悪循環からの脱却 − コア・コンピタンス経営②

目の前にある短期的な課題の解決は重要ですが、その優先順位は、未来への視点に基づいて決めることが大切です。しかも、その未来への視点は、競合他社よりも優れていなければなりません。

未来への視点とは、他人の決めた競争ルールに従うのではなく、自分で競争ルールをつくり出す立場になることを目指すものです。業界の現状を維持するよりも、現状を打破することを目指さなければなりません。未来への視点とは、未来に向けた競争でもあります。

未来のための競争とは、未来を予知する競争ではありません。すでに起こった、あるいは起こりつつある社会の変化をとらえ、そこから生まれ得る市場機会を発見し、制覇する競争です。産業とは人間の主体的な営みであり、自然に生まれるものではありません。変化する社会や顧客に対して、わが社はいかなる価値を提供したいのかを決めることです。変化をもとに誰かが描いたアイデアが、弛まぬ努力の積み重ねによって、産業として結実するのです。

未来は創造するものであり、自らの手で会社の進むべき道を発見しなければなりません。

常に新たな競合他社に目を配り、従来の経営手法を潜在的に脅かしているものを認識しようとしなければなりません。リエンジニアリングは、コスト削減や業務の効率化のために必要です。しかし、より重要なのは、基本戦略を立て直すことによって、業績の向上や新しい事業の創出に目を向け、今後の増収増益を達成することです。

リストラクチャリングを超えて

なすべき企業変革は、過去から推測できるような方向にはありません。「そんなに急がず、市場の様子を見てから」というような管理に主眼を置いた経営ではなく、創造力のある先導的な経営でなければ、速すぎる環境の変化について行くことさえできません。

変化に追随しようとすると、ダウンサイジングや経費削減、業務の見直しなどの「リストラクチャリング」に終始しがちです。投資利益率や資本利益率を短期間で高めようとすれば、分子を削減する方が確実で手っ取り早いからです。したがって、リストラクチャリングは、利益よりも被害の方が大きくなります。

リストラクチャリングで短期的な成果を得た経営者は、高額な報酬を得て、その弊害の責任を取る間もなく去っていくのが常です。責任を被るのは従業員です。仕事の効率を上げなければリストラされますが、実際に仕事の効率が上がってもリストラされます。環境は常に変化しますから、リストラクチャリングに終わりはありません。従業員は、常に捨てられる日を恐れながら仕事をしなければなりません。

やるべきことは、削減よりも創造です。投資利益率や資本利益率の分子を高めること、すなわち戦略の見直しによって収益を高めることが重要です。仕事を効率化させることは常に必要ですが、それを実現した従業員には、分身を高めるための新たにやるべき仕事が必要です。

リエンジニアリングを超えて

「リエンジニアリング」は、本来、顧客満足の観点からすべての業務プロセスを見直すことですが、実際に経営者が行ったことは、経費削減を目的にした見直しでした。

ひたすら縮小の悪循環に陥るリストラクチャリングに比べれば、顧客満足を目的とするリエンジニアリングの方が、会社が良くなるという希望を与えます。しかし、多くのリエンジニアリングは、競合他社から一歩先んじるためではなく、競合他社に追いつくために行われたのが実情です。

リエンジニアリングの結果、雇用の喪失、マーケットシェアの低下など、未来を開くための力を失った企業も少なくありませんでした。優れた競合他社に追いつくことを重視するあまり、規模の経済、品質、スピードといった、その時点で競合他社を特徴づけている限られた要素にのみ着目してしまいがちです。

リエンジニアリングで追いつこうとしている間、その優れた競合他社は、新たな目標に向かって更なる進化を目指してたことがいずれ明らかになります。

組織変革から業界変革へ

未来を創出するということは、業界の境界を引き直し、まったく新しい産業をつくり出すことです。そのためには、伝統的な業界で慣例化している競争ルールを根本的に変えてしまうことが必要になります。

業界で主導権を保つということは、主導権を創造することを意味します。つまり、常に業界をつくり直すことを目指して変革し続ける姿勢が求められます。この場合、既存業界における競合他社との競争よりも、古い慣習に染まらない新興会社との競争の方が深刻な問題です。彼らは、効率の高さによって競争するのではなく、業界の慣習や昔の解決法にとらわれず、はるか未来を積極的に探究しているからです。

始まりは常に自らの変革です。まずは、会社の基本戦略を立て直し、業界の再創造に挑まなければなりません。

変革には目的が必要です。何に向かって会社を変革するのかを理解しなければなりません。さらに、「こうしたい」という産業変革の展開シナリオが描けなければなりません。次のような観点を十分に検討して、組織変革に取り組む必要があります。

  • 5年から10年後に、業界の構造がどう変わって欲しいか
  • 業界の変革を自社に有利に展開するには、何をしなければならないか
  • 業界で主導的な地位を築くには、今からどのようなスキル、能力を構築しなければならないか
  • 今の事業体制で対応できないような市場機会に、今後どのような組織体制で臨むべきか

これからの戦略に向けて

未来に向けた競争に勝利し、一番乗りするのに必要な会社の資質は、次のようなものです。

  • 未来のための競争が現在の競争と違うと認識する能力
  • 未来の市場機会を発見する洞察力を築く仕組み
  • 未来への長くて険しい道に向かって、会社全体を元気づける能力
  • 過度のリスクを避けながら、競合他社を追い抜いて未来に一番乗りする能力

戦略に関する考え方は、従来のものとは異なります。

  • 未来を発見する前に、自社の過去を意識的に忘れ去る
  • 未来の市場機会を発見する優れた先見性を築き上げる
  • 未来の市場の制覇に必要な企業力を築くための道筋を示す戦略設計図を重視する
  • 多少困難に見える高い目標に向けて社員のやる気を引き出す
  • 有限の経営資源から無限の相乗効果を事業部間に生み出す方法を見つけ、経営資源の制約を打破する
  • 従来の産業で競争するのではなく、未来の産業を築く
  • 製品ではなくコア・コンピタンスで業界を支配するために競争する
  • 会社を事業の集合体としてではなくコア・コンピタンスの集合体として認識する
  • 競争は会社間だけでなく、企業連合内や企業連合間でも起こる
  • 市場での失敗から未来の市場ニーズを学ぶ
  • 国内市場だけでなく、世界市場で競合他社をリードすることを目指す

未来に一番乗りできるのは、決して一社だけではありません。顧客のニーズやウォンツは多様であり、市場機会も多様だからです。つまり、未来は一つではなく、たくさんあるのです。どの未来を目指して一番乗りするのか、独自の視点を築くことこそが大切です。