リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。
この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。
戦略策定においては、最も困難なポイントはどこか、逃してはならない好機はどれかを見極め、そこにフォーカスし、難関を乗り越えるチャンスを掴む具体的な行動に移す方法を考え抜く必要があります。
注意深く診断して問題の構造を理解し、要素を再構成し、再検討し、問題を切り分けて的を絞り、類例を探し、ひたすら考えるというプロセスの中から浮かび上がってきます。
戦略の基本は、相手の最も弱いところ(最も効果のあがりそうなところ)に、こちらの最大の強みをぶつけることです。
今日の標準的な戦略理論では、この基本を引き伸ばし、潜在的な強み(優位性)にまで押し広げています。
良い戦略は、狙いを定めて一貫性のある行動を組織し、すでにある強みを活かすだけでなく、新たな強みを生み出します。
新たな強みは、視点を変えることで発見できます。新たな視点で状況を再構成することで、強みと弱みの全く新しいパターンが見えてくるので、ゲームのルールを変えるような鋭い洞察が生まれます。
悪い戦略は、目標が間違っているとか、実行の仕方がまずいというよりも、そもそも戦略とは何か、戦略はどのような役割を果たすのかについて、誤解があると考えられます。
的を絞る
良い戦略は、重要な一つの結果を出すための的を絞った方針を示し、リソースを投入し、行動を組織します。
悪い戦略は、矛盾した目標や関連性のない目標にリソースを分割して配分したり、相容れない利害関係を無理に両立させようとしたりします。
なお、「的を絞る」(フォーカス)という場合、ルメルトは2つの意味で使っています。一つは、自社の方針や行動をコーディネートして、相互作用やオーバーラップ効果により大きな力を生み出そうとすることです。もう一つは、あるセグメントをターゲットに定め、そこに対応できるシステムを用意して、より高い価値を提供することです。
多くの組織は的を絞った戦略を立てません。欲張りなリストを作成し、予算を注ぎ込んでひたすら頑張る以外に行動の一貫性がなく、組織本来の強みの発揮にリソースを集中投下しようとしません。
戦略とは、組織の命運を決するような重大かつ困難な課題を解決するために設計された方針と行動計画の組み合わせを意味します。単に目標を掲げることではなく、問題解決の一種です。
したがって、今何が問題なのかを理解せずに解決することはできません。戦略は、組織が直面する状況を診断し、課題または逃してはならない重大な機会を特定し、理解するところから始まります。
直面する状況の理解が深まるにつれて、成否を決すると同時に現実的に解決可能な最重要ポイントが見えてきます。
最重要ポイントへのフォーカスこそ戦略策定の基本であり、戦略家の重要なスキルです。最重要ポイントは、最も重要な勝負どころであって、かつ乗り越えられそうな対象でなければなりません。
いくつもの課題が浮かび上がってきた状況で、どれかにフォーカスするとなれば、それ以外の課題は棚上げするか先送りしなければなりません。
ですから、良い戦略に必要なのは、様々な要求にノーと言えるリーダーです。戦略を立てるときには「何をするか」と同じくらい「何をしないか」が重要です。
強みを発見する
戦略とは、勝てるゲームをプレイすることです。競争相手と一番差をつけられそうなところ、つまり勝てるところにフォーカスしなければなりません。
要するに、相手がこちらより弱いところに、こちらの強いところをぶつけるのが戦略の定石です。ですから、戦略の価値は、新たな強みを知り、弱点に気づくところから生まれます。
こちらが有利なところでは存分に力を発揮し、そうでないところは巧みに回避します。ライバルの弱みを突き、こちらの弱みは握られないよう注意します。
ところが、自社の強みは視界の外れのほうに存在し、よほど注意を集中しないと見えてきません。これまでとは違う視点や全く新しい角度から物事を見直すことで、気づいていなかった強みやチャンス、あるいは弱点や脅威を発見できることがあります。
このような気づきから導き出された戦略は、「普通の強み」を「圧倒的な強み」に変えることができます。
なお、成功した企業について、その成功要因をあげようとする場合、競争相手のことはほとんど忘れてしまいがちです。強みも弱みも相対的なものに過ぎませんから、勝ち組の行動に注目するだけでは、全体の半分しか見たことにはなりません。
戦略を考えるときは常に競争を考慮しなければなりません。競争では、非対称性、すなわち競争相手との違いを探します。
競争相手との比較によって、自社の強みと弱みを見極め、状況のチャンスとリスク(あるいは敵の弱みと強み)を評価したうえで、自社の強みを最大限に活かそうとしなければなりません。
戦略は長い旅路である
戦略は、困難な課題に取り組み、克服する方法を考え抜いては行動に移す継続的なプロセスです。
課題の中には長期にわたるものもあれば、規模の大きいものもあります。眼の前に立ち塞がる壁だったり、降って湧いたような好機だったりします。
どの場合にも、戦略はそれらに立ち向かい解決するプロセスの継続であり、一連の課題に継続的に立ち向かうことにほかなりません。
戦略を立てることも継続的なプロセスです。すべの課題を一挙に解決する魔法のような戦略は存在しません。
戦略と権限
課題の最重要ポイントに取り組むには、行動を起こさなければなりません。
何かを特に重視することは、そこにフォーカスすることですから、役割や影響力やリソースの変更や転換が伴います。当然、ある事業や部門あるいは一部の人材が他より重視されることになります。
戦略は、リーダーが設計する方針あるいは方向性です。戦略の実行とは、放っておいたらやらないこと、すなわちルーティンから外れた行動を社員にやらせるために権限を行使することです。
リーダーがビジョンにこだわる理由
世の中では「ビジョン」について語ることが流行っています。戦略とは士気を高め、モチベーションを上げるようなメッセージを発信することだと捉えている人たちがいます。
彼らは、ビジョンを掲げ、これを会社の事業運営の原則と目的として伝達し、全員がそれを受け入れたら、経営者の役割は果たされると考えています。
どうやって実現するかを決めて命令しなくても、全員が、何を目指し、今何をすべきかを知って、それを行うはずだ、と考えているわけです。
彼らの最大の問題は、権限の行使を嫌がっていることです。誰かにあれをやれこれをやれと直接言いたくないのです。
権限の獲得
リーダーだから権限が自由に行使できるわけではありません。権限の行使には基盤の構築が必要です。
ところが、課題に取り組もうとしても、それだけの権限を与えられていないポストについてしまうことは珍しくありません。
事業別あるいは機能別に組織が細分化され、全社的な統合は経営委員会に委ねられているような場合、細分化されたユニットには裁量権が与えられていないことがほとんどです。
最高責任者として十分な権限を付与されない限り、自分で戦略目標を立て、それを目指すことはできません。それどころか、自分の任務遂行のために介入することさえうまくいきません。
そのため、突然強敵が現れて市場を侵食されることを目の当たりにしても対応できません。効果的な戦略を立てることができず、指をくわえて見ているだけとなります。
立場に応じて最善を尽くすとしても、決定権を持って勢いよく参入してくる相手に対してできることは限られています。
与えられた権限が戦略を実行するのに十分でなければ、まず、個人の戦略として執行権を獲得することを目指すという方法があります。
例えば、自分に裁量権を与えられた狭い分野で実績を示し、取締役会からフリーハンドを得て権力基盤を確立してから、全社的な改革を実行に移す、といったことです。
戦略と成長
「成長自体が価値を創出する」というのは、事業経営の決まり文句のようになっており、「成長はいいことだ」と大方の経営者が信じ込んでいます。
規模が大きくなれば管理費を減らせると考えます。経営者の報酬も増えると考えます。目障りな幹部をクビにせず体よく周辺事業に追いやれるとも考えます。
そこで、「成長することがわが社の最重要課題である」あるいは「成長することがわが社の戦略である」という言い方をする会社も少なくありません。
しかし、成長自体を課題や戦略にしても意味はありません。問題は成長の要因です。何をもって、いかなる方法によって成長するのかが課題であり、戦略の対象です。
ある製品の需要が拡大しているとき、その影響は産業全体にわたっているので、特定の企業の製品だけが伸びているのではありません。
需要が伸びれば利益が押し上げられるので、どの会社も、利益の大半を設備投資に回して生産を拡大しようとします。ですから、事業拡大中の企業にとって、利益は幻想に過ぎません。
需要の伸びが鈍化してからも高い投資収益を維持できるなら話は別ですが、商品の差異化が難しいコモディティの場合、余程の競争優位がない限り、需要が失速すると利益は消し飛んでしまいます。
成長に買収はつきものです。特に分権型の組織では、部門業績を上げるために買収は好ましいと考えます。コンサルティング会社も、膨大な手数料を獲得しようと大型取引を後押しします。
しかし、合併・買収などの人為的操作で健全な成長が実現できるわけではありません。成長は、独自の能力に対する需要増、優れた製品やスキル、イノベーションや知恵や効率や創造性の結果です。
この種の成長は、単に業界全体の拡大基調に乗るのではなく、シェアの拡大や利益率の上昇を伴います。