業績評定に対する批判的考察 − 「X理論」と「Y理論」⑥

X理論に基づく業績評定は、従業員を経営目標に向かって努力させるために、経営者は従業員になすべきことを命じ、どのようにうまく遂行したかを判定し、それに従って賞罰を与えます。

一般的には、次のような段階を踏みます。

  1. 通常、スタッフ部門が、各従業員の公式の職務記述書を作成する。
  2. 職務記述書の範囲内で、上司が部下に命令し、統制する。
  3. 通常、スタッフ部門が作成した標準的評定様式を使用して、上司が部下の仕事の成果・態度・性格を定期的に概評し、能力や昇進の可能性を判定する。
  4. 上司が部下に判定を告げ、判定理由について話し合い、改善を要する点について助言する。
  5. 上司以外の人間(スタッフ部門など)が、公式評定を利用して、給与・昇進・教育などの諸施策に反映させる。

評定には客観性が求められ、比較ができ、精度を上げることが望まれます。ですから、評定者に対する教育、複数人による評定や集合討議が行われる場合もあります。

評定の狙いは、部下の行動を体系的に統制することだけでなく、上司の行動を統制することも含まれます。上司が評定を活用して、部下の問題に正面から取り組み、処理することを要求します。

X理論に基づくこのような業績評定について、マグレガーは、Y理論の観点から批判的に検討します。

職務記述書の問題点

職務記述書は精緻であればあるほど、遵守されなくなります。いかなる職務でも、前任者と後任者が同じやり方をするものではなく、同じ人間であっても同じやり方を続けることはないからです。

職務の条件は変わり、人の能力は異なり、職務の遂行によって同じ人の能力も変わります。

多くの調査研究の結果によると、部下の職務内容と重要度に関し、部下と上司との認識は大きく違うといいます。職務記述書は、職務の明確化や理解に役立っていないのです。上司と部下が協力して、職務記述書を誤魔化していることさえあります。

このような問題を排除するため、従業員の参加方式による職務記述書の作成を行っている例はあります。
それでも、変化する条件や人の能力などに対応できなければ意味がありません。

職務に影響を与える要素には、上司・部下・同僚がそれぞれに職務を遂行する方法、個人の資質・関心・自らの役割についての考え方、変化する外部情勢の要求などがあります。

ですから、職務記述書は、本来、特定の時点および状況下における特定の在職者に関わるものしか定めることはできません。

業績評定の成果

業績評定を実施する目的はいくつかあります。残念ながら、X理論に基づいて評定を実施する限り、それらの目的の達成はままなりません。

管理目的

業績評定の用途の一つは「管理」です。評定結果を、給与・昇進・配置転換・降職・退職などの管理に用いることです。

管理に用いる際の問題は、様々な評定者の基準がまちまちであるということです。評定者の偏見や先入観を排除することはできていません。

そもそも、部下の業績は、その上司が部下を扱う方法によって良くも悪くもなります。上司が部下の長所を活かさず、短所が全面に出てしまうような扱い方をすれば、能力の高い部下も成果をあげることはできません。そのような場合、評定自体が客観的であることに意味はありません。

更に、業績評定を管理の目的に使うかどうかによって、上司の部下に対する評定内容が変わるという問題もあります。管理に使わない前提で正直に行っていた上司が、管理に使うことになった途端に、正直でなくなるということが起こります。

情報提供目的

評定を管理のために使うのではなく、評定結果を情報として伝えるだけの場合もあります。

「上司にどう評価されているかを知りたいか」と聞かれた場合、ほとんどの部下は知りたいと答えるようですが、それが本心かどうかは疑問です。自分の仕事ぶりについて、真に客観的な評定を求めているとは限りません。

例えば、自分が頑張っている点を上司に評価して欲しいのかもしれません。自分が仕事でうまく行っていない点について、上司が気づいていなことを確認したいのかもしれません。

大抵の場合、他人のマイナスの評定に耳を貸し、受け入れることはありません。上司に対する部下の従属性という関係の中で、部下は潜在的な不安感や反感を掻き立てられやすいため、マイナス評定は一層強い影響を与えます。

上司も、部下にマイナスの評定を伝えることは、部下との関係を気まずくするために尻込みしがちです。評定結果が管理と無関係であるなら、なおさら無用の波風を立てたくないと思うでしょう。

そのような態度が出てくる理由は、評定に関する責任が、一方的に上司にあるからです。児童と教師といった圧倒的な立場の差がある関係では、児童が全面的に教師に従属することもあり得ますが、大人同士の関係において、感情的な反発を抑えることは簡単ではありません。

コミュニケーションおよびカウンセリング目的

一方的に情報として伝えるだけでなく、面談における上司と部下とのコミュニケーションの道具として利用する場合もあります。

大抵の評定では、仕事の出来栄えだけでなく、態度や性格の評定も行うため、面談を通して、上司が部下にカウンセリングを行うことを要求している場合も少なくありません。このことが、余計に部下の人格を侵害しがちです。

カウンセリングにおいては、カウンセラーが批判もしなければ褒めもしない中立者であって、クライアントの健康や福祉以外は関心がないという関係を前提としています。

ところが、評定面談では、上司が評定者であり、権限を持っていることが前提の関係であるため、カウンセリングの前提がそもそも成り立っていません。

動機づけ目的

評定によって部下のやる気を起こさせようとする場合もあります。

常識的には、ある人間にどこが間違っているか、どこが劣っているかを教えてやれば、やり方を変えさせたり、努力させたりすることになると考えられています。

当然のことながら、その評定を正しいものとして部下が受け入れることが前提です。

評定は部下の仕事ぶりに対するフィードバックの意味がありますが、半年や一年に一回の評定は時間が経ち過ぎており、効果が薄れています。行為の直後でなければ、フィードバックの効果は不十分です。

以上のような業務評定の問題は、実際に行っている上司も日頃から感じているため、部下だけでなく上司にとっても嫌な仕事であり、できれば避けたいと考えているのが実態です。

このようなやり方は人間性に合ったものとは言えません。それでもやらざるを得ないという考え方は、それ自体に問題があると言わざるを得ません。