リエンジニアリングが必要とされる背景 − リエンジニアリング革命①

産業革命の技術が労働者の生産性を高めたのは、アダム・スミスが『国富論』で述べた分業の原則によるものでした。その要因は、分業によって労働者の技巧が高められること、作業間移動の際に失われる時間が節約されること、多人数で行っていた仕事を一人でできるようにした数多くの機械の発明です。

組織が大きければ大きいほど、労働者はますます専門職化され、作業はますます独立した段階に細かく分かれていきました。

産業の拡大・成長は、鉄道の敷設による輸送方法の革新によっても支えられました。鉄道会社の大規模化は、産業組織が一人の人間では管理できないほど大きくなったことを意味し、経営の技術をも進化させ、官僚制を発明しました。単線での衝突を防ぐため、標準化された運行手順と、それを実行に移すための組織構造とメカニズムを開発しました。

分業化が進行すると、個々の業務を担当する人々を調整するプロセスと、全体をまとめるプロセスは、どんどん複雑になり、むしろ全体が非効率になっていきました。

そこで、GMのスローンは、車種ごとに分散した事業部門をつくり、さらに各事業部門のなかに職能部門による分業化を導入しました。それぞれの職能部門にはスペシャリストの管理者を置き、経営部門と分離しました。本社の経営部門は、数多くの本社専門スタッフの支援を受けながら、新規事業への進出、経営資源の配分などの企画に専念するようになりました。

需要が拡大していくのに併せて生産能力を拡大し、つくれば売れる時代にあっては、そのような組織構造は有効に機能しました。生産部門のみならず、ホワイトカラーの仕事においても、分業化は進行し、機械化や自動化が進行しました。

分業化の進行によって業務の数はますます増加し、プロセス全体の管理はますます複雑化しました。仕事を管理する者をさらに管理する者というように、組織の階層も増加しました。しかし、このような組織構造はもはや適切に機能しなくなりました。

企業では、一部署の効率性を求めるがゆえに、全体の効率性が損なわれることがよくあります。一企業のなかでさまざまな部門の協力と協調を必要とする仕事は、しばしばトラブルのもととなります。その原因の一つは、その仕事を構成する一連のプロセス全体に責任をもつ者がいないことです。

労働者が怠惰だからとか、経営者に能力がないからということではありません。古い時代に適合していた企業の組織原則が、今の時代には通用しないということです。世界が変化し、顧客の期待が変化したということです。企業の競争力を再生するために必要なのは、従業員をもっと熱心に働かせることではなく、変化に応じて仕事のやり方を変えることです。

顧客が主導権を握る

売り手と顧客の関係における主導権は完全に逆転しました。優位に立っているのは顧客です。

かつて「大衆市場」という考え方があり、顧客は皆同じものを欲しがっているとみなされました。実際に同じものを買っていましが、それは企業が同じようなものを提供していたからであり、他に選択肢がなかったからでした。

消費者の期待は、特に日本企業が低価格で品質のよい商品を導入し始めたときに高まったといいます。大量生産に、品質、価格、選択の幅、そしてサービスがプラスされました。

いまや顧客はユニークで独特なニーズに合わせてデザインされた製品やサービスを求めます。「一般的な顧客」なるものは存在せず、それぞれが自分のことを個として扱うように要求します。

企業の側でも技術は洗練され、アクセスが容易なデータベースを通じて、顧客に関する基本情報だけでなく、彼らの嗜好と要求を知ることができるようになりました。こうして、競争力の新しい基盤がつくられてきました。

かつては供給業者が顧客のために行っていたことでも、今では顧客が独力でできるようになったり、顧客は今や売る側と同じ機械を購入し、同じ人間を雇うことができるようにもなりました。デスクトップ・パブリッシングの技術などが典型です。そうなると、企業に対する顧客の要求はますます高まるようになります。

情報技術の進展によって、顧客自身が膨大なデータにアクセすることを可能にし、大きな交渉力をもつようになりました。

競争の激化

現在は、競合が増え、その種類も多岐にわたっています。同じような商品が、異なる市場で、まったく異なる競争の条件のもとに売られています。競争に国境はなくなりました。

組織という重荷も抱えず、歴史的な束縛も受けない新興企業は、既存の企業が製品やサービスに対する開発費用を償却する前に、新しい製品やサービスをもって市場に参入することができます。新興企業は既存のルールに縛られることなく、新しいルールをつくっていきます。既存のルールに対して最適化された豊富な資源をもつ既存企業にとって、その豊富な資源自体が足かせになります。

絶え間ない変化

顧客と競争のあり方は変化しましたが、変化は至るところで起こるようになり、継続的になりました。変化は当たり前のことになり、変化し続けるというのが現実になりました。

変化のペースも加速しています。製品のライフ・サイクルは短くなり、新製品の開発とそれを市場に出すまでの期間も短くなりました。

変化はいろいろなところで起こりますが、企業は、自分たちにとって好ましい変化しか察知しないことがよくあります。一企業をビジネスから追い出してしまうような変化は、その企業の予期せぬところで起こるものです。

プロセスの重要性

顧客、競争、変化によって、ビジネスの新しい世界が創り出されました。ある特定の環境のなかでのみ機能するように設計された組織は、別の環境でもよく機能するように修正することはできません。

時代にふさわしい製品やサービスを提供しさえすれば、すぐに立ち直れるということはありません。製品やサービスにはライフサイクルがあり、それはますます短くなっているからです。

企業に長期的な成功をもたらすのは、製品やサービスそのものではなく、それらをつくるプロセスです。仕事のやり方を見直さなければなりません。

顧客が注文した商品が顧客の手元に届くまでのプロセスは、分業化によって単純な作業に分割されています。その代償として全体が複雑になり、その全体を管理する者がいません。仕事が専門化され、複数の部門にまたがっているからです。その結果、間違いが起こりやすくなります。柔軟性もありません。イノベーションや創造性も妨げられます。外部環境の変化にも容易に反応しなくなります。

分業構造においては、個々の労働は単純化されているため、労働コストは下がっているかもしれませんが、単純化した仕事をまとめるためのコストが必要になります。単純化が進むほどまとめるコストは膨らみ、間接費の増大として現れます。このようなプロセスは、部分的な改善では効果がなく、全体を設計し直すしかありません。