成果中心の精神

凡人が一人で実現できる成果は平凡です。人には強みもあれば弱みもあるからです。しかし、凡人が集まって組織をつくれば、強みを集め、弱みを補って無意味にすることで、全体の成果を非凡なものにすることができます。

これが「生産性を高める」ということであり、「投入したもの以上のものを生み出す」ということです。

非凡な成果は、単に人が集まるだけで自然に生み出されるものではありません。かといって、優秀な人たちを集めなければ成果をあげられないわけでもありません。あるいは、いつ現れるとも分からない天才的なリーダーに頼るわけにもいきません。

組織の中に「成果中心の精神」を生み出し、定着させることが必要です。「精神」とは姿勢であり、行動原理です。組織のメンバーの意識と行動を常に成果に向けさせるための精神が必要です。

  • 組織の焦点を成果に合わせ、成果の基準を高く保ち、成果をあげることを習慣化すること。
  • 問題ではなく機会に、人の弱みではなく強みに焦点を合わせ、機会に強みを適用すること。
  • 人事に関わる意思決定こそ真の管理手段であると位置づけ、組織の信条と価値観に沿って行うこと。
  • 人事に関わる決定においては、「真摯さ」を絶対条件とし、あらかじめ身につけていなければならない資質とすること。

メンバー一人ひとりが自ら成果をあげる能力を高めるべく、目的意識をもって体系的かつ焦点を絞って自己開発に努める姿勢が、組織の中に「成果中心の精神」を育てます。

メンバー一人ひとりに自己開発を要求し、奨励し、サポートするのも「成果中心の精神」です。

トップマネジメントから始める必要があります。

組織の焦点

成果に焦点を合わせる

「良い組織」とは、「投入したもの以上のものを生み出すこと」です。これが組織をつくる理由であり、組織の「成果」です。組織は、成果に焦点を合わせなければなりません。

要するに、組織の良否は「成果中心の精神」があるかどうかによって決まる、というのがドラッカーの考えです。

組織は常に、ことなかれ主義の誘惑にさらされていますから、成果という高度の要求を課すことによって、組織を健全に保つことが必要です。

働く者一人ひとりが組織全体の目標に貢献することによって、組織は成果をあげることができます。

特に知識労働者に対しては、監督によって仕事をさせることができません。自ら方向づけを行い、自ら管理し、自らを動機づける必要があります。自己目標管理が必要です。そのために、組織全体の目標と、一人ひとりにいかなる成果と業績が求められているかを知らせておかなければなりません。

組織を健全に保ち、自己目標管理を機能させるための素地として、成果中心の精神が必要なのです。

成果とは、失敗しないことではありません。ドラッカーによると、「成果とは、長期のものであり、打率」です。この考え方を受け入れるのは簡単ではありません。組織は失敗を引きずり、無謬であることを求めます。結果的に失敗しないことを重視し、平凡な成果を重ねるしかなくなります。

ところが、優れているほど新しいことを試みるので、多くの間違いも起こします。間違いや失敗をしない者はむしろ信用できません。それは、無難を求め、下らないことにしか手を付けない者であると、ドラッカーは一蹴します。

人によって成果の出し方も異なります。ですから、成果にとって重要なことは、「強みに焦点を合わせる」ことです。

弱みがないことは評価に値しません。弱みがない人間など現実にはいません。弱みに焦点を合わせると、人は意欲を失います。失敗しないことを重視する姿勢は、弱みに焦点を合わせていることと同じです。

成果を「長期的な打率」と見るということは、失敗をしながらも挑戦を繰り返すことを奨励するということです。その過程で、自分も組織もその人の強みや弱みを明確に認識し、強みを生かして弱みを補う方法を修得できるようになっていきます。

もし、いつまでも成果があがらないときは、人と仕事の両方を見直すべきです。

人に問題があった場合、責任はその人にあるのではなく、その人をつけた上司の責任であると、ドラッカーは断言します。その人の強みを正しく見抜けなかった上司の責任です。ですから、その人を適切な場所に異動させるのも上司の責任です。

他の仕事で実積のある者が就いても成果があがらないなら、仕事の方に問題があることが多いとも指摘しています。

さらに、成果をあげるためには、「問題ではなく、機会に焦点を合わせる」ことも必要です。問題は無視できませんが、中心は機会でなければなりません。精神を高く維持し、興奮、挑戦、満足感を得ることができます。自己目標管理においても機会を重視させなければなりません。

機会をとらえるには、変化に注目することです。変化のなかに機会があります。組織は、日常的な仕事の中に、変化のためのマネジメントを組み込まなければなりません。詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

機会に強みを適合させることが、最大の成果につながります。

なお、組織の「精神」に似た考え方として、組織の「文化」というものがあります。ドラッカーは、名言してはいないものの、文化は精神の根底にあるものと考えていたように思います。組織文化について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

一般的に、組織文化を変えることを「組織変革」と呼ぶようですが、ドラッカーは、「組織文化は変えてはならない」と言っています。変えるべきは「行動様式」です。ドラッカーの言う「行動様式」は「精神」に近いと考えられます。仕事をして成果をあげる組織においては、行動を導くものが「精神」だからです。

組織文化と行動様式について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

評価の必要性

成果の基準は高く設定する必要があります。それによって目標を定める能力や目標を達成する能力を体系的に評価することができます。

容易に達成できる基準では、能力を適切に判定することはできません。高い基準が、できることとできないこと、強みと弱みを明らかにします。

評価は判断ですから、基準は明確で公にされることが必要です。評価される側にとっても、あらかじめ努力の方向性が明らかでなければなりません。

評価は実績としての成果に焦点を合わせるものではなければなりません。潜在能力、人柄、将来性など、頼りにならず変化の可能性も高いものに焦点を合わせてはいけません。ドラッカーは、証明済みの仕事ぶり以外のものに焦点を合わせるのは力の濫用であると指摘しています。成果に現れていないものに焦点を合わせることは「成果中心の精神」に反し、成果に焦点を合わせる意識を失わせます。

成果にとって重要なことは強みに焦点を合わせることですから、 強みを中心に評価しなければなりません。その人ができることを引き出すための評価でなければなりません。強みを理解して初めて、それを最大限に生かすために克服すべき弱みを明らかにすることができます。

最大の間違いは、弱みを中心に評価することです。成長の欲求につながらず、成果が出ることはありません。

上司は、評価をもとに諸々の意思決定を行います。

  • 仕事を命じる
  • 人員の配置
  • 昇給や昇進の推薦
  • 教育、助力の要否および内容

部下は、評価を通して、上司の期待や重要視していることを知り、自分の強みを生かすべき方向を知ることができます。

報奨

報奨とは仕事に報いることです。金銭的、物的な報奨を「報酬」と言います。報奨は、仕事の目標と直接結びつける必要があります。

よくある間違いは、長期的な利益を強調しながら、短期的な利益だけで報奨することです。組織をミスリードし、部下からの信頼を著しく損ないます。

長期的な利益に貢献する仕事は、成果としての利益が出るまで待つのではなく、貢献が行われているときに報奨しなければいけません。

部下の教育訓練を重視しているのであれば、それが行われているときに報奨します。 成果を待っていては、意欲を削ぐことになります。

貢献と同時に報いることで、組織が重視していること、組織が本気で貢献に報いる意思があることを、他の者にも知らせることができます。

報奨にも明確で公の基準が必要ですが、要求水準を遥かに超えた者には、基準を上回る特別報奨を与えられる程度の柔軟性も必要です。要求水準を超えて貢献しようとする人たちの意欲が、単に優れた組織と卓越した組織を分けるからです。

金銭的な報酬を賄賂に使ってはなりません。例えば、報酬を後日払いにすることで、会社を辞めにくくするといったことです。これらも優秀な人材の意欲を削ぎ、不満を組織に広げます。忠誠心はお金で買うことができないことを知らなければなりません。

行動

最も重要なことは行動です。マネジメント自らが、成果中心の精神を生み出そうとしていることを示す行動をとることです。次のようなメッセージを伝え、常に自らの行動について点検させることが効果をもたらします。

  • 成果中心の精神は、組織全体の問題である。
  • 自分は、自らの部門で成果中心の精神をつくるために何をしているかを考えて欲しい。
  • 上位の部門において成果中心の精神を生むために、自分の上司である上位のマネジメントに何ができるかを教えて欲しい。

マネジメント自らが行動するということは、マネジメントはリーダーシップを発揮しなければならないということです。リーダーシップについて詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

人事に関わる意思決定

配置、昇進、降級、解雇などの人事に関わる意思決定は重要です。特に、配置と昇進には細心の注意が必要です。つまるところ、企業の精神は、どのような人を高い地位につけるかによって決まると言えます。

ドラッカーは、これらの決定こそ真の管理手段であると言います。 命令や監督に大きく優ります。なぜなら、人事に関わる意思決定は、マネジメントの本心を表すものだからです。マネジメントが本当に欲していること、重視していること、報いようとしているものを表すからです。

組織の目的に照らした実績によって判断する必要があります。企業の目標と成果に対する貢献の実績、経済的な課題についての証明済みの能力、企業全体のために働く意欲を重視し、報います。この点をおろそかにしたり、一時的な成り行きで行ったりすると、間違ったメッセージが伝わることになります。

次の人事に関しては、トップマネジメントが積極的に関わる必要があります。

  • トップマネジメントへの人事
  • トップマネジメント直下(事業部長、製造部長など機能別部門の長)の人事
  • アッパーミドル(事業部内の部・所長など)の人事

アッパーミドルの人事については、それぞれの事業部や部門に任せ、トップマネジメントが十分な関心を払っていないことが多いので、特に注意が必要です。彼らこそ何年か後のトップマネジメント候補であり、若手のマネジメントへの影響が大きい存在です。若手のマネジメントにとっては、日常の仕事で直接的な影響を受けるとともに、自分たちの将来に直結する存在です。

決定の基準と方法

決定の基準は、組織の信条と価値観に基づくものでなければなりません。人事に関わる意思決定が、それら信条と価値観を表していると受け取られるからです。

人事上の決定は、一人だけの判断に委ねてしまうにはあまりに重大です。通常、一つ上の上司とともに行うことが多いと言えます。

被評価者は、誰が決定を行ったかを知らされる必要があります。評価者は、誰と相談して意思決定を行うべきかを知る必要があります。

恣意的な判断や間違いによる決定を是正できるよう、異議を申し立てる権利を持つべきです。企業によっては、社長や取締役会に直訴できる仕組みを持つこともあります。実際には、遥かに下のレベルで解決できることがほとんどです。

異議申し立ての仕組みが用意されていること自体に意味があります。決定者は慎重な検討を求められます。決定される者も制度に対する信頼感を高めます。

昇進

マネジメントの仕事は、それ自体働きがいのあるものとすべきです。次の昇進のためのステップとしてはなりません。昇進が目的となり、仕事の成果が二の次となるからです。

昇進をインセンティブとして強調しすぎるのは問題です。昇進できる者は一部ですから、昇進できない者は不満を持ち、士気を失います。同僚を犠牲にしても昇進したいという間違った競争心を生むこともあります。

昇進を強調しすぎない方法として、現在の仕事において卓越した成果をあげた者に、昇進によって得られる報酬の増加分に匹敵する額を給与に加算する方法があります。

ただし、報酬がすべてではありません。体外的な肩書など、社会的な地位と誇りという形での報奨もあります。昇進のポストが少ない専門職などに有効です。

昇進は、働く人の意欲と心情に大きな影響を与えますので、実績に基づいて行う必要があります。仕事のできない者を異動させるために棚上げ式に昇進させたり、仕事のできる者を「いなくなったら困る」という理由で昇進させなかったりすることは、組織にとって有害です。

特定の職種(事務系など)の昇進が早いという運用も害があります。優秀な人材の士気がそがれ、貴重で高価な人的資源を無駄にすることになります。

人事は社内の人材だけで行ってはいけません。その地位に相応しい人材を外部から得ることも必要です。独善や社会からの隔離を防ぐためです。年齢構成のバランスを取るうえでも役立ちます。外部人材の待遇は、内部からの昇進者と同じにすることが鉄則です。組織中にそのことを理解させる必要があります。

唯一絶対の条件は真摯さ

真摯さは、初めから身につけていなければならない資質であることを明らかにしておきます。真摯さを身につけていない者に、後から身につけさせることはできません。特に、マネジメントの人事に関しては絶対条件です。

もはや貢献できなくなった者への処遇

長年真摯に働いてきたけれども、もはや成果に貢献できなくなった者をいかに処遇するかは、組織の誠実さを問われる問題です。

成果をあげられない以上、役員などの重要なポストに置くことはできません。しかし、クビにしてはいけません。真摯さを持って報いる必要があります。

真摯さの欠如は致命的

真摯さとは何かを定義することは難しいですが、ともに働く者、特に部下にとっては、上司が真摯であるかどうかは数週間で分かると言います。

次のようなマネジメントは真摯さが欠如しているので、その地位に置いておくことはできません。

  • 強みより弱みに目を向ける。
    • 焦点を当てるべきは強みです。
    • 弱みは、部下ができることの限界、挑戦の限界と理解します。
  • 何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ。
    • 仕事より人を重視するのは、一種の堕落です。
    • 誰が正しいかに関心を持つことは、無難な道をとることであり、間違いを隠そうとすることにつながります。
  • 真摯さよりも頭の良さを重視する。
  • 部下に脅威を感じる。
    • 未熟で、弱い人間です。
  • 自らの仕事に高い基準を設定しない。
    • 組織内に、マネジメントと仕事に対する侮りを生みます。

組織の精神はトップから形成されますから、範とすることのできない者を高い地位につけてはいけません。ドラッカーの次の戒めを肝に銘じましょう。

組織が偉大たりうるのはトップが偉大なときであり、組織が腐るのはトップが腐るからである。