この記事では、ピーター・M・センゲの著書『学習する組織』(英治出版)に基づいて、学習する組織を構築するために必要な5つのディシプリンの一つ、「システム思考」を修得するために知っておくべき「システム原型」ついて紹介します。
システムは私達を取り巻いています。私達もその構造の一部であるため、その構造に気づくことが難しく、その構造の虜になってしまいます。
システムの構造を見ることを学べば、今まで見えていなかった力から自分自身を解放し、最終的にその力と連動したり、その力を変えたりする能力を身につける第一歩となります。
システム思考という分野では、特定の型の構造が繰り返し、繰り返し起こることが分かっています。そのような型のことを「システム原型」または「一般的構造」と呼びます。いわば自然の型です。
システム原型の数はそれほど多くなく、特異なものでもありません。経験豊かなマネジャーなら直感的に知っているものです。同じ原型は、生物学、心理学、家族療法、経済学、政治科学、生態学などでも繰り返し起こります。
システム原型を知る目的は、働いている構造に目を向け、その構造の中のレバレッジを見つけることができるように、私達の認識を修正することです。
センゲによると、現在、およそ12のシステム原型が見つかっています。本書では、そのうちの9つが紹介されていますが、この記事では代表的な2つを紹介します。
すべての原型が、「自己強化型」、「バランス型」、「遅れ」という基本要素からできています。
成長の限界
自己強化型が望ましい結果を生み出すように働き、成功の好循環を作り出しますが、気づかないうちに、やがてその成功を減速させる副次的な影響(バランス型)も生み出します。
良かれと思ってなされた改善の取り組みの多くが、突然、成長の限界にぶつかります。しばらくの間は、成長や改善の自己強化型が働くものの、やがてそれがバランス型にぶつかり、成長を制限します。ついには自己強化型が向きを変え、反対方向に回ることもあります。
ある意図された変化が実行され始めると結果は改善し始め、それによって意図された変化への決意が強まります。しかし、その変化がうまくいけばいくほど、ある人達には脅威を与える可能性が出てきて、その人達がそれ以上の変化を妨げ始めます。
例えば、新しいやり方への転換を求める人々と、主流の文化を守ろうとする人々との間の二極分化と競争が起こります。組織の風通しの良さや率直さが高まることによって、支配思考のマネジャーが脅かされると感じるようになり、邪魔をし始めます。
変化の成果を測定する指標が、そのコストを直ちに明らかにするものの、メリットを明らかにするには時間がかかるため、妨げになることがあります。
様々な変革者グループ間での関係維持を阻害する、分裂したマネジメント構造が存在する場合もあります。
ほとんどの人は、成長の限界が現れると、更に強く押そうとする反応を示します。しかし、見慣れた打ち手を力強く押せば押すほど、バランス型が更に強く抵抗し、努力がますます無駄なものになります。
この原型に対しては、成長を無理に加速させるのではなく、成長の制約要因を取り除くことです。レバレッジはバランス型のループの中にあります。これまで考えたことがない行動、まったく気づかなかった選択、報酬や規範の厳しい見直しが必要になるかもしれません。
ただし、制約的なプロセスは一つで終わるとは限りません。制約の根源を一つ取り除いたり弱めたりした場合、再び成長が始まって、やがて新たな制約源に直面します。
状況によっては、生物の個体数の成長のように、成長はいずれ止まるということが根本的な原理である場合もあります。
まず、自己強化型のループを見つけるには、何がだんだん良くなっていて、何が改善につながる活動の動きかを見つけます。改善している状況とそれにつながる行動が一つずつ以上あるはずです。
次に、その改善を止めるような制約要因を見つけます。暗黙の目標、規範、制限的な資源などです。そして、それが生み出すバランス型のループを見つけます。
2つのループが見つかれば、レバレッジを探します。制約要因を弱めたり、取り除いたりできるものです。
問題のすり替わり
何か根底にある問題が、注意を引く症状を生み出すのですが、その根底にある問題は漠然としていたり、その問題に取り組むには犠牲が大きいため、その問題そのものは放置されます。
代わりに他の解決策をとります。その解決策は、善意から出た簡単な応急処置であり、非常に効果的に見えるので、見かけ上は症状が良くなります。
しかし、根底にある問題には手をつけませんから、時間が経って症状が再発します。その度に応急処置を繰り返すと、その問題を解決するために本来持っていた能力は徐々に失われていきます。
そうなると、その問題は気づかれないまま悪化することになり、症状も重くなっていきます。
効果的に働くように思えるものの、問題にあまりきちんと対処していないような不安な気持ちにさせる解決策があったら、その陰に問題のすり替わりの構造が潜んでいる可能性があります。
問題のすり替わりの構造は、2つのバランス型(平衡型)ループからなります。2つとも、同じ問題の症状を調整または補正しようとしています。一つは対処療法的な介入であり、応急処置です。もう一つは根本的な対処ですが、遅れが存在するため、効果が明らかになるまで長い時間がかかります。
問題のすり替わり構造には、さらにもう一つ、対処療法的な解決策の副作用として生み出される自己強化型ループも存在することがあります。これが起こると、根本的な解決策をより遠ざけるようになります。
例えば、生活習慣病に対する根本的な解決策は生活習慣の改善ですが、薬の服用によって症状が改善すると、生活習慣を改善する動機は弱まります。さらに、薬を多用することによる別の健康問題を引き起こす可能性があります。
問題のすり替わり構造の存在を示す手がかりは、一時的には良くなるように見えても長期的には悪化する問題があること、システム全体の健全性が次第に悪化すること、無力感が高まっていることです。
問題のすり替わり構造に効果的に対処するには、根本的な対応を強めることと、対処療法的な対応を弱めることを組み合わせる必要があります。これがレバレッジになります。
なお、「根本的」な解決策と「対処療法的」な解決策は相対的ですから、最も根本的な対処法から最も表面的な対処法まで列挙し、それらの種類が異なることを見極める必要があります。
そして、対処療法的な解決策によって起こり得るマイナスの副作用を突き止めます。対処療法的な解決策への依存が強化されていく可能性を理解する必要があります。
根本的な対応を強めるには、長期的な方向性と共有ビジョンの意識が必要です。対処療法的な対応を弱めるには、一時しのぎの緩和策や見栄えの良い解決策について、進んで真実を語る決意が必要です。
時には対処療法的な解決策が必要なこともありますが、必ずそれが対症療法であると認識されていなければならず、根本的な解決策の能力を回復させる戦略と組み合わされる必要があります。