新規顧客を増やしたいときに先ずやるべきこと
ある小規模の紙製品卸売業を訪問しました。
「顧客の業界の市場が縮小し、売上が低迷しているため、新規顧客を開拓したいが、資金もマンパワーも余力がない。どうしたらよいか。」という相談でした。
財務諸表を拝見したところ、会計士がついていて、コスト削減は徹底していました。おそらく、これ以上削れそうなところはない状態でした。
無駄な資産も処分し、非常にスリム化した経営状態でしたが、強いて言えば、在庫がまだ過剰な印象でした。多くの小規模な顧客に、多くの種類の製品を販売しているため、在庫管理が難しい状態になっているようでした。
営業は実質的に社長一人が行っており、比較的広い範囲に多数の小規模顧客がいるため、営業効率がよくありませんでした。取引実績のある顧客は1000社程度もあるとのことでした。
経営を改善するには、何かのコストを下げるのではなく、売上を大きくするしかない状態でしたが、広告宣伝費も削り尽くしているため、社長一人の人的営業に頼らざるを得ず、ますます売上が減るという悪循環に陥っているように見えました。
顧客の業界の市場が縮小しているため、既存顧客から今以上に売上を増やすことは難しく、新規顧客を増やさなければならないが、どうしたらよいか分からないということでした。
新規顧客の開拓には大きなコストがかかります。既存顧客から売上を獲得するのに比べて、7倍くらいのコストがかかると言われています。闇雲なアプローチは非効率です。
まず、既存顧客を分析し、優良顧客の特徴を知る必要があります。その特徴を備えた非顧客をリスト化したうえで、既存優良顧客が評価する自社の強みをアピールしていかなければなりません。
既存顧客を調べる
取引企業が1000社もあるとのことですから、社長一人の営業でフォローするなど到底不可能です。一社当たりにかけられる時間は僅かであり、さらにこれ以上顧客を増やしても、なおさらフォローは困難になります。
このような企業の場合、顧客を平等に扱おうとする傾向があります。あるいは、メリハリをつけていると思っても、自社に貢献していない顧客に労力をとられているということも非常に多いと言えます。
顧客によって、自社の売上や利益に対する貢献度が違いますので、貢献度の高さに応じて対応を変えなければなりません。それによって、今までよりも少ない労力で売上・利益を維持または増やし、新規顧客開拓の余力をつくらなければなりません。
まずやるべきことは、既存顧客の貢献度を客観的に調べることです。次に、貢献度ごとに対応のメリハリをつけます。
売上順に並べてみる
いちばん簡便な方法は、年間の売上高の大きい順に顧客を並べてみることです。
顧客数が少ない場合は、単なる順位付けにしかならないかもしれませんが、1000社も顧客がいる場合、かなりはっきりとした特徴が出てきます。顧客の10〜20%が、売上全体の80〜90%を占めていることが分かるでしょう。
売上順に並べたリストを、例えば、Aランク、Bランク、Cランクのように3分割し、顧客対応を明確に変えるようにします。具体的には、Aランクは定期的な訪問営業、Bランクはカタログ発送、Cランクは注文を受けるのみといった分け方です。
実際は、事業形態に応じて自社に相応しい方法を考える必要がありますが、メリハリをはっきりつけることが大切です。メリハリをつける内容としては、「接触頻度」(定期的か、必要の都度か)、「接触方法」(訪問か、電話か)、「個別要望への対応の有無」などが考えられます。
顧客の売上貢献度に応じて対応を分けることで営業活動が効率化し、既存顧客からの売上が増加しつつ、新規顧客開拓の余力ができることが期待できます。
売上・利益で分類する
売上高順で貢献度を見る方法は、非常に簡単ではありますが、決して十分ではありません。
売上が大きい顧客が、実は赤字になっているということが少なくないからです。規模が大きい会社が多く、立場の違いを利用していつも値切ってくるということがあります。細かい要求も多いため、翻弄され、結果的に売上よりコストがかさんでいる場合も多いのです。
売上高順とは別に、利益率の高い順で顧客を並べてみることで、顧客の貢献度をより正確に把握できます。
売上高順と利益率順の2つのリストを見比べると、順位が大きく違っている顧客が出てくるはずです。これらを基に、顧客を4つに分ける方法があります。
Aランク:高売上・高利益率の顧客層
まず、売上が大きく、利益率も高い顧客層です。自社の業績に最も貢献している最優良顧客層に当たりますが、かなり限定されるはずです。
逃すと業績を大きく悪化させかねない顧客層ですので、手厚い営業活動が求められます。
手厚い対応によって、今以上に売上を増やすことができる可能性もあります。ただし、大きな伸びしろがあるかどうかは顧客によりますので、競合との取引があるかどうかなど、詳しい情報をよく把握しておくことが大切です。
Bランク:低売上・高利益率の顧客層
売上は大きくありませんが、利益率が高い顧客層です。さらに場合分けが必要かもしれません。
伸びしろが大きい顧客であれば、営業を強化すると利益率を高く保ったまま売上を大きくすることができる余地があるため、Aランクになる可能性があります。
別の可能性として考えられることは、自社の製品がその顧客にとってあまり重要度が高くないかもしれないということです。
重要度が低いから取引量が少なく、かつ、面倒な値引き交渉や手間のかかるサービス要求もしてこないかもしれないのです。
この当たりの見極めは、顧客ごとに必要になるでしょう。
Cランク:高売上・低利益率の顧客層
売上は大きいですが、利益率が小さい顧客層がいると思います。
今まで、ここに最も労力がかかっていたはずです。売上が大きく、手間もかけているので、当然儲けさせてもらっていると思っていたかもしれませんが、実は違っていることが多いのです。赤字になっている顧客もいるかもしれません。
ドラッカーは、「業績上位10%が 業績の90%を生み、業績下位90%がコストの90%を生む」、「資源と活動の大半は、業績にほとんど貢献しない90%の作業に使われる」と言っています。
要するに、手間をかけているから業績に貢献しているということは全くなく、手間がかかることほど業績の妨げになっているということです。
(参考:「企業の現実」)
この顧客層は、ほとんどの場合、顧客対応のレベルを落とすべきです。赤字なら、取引を続けるだけ被害が大きくなるわけですから、利益が出るような取引条件に変えてもらうべきです。
シビアな交渉をする必要はなく、それで取引が打ち切られるなら、それもやむを得ないと考えざるを得ません。ここにかけていた労力を、AランクやBランクの顧客対応、あるいは、新規顧客開拓にシフトさせるべきです。
ただし、この顧客について、稀に取引条件の変更に応じてくれる場合があります。これまでシビアな要求を受けていたため、到底交渉の余地はないと思い込んでいたところ、明確な根拠を示してこちら側の要求を伝えると、以外にあっさり応じてくれることがあるのです。
売上が大きいということは、顧客にとって重要な製品である可能性が高いので、そう簡単に取引先を変えることができず、正当な要求であれば受け入れざるを得ないということがあるわけです。
Dランク:低売上・低利益率の顧客層
売上も利益率も小さい顧客層もあります。
余力があれば対応する程度で、積極的な営業活動はしません。取引条件は、取引がなくなることも覚悟のうえで、利益率を高めるべく変更するべきです。
顧客ごとの利益率が出せないときの簡便法
顧客ごとの利益率を算出するというのは、非常に重要なことなのですが、産出できないという企業は少なくありません。顧客ごとのコストを明らかにしていないからです。
その場合は、とりあえず簡便な方法で代用するしかありません。
経費項目の中から、顧客との取引に応じて生じており、かつ、経費の比率が高いものをピックアップします。その経費項目が、顧客に対するどのような活動によって生じているかを把握し、その活動量の比率によって全経費を案分します。
冒頭の卸売業者の場合も、「顧客ごとのコストが分からないため、利益率が出せない」ということでしたので、ここにあげた方法でヒアリングしてみました。
まず、製品価格はコストに一定の利益率を乗せて設定しており、製品の原価率が顧客によって違うということはほとんどないということでした。顧客によって値引き差があるわけでもないということでした。
経費項目を見ながらヒアリングを重ねた結果、発送費が経費として大きいこと、さらに、発送回数が発送経費を決める主要な要因であることが分かりました。
発送回数は顧客ごとに調べることができるため、全発送回数に対して顧客ごとの発送回数の比率を出すことができます。この比率で全体経費を按分すれば、顧客ごとのコストを簡易的に出すことができ、利益率も出すことができます。
(参考:「コスト構造の分析」)
製品を選別する
製品も、多品種少量生産で在庫管理に困難を来しているなら、一定の見直しが必要になります。顧客の分析に活用した分析方法(売上順、売上・利益順の分析)は、製品に対しても活用できます。
ただし、製品単独で分析するのは得策ではありません。顧客分析を行ったうえで、上位ランクの顧客が求める製品を重視すべきです。
もちろん、幅広い顧客によく売れる製品は残すべきですが、あまり売れないからといって、優良顧客が求めている製品を安易にカットするのは得策ではありません。
重視すべきは製品ではなく顧客です。優良顧客、特にAランクの顧客が求める製品は供給する前提で、いかに効率化が図れるかを検討すべきです。
既存顧客に聞く
最優良顧客の特徴を把握する
Aランクの顧客層は、自社のことを高く評価していると言えます。自社の強みをよく理解してくれており、相性もよいはずです。
ですから、この顧客層のことを詳しく知らなければなりません。顧客の仕事の進め方、悩みなどをよく知り、先手を打って製品やサービスを提案できるようにしていくことで、より深い関係を築くことができるようになります。
最優良顧客層に共通の特徴を把握することも必要です。この情報が、新規顧客開拓の際の見込み客リストづくりに役立ちます。自社に相性のよい人たちの特徴を知るわけですから、新規顧客開拓の確度は高くなるはずです。
知るべき特徴に一律な答えはありません。業種、業態、規模、地域など様々な要素が考えられます。日頃の営業活動の中で、様々な情報を調べ、注目すべき共通の特徴を特定していかなければなりません。
自社の強みを把握する
自社のことについてもヒアリングすべきです。自社の強みを知るためです。自社の強みは、自分たちで分かっているようで、よく分かっていません。顧客の方がよく分かっていることはよくあることです。
足りないところ、改善すべきところも率直に聞かなければなりません。この点は、売上向上につながる可能性が高いところですが、誠実さを示し、より強いつながりをつくることにもなります。
成功可能性が高い新製品や新サービスのアイデアを得る
Aランクの顧客からのヒアリングは、新製品や新サービスの開発にも貢献します。顧客が今、何に困っているかを知り、その解決に貢献できないかを考えます。
自社の製品を購入する前後で、顧客にどのような仕事が発生しているかを知ることも有効です。それらの仕事も自社で引き受けられないかを考えます。
これらのアイデアは、すべて自社で実現できるとは限りません。その場合は、自社が請け負って外注を検討すればよいのです。顧客にとっては、包括的に仕事を任せられるので、手間を省くことができるようになります。
新規顧客を開拓する
新規顧客を開拓する場合、誰にどうアプローチしていくかが問題です。顧客の業界が決まっているからといって、その業界に闇雲にアプローチしても非常に無駄な労力を消費してしまいます。
この場合に、Aランクの顧客からヒアリングした結果を活用することがポイントになります。
Aランクの顧客は、自社と相性がよい顧客ですから、その特徴をよく知り、同種の特徴を備えた非顧客をリストアップしてアプローチするわけです。当然、顧客になってもらえる確率は高くなるはずです。
アプローチする際も、何をアピールするかが重要です。当然、Aランクの顧客からヒアリングして明らかになった強みです。
さらに、Aランクの顧客が改善を望んだ点、悩み、前後の仕事から得られるアイデアも重要です。製品化・サービス化できていれば、それも含めてアピールできます。
自社の既存の優良顧客から得られた様々な情報やアイデアは、同種の特徴をもった非顧客にも当然に響く可能性が高いはずです。