ドラッカーの書籍には「リスク」という言葉が頻繁に登場します。
経営は、不確実な未来に投資するものですから、リスクは本源的です。
ですから、経営科学などが、「リスクを最小にする」とか「リスクをなくす」とか言うことを、ドラッカーは批判しています。
「リスクをなくす」ということは、「硬直化のリスク」を冒すことであり、最大のリスクであると言います。
では、「リスク」とは何でしょうか?
「危険性」ではありません。「不確実性・不確定性」を意味します。
なお、ドラッカーは『マネジメント』の中で、統計学で言う「リスク」とドラッカーの言う「リスク」は趣きをことにしていると言っています。
「リスク」の一般的な定義
分野によって、あるいは使い方によって異なっていますので、何をもって一般的とするかは難しいところです。
経営で求められる「リスク・マネジメント」の観点から、一般的と考えられる定義を説明します。
将来、ある出来事の発生が予想されるとします。将来のことですので、発生するかどうかは不確定です。しかし、発生した場合は企業に影響が出るとします。
このような場合に、「リスク」は次のように定義されます。
[リスク]=[出来事の発生確率]×[出来事による影響度]
つまり、ある出来事について、
- 発生確率が高く、発生した場合の企業への影響度も大きい
- ⇒ リスクが高い(大きい)
- 発生確率が低く、発生した場合の企業への影響度も小さい
- ⇒ リスクが低い(小さい)
となります。
発生した場合の影響度は大きいけれども、発生確率が極端に小さければ、「リスクは低い」と評価される場合もあります。
影響度はそれほど大きくないけれども、発生確率がかなり大きいのであれば、「リスクは高い」と評価される場合もあります。
企業によって、どのような出来事がどのような影響を与えるかが一律ではありません。
「高い、低い」という評価も、定量的で客観的に決められるとは限らず、それぞれの企業の価値判断により異なってきます。
ちなみに、「リスク」というとマイナスの出来事をイメージすることが多いと思いますが、元々はプラスの出来事も含みます。
企業にとって、大きなプラスの影響を与える出来事であって、発生確率が高ければ、「リスクは高い」ということになります。
プラスの影響であるか、マイナスの影響であるかにかかわらず、企業にとって「不確実、不確定である」ということが「リスク」の本質的意味になります。
リスク評価の具体例
飛行機事故と自動車事故を例にして考えてみます。
飛行機事故は、起きてしまうと何百人の命が失われる大惨事になり得ます。しかし、発生確率は大変低いです。ですから、今日では「リスクは低い」と評価されるのが一般的です。
自動車事故は、事故の程度によって、軽いものから、何人もの命を奪う重篤なものまで幅があります。発生確率は、未だ低いとは言えないでしょう。人によって評価は異なるでしょうが、ここでは「リスクは中程度」としておきましょう。
リスク評価は、立場によってまったく異なる
飛行機事故を例に取ります。
乗客から見たら、「一般的に、飛行機事故のリスクは低い」と言ってよいと思います。
しかし、航空会社は、「飛行機事故のリスクは低い」とはまったく考えません。「高い」と捉えます。
航空会社が「飛行機事故のリスクは低い」ととらえてしまうと、対策が不十分になるかもしれません。当然、事故の発生確率は高まるでしょう。
結果的に、リスクは「高く」なります。
しかも、一旦事故が発生すれば大惨事になり、航空会社の信用は一気に崩れます。
ですから、航空会社は、最優先であらゆる対策を講じて、飛行機事故の発生確率を低くする努力を行います。
万が一何らかのトラブルが発生した場合に、影響度(被害の程度)を小さくするような対策も講じます。
それらによって初めて、乗客から「リスクが低い」という評価を受けることができます。
リスクの測り方
リスクは、将来の不確実な出来事を扱うので、定量的に評価することは難しいと言えます。
お金で表現できることが理想的ですが、簡単ではありません。
人によって異なりますが、「出来事による影響度」と「出来事の発生確率」の両方を、区分指標(「大・中・小」など)で表現することが一般的です。
下に経営に関するリスク評価の例を示します。
この例では一マスに一つしかあげていませんが、実際は、もっと多くのリスクを思いつく限り書き出します。
このような表にまとめたうえで、区分ごとに、どのように対応するかを決めていくことを、「リスク・マネジメント」と言います。
ドラッカーの言う「リスク」とは
ドラッカーも、上記のようなリスクの考え方を否定しているわけではないと考えられます。
ただ、ドラッカーは、もう少し違ったニュアンスをもたせています。もちろん、言葉を使う場所によって意味の広がりは違うと思いますので、正しくは、前後の文脈で判断しなければなりません。
例えば、『マネジメント』の「マネジメント・サイエンス」の章では、次のように言っています。
ここにいうリスクは、統計学にいうリスクとは趣きを異にする。異質の出来事、元に戻すことの不可能なパターンの定性的な変化を意味する。
つまり、事故などというよりは、経営環境の本質的な変化を指しているようです。
変化を予測することは難しいですが、ドラッカーが『現代の経営』で紹介している将来予測の方法を活用できるでしょう(参考:「事業の目標」)。
さらに、すでに起こった未来を見きわめ、自社への影響、「われわれの事業は何になるか、何であるべきか」への問いに活用していくことが大切でしょう。