悪い戦略が蔓延る理由 − ルメルトの戦略論③

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

ルメルトによると、見込み違いや判断ミスから悪い戦略が生まれるわけではないといいます。見込み違いや判断ミスが起こらないということではなく、それらを減らすための訓練をいくらやっても、悪い戦略の出現を防ぐ効果がほとんどないというのです。

悪い戦略が蔓延る理由は、分析や論理的思考や選択を一切行わずに、戦略をつくり上げようとすることです。その背後には、面倒な作業はやらずに済ませたい、調査や分析などしなくても戦略は立てられるという安易な発想があります。

つまり、悪い戦略は、良い戦略を練り上げるためのハードワークを避けた結果であり、相反する要求や両立し得ない価値観の中から選択するというリーダー本来の仕事を放棄した結果です。

悪い戦略は、コンサルタントによるお仕着せの穴埋め式テンプレートからも量産されているといいます。この場合も、自社が直面する状況を見極め、どう対処するかを考える作業をしません。

さらに、アメリカのニューソートから派生したポジティブ・シンキングに代表される思考法(「信じれば思いは叶う」)も、悪い戦略を生む源泉になっているといいます。

困難な選択を避ける

戦略は重要な課題にフォーカスしますから、多くの課題の中から選び取ることが必要です。

企業の将来について重大な決断をするとき、様々に異なった意見が出るのは当然です。その際、議論するのはやめてとりあえず全部やってみればよいと考えるのは間違いです。

争いを避けるために全員の意見を採用するという方針をとった場合、誰も厳しく意見を吟味しなくなるからです。

最適の意見しか選択されないと分かっているからこそ、自分の提案に磨きをかけ、出された意見の長所短所を真剣に評価するものです。

秩序ある議論では、しっかりとした裏づけや納得のいく根拠が要求されますので、説得力のある意見はより堅固になり、根拠に乏しい意見は淘汰されて、妥当な選択につながりやすくなります。

戦略に関しては、リスクの大きさや勝つ確率を理解していなければなりません。会社の存続がかかっているときに、リスクが大き過ぎる戦略に手を出すべきではありません。特に、共通性がほとんどない戦略を複数同時に追求するのは無理があります。

戦略策定の難しさは、結局のところ選択の難しさに帰着します。戦略は一本の柱、一本の筋道なのです。

的を絞り込んだ戦略で、明確な目標にリソースを集中させます。そのために、戦略目標以外からリソースを引き揚げて戦略目標に回さなければなりません。

戦略を転換し、資金や人材やエネルギーや注意を一箇所に集中しようとすれば、必ず不利益を被る人が出てきますから、この人たちは戦略の転換に頑固に反対します。

リーダーが選択に踏み切れず、新しい戦略を導入することができなければ、八方美人型あるいは当たり障りのない戦略もどきでお茶を濁すことになります。

企業でも、あるいは政治でも、同じ行動パターンが長く続けられているほど、それは深く根を下ろし、既得権と化します。

リーダーの公式

ある種の悪い戦略を量産するきっかけを作ったのは、カリスマ的リーダーの研究であると、ルメルトは言います。

多くの人を惹きつける卓越したリーダーに注目し、分析するところからアカデミックなリーダー論が生まれ、経営コンサルティングが登場するに至りました。

リーダー論では、リーダーの公式が編み出されました。ビジョンを持っていること、周囲の人を「組織のために尽くそう」という気にさせること、人々に自信と力を与えてビジョンの実現を目指すことです。モラル、献身、責任感などを重視する研究者もいます。

このようなモデルは、高学歴の人たちに人気が高いようです。彼らは同じく高学歴の部下を管理しなければならず、組織の変革は必要だが部下に命令するのは嫌だという矛盾した感情を抱いているので、「その気にさせる」、「力づける」というアプローチを好みます。

ルメルトは、このようなリーダー観を否定しませんが、それが良い戦略を保障するものではないと言います。リーダーが追求する価値と、実現可能性を備えた戦略を立てることとは別だからです。

実りある結果を手にするためには、リーダーは、前途にある障害に注意深く気を配り、戦略を立てなければなりません。

穴埋め式チャートや戦略自動作成機で戦略をこしらえる

リーダーシップと共に戦略理論の研究が進むと、テンプレート式の戦略プランニングが考案されるようになりました。

テンプレートには、ビジョン、ミッション、価値観、戦略(目標)を書き込むようになっており、手順に従うだけで、深い洞察に裏づけられているかのようなステートメントができあるというものです。かくして、これを指導するコンサルティング会社が大量に出現しました。

美辞麗句に満ちたビジョンやスローガンは、カリスマ的リーダーや変革リーダーが得意とするところですが、個人のカリスマ的魅力だけから戦略を生み出そうとするのは、安易に過ぎます。

更に、コンサルタントは「事業戦略を論理的に作成するシステム」を編み出します。望みの数字を入力してボタンを押せば戦略が吐き出されるような「戦略自動作成機」です。

今日では役に立つ分析ツールが豊富に存在し、シミュレーションや問題解決のためのノウハウ(他の状況との類比、視点の転換、成功した方法の応用など)も潤沢にあります。

しかし、これらはきっかけや刺激となるに過ぎません。定められたプロセスから自動的に戦略が生まれることはありません。用意されたリストから戦略を選ぶということもできません。

戦略策定はデータ分析でもありません。データを集め、何らかのフレームワークに当てはめることで、自動的に戦略が生み出されるわけではありません。整理されたデータを眺め、事態を改善する方法が自然に浮かんでくることもありません。

戦略を策定するお決まりのセオリーなど存在せず、自分でゼロから考え抜き、デザインするしかありません。目的への道を描き出す創造であり、洞察力と判断力の産物なのです。

成功すると考えたら成功する

ポジティブ・シンキングの源流は、プロテスタント流の個人主義です。ここからクリスチャン・サイエンスが派生し、人間の信念には物理的世界に影響を及ぼす力があるという神秘思想へと変化しました。

このニューソート運動は1920年代前半にピークに達し、その後は様々な思考法に姿を変えて、1930年代にはモチベーションやポジティブ・シンキングが主流になりました。

ルメルトは、精神から発する光が現実の世界を変えられるとか、成功すると思えば成功すると信じるのは一種の妄想であって、経営や戦略への取り組み姿勢としては奨められないとします。

分析においては、起こり得る事態を考えるところからスタートすべきであって、その中には好ましくない事態も当然含まれます。

想念だけでビジョンは実現するという教えは、批判的に考える能力を捨て、良い戦略を諦めることになりかねません。現実を直視し、具体的な行動が必要です。