「スキャンロン・プラン」のことを、企業の売上高の変動に応じて従業員の賃金総額を決定する、賃金総額管理の手法の一つであると説明している例が少なからずあります。
その説明では、売上高を基準として賃金が決まるため、従業員のコスト削減意欲を喚起しにくいというデメリットが指摘されます。
他方、同種の手法として「ラッカー・プラン」があります。これは付加価値(売上から一定の経費を差し引いたもの)に応じて従業員の賃金総額を決定するものです。
ラッカー・プランは付加価値に着目するので、売上向上意欲だけでなくコスト削減意欲も喚起できる点で、スキャンロン・プランよりも優れていると説明されます。
このような説明は、はっきり言って間違っています。スキャンロン・プランの本質を理解していないと言わざるを得ません。
「スキャンロン・プラン」とは、労使の信頼関係に基づくパートナーシップによって、全員参加による生産性向上の取り組みを行い、その成果を賞与として全員で分配しようとするものです。
賞与という金銭的インセンティブだけでなく、経営参加を通じて自我の欲求や自己実現の欲求の充足といった非金銭的インセンティブを重視しています。
「スキャンロン」とは、このプランの生みの親であるジョセフ・N・スキャンロンの名を取ったものです。
スキャンロン・プランは、単なる賃金総額管理の手法ではありません。一組の原理であり理念です。プログラムというより組織の哲学です。
ある状況、ある条件のもとで、労使双方がお互いの経済的な利益と満足とをもたらすものとして、受け容れることのできる一つのアイデアです。
ですから、一般的によく用いられる方式はあっても、それを押し付けることはしません。実際、スキャンロン自身、会社の実情に応じてかなり柔軟に方法を変えていましたから、売上高を基準に賃金を決めるという方式が決まっているということは全くありません。
労使が協力して相互の問題の解決を図るために、どのようにしてお互いの信頼関係とパートナーシップを強化することができるかが重要なのです。
スキャンロン・プランの基本的考え方
一般に、人は、相当期間一定の仕事を経験すれば、その仕事の性質について、他の人よりも遥かによく知るようになります。仕事の経験を得る過程で、本能的に自分のやっていることに慎重な考慮を払うものだからです。
辛い仕事は軽減するための工夫をし、単調な仕事は興味を持てるように工夫をするなど、自分の仕事の能率を増進する方法を常に考えているものです。
多くの人にとって、与えられた仕事は、時と共に生活の一部となっていきますから、自分の仕事に幸福を見出したいと望むのは自然なことです。
その幸福とは、自分は企業にとって有用で欠くべからざる存在であると確信し、一緒に働いている人たちと友好関係を持つことです。
ダグラス・マグレガーによると、スキャンロン・プランは「経営者、組合およびすべての労働者の生活方法」です。組織活動のあらゆる面に重大な影響を及ぼす理念であり哲学だからです。
プランの生みの親であるスキャンロンは、人間に対して心底からの信頼感を抱き、それをプランとして具現化しようとしました。
これは社会科学の調査研究によって明らかになった「人間努力を有効に組織するための要件」を非常によく満たしているだけでなく、社会科学者が理論的根拠に基づいて行っている予断を実証する役割も果たしています。
スキャンロン・プランは、会社の全員が協力してその経済目的達成に貢献できるようになるための3つの条件を確立しています。
- 協働の領域(生産)と、全体組織を通して協働努力を調整していく機構(生産委員会と審査委員会)とを公式に設定すること
- 協働努力を客観的に測定することができる目標(成果配分のための測定尺度の基準値)を設定すること
- 企業の業績に対する貢献に関して、心理学的に適切と考えられる報酬制度(金銭的および非金銭的)を設定すること
スキャンロンは「人々に、仕事に必要な用具を与えよ」と常々言っていました。労働者が、何故自分たちがその仕事をやっているのかがよく分かれば、それが各人の仕事の結果を大きく改善します。
組織の成員が責任を分担し、地位を得、新しい技能を獲得し、創造力を習得し、発展させ、行使するなどの機会を提供するのが、産業組織本来のあり方です。
経営者は命令をし、労働者はその命令の通りに行動すればよいという考えは、効果的な協働の妨げになるだけでなく、不可避的に、消極的服従または積極的敵対行為のいずれかをもたらします。
スキャンロン・プランの導入によって、会社で働く人々の間に、より改善された新しい関係を築くことによって、想像力とビジョンと古い慣行を打破する勇気とを持つ人々を次々と生み出し、組織に対して真に意義ある貢献なさしめなければなりません。
チームワーク
スキャンロン・プラン成功の根本要件は、参加とパートナーシップの原則によってチームワークを促進することです。
労働者が産業や会社やプランに影響する諸問題や向かうべき方向について理解し、自分の知識や経験を問題の解決に役立てたいと願っているということを、経営者は信頼して受け入れなればなりません。
労働者は、過去の様々な経験によって経営者に不信感を持っていることが少なくありません。様々な経営政策によって、自分以外の仕事に目を向けられなくなっていることもあります。
労働者の参加を通して、粘り強くお互いの信頼関係を醸成し、チームワークを促進する必要があります。
測定尺度
スキャンロン・プランは参加を求める以上、その成果を従業員に分配する方法が必要です。
成果は、一般的に金銭的報酬という形で分配されますが、重要なのは、金銭よりも報賞を求める欲求が満たされることそのものであるといいます。
成果を分配するための基準は明確でなければなりません。生産性を測定する尺度を決め、目標としての基準値を設定することによって、労働者に目標達成意欲と達成感を与えます。
労使合同の委員会活動を通して、測定尺度の実績の変化を追いつつ、その原因を究明することによって、労働者は経営に関して多くを学ぶことができます。
理由が明確であれば、報酬が得られなかったとしても、プランへの信頼や関心が失われることはありません。
測定尺度は、労働者の生産性と緊密な関連をもつものでなければなりません。自分たちの努力が生産性向上の成果として現れる因果関係が理解できなければ、動機づけになり得ません。
測定尺度は、生産性の正確かつ科学的な測定を必ずしも期待するものではありません。現実にそれほどの厳密性を期待することは困難です。
労働者は、測定尺度の意味を理解し、その限界も知っています。ですから、基本条件が変化すれば、尺度の見直しにも合意しています。
重要なことは、労使の相互理解と誠意と信頼をもって成果配分の問題にアプローチすることです。
参加過程
成果の分配は金銭によって行うため、成果の「測定尺度」の決定が重視されがちです。そのため、正確を期すあまり、精緻になり過ぎたり、分かりにくくなってしまうことが少なくありません。
スキャンロン・プランでより重要なのは「参加」であり、効果的な参加を促進するためのインセンティブの一つとして、金銭的分配があるに過ぎません。
逆に言うと、効果的な参加が行われている限り、簡単で分かりやすい測定尺度を使っていれば、実際に成果があがるということです。
「参加」を実現させるための方法は、労働者からの積極的な提案を引き出し、委員会の場において労使で活発に議論し、実行を確実にすることです。
この取り組みが、労働者の社会的欲求である自我の欲求や自己実現の欲求を充足させる理想的な手段となっていると同時に、労働者に対して会社の経済状態を教育する機能を持っています。