ビジネス・リエンジニアリングとは、「初めからやり直すこと」です。初めに戻って、よりよい仕事の方法を考え出すという意味も含まれます。
既存のものを修正したり、基本的な構造には手をつけずに漸進的な変化を起こすという意味ではありません。既存のシステムの応急手当でもありません。
慣例となっている手続きを廃止することです。会社の製品やサービスをつくり出し、顧客に価値を提供するのに必要な仕事を、新たに見直すことです。「すでにもっている知識と現代の技術のもとで、もし今日この会社を再び創り上げるとしたら、それはどのようになるか」と問いかけることです。
コンセプトは「不連続思考」です。現在の会社の運営の基礎となっている、時代遅れになったルールや基本的な想定を明らかにし、それを捨て去ることが前提です。
ますます競争が激しくなっていく中で生き残り、栄えるためには、職能部門の壁を越えて、進んでプロセスに目を向けなければなりません。
「プロセス」とは、最終的に顧客に対する価値を生み出す一連の活動を指します。プロセスの変化は、プロセスに携わる組織の形態と特徴にも同じように劇的な変化を引き起こします。
「どうしたらこれをうまくできるのだろうか」や「どうしたらこれをより少ないことストでできるのだろうか」ではなく、「そもそもなぜそれを行うのだろうか」と問わなければなりません。従業員が行っている仕事の多くは、顧客のニーズへの対応、つまり品質の高い製品をつくり出し、それを適正な価格で供給し、優れたサービスを提供することとは関係なく、ただ単に、企業組織の内部需要を満たすためになされていることが分かるでしょう。
リエンジニアリングの正式な定義
「リエンジニアリング」とは、「コスト、品質、サービス、スピードのような、重大で現代的なパフォーマンス基準を劇的に改善するために、ビジネス・プロセスを根本的に考え直し、抜本的にそれをデザインし直すこと」です。
ここには、4つの重要なキーワードが含まれています。リエンジニアリングと似て非なる改善活動とを分ける必須のキーワードです。
第一は、「根本的」です。プロセスを根本的に考え直すことです。「いったいなぜ現在それを行っているのか」、「なぜそれを今の方法で行っているのか」という根本的な質問をすることで、根底にある暗黙のルールと前提が見えてきます。リエンジニアリングに当たり前ということはありません。今どうあるかではなく、どうあるべきかに集中します。
第二は、「抜本的」です。プロセスを抜本的にデザインし直すことです。既存のプロセスに手を加えるのではなく、既存のプロセスを捨ててしまうことです。改善や強化や修正ではなく、再建です。情報技術が不可欠な要素ですが、既存のプロセスをオートメーション化することとはまったく違います。実際にリエンジニアリングに着手すると、至るところで、この違いが理解されていないことに直面するはずです。
第三は、「劇的」です。業績を劇的に改善し、大躍進を達成することです。そのために、根本的なデザインし直しが必要です。
第四は、「プロセス」です。リエンジニアリングの対象は「プロセス」です。特に「ビジネス・プロセス」とは、一つ以上のことをインプットして、顧客に対して価値のあるアウトプットを生み出す行動の集合です。ビジネス・プロセスにおいて最も重要なことは、プロセスを構成する個々の業務ではなくアウトプットです。アウトプットがプロセスの目的です。アウトプットが顧客にとって価値あるものであることがもっとも重要です。
リエンジニアリングは、組織のつくり直しではありません。この視点は重要です。既存の組織構造に焦点を当ててリエンジニアリングを行おうとしても失敗します。既存の組織構造にとらわれず、プロセスに焦点を当てなければなりません。リエンジニアリングされたプロセスを達成するために、プロセスに適合した組織が改めてつくられます。
リエンジニアリング後のビジネス・プロセス
リエンジニアリング後のビジネス・プロセスの形はさまざまですが、共通した特徴を挙げることはできます。ただし、リエンジニアリングされた一つのプロセスが、以下の特徴をすべて兼ね備えているとは限りません。
仕事の統合
以前には別々に分かれていた仕事や業務が統合され、一つにまとめられます。だからといって、一人の担当者がこなせるとは限りません。プロセスのすべてを一つの場所で行ったり、一人ですべてをこなせる技術を身につけたりすることが不可能な場合もあるからです。
一人の担当者(ケース・ワーカー)でこなせない場合は、チーム(ケース・チーム)を組織して対応します。プロセスの実行、成果および改善に関する権限と責任は、ケース・ワーカーまたはケース・チームに移譲されるのが原則です。つまり、意思決定がプロセスのなかの仕事として組み入れられます。
統合されたプロセスにおいては、多くの部署をまたがって仕事を流す必要がほとんどなくなります。固定化された直線的な順序で仕事を行う必要はなくなり、いくつかのステップを同時並行的に行うことができる場合もあります。このような「非直線化」プロセスは全体の時間を短縮するため、一層処理スピードが速くなります。
柔軟性
リエンジニアリング前のプロセスは、通常、細かく分業化され、標準化された仕事を複雑に統合したプロセスです。複数の部署をまたがった分業のため、柔軟な処理が困難です。
一方、リエンジニアリングされ、統合されたプロセスは、複数のパターンをもちやすくなります。通常、プロセスの初期にパターン分けするステップが置かれます。
パターンによってはきわめて簡素化されたプロセスで処理され、特定の部署を必ず通過する必要もなくなります。仕事は、もっとも適当と思われる場所で行われるようになります。
管理の減少
管理やチェックは、それ自体コストを生むものの、付加価値は生みません。
リエンジニアリングによってプロセスが抜本的につくり直されると、プロセスが目的志向的になり、簡潔で見通しがよくなるため、複雑な管理やチェックの必要性が大幅に削減されます。管理をまとめて行うか、先延ばしにすることによって、管理コストを削減し、費用対効果を大幅に高めます。
権限委譲
リエンジニアリング後のプロセスに従事する人は、チームのメンバーです。各人は役割分担をするとしても、全体のプロセスを理解し、その中での自分の位置づけとメンバー間の相互作用を理解しなければなりません。
メンバーがプロセス全体に責任をもち、その責任を果たすために、プロセスの実行に関わる権限移譲がなされます。
調整の減少
管理と同様に付加価値を生まない仕事として、「調整」があります。これもリエンジニアリングによって減らすことができます。
調整は、外部との接点においてデータが一致しないために発生することが多いため、このような接点をリエンジニアリングによって必要最小限に減らします。
ウォルマートがP&Gなどの供給業者との在庫供給プロセスを大幅に改善し、在庫管理自体を供給業者に任せることによって、両者にとってWin-Winの関係を築いた例が典型です。
集権化と分権化の組み合わせ
リエンジニアリングによって、同じプロセスのなかに集権化と分権化を組み合わせることができる場合があります。
情報技術によって情報が一元管理されるとともに、担当者がその情報にアクセスできるようにすることで意思決定が担当者に移譲できるようになります。通常は、ソフトウェアによる制限を課すことによって、意思決定が一定の範囲に収まるよう調整されます。
このような仕組みによって、中間的な管理の仕組みを排除することができるようになります。
リエンジニアリングに付随する変化
ビジネス・プロセスが再設計されると、それに合わせて組織も変化しなければなりません。顧客中心のものの考え方に変わらなければならないため、意思決定のレベルが変わり、上司の立場が変わります。態度や価値観が大きく変化します。
リエンジニアリングは、職務、組織構造、評価システムとともに、従業員の価値観や信念といった企業文化に影響を与えます。
逆に言うと、これらはすべて関連し、つながりをもっているため、これらがすべてうまく噛み合うように意識的につくり変えるようにしなければ、リエンジニアリングされたビジネス・プロセスが機能しなくなるおそれがあります。
顧客志向
プロセスとしての仕事の円滑な流れを重視しますので、従来の職能別部門を仕事が渡っていくのではなく、チーム(場合によっては個人)によってプロセス全体の仕事を担当するようになります。
職能別部門は、通常、それぞれが異なる目標をもって仕事をしているため、従来の仕事の流れでは、部門間の調整に多くのコストが費やされます。
リエンジニアリングが行われると、プロセス全体が一つの仕事となり、その目的として顧客に付加価値を提供することに集中するようになります。
チームによる責任と権限
チームよって一つのプロセスを担当するからといって、全員が同じ仕事をするのではなく、それぞれの専門分野に応じた仕事の分担はあります。しかし、プロセスのアウトプットに対しては、チーム全員が責任をもちます。
ですから、チーム内の他のメンバーが何を行っているのかを、他の全員が知っていなければなりません。できる限りメンバー全員が、自分の専門分野だけでなく、他の分野も含めた複数の段階の仕事ができるようにしておく必要もあります。
責任は重くなり、仕事は高度になりますが、それに伴って意思決定の権限も移譲されますので、やりがいや達成感、学習の効果は大きくなります。
人材の要件
チームのメンバーとなる人材は、プロセスの特徴によって条件が課されます。専門的なスキルだけでなく、自主性、自制心、顧客満足に対する意欲などが重要になります。
メンバーに対する教育も、そのような内容が含まれるようになります。決まった仕事をするスキルよりも、顧客満足に焦点を当てて、何をすべきかを自ら理解し、行動できる能力が求められますので、何を学ぶべきかを自ら明らかにできる能力も必要です。仕事を続ける限り、教育に終わりはありません。
評価・報酬の基準
従来の細かく分業化された仕事においては、働いた時間に応じて報酬が与えられていました。個々の仕事を評価する基準は、時間以外に事実上存在しなかったからです。効率的に仕事をこなしているかどうかを測ることが可能であったとしても、狭い範囲の仕事の効率性が全体のパフォーマンスの向上につながるとは限りません。
プロセス・チームは、プロセスが生み出す成果に応じて評価され、個々のメンバーは、チームへの貢献度に応じて評価されます。メンバーの基本固定給は、大きく変動させるのではなくインフレ率の調整程度に抑え、成果に対する報酬はボーナスとして支給することが提案されています。
報酬と昇進の分離
リエンジニアリング後は、成績に対する報酬と昇進を明確に分離することが提案されています。
昇進は仕事の成績ではなく、能力に応じて行うべきであるとします。この場合の「昇進」とはマネジャー(管理者)になることを想定しています。
ある仕事において優れた成績をあげた人は、その仕事において高い報酬を受ける資格がありますが、その仕事を離れてマネジャーになる資格があることを示すわけではありません。
しかし、チームにおける仕事ぶりを見て、マネジャーの能力を有しているかどうかを推測することはできます。その仕事に置いておくよりも、マネジャーにする方が組織と本人にとって有益であれば、昇進させることが適当です。
企業文化の変化
リエンジニアリングは、プロセスを抜本的につくり直すため、企業文化の変化ももたらします。
プロセスは顧客志向ですから、従業員は上司ではなく顧客を見て仕事をしなければならなくなります。報酬制度も、顧客満足に応じて支払われる仕組みに変わることが前提です。これらがすべて連動して、従業員の価値観や信念が形成されていきます。
コーチとしてのマネジャー
プロセス・チームは、プロセスの実行に権限と責任をもつため、従来のマネジャーの役割はコーチになります。チームにアドバイスし、問題解決に手を貸し、技能や能力を伸ばすなど、必要な手助けをします。
従来の組織に必要であった、部門間をまたがる仕事を調整するためのマネジメントは大幅に削減されるため、マネジメントの階層も少なくなり、組織はフラットに近づきます。
リーダーとしての経営陣
経営陣は、プロセス・チームにより近い存在になるため、自らの言動によって、従業員の価値観や信念に影響を与え、引っ張っていけるようなリーダーになることが求められます。
従業員が必要な職務を遂行し、業務評価や報酬制度などのマネジメント・システムによって働く意欲が涌くようにプロセスがデザインされているかどうかを確かめることに責任をもたなければなりません。
情報技術の役割
情報技術は、リエンジニアリングに不可欠の要素です。
既存のプロセスにおいて、その問題点に情報技術をあてがい、作業を自動化するだけで終わりにすることが少なくありません。見かけ上は処理速度が上がるため、改善されたように錯覚してしまい、本来リエンジニアリングによって取り除くべき古い考え方や行動パーターンがそのまま存続します。むしろ、情報技術がリエンジニアリングを妨げることがあるわけです。
現代の情報技術がもつ固有のパワーを認識し、その応用を理解するためには、新しい発想法が必要であるといいます。
通常の発想法では、問題を認識し、それに対する解決策を見つけようとします。しかし、情報技術を活用したリエンジニアリングにおいては、まず情報技術によって実現可能な強力な解決策を認識し、それによって解決が可能な問題を発見することが勧められます。これによって、あらかじめ存在を認識していなかった問題を発見できる可能性が出てきます。
この発想は、「ウォークマンのない時代にはウォークマンのニーズはなかった」、「コピー機やFAX機のない時代にコピーやFAXのニーズはなかった」という考え方と同様です。ニーズがあって、それを満たそうとするのではなく、「ニーズを創造する」ということです。問題があってそれを解決しようとするのではなく、「問題そのものを創り出そう」とするものです。
ですから、すでに行っていることを強化したり、スピードアップしたり、簡素化したり、改善したりしようと考えるのではなく、すでにやっていることをそもそもやめられないか、まだやっていない何か新しいことをできないかと考えることです。
リエンジニアリングの継続
リエンジニアリングは、絶え間ない変化のなかで、必要なものとして実行されます。ですから、やったりやめたりするものではなく、やり続けなければならないものです。
リエンジニアリングは、企業の経営方針そのものでなければならないのです。
リエンジニアリングを行ったプロセスが定着するために、長期的に継続的なモニタリングが必要ですが、プロセスの抜本的なつくり直しは、常に生じる可能性があることを理解し、その兆候を見落とさないようにしなければなりません。
リエンジニアリングの具体的な方法や失敗例について詳しく知りたい方は、次の記事を参考にしてください。