組織に活を入れる − Y理論の実践例
ロバート・タウンゼンドは米国の元海軍砲術士官で、アメリカン・エクスプレスの副社長を経て、当時無名のレンタカー会社であったエイビスの経営者として、数年のうちに同社を業界No.2の規模に躍進させました。
彼は、会社からX理論を徹底的に排除し、Y理論を徹底的に実践した経営者であり、その成果を書籍『UP THE ORGANIZATION』(邦訳:『組織に活を入れろ』)にまとめました。
本書は後に改訂され、『FURTHER UP THE ORGANIZATION』(邦訳『こんなトップは辞表を出せ − 組織に活を入れる法』)として改めて出版されています。
本書に示されているのは、トップから底辺までのあらゆる人を尊敬すべき一人前の成人として取り扱う方法です。
それは、アイデアを求め、それを考え出させ、そして社員をグループとして報奨し、ときには個人を彼らの仲間の前で「ありがとう」と褒め称えるものです。
本書はアメリカの多くの中小企業で活用されましたが、『フォーチュン』1,000社はまったく馬耳東風であったといいます。大企業の経営者には耳の痛い内容であったからでしょう。
多くの会社では、末端の社員からトップに至るまで、共通している3つの点があるといいます。①従順であること、②退屈していること、③生気のないことです。
タウンゼンド曰く、本書はそのような組織を解体し、組織がわれわれに奉仕している部分だけを残す闘いを始めるためのものです。
管理者は、他人を顎で使うことをやめ、部下の仕事がはかどるように支援しなければなりません。
もし経営者が各部門の実情に精通し、社員がそれぞれの能力に相応しい十分な待遇を受けられるように心を砕いたならば、経営者も社員も皆が生気を取り戻して、豊かになれます。
社員をどう見るか
大会社の経営者の多くは、誤った仮説に基づいて組織を運営しています。いわゆる「X理論」と呼ばれるもので、人は基本的に働くことが嫌いで責任を持つことを好まないという仮説です。
この仮説は当然のごとく組織に浸透しているため、日常的にほとんど意識されません。経営者もそれを日頃から露骨に口にしているわけでもありません。
しかし、実際の組織運営では、この仮説が、例えば次のような形で反映されています。
- 重役を除いて、すべての社員は勤務時間が厳格に決められ、その時間は仕事が終わっていても絶対に職場にいなければならない。
- 昇進、異動、転勤はすべて組織の一方的な決定による。なぜなら、組織が優先であり、組織にとってよいことは社員にとってよいことだから。
- 命令に従って一生懸命に働けば、組織は従業員の面倒を見てやる。
この仮説の重大な問題は、経営者がこの仮説に従って組織運営を行うと、授業員もその仮説に従って反応し、その仮説のとおりに振る舞ってしまうことです。
その結果、経営者は、自らの仮説を強化するようになります。
しかし、現状において相応しい仮説は「Y理論」です。人は働くことが嫌いではなく、共通の目的を自発的に達成しようと努力することができます。
ただし、そのためには、人の自負心や向上心といった欲求を満足させる方法によって動機づけなければなりません。
経営者は、まず自分の部下のことをよく知らなければなりません。部下の得意なこと、好きなこと、長所、短所、仕事から得たいと望んでいること、必要としていることなどです。
上司が部下にやる気を起こさせることはできません。部下のやる気は、部下が自分で起こすものです。
ただ、部下が組織の目標を達成するために協力しようとして自発的にやる気を起こすような環境を作ることはできます。
それを実現する手段は、参加方式マネジメントの仮説を適用して推進するしかありません。どちらの仮説を取るかが組織運営のすべてを決めます。
たとえ、形だけいくつかの施策や精度を取り入れても、X理論の仮説を完全に捨て去らない限り、成果はあがりません。
タウンゼンドは、Y理論を徹底して実践し、その正しさを実証しました。
タウンゼンドは、「部下を組織図の矩形の中に押し込める」のではなく、「部下の周りに組織を作ってやること」が大事であると主張します。
上司は、部下がやる気を出し、その能力を最大限に発揮するために、必要な支援を行い、必要な手段を用意してやる必要があります。
組織は、その中の人々が互いに協働しながら、その仕事の中で成長発展するチャンスを最大限にまで増大させる場合に、有効に機能します。
タウンゼンドもまた、Y理論の実践としてスキャンロン・プランの導入を勧めます。
数字よりも人を重視する
会計報告は大事です。会社の客観的な成果を示すからです。
しかし、それは社員に会社の偽らざる現状を知らせ、共通の目的に向けてやる気を鼓舞し、アイデアを求め、具体的な行動を導き出すために必要なものです。
社員を締め上げ、脅すためのものではありません。
数字を重視する経営者は、膨大な報告書に社員を釘付けにさせ、本来の仕事を妨げ、やる気を著しく削ぐことに注力しがちです。数字を重視する余り、社員を軽視しすぎるのは本末転倒です。
コントローラー(財務報告、計画策定、予算作成、予実差異分析、業績分析、事業部門との調整、内部統制などを担当する上級管理者)の役割は重要です。
投資家の目をごまかすために、経営者が会計の中の一つのファクターを変更しようとすることがありますから、このようなことをさせないようにしなければなりません。
コントローラーは、経営者が選んだ目標に向かって責任ある行動をとり、その進捗状況を確実に把握できるような、忠実な会計システムを提供するという役目を、決して見失ってはいけません。
コントローラがまとめる報告書が、すべての人に議論し決定する共通の出発点を与えます。そもそも、ライン部門の管理者に役に立たないような報告書では意味がありません。
経営者は、専門職としてのコントローラーを最大限に活用できるよう、あらかじめ様々な計画をコントローラーに説明し、彼が入力情報を提供できるようにすることが大切です。
新しいアイデアを実施する前に、コントローラによく検討させることによって、多くの苦難を未然に防ぐことができます。
経営管理者がなすべきこと
代表取締役に相応しい人材
タウンゼンドが掲げる社長に相応しい人材は、次のとおりです。
- スタッフ部門ではなくライン部門出身であること。スタッフ部門出身者は、いつも部下に決断させる癖があるから。
- エネルギーがあること。
- 大衆に訴える力があること。ブルーカラーに対して付き合いやすい聞き手であること。現場の最前線の労働者として働いた経験があること。
- 上手な聞き手であること。
- 会社の存在価値について、強固で明確な見識を持っていること。
- 会社の現状もしくは方針について満足していないこと。
側近の追放
経営者の側近(アシスタント・ツー)は、補佐役(アシスタント)とは違います。補佐役は、経営者が不在のときに代役を果たしますが、側近は補佐役とはまったく違う働きをします。
タウンゼンドは、側近であることが楽しくてたまらないと思っている者を「吸血鬼」と呼びます。側近は、無能あるいは怠惰な経営者に対して頼りになるかのように自分を売り込みます。
経営者と社員の間に割り込み、経営者を社員から遠ざけ、自分が経営者の代役として権力を振るおうとします。
側近は肩書で決まるものではなく、実際の動きで見分けます。側近は追放しなければなりません。
妥協は最後の手段
もし二つの部門が一つの問題を巡って意見が対立し、解決できずに経営者のところに相談に来たら、どのように対処すべきでしょうか。
タウンゼンドは、両者の意見を聞いた上で、どちらか一方の意見を採用し、それと対立した意見をきっぱり捨てることを提言します。
理由は、部下に妥協を嫌うように躾けるためです。このような対立に対しては、両者を立てようとして、つい折衷案で妥協させようとしがちですが、妥協は多くの場合悪であり、最後の手段でなければならないといいます。
一方を採用し、他方をきっぱり捨てるよにすると、勝者は強い責任感と意欲をもってその仕事に当たるようになります。
あるときは断固として戦って勝ち、あるときは潔く負けることを教えることも大事です。組織全体のため、皆の手に公平に勝利を分配しなければならないからです。
権限の委任
信頼は口先だけではいけません。部下を信頼していると言うならば、重要な問題を処理する権限を部下に委任しなければなりません。
しかしながら、実際は、くだらない仕事ばかりが委任されているといいます。
優れた管理者は、部下に代わってくだらない仕事をできるだけ多くやろうとするといいます。優れた管理者なら、くだらない仕事を省略する方法を素早く見つけるのも早いはずです。
そのようにして、重要な仕事をどんどん部下に任せ、部下の成長する素地を作ります。
部下に仕事を任せるときは、断片的ではなく、一まとまり仕事を任せるようにすると、部下のやる気を高め、能力の総量を発揮させることにつながります。
部下が困っていない限り、報告を求めたり、問い正したりしないようにします。その代わり、日頃から、困ったときにはいつでも相談に来るように、部下にしっかりと伝えておかなければなりません。
部下には失敗の口実を作らせないようにし、失敗を率直に詫びるようにする習慣をつけさせなければなりません。そこで、失敗は成功の基であることを教えなければなりません。
重要な仕事の権限を委任して、まるごと仕事を部下に仕事を任せるとき、管理者が恐れることは、部下に自分の立場を脅かされることです。これがおそらく権限の委任を妨げる大きな要因の一つです。
部下が上司の立場を脅かすほどに優秀な人材であるとすれば、そのような部下にチャンスを与えなければ、いずれ今の会社を去って、自分の能力を活かしてくれる会社に移るでしょう。
優秀な部下にチャンスを与えた結果、優れた成果をあげ、昇進を手にしたとすれば、その上司は、部下の優れた育成者とみなされます。
他の優秀な部下がその上司のもとで働くことを希望するようになるでしょう。優秀な部下を抱える上司こそ、優れた管理者であると言えます。
目標による管理
指導者の重要な役割の一つは、組織の総力を共通目標に向かって集中させることです。一旦決定された目標については、指導者は自分自身に対しても部下に対しても、厳格でなければなりません。
これは思いのほか困難なことです。人は仕事をしていると様々なアイデアが浮かび、それを実行したくなるものです。外部からも様々な情報や誘惑があり、様々なことに手を出したくなります。
そもそも、目標を絞り込むことさえ困難なことが少なくありません。
もし頭の中に浮かんだアイデアが、あるいは部下の口から出たアイデアが、会社の目標から逸れていたら、有無を言わさず切り捨てる必要があります。
「私が今やっていること、あるいはやろうとしていることは、われわれをわれわれの目標に近づけてくれるだろうか」と常に自問しなければなりません。
肝心なことは、目標の表現をよく煮詰めて、できるだけ簡潔にすることです。
社長の給料
社長の給料は高すぎてはいけません。社員の給料との不当な格差は、重要な働き手に欲求不満と意欲喪失をもたらします。
社長の給料が異常に高くなると、社長自身が傲慢になるか、逆に臆病になるかして、業務に何でも口を挟むようになります。そうなると、会社の業務は停滞し、熱意が失われます。
社長の引き方
社長が引退するときは、数年前から関係者に予告し、その間、社長としての権限や責任を後輩たちに譲り、その時が来たら会社から完全に身を惹かなければなりません。
引退した経営者が、相談役や会長という職について会社にとどまった場合の有害な潜在力を過小評価してはいけません。
MBAへの助言
タウンゼンドは、MBA(経営学修士)を雇いたいとは考えていませんでした。少なくとも、MBAをいきなり経営幹部として雇うなど考えもしませんでした。
経営幹部になるべき者は、たとえMBAであっても、現場で働いた経験が必要です。
社員がどのように考え、どのように話すか、何に悩み、何に注目しているか、何を必要とし、何を必要としないかを知らなければなりません。
常に自分自身の無駄な仕事を削減しようと努力すること、会社の所有者になったつもりであらゆる決断をすること、会社全体の利益のために必要であれば経営者の嫌がることでも進言することが必要です。
MBAは、社員の創造力を会社のために活用する方法を習得しようとしているのであって、会社の利益に反することや会社の外部のことに学びを活用しようとしてはいけません。
一部の大企業がやっているように、社員の創造力を生かさない方法を学んではいけません。
MBAを活かそうとするなら、それを誇示し、自分が立派に見えるようにするためではなく、社員たちよりも一生懸命働いて、彼らが立派に見えるようにするために活かすべきです。
衝突の大切さ
組織が健全あることを示す証拠の一つは、衝突があることです。もちろん限度はあります。優れた管理者は衝突をなくそうとはしませんが、そのために部下のエネルギーが浪費されるのを防ごうとするだけです。
部下が、上司の考えが間違っていると思ったとき、遠慮なく上司と議論を闘わせるようなら、組織は健全です。
部下同士が、上司の前で互いに自らの信念を曲げずに激しく論戦するようなら、それも健全な組織の印です。
衝突は、すべて衆目に晒されることが大切です。
人事のあり方
公正であること
公正や正義は、会社においても必要不可欠です。社員は業績によって評価されるべきであり、業績とは無関係のことによって評価されるべきではありません。
優れた成績をあげた者に報奨を与えることは当然のことですが、落第点を取った者に報奨を与えるべきではないというこも当然のことでなければなりません。
実のところ、これが人情として忍び難いために実行されていないことが少なくありません。
今の世の中、実績をあげる者と、栄誉を受ける者とに大別されると言われます。これは両者が一致しないことを皮肉ったものです。両者が一致しないことほどの不公正はありません。
もしある社員が採用して一年経っても成果をあげないなら、採用したことが間違いであったと認めなければなりません。
さもないと、他の社員に迷惑をかけることになります。本人にとっても、他の社員にとっても不公正であると言わざるをえません。
そのような社員は、いつまでも放っておくのではなく、速やかに解雇するなどの処置を取る必要があります。
ただし、必要以上に冷酷になってはいけません。相手の自尊心を傷つけないように対処しなければなりません。
技能の幅を広げ、報いる
社員が満足するために必要なことは、仕事に多様性と自主性と総合性があり、フィードバックがきくことです。
社員が自分自身の仕事の技能を習得し、熟達したら、他の仕事の技能を習得するよう推奨し、追加した技能の分だけ給与が増えるようにします。
それは会社にとっても得になり、社員も様々な仕事を習得することの楽しみを味わうでしょう。
内部の者を抜擢する
多くの経営者は、有能な社員がいないことを嘆き、重要なポストにつける人材を外部に求めようとします。
組織の内部の者で、重要なポストに抜擢される以前から、その地位に相応しい人材などいるはずはありません。もしいたとしたら、それまでその人材は有効に活用されていなかったことになります。
タウンゼンドは、50%の法則を適用します。会社の内部から、仕事の成績が優れていて、しかも仕事に意欲を持っている者を探します。
もしその人が自分の望んでいたものの50%程度に見えたら、その人を抜擢するといいます。半年も経てば、その人は残りの50%だけ成長して、皆が納得するといいます。
仕事の成績が現に優れていて、評判どおりの実力のある者を選ぶことが、成功の秘訣です。
潜在的な実力を持ちながら、適所にいなかったように見える者を選んではいけません。その人の実力は社内で証明されていないからです。