管理者の育成 − 「X理論」と「Y理論」⑭

管理者の育成など放っておいてもよいと考えられた時代がありました。仕事をしていれば、従業員の中から優れた人材が自ずと浮かび上がってくると考えられたからです。

その後、管理者教育に力を入れる企業が増えました。多くの企業が採用した方法は、マグレガーが「工業的方法」と呼ぶもので、管理者育成を生産問題と同様に考えるものです。

必要な経営人材を供給する目的で訓練計画を編成し、必要な機構を組み立てます。管理者の名簿、精密な記号と色分けを施した後継者表、将来の経営人材を募集・選定する公式の組織、新入社員に対する特別訓練計画、業績評価計画、計画的配置転換、盛り沢山な訓練計画などです。

企業の要求に従って訓練計画を「設計」し、次々と経営人材を「製造」していこうとする仕組みです。従業員は、この仕組みに従って「流れ」ていきます。

個人の要望は十分に聞かれないまま、選ばれ、指導され、評価され、登用され、学校へ送られます。

X理論に基づく教育であり、会社のためになることは従業員のためにもなることだという暗黙の仮定で成り立っています。

Y理論に基づけば、管理者教育にも統合の考え方が必要です。特定の、個人的な、お互いに歩み寄ろうとする特性を重視するとすれば、「自己啓発」こそが教育の中心であるべきです。

本人が有意義で価値があると思う条件でなければ、自己啓発はうまく行きません。本人が積極的に自己啓発に対する決定に参加すれば、与えられた機会を最大限に活用すると考えられます。

Y理論に基づく管理者教育は「製造」よりも「農業」に近いと、マグレガーは言います。成長に適した環境条件を整えることを重視すれば、個人は能力のある限り伸びるという考え方です。

マグレガーが重視する環境条件は、次の3つです。

  1. 産業や会社の経済的および技術的特性
  2. 会社の構造・方針および実施手続き
  3. 直属上司の行動

これらの環境が成長を促すものでない場合は、公式の育成計画はかえって逆効果になりかねないといいます。

産業や会社の経済的および技術的特性

重要な技術革新が次から次へと行われているのが特徴である急速な成長産業と、厳しい経済的難局に直面し、ほとんど技術革新が行われない横ばいあるいは斜陽産業とでは、明らかに管理者育成の環境が違います。

会社の構造・方針および実施手続き

与えられた環境下では、経営者の考え方およびやり方次第で、管理者育成の過程の性格と質を変えることもできます。

個人の啓発を大いに左右するものは、一方において報酬と満足、他方において罰と欲求不満ですが、これらは会社によって違います。

組織構造および方針や関連する実施手続きを通して見た経営者の考え方から、いろいろな賞罰がうかがわれ、これが個人の成長に影響を与えます。

組織階層の違い

部門や階層の間に厳しく線を引いている中央集権的な組織では、個々の管理者が責任を引き受けたり、新しいアイデアを試みたり、判断を下したりする機会が少なくなるので、管理者の成長は制限されます。

分権や階層の少ない組織では、管理者の管理範囲が広くなるので、個人が自分自身の行動に対して責任を取る幅も広くなり、自我および自己実現という形の満足を得る環境が生まれます。その満足によって、もっと責任を負い、成長することを欲するようになります。

管理規程の影響

管理規程による行動の統制も、管理者育成を左右します。行動が厳しく制限されたり、上司が部下の行動について詳細な報告を求めたりするところに、真の行動の自由はありません。

不公平な賞罰制度

経営者は、部下が事業全体に関心を持ち、会社全体の目標に貢献する行動をすることを希望しているはずですが、実際の賞罰(組織形態、業績基準、方針と管理制度、上司および同僚の態度など)がその反対の効果を生じるようになっていることはよくあります。

ラインとスタッフ、管理職と専門職、いずれも会社には必要であり、それぞれの立場で会社に貢献できるにもかかわらず、両者の間に賞罰の違いや不公平な扱いがあると、教育の効果は制限されます。

昇進の影響

会社での成功を目指す優秀な人は、自分自身の価値を示すため、その会社での成功の基準を満たそうとします。

もし「昇進」が成功を測る唯一の尺度であれば、優秀な人は昇進ばかりを望むようになるでしょう。

昇進が唯一の望みになるということは、常に高い地位を望むということですから、現在の地位から抜け出すことに熱中することになります。

専門的な仕事で成功することを望む人は、その会社には居場所がなくなるので、優秀な人であれば他の会社に移ることを望むようになるでしょう。

配置転換の影響

配置転換も、従業員の成長に大きな影響を与える方針の一つです。従業員に広範囲な体験を与え、能力を試すこともできます。

配置転換を頻繁にやり過ぎると、新しい仕事に就いても短期間しかいないことが前提になるため、むしろ仕事に責任を取ろうとしなくなり、事なかれ主義に陥る危険があります。

逆に、同じ部門に長く留まり、管理職になったときに異なる部門に配置転換するような場合もあります。このような配置転換は、本人に対する圧力が厳しく、管理職としてリーダーシップを発揮し、指導することは不可能です。

配置転換されてきた人の成長を左右する重大な要素の一つは、直属の上司です。新しい上司は、配置転換によって部下に素晴らしい勉強の機会を与えることができますが、相当な時間を割いて面倒を見る必要があります。

部下の面倒を見ることを評価し、報いる仕組みがなければ、上司がそのような時間と労力をかけようとはしません。

配置転換の効用の一つは、個人の業績や潜在能力を評価するときに、できるだけ偏見が入らないようにできることです。様々な上司の下で働くため、特定の上司の態度や管理方法の影響を抑えることができるからです。

配置転換が管理者育成のよい機会となり得ることは明らかですが、有効に機能するには、異動の時期、異動先、期間、異動先の上司の管理・監督の方法、本人の将来目標の考慮などが重要になります。

配置転換には賞罰の要素が含まれるので、その効果をよく見極めないと逆効果になります。

直属上司の行動

直属の上司が作る風土は、管理者育成に最も大きな影響を与えます。上司と部下との間のやり取りは、どのようなものでも部下にとっては何らかの学びになっています。

部下の態度や習慣および期待は、上司とのやり取りによって、強められたり、修正されたりします。その意味で、仕事を通じての訓練ほど重要なものはありません。

上司は、部下の育成と能力開発に責任があると言われますが、会社の賞罰制度が必ずしもこれと一致していないことが問題です。

部下の育成が上司の業績として重視され、昇進や昇給、さらにその上の上司に認められるといった形での報酬につながることが明確にされない限り、上司が部下の育成に関心を持つことはありません。

上司と部下とは相互依存関係にあり、自分自身の管理能力は部下の業績次第であることを、上司自身が承知している場合、その上司は、賞罰制度に関わらず、部下の育成に熱心です。

相互依存関係を認めない上司は、部下の育成よりも自己の業績や賞罰に関心を抱いています。このような上司は、有能な部下を自分を脅かす存在とみなしておそれるため、部下の成長を逆に妨げるようになります。

管理者育成スタッフの役割

Y理論に従って管理者育成の業務を進めるスタッフ部門がある場合、その主要な活動の一つは、経営首脳部と協力して、戦略的な計画を樹立することです。

その際、会社の方針・慣行を検討し、管理者に方針・慣行が成長にとって重要なものであることを理解させ、会社の組織・方針・日常の経営者の行動で、管理者の能力の育成を促進するようにします。

第二の活動は、部下の育成という責任を果たそうとする管理者の相談に乗ったり、助言したりすることです。

その際、お決まりの手続きを教えるのではなく、管理者の要求に最も相応しい手段を探し、それを使うに当たって助言を与えます。

第三の活動は、管理の問題に携わることです。人事異動計画および管理者名簿を作成するために、一定の記録や統計を取り、資料を準備する必要があります。

ただし、記録や統計は育成の過程を跡づける手段であり、それ自体が管理者の能力を伸ばす手段ではないことを知る必要があります。記録や統計が目的化しないようにするためです。

管理者を「製造」することはできないのですから、計画や実施手続きでは管理者育成はできません。望めるのは、管理者が主体的に成長することだけです。

管理者の成長は、利用する手段よりも、作り出される環境によってより大きく左右されます。環境が成長に役立つのであれば、スタッフ部門の主要な仕事は、その環境を適切に維持することです。

マグレガーは、目標による管理ほど、管理者育成を促進する環境を創り出すのに役立つものはないと指摘します。重要なのは、公式で機械的な手続きではなく、経営者の理論です。統合と自己統制による管理という考え方です。

経営者が会社の目標を他の方法でやるよりもうまく達成し、同時に部下の育成を促進する方法で経営するように、スタッフは援助します。その結果、会社の個々の管理者が自己啓発に取り組み、持てる能力を完全に発揮することになります。

このようにして、企業の効率的経営と管理者の育成は、一つに統合され、経営者はもはやこれら2つの職務の矛盾に直面することはありません。