企業と政府

かつて、企業にとって政府という存在は、抗いがたく動かしがたい、強大な外部環境でした。企業と政府の関係は、国によって異なった政治モデルが適用されてきました。

企業と政府の関係は重要です。企業が社会に与える影響に関わります。企業が何かをした結果、あるいは何かをしなかった結果、政府との関係が生じます。

マネジメントには、自らの組織に責任がある以上、自らの組織と政府との関係についても責任があります。

ドラッカーは、多くの国で企業と政府の関係が破損状態にあり、緊急に再考、再評価、再構築されなければならないと警告します。

歴史上のモデル

歴史上、次の3つのモデルがありましたが、政治モデルとして機能してきたのは、重商主義と立憲主義です。国によって、どちらの政治モデルを利用してきたかは異なります。

自由放任(レセ・フェール)

市場経済におけるモデルであり、経済理論です。政治理論や政府活動のモデルではありません。

ドラッカーによれば、イギリスで19世紀中頃のごく短い期間に行われたのみで、関心を持った政治学者はほとんどいなかったそうです。

重商主義

政治モデルの一つです。経済とは国の主権、特に軍事力の基盤であり、国家経済と国家主権とは同じ広がりを持つと考えます。

企業人は官僚より劣る存在です。行政の任務は、企業を支配し、強化し、奨励すること、特に輸出を支援し奨励することとされます。政府は、政治的、軍事的能力を強化する方向にある限り、企業活動を支援します。

わが国の場合は、どちらかというと、こちらのモデルに近い考え方が今でも主流と考えられます。

立憲主義

政治モデルの一つです。政府と企業は対立関係にあり、政府は基本的に企業を信用しません。両者の関係は法律によって規制され、企業の行動を規制します。政府は、いかなる状況下でも企業を遠ざけておこうとします。

企業と政府の関係は破損状態にある

社会は大きく変化し、上記の政治モデルはすでに通用しなくなっています。

さらに、企業と政府の関係は著しい破損状態にあると言います。ルールは欠落し、理解は不足したままです。法律、規制、慣行、偏見、手直しの継ぎ接ぎ状態です。

一方で、今日の企業と政府の関係では対処しようのない新しい問題が進行しています。環境問題やグローバル企業の問題などです。

緊急に再考、再評価、再構築されなければならないと、ドラッカーは言います。少なくとも、政府と企業が協力して取り組むべきものと、個別に取り組むべきものとを見分ける必要があります。

新しい問題

混合経済の進展

政府と企業の活動が絡み合い、競合関係にあります。規制、監督、助成、罰則、営利、非営利、公営の複雑な絡み合いです。

政府は、一方で企業を規制し、監督し、罰則をかけながら、他方で企業を助成しています。

わが国でも、政府の仕事が公益法人に民営化され、さらに民間企業に委託されるようになっています。営利企業が公営事業にどんどん進出してきました。

政府と企業のパートナーシップは複雑怪奇になっています。今後もますます官民協同で取り組む問題が増えてくるでしょう。もはや政府は指導的立場ではなく、企業と対等なパートナーになりつつあります。

グローバル企業の発展

経済は完全に国境を超えました。グローバル企業は当たり前です。国家経済なるものは、もはや定義することはできなくなっています。

しかし、政治主権はいまだ完全に国家的です。国家を越えるものは、現実的には存在していません。

現実に世界を動かしているのは、政治ではなくグローバル経済の方です。

社会の多元化

現代は多元社会です。政府は強大な外部環境ではなくなりました。政府は唯一の組織ではなく、無数の組織の一つにしか過ぎなくなりました。

政府の地位や役割に、もはや独自性はありません。政府以外の組織は、重商主義モデルにおける国家政策のための道具ではありません。

この状況は、政府以外の組織、特に企業のマネジメントに社会的責任が生じることを意味します。政府に代わる役割が期待されます。

マネジメントの台頭

伝統的モデルでは、オーナーたる企業人を一方の主役としていました。政府とは全く性質の異なる存在でした。

しかし、現代は、企業においても、政府においても、マネジメントが主役です。両者は、出身、教育、背景、価値観において違いはありません。同じ学校の同級生であることさえあるでしょう。政府と企業の間の境界線はなくなりつつあります。

しかし、マネジメントでは、企業の方が上手です。企業のマネジメントは、行政の手本となるべき存在です。

解決策を判断する基準の必要性

ドラッカーは、現状において、恒久解決を見い出せる政治理論やモデルは存在しないと言います。

しかし、それらが現れるまで問題を棚上げしておくことはできません。少なくとも、具体的な問題に対する中間的かつ一時的な解決策の良否を判断する基準が必要です。

個々の問題の解決において、国、政府、経済、企業にとって基本的かつ長期的観点から必要とされるものを強化し、あるいは少なくとも守っていくための指針が必要です。

その基準は、最低限、次の4つを条件を満たす必要があると言います。

企業とそのマネジメントを、自立した責任ある存在としなければならない

自立した存在でなければ、成果をあげることはできません。

公的機関の仕事は、成果を評価することが困難です。しかし、成果によって自らの仕事ぶりを評価できなければ、成果をあげ続けることはできません。

社会と経済の資源を適切に投入できなければなりません。資源の配賦は、成果への期待に基づいて行われるべきです。資源の適切な配賦に支障が出ないよう、市場も自立していることが必要です。

規制をかけすぎて、政府が足かせになってはいけません。政府が市場を計画的にコントロールすることはできません。

経済の新陳代謝も必要です。固定化した経済は老化し、硬化します。これが国有国営の経済システムの最大の弱みです。

変化を可能とする自由で柔軟な社会を守らなければならない

社会が健全であるためには、リーダー的な地位にある者たちが多様であることが大切です。価値観、優先順位、方法論が異なっている者たちの存在が必要です。

健全な社会とは、多様な文化の複合体でなければなりません。互いに敬意を払い、競争的な共存関係を維持していなければなりません。

リーダー的な地位にあるものの自立性が不可欠です。

グローバル経済と国家の政治主権とを調和させなければならない

政治的意思決定機関としての政府の能力は、自らの重量、規模、形式化によって低下する一方であると言います。

企業のマネジメントが政府に健全さを回復させることはできませんが、「知りながら害をなすな」です。

問題の所在を認識し、政府との関係を見直すことにより、政治的な意思決定者としての政府の力を弱めることは避けることができる

というのがドラッカーのアドバイスです。