MVP(実用最小限の製品)の構築 − 「リーン・スタートアップ」とは何か?⑤

スタートアップで重要なことは、「構築−計測−学習」のフィードバック・ループを最小限の労力で素早く回すことです。そのためには、MVP( 実用最小限の製品)を速やかに準備し、顧客に公開しなければなりません。

MVPは学びのプロセスを始めるために作るのであって、学びのプロセスが終わった結果ではありません。製品デザインや技術的な問題を解決した結果ではなく、基礎となる事業仮設を検証するためのものです。

MVPの作り方

MVPの作り方として一つの方法は、完全なプロトタイプを製作し、主力のマーケティング・チャネルを通じて実際の顧客に販売する方法があります。仮設をほぼすべて一度に検証し、それぞれの仮設に対してベースラインも設定できます。

MVPのもう一つの作り方は、一つの仮設に対するフィードバックを目的にしたMVPをいくつも作る方法です。

最初のMVPとしてマーケティング資料を作り、まだ作っていない製品を予約してもらう方法もあります。「顧客はこの製品を使ってみたいと思うに違いない」という価値仮説のみのを検証できます。検証できる範囲は狭いですが、無駄な投資を最小限に抑える効果はあります。

MVPを作ってフィードバック・ループを回すときは、それによって検証しようとする仮説が正しいかどうかを確認できる定量的な指標(「学びの中間目標」)を設定し、それを計測します。

まずは現実のベースラインとなる数値を把握し、フィードバック・ループの繰り返しの中でこれらの指標の動きを追うことによって、進んでいるかどうかを確認します。

事業計画で置かれている数多くの仮説から、MVPで検証すべきものを一つずつ選ぶ場合は、なるべくリスクの大きい仮説を優先すべきです。持続可能な事業を実現できるレベルまで、そのリスクを下げることができなければ、他の仮説を検証する意味がないからです。

最初の製品で完璧を狙わない理由

真っ先に検証しなければならない仮設は、「挑戦の要」である「価値仮設」と「成長仮設」です。この検証には、アーリーアダプターを顧客として捉える必要があります。

アーリーアダプターは、80%のソリューションでもいい、むしろそのほうがいいと思う人たちです。完璧なソリューションでなくても、彼らの気を引くことは可能です。

アーリーアダプターは、製品に欠けている点を想像力で補完します。むしろ、その状態を好むのがアーリーアダプターです。新しい製品や技術をいち早く使ってみることが一番の関心事です。

ですから、逆に完成度が高いと不安になります。誰にでも使えるレベルに仕上がっていると、早く使ってもどれほどのメリットが得られるのかと考えます。

ですから、アーリーアダプターが求める以上に機能を増やしたり完成度を高めたりするのは、資源も時間も無駄にすることになります。

ところが、この事実を受け入れることを拒むアントレプレナーが少なくありません。なぜなら、アントレプレナーは世界を変えられるほど高品質で完璧なメインストリーム用製品の提供を思い描いているからです。不完全な製品を公開することに我慢できないのです。

品質に関する議論は、顧客が価値を認める製品の特質が分かっていることが前提です。しかし、スタートアップの場合、これは思い込みに過ぎないことがほとんどです。誰が顧客なのかさえ分かっていない場合もあるからです。

MVPといっても内容は様々で、単なる告知と変わらないレベル、シンプルなスモークテストに過ぎないものから、プロトタイプで問題が多く機能も欠けているものまでがあり得ます。価値仮設を検証するために、短い説明動画によってユーザー登録者数を測定する方法もあります。

「スモークテスト」とは、元々、電機系の分野で使われていた用語です。ハードウェア製品/部品に電源を投入し、煙が出たり発火したりしないことを確認するテストです。

転じてソフトウェアの“最初の簡易テスト”を意味する言葉として使われるようになりました。開発・修正したソフトウェアを実行可能な状態に組み立て、基本的な機能の動作を確認します。

どこまでの機能が必要かは、検証すべき仮設に応じて、ケースバイケースで決めなければなりません。しかし、大抵の場合、アントレプレナーや製品開発担当者がMVPに必要だと思う機能は多すぎるようです。

迷ったときはシンプルにすべきです。求める学びに直接貢献しない機能やプロセス、労力は、どれほど重要に見えてもすべて無駄であり、取り除くべきです。

MVPが低品質であっても、顧客が気にする属性を学ぶことができるため、高品質の製品を作ることに役立つのです。「顧客は常に思いもよらない反応をする」という前提がむしろ必要です。

ただし、低品質でよいとは言っても「構築−計測−学習」のフィードバック・ループを回すことができないレベルのいい加減な製品であっては意味がありません。

製品に欠陥があると、製品の進化が難しくなり、学びも得にくくなります。そのような問題が製造プロセスで発生しないような注意は最低限必要です。

MVPのリスク

MVPを作る際にもリスクはあります。

アイデアを知られるリスク

スタートアップにとって、特許による保護は重要です。製品リリースによって生じるリスクを十分に理解し、あらかじめ専門家と相談しておく必要があります。

ただし、競争相手にアイデアを盗まれることを過度に恐れるあまり、MVPのリリースを遅らせることには問題があります。

自分たちの素晴らしいアイデアが簡単に盗まれると思うかもしれませんが、スタートアップの場合、アイデアを知ってもらい、理解してもらうこと自体が難しいことです。

実際のところ、どの企業も、素晴らしいアイデアなら腐るほど持っているというのが現実です。それらに優先順位をつけて実行することが課題なのです。

アイデアを知られたら他社のほうがうまく実行できるというのであれば、そのスタートアップに生き残れるチャンスはありません。

生き残る条件は、構築−計測−学習のフィードバック・ループを誰よりも速く回転させられることです。秘密主義ではこの条件をクリアすることはできません。

成功するスタートアップは、いずれ急迫してくる競合他社との競争に直面します。勝つためには、速いスピードで学んで抜きん出るしかありません。

ブランドに対するリスク

MVPは不完全であるため、ブランド構築に対するリスクだと受け止められることがあります。既存組織内で活動するスタートアップの場合、MVPが既存ブランドに傷をつける可能性があるという理由で行動が制約されることがあります。

既存ブランドへの影響を気にするのであれば、別ブランドで出せばよいでしょう。

通常、長期にわたる評判に対するリスクというのは、PRや宣伝で派手な製品発表を行ったにもかかわらず、実が伴わない場合に起こるものです。

スタートアップは元々注目されていないので、顧客の数も少なく、メディアへの露出もほとんどありません。この状況を利用して実験を繰り返し、現実の顧客で製品の価値を確認した後、マーケティングに乗り出せばよいのです。

悪いニュースこそMVPの成果

MVPは必ず悪いニュースをもたらすことを覚悟しておくべきです。既存製品の改良のような特定の課題にのみ対応しようとしているわけではないからです。

事業にまつわるあらゆる課題をカバーしなければならないので、様々な意見や批判、誤った理由による否定などに直面することもあります。それらを恐れるからこそ、テストなしで完璧な製品を作り、大々的に発表して売り出したいという誘惑に駆られます。

MVPでは、フィードバック・ループの繰り返し回数を決めておき、その間は、どのような結果が出ても絶対に希望は捨てないとあらかじめ覚悟しておくべきです。

MVPは学びの第一歩に過ぎません。サイクルを何度も繰り返した先に、製品や戦略の一部に不備があり、ビジョンを実現するためにはやり方を変えなければならないと判明することがあります。これ自体が学びの大きな効果です。

スタートアップが大きな危機に直面するのは、社外の関係者や投資家の信頼が揺らいだときです。それは約束した成果を実現できなかったときに起こります。失敗の原因は、実行に失敗する場合と計画が不適切である場合のいずれかです。

スタートアップの場合、計画も予測も不確実であるため、約束した成果を出せないのがむしろ当然であると言えますが、それでもうまく行っていることを説明できなければなりません。

スタートアップで「うまく行っている」とは、製品が売れることではなく、検証による学びを実現できていることを確認できることです。確認のための体系的アプローチが「革新会計」です。