方向転換(あるいは辛抱) − 「リーン・スタートアップ」とは何か?⑨

リーン・スタートアップにおける「構築−計測−学習」のフィードバック・ループは、当初の戦略的仮説が正しいと信じるに足るだけの前進をしているのか、それとも何かを根本的に変えなければならないのかという問いに至る前奏曲のようなものです。

前進をしているのであれば、そのまま続けます。それを「辛抱」と呼んでいます。

根本的に変えることを「ピボット(方向転換)」と呼びます。製品、戦略、成長のエンジンに関する根本的な仮説を新たに設定し、それを検証できるコースへの方向転換です。

リーン・スタートアップが科学的手法をベースにしているからといって、方向転換すべきか辛抱すべきかが客観的にはっきりと決まるわけではありません。ビジョンや直感、判断と行った人間的な要素を排除することはできません。

まちがった判断をすることもありますが、仮説を繰り返し検証すれば少しずつ判断を適切なものへと変えていけます。その考え方が科学的手法の中心にあります。

ですから、ピボットがいけないことではなく、それまでの努力が無駄になることでもありません。検証による学びを通して、最小のコストと最短の時間でピボットに辿り着けることに意味があります。

ピボットに成功すれば、持続可能な事業を育てる道を歩くことができます。

早期にピボットを可能にする革新会計

学びの中間目標を設定し、「構築−計測−学習」のフィードバック・ループを繰り返すことによって、計測値は改善していきます。

しかし、期待した成長モデルには程遠い状態で、改善が頭打ちになることがあります。このとき、方向転換するか辛抱するか、難しい判断を迫られる岐路に立ったと言えます。

学びの中間目標の設定によって、判断に必要なデータは手元にあります。しかし、判断が容易になるわけではありません。

判断が難しいのは、何とか事業を継続できる程度の成功は収めたものの、創業者や投資家が期待した程の成功は収められていないという状況だかです。

アントレプレナーの心境は、最適化によって多少なりとも改善されてきたので、もう少し辛抱すれば成功するのではないかと思いたいところです。これが「ゾンビの世界にとらわれる」状況です。

しかし、学びの中間目標の設定によって、早期にMVPをリリースして改良を繰り返すため、判断の岐路に立つまでの期間と資金の投資は低く抑えられます。このことが判断を容易にします。投資が大きければ大きいほどピボットは難しくなります。

学びの中間目標が検証しようとしている「挑戦の要」になる仮説が明確ですから、目を背けない限り、うまく行っていないことは分かるはずです。そのための学びであったと思えるかどうかです。

方向転換するなら、新しい仮説の検証に入ります。それまでに学んだことを捨て去るのではなく、学んだことの上に片足を置いたまま、戦略を根本的に見直して、検証による学びを今まで以上に得られるようにします。

一からやり直す必要はなく、それまでに作ったものや学んだことを、その目的を変えて再利用し、もっと優れた方向を見つけます。

拠り所は、顧客との直接の対話です。ただし、単に顧客の意見をそのまま採り入れようとしてはいけません。意見そのものは千差万別です。

表向きの意見から本質を掴み取ることが必要です。ただし、掴み取れるのは仮説に過ぎないことを忘れてはなりません。

スタートアップの滑走路

ピボットは無制限に何度も行えるわけではありません。資金に限度があるからです。

「スタートアップの滑走路」という考え方があり、「滑走路」とはスタートアップに残された時間を意味します。その時間が終わるまでに離陸できなければ失敗するといことです。

この時間は、月の資本燃焼率(1ヶ月で資本がいくら減少しているか)で資本残高を割ったものです。例えば、資本残高が1000万円で、1ヶ月当たり100万円を消費しているのであれば、10ヶ月です。

この滑走路で残り何回のピボットが可能であるかを考えます。ピボットが成功すれば、更なる資金調達も容易になりますから、滑走路を伸ばすことにつながります。だからこそ、速やかなピボットの決断が重要です。

ピボットに必要なものは勇気

ピボットを決意したアントレプレナーの意見は、ほとんどの場合、もっと早く決断すればよかったというものです。

決断を遅らせる原因は3つあります。

第一は、「虚栄の評価基準」にとらわれ、うまく行っていると錯覚することです。

第二は、仮説が曖昧であることです。仮説が曖昧であれば、成功や失敗も曖昧になるため、むしろ成功という意識にとらわ、失敗を認める気にはなりません。

第三は、失敗を認めることで士気が下がると恐れることです。

方向転換か辛抱かの検討会議

ピボットの決断には感情的な妨げが起こりやすいため、対策として、ピボットの検討会議を予め定期スケジュールとして組み込むべきです。

会議の間隔はフィードバック・ループのスピードなどに応じて決めます。経験的には、数週間間隔では狭過ぎ、数ヶ月間隔では広過ぎるようです。

検討会議には、製品開発チームと事業部門チームが共に参加します。社外アドバイザーを招いて、社内の思い込みを指摘してもらったり、データの新しい解釈を示してもらったりするのがよいようです。

製品開発チームは、これまでの製品最適化の成果、その成果が期待と比較してどうだったかについて報告します。事業部門は現在および見込みの顧客とどのような話をしたのかを詳しく説明します。

方向転換し損ねる失敗

方向転換は決心しにくく、結局、決断に失敗することも多いといいます。

リーン・スタートアップは、「低品質」なMVPと実験型アプローチが特徴ですが、いつまでもそのまま進めばよいわけではありません。

品質が低いMVPとすべき理由は、アーリーアダプターが求める以上の機能を作っても無駄だからです。この論理が正しいのは、アーリーアダプターを対象にする間だけです。

アーリーアダプターで成功すれば、次はメインストリームの顧客がターゲットです。顧客が変われば求めるものが変わりますし、要求は厳しくなります。これは「顧客セグメント型ピボット」です。

ピボットとは戦略的仮説である

ピボットとは、製品、ビジネスモデル、成長のエンジンに関する根本的な仮説を新たに設定し、それを検証するために戦略を変えることです。

ピボットはリーン・スタートアップの肝です。事業を成長させようと思えば、ピボットを避けることはできません。最初の戦略で成功を収めた場合でも、その後の方向転換は必要です。

スタートアップは、成功した企業とよく似た戦略に方向転換したがりますが、似ているから成功するわけではありません。

ピボットは新しい戦略的仮説であり、新しいMVPで検証しなければなりません。あくまで自社に独自のピボットを追求しなければなりません。