「トヨタ生産方式」とは何か?

トヨタ生産方式が注目されるようになったのは、昭和48年秋のオイルショックがきっかけでした。その後の低成長経済の中で、トヨタの業績が相対的によく、不況に対する抵抗力が強いことが改めて認識されたからです。

トヨタ生産方式は、戦後、日本の自動車工業が背負った宿命、すなわち「多種少量生産」という市場の制約のなかから生まれました。

目的は、企業の中からあらゆる種類のムダを徹底的に排除することによって、生産効率を上げることにありましたが、その目的を追求するにつれて、一人ひとりの個性を持った顧客に向けて一つひとつ異なる製品を作っていくのが、本来の産業の姿であるという認識に至りました。

同じものを大量にまとめて生産するから、あらゆる種類のムダが生じ、コストが高くつくのであり、一つひとつ違うものを丁寧に作っていくほうが、遥かにコストが安いということが分かったのです。

それが「後工程が前工程に、必要なものを、必要な分だけ、必要なときに引き取りにいく」考え方であり、その「後工程」の出発点は、顧客との接点である市場の最前線にあります。

ところが、次第に注目され、国内の各業界でも研究されていくうちに、一部で誤解されたり、都合のよい部分だけを濫用されたりしたといいます。端的な例は、「トヨタ生産方式は、すわなち『かんばん方式』である」という短絡した考え方です。

「かんばん」とはトヨタ生産方式の運用手段の一つであり、それだけで生産性が向上するわけではありません。

あるいは、下請いじめにより親企業が業績を上げるという言われ方をすることもありました。

そこで、トヨタ生産方式を正しく理解し、運用してもらえるよう、トヨタ生産方式の事実上の生みの親である大野耐一氏が著したのが『トヨタ生産方式』です。

トヨタ生産方式に関しては様々な書籍によって詳しく説明されていますので、ここでは背景となった大野氏の考え方に焦点を当ててみたいと思います。

ニーズからの出発

昭和48年秋のオイル・ショックをきっかけとして、世間はトヨタ生産方式に強い関心を持ち始めました。

その頃まで持続していた高度経済成長期には、企業の生産方式は、アメリカ式の計画的な量産方式でうまく行きました。ところが、成長率が低くなってくると、量産方式では採算が合わなくなりました。

オイル・ショックのかなり前から、大野氏は、トヨタ式の製造技術について考え、実践し続けてきました。その課題は、多種少量生産で原価を安くすることでした。

ニーズのない改善は思いつきに終わったり、効果の得られない投資になったりしがちです。

明確な目的とニーズがあってこそ、改善は具現化されます。現場に対していかにニーズを感じさせるかが、全体の改善を大きく進める鍵になります。

各国にはそれぞれに特有の歴史や文化がありますから、それらを踏まえた改善を進めることも必要です。

日本では、作業者一人ひとりが幅広い技術を体得することを通してて生産現場のトータルなシステム(製造技術)を作り上げることに参画し、重要な役割を演じることが働きがいに通じると、大野氏は考えました。

トヨタ生産方式の2本柱

トヨタ生産方式の基本思想は「徹底したムダの排除」です。これを貫く2本の柱が「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」です。

「ジャスト・イン・タイム」とは、ある工程に必要な部品が、必要なときにその都度、必要な量だけ、その工程の脇に到着するということです。

「自働化」は、織機に何らかの異常が起こった時に直ちに自動停止する仕組みです。人手作業による生産ラインで、異常があれば、作業者自身がストップボタンでラインを止める仕組みでもあります。

原価の低減

「徹底したムダの排除」は、原価の低減につながるものでなければなりません。

作れば売れる時代は終わりました。激しい競争市場の中で生き残るには、顧客の個別ニーズに対応した製品を、顧客が許容できる価格で提供できなければなりません。

顧客が買ってくれる価格で利益がでるように、原価を引き下げることができなければ、事業は成り立たない時代です。

大野氏が重視するのは、余力を捻出するような改善努力を日常的に行うことです。具体的には人と在庫を減らし、設備の余力をはっきりさせ、少人化を実現することです。

そこに奇策はなく、トヨタ式の科学的接近の態度である「なぜを5回繰り返す」を徹底して実行します。

生産の流れをつくる

戦後間もなく、国産自動車の生みの親である豊田喜一郎氏は、「3年でアメリカに追いつけ」と叱咤激励し、それがトヨタの具体的な目標となりました。

これを受けた大野氏は、一人の作業者に多台数かつ多工程の機械を担当してもらおうと考えました。それを可能とするために、機械工場に流れをつくることにしました。

当時の機械工場はアメリカ式で、機械の種類ごとに多台数を一箇所にまとめるのが一般的でした。同じ場所で同じ加工を一度に大量に行い、それが終わると次の加工に回すという方法です。

このような加工方法では、大量生産が唯一のコストダウン方法になります。

大野氏は、この方法を改善しようとしました。加工工程順に異なった機械を配列して、一個一個、加工して作り上げていく方法です。これが生産の流れをつくるという意味です。

まず、機械を「ニの字型」または「L字型」に並べて、一人の作業者の2台持ちを試み、次に「コの字型」または「ロの字型」にして、工程順の3台持ち、4台持ちに挑戦しました。

その過程では、職人の抵抗や様々な技術的問題が発生しましたので、急激な変化を押し付けるのではなく、焦らずじっくりと進めました。

「生産の流れをつくる」ことは「かんばん方式」の前提にもなります。前へ前へと順に遡れる流れが作られていなければ、後工程から前工程に引き取っていくことができないからです。

前工程としては、後工程が引き取った分だけ生産できるようにするために、人も設備もあらゆる面で準備しておかなければなりません。

その場合に、後工程が時期と量についてバラついた形で引き取ると、前工程はどうしても人と設備に余力を持たざるをえなくなり、負担が重くなります。

これこそ、大野氏が、スーパーマーケット方式を工場で実践し始めて、直ちに直面した大きな問題でした。後工程が同じ部品を一度に大量に引き取るため、前工程が混乱してしまったのです。

後工程引き取り方式では、最終工程のバラツキすなわち発注のバラツキが、前工程に行くほど悪影響が大きく伝播します。

生産を平準化する

したがって、最終工程における生産のバラツキをできる限り抑えることが求められます。これが「生産の平準化」です。

今の時代は、価値観の多様化に伴う多種少量生産が求められています。この多様化を前提とした「生産の平準化」が求められるのです。

そのために、一つの生産ラインで複数の車種を生産します。しかも、平準化を保つためには、同じものの生産単位であるロットをなるべく小さくして(交互に流すなど)、前工程へバラツキの悪影響を及ぼさないようにします。

ロットを小さくし、こまめに車種が切り替わるということは、段取り替えが頻繁になるということです。トヨタでは、当初2〜3時間を要していたプレスの段取り替えが、10年近くの努力で15分、20年近くの努力で3分にまで短縮されました。

設備面の工夫も必要です。硬直的な設備の専用化を行えば、量産の速度は上がっても、多様化への対応は困難になります。「汎用性を加味した専用化」という困難な課題に挑戦しなければなりません。これは現場の知恵と努力の結晶です。