科学的管理法の背景と必要性 − 科学的管理法①

テイラーは、工場管理の目的を、使用者と労働者の最大繁栄をもたらすことにあると定めました。「最大繁栄」とは、金銭的な意味だけではありません。

使用者にあっては、事業を最高度に発展させ、繁栄を永久のものにすることでした。労働者にあっては、生来の能力の許す限り最高能率で最高級の仕事ができるようにし、できる限りそういう仕事を与えてやれるようにするとを意味しました。従業員にとっては、高い賃金を得ることよりも、優れた仕事ができることのほうが大切であると考えました。

当時、労使の利害対立が激しく、それが当然のように考えられていました。工場では、組織的怠業が横行していました。

このような時代に、テイラーは、労使の真の利害は同一であると断言しました。互いにとって互いの繁栄が必要であり、労働者には高い賃金を、使用者には低い人件費を与えることは必ずできると明言しました。

労使双方が最大繁栄するために、労働者が最高度の能率を出すことが必要でした。最高度の能率とは、使用資本の費用をもっとも少なくしつつ、最大の生産をすることです。これによって使用者はコストを下げて売上を上げることができ、労働者は報酬を増やすことができます。そのための方法としてテイラーが提唱したのが「科学的管理法」です。

最高生産に逆行する怠業

現実の工場の実態はどうであったかというと、労働者は、咎められない程度になるべく仕事を少なくしようとし、なすべき一日の分量の1/3から1/2くらいで止めようとしていたといいます。全力を尽くして最高の生産をすれば、仲間から非難されたからです。

この実態は、アメリカやイギリスのほとんどすべての工場に共通した現象であり、建設業でもかなり行われていたといいます。テイラー自身も職長として長年苦しんてきた現実でした。テイラー自身が職長時代に、最初に「自分たちに協力しなければ追い出す」と脅され、それでも公平な作業量を提示したら、機械工が自ら機械を壊してまで抵抗したといいます。

怠業には、3つの原因があるとテイラーは指摘しました。失業の防止、不適切な管理、非科学的な目分量式の管理です。

失業の防止

第一の原因は、失業の防止です。一人当たりの出来高が増すことによって、失業する労働者が出てくると考えたからです。しかし、職業の発達史を見る限り、新たな機械の発明や方法の改善によって生産性が高まれば、原価が安くなって(価格が下がって)需要が増え、一層雇用が増えてきました。

これは当時においてのみ当てはまるのではなく、現代の経済学においても、一般的な製品は価格が下がれば需要が増えることが分かっており、国家の生活水準の違いもその国の生産性の違いによって説明できるとされます。

怠業によって能率が悪くなれば、逆のことが起こります。コストが上がり、価格が上がり、生産量は減り、需要は減少し、売上も下がります。その結果、労働者の賃金は減り、同業者との競争に負け、廃業に追い込まれます。

当時も、安い賃金で労働者を酷使する工場が問題視されていたようです。しかし、実態は、組織的な怠業によって能率が悪くなっていたために、上記の論理によって売上が減り、労働者の賃金を下げていたといいます。

不適切な管理

第二の原因は、不適切な管理です。使用者の不適切な管理が、従業員の怠業を促進していました。使用者が、種々の仕事を完了するための正当な所要時間を承知していなかったため、管理がいい加減であったのです。

テイラーによると、怠業には二種類があります。一つは「自然的怠業」であり、人は本能的に楽をしたがるというものです。一日の賃金が一定であれば、楽をするほうが得であると考え、能率の高い労働者が能率の低い労働者に近づいていくようになります。

もう一つの怠業は「組織的怠業」であり、他者との関係から思慮を巡らして怠けたほうがよいと考えるものです。テイラーは、労働者が自分たちだけの利益を守るために熱心に研究して得た結果であると指摘しました。「急いで働けばそれだけ賃金が少なくなるから、せっせと働くと仲間にどやされる」と囁かれるわけです。

組織的怠業の本当の問題は、実際に頑張ればどのくらい速くできるかということを、労働者がわざと使用者に知らせないようにして、怠けているということでした。

ただし、労働者がそのようにする原因は使用者の側にあると、テイラーは考えました。使用者が、労働者の一日の賃金を最初から決めているため、今までよりも仕事ができることが使用者に分かると、「同じ賃金でそれだけ多くの仕事をさせようとするに違いない」と労働者は考えるわけです。

なぜ使用者は労働者の一日の賃金を最初から決めてしまうかということ、漠然とした経験や観察から一日の生産量を判断しているからです。だから、労働者はその使用者の判断にしたがって、それ以上速く仕事をしないようにすることが自分たちの利益になると考え、皆でそれを共有し、新人にも教育していきます。これが不適切な管理です。

目分量式の管理

怠業を防ぐために、賃金の出来高払制度を導入する例はありました。一定の仕事量に対する一定の賃率を設定し、仕事量を増やせば全体の賃金が増えるというものです。ところが、賃金が増えるのは最初だけで、しばらくすると、使用者は増えた仕事量を当たり前とみなし、賃率を下げるわけです。

労働者は、仕事に慣れてくれば仕事が速くなるため、そのまま行くと、同じ時間で仕事量は少しずつでも増加します。使用者は、増加する分の利得を自分にも回したいと考え、更に賃率を下げます。労働者からすれば、努力するほど賃率が下げられていくことになるわけです。

ですから、テイラーは、出来高払制度の下でこそ、組織的怠業が発達すると指摘しました。

要するに、仕事の仕方を労働者任せにし、それを漠然と観察して生産量を判断して賃金を決めていることが問題でした。科学的な根拠をもって改善を指導したり教育したりしていないという実態があったわけです。

労働者は、自ら最善と思う方法でやるしかなく、目分量式の方法になってしまいます。これが怠業の第三の原因であると、テイラーは指摘しました。

「目分量式の方法」とは、労働者が昔からの口伝えによって得てきた方法です。良い方法だから残ってきたとも言えますが、決して一つの方法に収斂したり、成文化されたり、系統的に分析記述されたりしたものではなく、同じ作業でも方法はまちまちでした。

使用者側にいる管理者や職長は、そのような実態を知っているため、むしろ労働者に任せて各自に工夫させたほうがいよいと考えてきました。労働者にしてみれば、より多くの賃金が貰えるわけでもないのに工夫だけさせられ、実際に能率が上がれば、いずれ賃率が減らされるということになれば、計画的に怠業しながら「一生懸命に働いているように見せる」努力をするだけになります。

科学的管理法の必要性

テイラーは、労働者任せによる目分量式の方法をやめ、科学的方法をとることによって、労使共に利益を得ることができると考えました。科学的方法とは、同じことをするにもさまざまな方法や道具があるなかで、最も速くて良い方法や道具を精密な動作・時間研究によって研究・分析することです。

科学的方法よって仕事をするには、管理者と労働者との間にはっきりとした責任の分担が必要であると考えました。そのような科学を発達させる義務は管理者側にあり、管理者は部下である労働者を指導援助し、結果に対して大部分の責任を負わなければならないとしました。

どんな動作でも、労働者がこれを行う前に、管理者側の準備行動が行われている必要があり、労働者は毎日管理者によって教えられ、援助されなければならないとしました。このようにして管理者と労働者が密接に個人的な協働を営むことが、科学的管理法の本質です。

実際に、科学的管理法によって、一人および機械一台当たりの出来高は平均して倍加し、30〜100%の賃金アップが可能になり、怠業の原因はまったくなくなることを証明しました。この制度のもとに働いている人々の間には、30年間にわたりストライキが行われなかったといいます。各人の出来高を増やせば他人の仕事を奪って失業させるという誤解も、打破することができるとしました。