「学習する組織」とは、目的を達成する能力を効果的に伸ばし続ける組織であり、その目的とは、皆が望む未来を創造することです。
学習する組織に唯一完全な姿はありません。むしろ、環境変化に適応しつつ学習し、自らをデザインして進化し続けます。変化の激しい環境下で、様々な衝撃に耐え、復元するしなやかさが必要です。
総合的品質管理の権威であるデミング博士は「私達のマネジメントの一般的体系は職場の人達を破壊してきた」と言い、その「マネジメントの一般的体系」は「教育の一般的体系」と結びついているので、後者を変えなければ前者は変えられないと考えました。
デミング博士によると、人々が失敗するのは、学校体験に埋め込まれた思考・行動様式によって社会生活に適応してきたからです。
上司と部下の関係は、教師と生徒の関係と同じです。教師が目標を設定し、生徒はその目標に応えます。教師は答えを持ち、生徒はその答えを得ようと努力します。生徒は、自分がうまくできたかどうかを、教師の評点・評価によって理解します。
『学習する組織』(英治出版)の著者であるピーター・M・センゲは、教育から引き継がれているマネジメントの一般的体系の問題として、次の8つの基本的な要素をあげています。
- 評価によるマネジメント
- 短期的な指標に焦点を絞る。
- 目に見えないものを低く評価する。
- 追従を基盤にした文化
- 上司を喜ばせることで出世する。
- 恐怖によるマネジメント
- 結果の管理
- 経営陣が目標を設定する。
- 社員はその目標を達成する責任を負わされる。
- 「正しい答え」対「誤った答え」
- 専門的な問題解決が重視される。
- 意見の分かれるシステム的な問題は軽視される。
- 画一性
- 相違は解消すべき問題である。
- 対立は表面的な調和のために抑制される。
- 予測とコントロールが可能であること
- 「マネジメントの三種の神器」は計画、組織化、コントロールである。
- 過剰な競争と不信
- 人々の間の競争は望ましい業績を達成するうえで不可欠である。
- 競争がなければイノベーションも生まれない。
- 全体性の喪失
- 断片化
- 局所的なイノベーションが広がらない。
「学習する組織」を構築するためのディシプリン
私達は幼い頃から、問題を細かく分けよと教えられます。分けることで複雑な問題が扱いやすくなるからです。
その結果、本来私たちに備わっている、より大きな全体とつながっている感覚が失われ、自分の行動の結果がどうなっているかが見えなくなります。
「物事を細かく分けて考える」という発想は、世界が、互いに関連のない独立した力で作られているという思い込みから来ています。この思い込みを捨てない限り「学習する組織」を築き上げることはできません。
「学習する組織」とは、人々が心から望んでいる結果を生み出す能力を絶えず拡大させる組織です。新しい発展的な思考パターンが育まれる組織、共に抱く志が解放される組織、共に学習する方法を人々が継続的に学んでいる組織です。
組織内のあらゆるレベルで、人々の決意や学習する能力を引き出す方法を見つけることができなければ、真に卓越した組織になることはできません。
学習は、私達の持って生まれた性分であり、私達は学習することが大好きですから、学習する組織を作ることは可能です。
「学習」という言葉は、現代においては中心的な意味が失われ、どちらかというと受け身の姿勢を感じさせます。実際、「情報を取り込むこと」と同義になっています。
本来の「学習」は、「人間であるとはどういうことか」という核心に踏み込み、認識の根本的な転換や変化を伴います。学習を通じて、世界の認識を新たにし、世界と自分との関係をとらえ直します。自分の中にある創造する能力や、人生の生成プロセスの一部になる能力を伸ばします。そして、以前にはできなかったことができるようになるのです。
センゲによると、学習する組織と、従来の権威主義的な「コントロールを基盤とする組織」との根本的な違いは、「学習する組織のディシプリン」を身につけているかどうかです。
「ディシプリン」(discipline)には「訓練(法)、修養、抑制、自制(心)、克己、しつけ」など広い意味があり、強制や処罰を伴うイメージもありますが、ここでは「実践するために勉強し、習得しなければならない理論と手法の体系」を意味します。生涯をかけて習得し続けるものです。
「学習する組織のディシプリン」は、個人のディシプリンであるという点で、経営のディシプリンとは異なります。「私達がどのように考え、どのように相互に作用し合って学習するのか」を扱います。
5つのディシプリンが一つにまとまったときに「学習する組織」ができ上がるのではなく、5つのディシプリンを習得し続けるメンバーが、組織の中に実験と進歩の新たなうねりを生み出し続けると考えるべきです。
システム思考
人間によるビジネスなどの企ては、すべてシステムです。相互に関連する行動が織り成す、目に見えない構造でつながっており、互いへの影響が完全に現れるまでに何年もかかる場合があります。
私達自身がシステムの一部として織り込まれているため、変化のパターン全体を見ることが難しく、他と切り離された部分のスナップショットにのみ焦点を当てて、自分たちの最も深刻な問題が全く解決しそうにないことに悩みがちです。
システム思考は、パターンの全体を明らかにして、それを効果的に変える方法を見つけるための概念的枠組みであり、過去50年間にわたって開発されてきた一連の知識とツールです。システム思考が、他のすべてのディシプリンを統合し、一貫性のある理論と実践の体系をつくるディシプリンです。
学習する組織の核心にあるのは、認識の変容です。自分自身が世界から切り離されているとする見方から、つながっているとする見方への変容です。「外側の誰か(何か)が問題を引き起こすものだ」と考えることから、「いかに私達自身の行動が自分の直面する問題を生み出しているのか」ということに目を向けることへの変容です。
学習する組織は、「いかに私達の行動が私達の現実を生み出すか」、そして「私達はいかにそれを変えられるか」ということを継続的に発見し続ける場です。
自己マスタリー
「マスタリー」とは「特別なレベルの熟達」です。自分たちにとって最も重要である結果を常に実現することができるよう、自己マスタリーの習得を目指し、生涯を通じて学習し続けます。
「自己マスタリー」は、継続的に個人のビジョンを明確にし、それを深めることです。自分にとって本当に大切なことを明確にし、自分の最高の志に仕える人生を生きることです。そのうえで、エネルギーを集中させること、忍耐力を身につけること、現実を客観的に見ることです。
自己マスタリーは、学習する組織の精神的基盤です。組織の学習に対する取り組みや学習能力は、構成するメンバーの取り組みや学習能力以上に高くなることはあり得ません。
次なる関心は、個人の学習と組織の学習との間の関係です。
メンタル・モデル
「メンタル・モデル」とは、私達がどのように世界を理解し、どのように行動するかに影響を及ぼす、深く染み込んだ前提(一般概念、イメージ)です。私達は、自分のメンタル・モデルや、それが自分の行動に及ぼす影響に気づいていない場合が少なくありません。
様々な経営環境で何ができ、何ができないかについても、メンタル・モデルが影響を及ぼしています。
「組織としての学習」は、会社や市場や競合企業について経営陣が共有するメンタル・モデルを変えるプロセスです。経営計画の策定は、その意味での学習の場であると考えることができます。
メンタル・モデルに働きかけるというディシプリンでは、自分の内面の世界観を掘り起こし、それを浮かび上がらせ、厳しく精査できるように保持することが必要です。
このディシプリンには、探求と主張のバランスがとれた「学習に満ちた会話」を続ける能力も含まれます。自分自身の考えを効果的に表出させ、他の人の影響を受け入れるようにします。
共有ビジョン
組織におけるリーダーシップの最たるものは、創り出そうとする未来の共通像を掲げる力です。組織全体で深く共有される目標や価値観や使命なくして、偉大さを維持し続けられる組織はありません。
真のビジョンがあると、人々は学習し、卓越します。そうしたいと思うから、そうするのです。
しかし、多くのリーダーは、個人のビジョンを、組織を活性化する共有ビジョンにつなげることができません。大抵の場合、企業の共有ビジョンは、リーダーのカリスマ性や、一時的に全員を活性化する危機に基づいています。
共有ビジョンの実践には、追従ではなく、真の参画やコミットメントを育むスキルも含まれます。このディシプリンを習得すると、ビジョンについて指図することは逆効果であることを学びます。
チーム学習
個人だけでなく、チームもまた学習することができます。チームの英知が、チーム内の個人の英知に勝ることはあります。チームによって、協調的行動の驚くべき能力が生み出されることもあります。
チームが真に学習する時、個々のメンバーも急激な成長を見せます。
チーム学習というディシプリンは「ダイアログ」で始まります。チームのメンバーが、前提を保留して本当の意味で「共に考える」能力です。
「ダイアログ」は「ディスカッション」とは違います。後者は、勝者がすべてを得る競争の中で考えを互いにぶつけ合うことです。自分の意見を通すための戦いです。
ダイアログのディシプリンには、チーム内で学習を阻害する相互作用のパターンに気づく方法を学ぶことも含まれます。チームの中にしばしば深く根付いている「防衛」のパターンです。それに気づき、創造的に浮かび上がらせることができれば、学習を加速することができます。