給与、昇進、人事異動の管理 − 「X理論」と「Y理論」⑦

業績評定の困難さはあるにしても、実際上、給与や昇進、人事異動を管理しなければならないことに変わりはありません。

これらの管理がX理論に基づいて行われると、様々な問題を引き起こします。

X理論では、従業員にとって最大の価値は経済的対価であるとみなされるため、給与体系を従業員のやる気を引き出すための重要なインセンティブとして整備しようとしますが、実際上はあまり効果があがりません。

昇進や人事異動についても、人事部門で、職務詳細と資格要件のデータベースと、人事記録のデータベースを整備し、両者をマッチングさせることによって完全にコントロールしようと考えるものの、うまく行きません。

そこで、Y理論に基づく統合と自己統制を応用することによって、様々な工夫が試みられます。その中核をなすものは「参加」の概念です。

給与管理

X理論においては、経営者が権限を行使するための最も大事な手段が、経済的対価の決定権であるとみなされています。経済的対価が人間にやる気を起こさせる主因であると考えられているからです。

雇用契約は、経済的対価と引き換えに命令を受け入れる協定であると位置づけられます。

ここで重要な問題は、有効な雇用契約を結ぶために必要な経済的対価を決める方法です。そこに影響を与える要素には、①労働市場における競争、生計費、税制などといった一般的経済条件、②当該職務が社内の職階の中で占める重要性、③各人の貢献度の3つがあります。

経済的対価が、この3つの要素に公平に対応していると認められなければ、雇用契約を結ぼうとはしないはずです。

奨励給(努力に応じて割増額に差をつける)についても考慮されます。高ければ高いほど、張り切って仕事をすると理解されているからです。

経済的報酬の決定においては、測定が決め手になります。客観的手段で決定できるほど公平であるとみなされ、論争・摩擦・反対などは減少すると考えられているからです。

ただし、会社には支払い能力に限界があること、誰しもが公平であるとみなすような測定は困難であることから、最終的には団体交渉や個人折衝に寄らざるを得ません。

それでも、一般的には、業務評定と給与体系によって、一定の公平性を保つことができることは分かっています。

ただし、給与体系は、経験的には、精密過ぎる科学的体系よりも、比較的単純な体系のほうが受け入れられやすいようです。

個人の貢献に応じた経済的報酬の決定方法として、業績評価がよく利用されます。しかし、各人の貢献度についての基準は、損益を明確に測定できる場合を除いて、不確かであることが多いようです。

通常、総合的見地からの主観的格付けもしくは業績の格付けを基礎としています。判定可能な特定の特質と業績とを結びつけ、格付け調書を作りますが、その相関度は低いことが多いようです。たとえ相関度が高くても、業績基準自体が主観的であるという問題があります。

適当な基本給体系があるとしても、それで定められた僅かな昇給によって、本当にやる気を出してもっと努力することになるかという肝心の問題があります。

実際のところ、自我の欲求や自己実現の欲求を満足させる機会に比べて、ごく僅かな程度のやる気しか与えていないようです。

マグレガーは、基本給の増額方法として実際的なのは、次の4つであるといいます。

  1. 損益計算のような業績の客観的基準に直接結びつけることができるようなもの
  2. 勤続による昇給として、業績が不良でさえなければ定期的かつ自動的に受けるもの
  3. 明らかに卓越した業績を示した者に対する所定の給与体系の枠内での功績昇給
  4. 部門別、事業所別、もしくは全社的な、客観的測定が可能な経済的成果の達成に対する集団報酬(個人への配分は、そのグループ内で、基本給に対する一定率で行う)

4.については、マグレガーが推奨する「スキャンロン・プラン」があります。

昇進と人事異動の実施

昇進や人事異動の判定においては、公平とやる気のほか、資格要件も配慮する必要があります。

通常、人事部門では、職務の詳細内容とその資格要件を記録したデータベースと、全従業員の資質や能力を記録したデータベースを用意し、マッチングさせようと考えます。

ところが、職務は、固定的な入れ物のようなものではなく、変化してやまない社内外の環境との関係の中で行われるものです。

職務の資格要件を定めることについても問題があります。個人的資質や能力が違えば仕事のやり方も変わるので、職務が求める成果を同じように生み出せないわけではないからです。

要するに、パズル合わせのように職務の枠に人をはめ込もうとしても、うまく行きません。管理職の職務になると、資格要件などは一層曖昧になりがちです。

昇進と人事異動に関しては、会社が候補者の将来計画を作ることがあります。上司との面談などで本人の希望を聞くことはあっても、それがどのように反映され、実際にどのような計画が作られているのかは人事上の秘密であり、本人にも知らされることはありません。

従業員は会社にとって駒であり、その能力も適性も会社のほうがよく理解し、その従業員の将来も、会社が決めるほうが本人にとっても望ましいという発想があると言わざるを得ません。

Y理論に基づくなら、自分の将来に影響を及ぼす事柄の決定には、自分から進んで責任をもって「参加」しなければなりません。

「参加」によって、従業員が会社の目標に向かって自分の努力を傾けることにより、自分自身の目標も最もよく達成できるような条件を作り出すことができます。

従業員がどんな職務に就きたいかを話し合い、そのために必要な経験や訓練、相応しい職位、時期などの問題を考えます。

現職にとどまりたいか、異動したいかといった希望について、その基になっている個人的な思惑について話し合うことも必要かもしれません。

個人の資質、関心、経験、能力、資格などの個人情報について、昇進や人事異動に役立てるために本人が希望するなら、人事記録として登録することは役に立つでしょう。

特定の職位が空いたときに社内公募する制度も有効です。

昇進や人事異動の決定について、本人が不服申立てをする制度があると、経営者側にとってもメリットがあるといいます。管理者の判断の誤りをチェックすることができるので、難しい決定を思い切って処理しやすくなるようです。

マグレガー自身の経験では、自身が管理者として下した昇進の決定を覆されたこともあったようですが、それ自体でマグレガー自身の地位が弱くなるどころか、逆に強くなったといいます。

なお、業績評定と同様、昇進や人事異動の決定においても、個人間の格差を取り除くために集団判定を導入することは効果があるようです。