未来のための競争 − コア・コンピタンス経営①

未来は過去の延長ではありません。新しい産業構造が古い産業構造にとって代わります。未来のための競争に勝ち抜くためには、未来での競争が現在とどう異なるのかを理解しなければなりません。今までの戦略や競争の考え方は、常に挑戦を受けていると考える必要があります。

未来のための競争は、次の点で今日の競争と異なります。

・競争ルールがまだ確立していない非構造的な産業分野で繰り広げられる
・100メートル競走ではなく、トライアスロンのような長距離レースに相当する

経営戦略や経営者の果たすべき役割も本質的に異なります。環境に適応することが重要ではなく、混沌とした環境のなかで戦略的な決断をすることが必要になります。過去の地図に頼ることはできません。

従来の戦略立案のように、既存の産業構造の枠組みを前提として、自社の最適なポジショニングを追求することはできません。未来の産業構造の構築に向けて競争しなければなりません。

勝ち残る商品コンセプトの予測、採用すべき業界標準の仕様、企業提携の方法や提携企業間の力関係を決める要因の理解が大切です。さらに、新しい産業構造をつくり上げる過程で自分の発言力をいかに高めるかも重要です。

競争の3段階

未来の産業構造の構築に向けた競争は、VTRの開発競争のような例を細かく分析することによって、いくつかの段階に分けて観察することができるといいます。

最初に直面した問題は、VTRの将来性を確信できるかどうかでした。第2の問題は、VTR産業の形成と利益を確保するための企業力を確立することでした。

第3の問題は、VTR市場を発展させるために必要な設定価格、製品の特徴、寸法、ソフトウェアを決めることでした。市場のない製品について、顧客は何も答えることができませんから、製品の改良と市場への投入を何回も繰り返して、顧客の要求に少しずつ近づけるしかありませんでした。いち早く市場で実験ができることが重要でした。

第4の問題は、自社の方式を業界の標準にすることでした。この戦いに勝てば、ソフト資産や技術ライセンス収入、部品の量産効果などで、商社は膨大な利益を独り占めすることができました。一方、競争に負ければ、今までの多大な開発投資は無駄になりました。主な家電会社を多数引き込み、ソフトの供給会社も仲間にすることによって、勝者が決まりました。

最後に、業界の標準化が終わると、マーケット・シェアを巡る戦いが待っています。製品に新しい機能を付け加え、性能を素早く改善し、急速にコストを削減する力で勝敗が決まります。

このような例から、未来のための競争は3つの段階を経て繰り広げられるといいます。

第一段階は、未来をイメージする競争です。具体的には、次のような競争です。

  • 従来の産業の境界壁を変える
  • 新しい市場を創造する潜在力のある技術、人口構成、政府規制、ライフスタイルの流れや変化について、競合他社より優れた識別眼を獲得する
  • 未来の市場機会がどれくらいの規模になるのか、どのような構造になるのかを見極める
  • まったく新しい顧客利益を考えたり、従来からある顧客利益を新しい方法で提供できないかを考える

第二段階は、未来への構想を有利に展開する競争、未来の産業を自分に有利な方向に展開する競争です。具体的には、次のような競争です。

  • 必要なコア・コンピタンスを蓄積して技術的な課題を克服する
  • いろいろな製品やサービスのコンセプトを市場での実験で確証して、顧客の本当のニーズを発見する
  • 自分が保有していない重要な経営資源を補ってくれる提携会社を探す
  • 製品やサービスを最終顧客に送り届ける販売流通を整備する
  • 必要に応じて業界標準をつくり上げる

第三段階は、マーケットシェアを獲得する競争です。製品価値、コスト、価格、サービスなど、比較的はっきりした尺度を用いた、マーケットシェアと市場ポジショニングの競争です。開発の重点は、商品群の拡大、効率の改善、製品やサービスで他社との違いを明確にする段階に移っていきます。

グローバルな競争

未来の市場機会はグローバルであることが前提です。市場機会を獲得するのに必要なすべての技術やスキルを一つの国や地域が支配するのは不可能になっているからです。

市場機会を獲得するための投資も莫大であるため、投入資金を十分に償却しつつ利益も獲得するするには、世界規模の流通チャネルも必要です。

しかし、市場の成熟には地域差がありますから、未来の市場を制覇するには、世界中の先進顧客、最先端の技術を提供する会社、部品の供給会社等と一緒に知識を磨かなければなりません。

市場機会のシェアを巡る競争

未来のための競争は、特定の市場におけるマーケットシェアを目指した戦いではなく、市場機会のシェアを目指した戦いです。つまり、市場機会そのものが豊富な分野を発見し、そこで自社が参画できる範囲を最大にする競争です。

現在の自社のスキルや力量から見て、今後どれくらいの市場機会シェアを獲得できるか、どのような新しい企業力を築かなければならないかを考えなければなりません。

企業力は、長年の辛抱と忍耐を通じて蓄積された知的資産の賜です。

企業力の競争

未来のための競争は、製品や事業の間の競争ではなく、会社全体間の競争です。製品や事業の区分は既存の産業における区分に過ぎず、未来の市場機会が既存の事業体制にうまく当てはまることはありません。

全社レベルの任務として、既存の事業部門を横断した取り組みが必要です。必要な企業力もまた、事業部門をまたがったものであるはずです。

会社を企業力の集合体と見ることが重要です。まず、社内に分散している事業の競争力としての企業力を集中的に把握し、自社が保有している企業力を用いて、どのような市場機会で独自性を発揮できるかを検討しなければなりません。

さらに、明日の市場への入口となり、将来の顧客価値への貢献をもっとも高めるような企業力、すなわちコア・コンピタンスを他社に先駆けて構築しなければなりません。主要なコア・コンピタンスの領域で世界をリードするためには、5年、10年、それ以上かかるかもしれないので、将来に向けて構築すべきコア・コンピタンスが何であるか、今から視点を養っておく必要があります。

コア・コンピタンスで主導権を握っているかどうかは、コア・コンピタンスを利用する新しい創造的な方法を具体的に考えて、どれだけ新しい可能性を広げることができるかどうかによります。特定のコア・コンピタンスを育てる取り組みを重ねているからこそ、具体的にどのような用途が考えられるのかを予見することができます。

製品として事業化できる見込みが立つまで、コア・コンピタンスの育成に投資しないということになれば、競合に先を越されることは目に見えています。

したがって、コア・コンピタンスをめぐる主導権争いは、製品をめぐる主導権争いに先駆けて始まるのが通例です。それは地道な学習の蓄積ですから、時間を短縮することは困難です。コア・コンピタンスの獲得競争は、その応用範囲の面でも、企業の収益性の面でも、投資やリスクの面でも、製品間競争や事業間競争を越えた企業間の競争です。つまり、コア・コンピタンスは将来の製品開発の源泉であり、企業の競争力の源泉です。その果実が個々の製品やサービスです。

未来のイノベーションに必要な能力を、単独の会社がすべて備えていると考えることは現実的ではありません。異なる技術の融合が必要です。会社全体として取り組むだけでなく、企業間の協力も不可欠です。つまり、企業力の競争は、企業間の競争だけでなく、企業連合間の競争にもなります。

時間の競争

未来のための競争には、スピードも重要です。商品の寿命はますます短くなり、商品開発期間の短縮も求められています。さらに、顧客は速いサービスを期待しています。

一方で、新しい市場機会の探究と制覇には、10年や20年といった年月が必要です。これほどの長い期間を忍耐するには、大きな顧客利益を創造できるという揺るぎない信念が必要です。短期的な競争では金銭的見返りの大きさが会社を動かすかもしれませんが、未来のための競争では人びとの生活に及ぼす影響力の大きさが会社を駆り立てます。

未来のための競争における採算性を短期的な手法で測ることはできません。だからといって、直感に任せることもできません。しかし、少なくとも、次のように問うことはできるはずです。

・この革新的な製品の影響を受ける人はどれくらいいるだろうか
・人びとはこの革新的な製品をどれくらい貴重だと思ってくれるだろうか
・この革新的な製品の応用範囲はどれくらい広いだろうか

長い年月をかけた競争であるからこそ、すぐにでも取り組みを始めなければなりません。