警告:これって社員いじめになりますよ!
「いじめ・嫌がらせ」に関する労働相談は、この10年で倍以上に増加しています(参考:「今どきの労働問題に見えるブラック企業の兆候」)。
いじめる人が増えたというより、「いじめ・嫌がらせ」に対する認識が変わってきたと捉えるべきではないかと思います。
特に若い人の捉え方が変わってきたように感じます。それは、
- 仕事をちゃんと教えてくれない
ということを、若い人は「いじめ・嫌がらせ」と捉えているということです。
一つの事例を使って、この問題を考えてみたいと思います。
この事例をどう思いますか?
ある衣料品店での出来事です。
常連客がバーゲンセールでコートを買いました。家に持ち帰ると、裏地が破れていることに気づきました。
お客は交換して欲しくて、もう一度お店に戻りました。セールでごった返していましたが、何とか店員をつかまえて、事情を説明しました。
ところが、店員は「あちらをご覧ください。」と壁に大きく貼られた注意書を指差し、「バーゲンセールでございますので、”返品お断り”とさせていただいております。」と言いました。
お客は「最初から破れていたんですよ。」と反論しましたが、店員は「申し訳ございません。返品はお受けできません。」と答えるばかりでした。
お客は諦め、「二度とここで買うものか。」と心の中で呟きながら、出口に向かったところ、顔馴染みの店長がにこやかに挨拶しながら近づいてきました。
お客が事の次第を説明すると、店長は「誠に申し訳ございませんでした。確かに、在庫一掃のバーゲンセールでございますので、返品はお断りしておりますが、欠陥品は別です。修理、交換、返金のいずれでも、お客様のご要望にお応えいたします。」と申し出ました。
お客は満足し、交換を依頼しました。もちろん、これから先もこの店で買い物しようと思い直し、お店は常連客を失わずに済みました。
店長は、対応した店員を叱り、「二度とこのようなことのないように」と注意しました。
この事例は、デール・カーネギーの『人を動かす』(創元社)に掲載された事例を、独自に編集したものです。
同書で言いたいことは、「店員の杓子定規な対応によって常連客を失いそうになっていたところを、店長の臨機応変な対応によって防いだ」ということです。
店員は頭の固い悪者扱いです。
でも、本当にそれで良いのでしょうか?
店員だって顧客の要望を受け入れた方がラク
考えてみてください。
よほど特別な場合を除いて、お客と揉め事を起こしたい店員なんていません。お客の要望にいちいち反発して喧嘩するよりも、簡単な要望であれば受けた方がラクなんです。
では、なぜ頑なに受け入れなかったのでしょうか。
事前に教育していたのか?
重要な点は、
- 店員は、そもそも返品に応じていいことを知っていたのか
- 店長は、店員にそのような教育をちゃんとしていたのか
です。
そうではなく、貼り紙のとおりの「返品お断り」しか指示していなかったのであれば、店員にとって、返品は許可されていない対応になります。
店長が近くにいて、すぐにお伺いを立てられるのであれば、そうすることもできたかもしれません。
でも、それすら簡単ではありません。店員からすれば、バーゲンセールで皆が忙しいときに、そんなことを店長に質問したら、
「この忙しいときに馬鹿な質問をするな。『返品お断り』と教えたことを忘れたのか。」
と逆に叱られると恐れるかもしません。
店員の立場では、自分の上司である店長から叱られるよりも、お客と喧嘩した方がマシだと考えても仕方ありません。
店長はいくらでも良い恰好ができます。権限があるのですから。
店員に権限を与えず、判断基準も示さず、「臨機応変に対応しろ」というのは、店長の怠慢でしかありません。
それで結果責任を問われ、叱られるとすれば、店員としては「いじめられている」と思ってしまうわけです。
事前に決めておくべきこと
今回の事例では、「返品お断り」とわざわざ大きく貼り紙をしているのですから、不良品やサイズ違いなどの返品要望が出て、お客とトラブルになり得ることを想定する必要があるでしょう。
ですから、バーゲンセールの開始前に、少なくとも次のような点を明確にし、店員に周知させるべきです。
- 返品不可に例外はあるのか(不良品なら返品に応じるか、サイズ違いはどうするか)
- 不良品なのか、お客が傷つけたのか、どう区別するか(お客が不良品と言うなら、無条件に受け入れるか)
- 店員はどこまで返品対応の裁量があるのか(価格の上限を設けるか、数量の上限を設けるか、不良の程度の基準を設けるか)
- どのような場合に、店長の判断を仰ぐか
- お客でごった返す店舗の中で、店員が速やかに店長の判断を仰げるよう、店長はどこに待機するか
事前に決めていなかったことが起こったら?
実際の現場では、事前に想定していなかったことが起こることは、いくらでもあるでしょう。
その結果、社員と顧客の間にトラブルが起こり、クレームが生じた場合、会社はどう対応すべきでしょうか?
上司が顧客に対応し、事情を聴き、判断するしかありません。
上司から見て、明らかに社員の方に問題があると思ったら、顧客の要望に誠実に対応しなければなりません。
問題はその後です。当の社員に対して、どのように対応すべきでしょうか?
ここに、ブラック企業と誠実な企業との分かれ目の一つがあります。
まず、大事なことは、
- 社員を叱ってはいけない
ということです。上司も事前に想定できなかったトラブルが起こったのですから、上司が部下を叱る資格はありません。
このときに、
- 良い教訓を得たと受け止め、社員に感謝できるか
がポイントです。
これは、日頃から意識しておかないとできないことです。上司がこのように対応することを会社のルールとして確立しておかなければならない点です。
感情の問題ではありません。
会社の規則として、上司のなすべき職務としてそうしなければなりません。そうすることで、感情に支配されないようにしなければなりません。
当然ですが、上司の上司も、同様の対応をしなければなりません。
次になすべきことは、
- 今回のトラブル対応をマニュアル化し、全員に周知させ、教育する
ことです。同じ過ちを繰り返さないようにすることです。
このようにして、それでも社員が同じ過ちを繰り返すようであれば、上司は叱るべきです。
このときは、ちゃんと叱り、教導しなければなりません。叱ることが、会社の規則であり上司の職務でなければなりません。
叱らなければ、社員はそのルールを守らなくてよいと理解します。マニュアル化した意味はなくなります。
ブラック企業への道
社員が、事前にルール化していないことで失敗したときに、どう対応するか?
ここに、ブラック企業になるかどうかの一つの分かれ道があります。
これを会社の責任と受け止め、社員に感謝し、マニュアルに整備して、社員教育に活用する。これは、誠実な企業の対応です。
そうではなく、
これを社員の責任と受け止め、社員を叱責し、社員に罰を与える。これは、明らかないじめであり、ブラック企業への道です。