システム思考 − 「学習する組織」とは何か?②

この記事では、ピーター・M・センゲの著書『学習する組織』(英治出版)に基づいて、学習する組織を構築するために必要な5つのディシプリンの一つ、「システム思考」について紹介します。

「システム」とは、一般に、いくつかの要素が、ある目的を達成するために、ある法則に従って組み合わされたものということができます。

システムには構造があり、要素同士の相互作用によって、その目的を達成しようとする方向で一定のパターンを持った挙動を作り出します。

構造は、物的なものとして目に見えることもありますが、人間が関わるシステムの場合、人間の行動も相互関係の中で影響し合っていますから、構造の全体像が見えにくいことがほとんです。

システムは、小さなシステムが大きなシステムの一部であるというように階層構造をなしていることが多いので、システム内で起こる行動の影響は、想像以上に大きな範囲に及ぶことが少なくありません。

自分の行動が、システム内の相互作用によって、時間的・空間的に離れたところに結果を生み出すと、それが自分の行動の結果であることが分かりにくいため、自分がシステムの一部を構成していることに気づくことさえ難しい場合が多いのです。

「システム思考」とは、そのシステム内で生じる挙動のパターンを明らかにして、その構造的な要因を見つけ、それを効果的に変える方法を見つけるための概念的枠組みのことです。

システムの法則

世の中で生じる様々な問題は、システム内での相互作用を通じて生じているので、ある問題の対処療法的な解決は、システムのある部分から別の部分へと問題を移動させるだけのことが少なくありません。

しかし、大抵の場合、そのことに気づかれないまま、同じ解決方法が継続されがちです。最初の問題を「解決した」人と、新たな問題を引き継いだ人が異なることが多いため、システムを通して広い範囲に影響を及ぼしていることに気づかず、その関連性が分からないのです。

システムには「相殺フィードバック」と呼ばれる現象があります。よかれと思って行った介入が、その介入の利点を相殺するような反応をシステムから引き出す現象です。つまり、物事を改善しようと努力すればするほど、さらに多くの努力が必要に思えてくるのです。

企業における相殺フィードバックの典型は、商品の販売低下を補うために、値下げや広告宣伝の強化を行うことです。商品が市場での魅力を失い始めたときに、広告宣伝費を増やし、価格を下げると、一時的に顧客が戻るものの、コストが増えるので、それを補うために経費を切り詰め、サービスの質が低下します。すると顧客は離れるので、さらに広告宣伝費を増やし、価格を下げます。

個人としても組織としても、相殺フィードバックに度々巻き込まれます。努力によってあらゆる障害は乗り越えられるという信条に忠実に、より強く押し続け、自分自身がその障害の原因になっていることに気づきません。

多くの介入は、短期的にうまくいきます。相殺フィードバックには「遅れ」が伴うからです。短期的な利益と長期的な不利益との間の時間的なズレです。この「悪くなる前に良くなる」反応こそが、非生産的な政治的意思決定の温床になっています。

「政治的意思決定」とは、本質的価値に関係がない目的の意思決定です。例えば、自分自身の権力基盤を構築すること、格好良く見えること、上司を喜ばせることなどのために意思決定することです。

私達は、未知の問題に対処することを回避したいと思うので、自分が最もよく知っていることに固執し、問題に対して見慣れた解決策を当てはめようとします。

見慣れた解決策あるいは安易な解決策は効果がないだけでなく、時として中毒を引き起こします。長期的に一層多くの解決策を打つ必要性が高まり、システムを根本的に弱体化させます。

長期的な解決策は「システムがそれ自身の問題を引き受ける能力を強める」ものでなければなりません。

マネジャーたちは、自分たちの得意とする解決策の多くがいかにシステムの法則によって妨げられてきたかに初めて気づいたとき、落胆し、希望を失うことがあります。

システムの法則によれば、何事も期待外れに終わる可能性がある、または事態を悪化させる可能性さえあるということで、不作為の言い訳になる可能性もあります。

しかし、システム思考が真に意味するのは、不作為ではなく、新しい考え方に根ざした新しいタイプの行動です。

レバレッジを見つける

システムで起こる問題には、通常、最も目につきやすい解決策は役に立ちません。短期的に症状が改善しても、長期的には問題を悪化させます。

しかし、小さくても的を絞った行動を正しい場所で行えば、持続的で大きな改善を生み出すことができます。この効果を「レバレッジ」(てこの作用)と呼びます。

より的確な場所で、より小さい行動で、より大きな改善が生み出されるとき、「高いレバレッジがある」あるいは「レバレッジが高い」と呼びます。

問題は、高いレバレッジが、システム内にいる参加者には非常に見えにくいことです。その理由は、システムの問題の根本に関わります。原因と結果が、時間的・空間的に近くにあるわけではないということです。

「結果」とは、問題があることを示す明らかな症状を意味します。「原因」とは、その症状の根底にあって、その発生に最も大きな責任があるシステムの相互作用のことです。

高いレバレッジを見つけるための単純な方法はありませんが、見つける可能性を高める考え方があります。一つは、出来事ではなく、システムの根底にある構造を見ることを学ぶことです。そのためには、典型的なシステム原型を知っておくことが有効です。

もう一つは、スナップショットではなく、変化のプロセスの点から考えることです。長期の変化を意識的に考えるようになれば、全く新しい見え方に変わります。「スナップショット」によって厄介なジレンマに見えても、システムの視点からは全くジレンマではないことが分かることがあります。

典型的なジレンマ(低コストか高品質か、中央からの統制か現場での統制か、幸せで熱心な従業員か低労働コストか、個人の実績に報いるか評価されているという実感を全員に持たせるか、など)は、ある固定された時点で何が可能かを考えるところから生じます。

長期的に見ることは、システムの全体性を見ることでもあります。高いレバレッジは、通常、相互作用の中に見つかるものであり、全体を見ない限り相互作用も見えません。

「システム境界の原則」と呼ばれる基本原理があります。偏狭な組織の境界に制約されることなく、眼下の問題にとって最も重要な相互作用を観察しなければなりません。

ところが、販売、製造、研究など厳格な内部区分を強要する組織運営では、人々が重要な相互作用を見ることを妨げます。問題を放置して、他の誰かに後始末をさせる組織運営も同じです。

私達は、自分たちの問題を他の誰かのせいにしがちですが、システム思考は、切り離された「他者」などいないことを教えます。あなたも他の誰かも一つのシステムの一部であり、その関係の中に解決策はあります。

全体を見る思考

情報工学の分野には「システム・アナリスト」と呼ばれる専門家がいます。彼らは多くの変数があるタイプの複雑性(種類による複雑性)に対処しようとします。大半のシステム分析は、種類による複雑性に焦点を当てています。

大部分の人にとって「システム思考」とは、複雑な問題に対して複雑な解決法を考え出そうとしており、複雑性をもって複雑性と格闘することを意味しています。

これは真のシステム思考と正反対です。なぜなら、何千もの変数や、複雑多岐にわたる詳細要素を伴うシミュレーションは、パターンや主な相互関係に目を向けるのを妨げ得るからです。

システムにおける複雑性とは、動的な複雑性です。原因と結果がとらえにくく、相互作用が長期に及ぼす効果が明らかではありません。

動的な複雑性とは、同じ行動が、短期と長期で大きく異なる影響を及ぼす場合です。一つの行動が、ある部分で一定の結果をもたらし、別の部分で全く異なる結果をもたらす場合です。明らかな介入が自明でない結果を生み出す場合です。

システム思考は「学習する組織」を構築するための5つのディシプリンにおける土台に位置づけられ、全体を見るためのディシプリンです。「全体を見る」とは、次のような見方のことです。

  • 物事や出来事ではなく、相互関係を見る。
  • 静態的な「スナップショット」ではなく、変化のパターンを見る。
  • 複雑な状況の根底にある「構造」を見る。
  • レバレッジの低い変化と高い変化を見分ける。

システム思考を支える重要な概念には、サイバネティクスの「フィードバック」概念と、「サーボ機構」工学理論があります。

「サイバネティクス」とは、生物と機械における制御と通信を統一的に認識し、研究する理論の体系です。「フィードバック」とは、結果の情報を原因側に戻すことで原因側を調節することです。

「サーボ機構」とは、工作機械やロボットなどの分野で物体の位置・方位・姿勢などを自動制御する仕組みです。

システム思考の実践では「フィードバック」の概念を理解することが特に必要です。行動がどのように互いを強めたり、打ち消したり、バランスをとったりするかを理解することで、何度も繰り返し生じる「構造」の型が見えるようになります。

最終的に、システム思考は、出来事や詳細の背後にある、より深いパターンに目を向けられるようにすることによって、複雑に見える人生をシンプルにすることができます。

因果関係のループに目を向ける

現実は環状(ループ)のシステムであることがほとんどですが、私達が目にする現象は直線的に見えます。日常の会話で行われている因果関係の説明の大部分は、線形の見方に根ざしています。それは部分的にしか正しくなく、ここに限界の始まりがあります。

システム思考では、様々な変数が環状になって互いに影響を与え合っていることを理解する必要があります。相互に与え合う影響の流れを「フィードバック」と呼びます。

すべての現象は、別の現象の原因となるだけでなく、別の現象からの結果でもあります。一方的に影響を与えるだけ、受けるだけのものはありません。

現実を全体的に見るとは、影響が循環するループに目を向けることです。影響の流れをたどることで、状況を改善したりも悪化させたりもする「パターン」に目を向けることができるようになります。どの要素からでも、別の要素への影響を表す矢印をたどることができます。

システム思考における重要なスキルは、ループの構造がどのようにして特定の挙動パターンを生み出すか、そのパターンがどのように影響を受け、影響を及ぼす可能性があるか、を理解することです。

また、システム思考では、人間もプロセスの一部であり、絶えず現実との間に影響を与え合っていることに目を向けます。フィードバックの考え方によって、人間を行動の中心とみなす考え方から離れることができる一方、システムの機能の仕方に誰もが影響を与えることができることにもなります。

システムによって生み出される問題に対しては、全員が責任を共有します。ただし、そのシステムを変えることにおいて、全員が等しいレバレッジを行使できるとは限りません。

システム思考の基本構成要素

フィードバックのプロセスには、「自己強化型(増強型)」と「バランス型(平衡型)」という2つの型があります。

「自己強化型」では、小さな変化が起こると、その方向を加速し、大きな結果を生みます。成長を加速する場合も、衰退を加速する場合もあります。

代表的なものに「ピグマリオン効果」(自己達成予言)があります。例えば、ある生徒についての教師の評価が、その生徒の挙動に影響を与えます。大人の関心に誘導され、生徒たちは無自覚に大人のイメージを自己イメージにし、実際にそのイメージに近づきます。

「バランス型」では、そのシステムに一定の目標が埋め込まれているため、変化が生じても、その変化を修正して、当初の目標に向かおうとします。

純然たる自己強化型は滅多になく、ある変化によって自己強化型が起こっても、いつかは限界にぶつかり、変化の速度が遅くなったり、一進一退となったり、変化が止まったり、変化が逆転することもあります。こういった限界は、バランス型によってもたらされます。

バランス型は安定を求め、何らかの目標を維持しようとする自己補正能力を持ちます。いかに努力しても、それを相殺するように働きますから、その目標を変えるか、フィードバックの影響を弱めるかのどちらかができない限り、努力は実を結びません。

バランス型では何も起こっていないように見えるため、その存在に気づきにくいと言えます。バランス型の目標が暗黙のものになっていて、誰も認識していないことが原因です。

暗黙の目標になっているのは、大抵の場合、確立された権力構造に組み込まれた従来の規範です。固定化された規範が、変化を脅威とみなします。

このような場合、変化に対する抵抗に打ち克とうと更に強く押すのではなく、抵抗の源を見つける必要があります。暗黙の規範や、その規範が組み込まれている力関係に直接焦点を当てます。

バランス型をたどっていくには、通常、望ましい姿と現実との乖離から始めるのが簡単です。バランス型は、望ましい姿と現実との間にある乖離を小さくするために働いているからです。

遅れ

多くのフィードバック・プロセスには「遅れ」が伴います。行動の影響が徐々に結果に現れるのではなく、時間がある程度経過するまで結果が見えません。

遅れがあるため、余計に行動し過ぎて失敗しがちですが、遅れを認識してうまく連動して動けば、プラスの効果が得られます。ただし、遅れを正しく評価することは簡単ではありません。