければなりません。上司が記入者を管理し、評価するための道具にしてはいけません。

上司は、部下の仕事をサポートするのが仕事です。部下の時間を奪って、なすべき仕事をすることを妨げてはいけません。