経営科学

経営科学(マネジメント・サイエンス)とは、組織的活動全般における種々の管理活動を管理者の意思決定プロセスとしてとらえて、そのプロセスを合理化、効率化するための科学的方法を研究する学問分野です。

第2次世界大戦中、作戦研究のために発達したOR(オペレーションズ・リサーチ)が、大戦後その応用分野を広げた結果、新たに経営に関する科学として成立しました。(参考:『ブリタニカ国際大百科事典』)

経営科学にも限界があり、マネジメントの代わりに意思決定を行ってくれるわけではありません。しかし、意思決定のいくつかの段階で強力な力となります。

経営科学と経営工学

経営科学の基になったORは、第一次世界大戦における軍事的な戦略のために、科学者が戦術を解析することから発展したとされています。ORを日本語に直訳すると「作戦研究」になると思います。

ORは第二次世界大戦でも一層活用されましたが、大戦終結後、戦時下において拡大した工場で活用されるようになり、産業界に浸透していきました。その流れが「経営科学」です。

経営科学に類するものに、もう一つの流れがあります。「経営工学」と呼ばれているものです。産業革命の時代に工場生産が開始されたことにより、工場内の工程管理や生産管理を研究する必要が生じたことで発展したとされています。

両者の経緯は異なりますが、どちらも経営上の問題や課題の解決を図るために用いられます。違いを言うとすると、その名のとおり、アプローチが科学的か工学的かの違いになります。

工学は一般的に基礎科学を工業生産に応用するための学問とされていますから、工学自体が科学を基礎としています。科学を経営に応用するということからすると、結果的にどちらも同じことです。

ですから、学問領域としての線引きは明確でなく、発展の経緯に違いがあるというのが現実的な違いの説明ではないかと思います。

経営科学は、軍事作戦に科学者が参画したところから始まり、経営分野に浸透していったため「科学」という言葉が使われています。

経営工学は、科学の応用である工学を、当初の活用先であった工場生産から経営全般に広げて活用するようになったものです。

ドラッカーは、「経営科学(management science)」という用語を使っていますが、意図的に「経営工学」を除外しているようには思いません。大括りで「科学を経営に応用する学問」ととらえていると考えてよいと思います。

ちなみに、「経営工学」の英訳には「industrial engineering」、「engineering management」、「management engineering」などが見つかりますが、「industrial engineering(IE)」が一般的ではないでしょうか。

経営科学と経営工学の主な手法と適用分野について知りたい方は、次の記事を参照してください。

システムズ・アプローチ

経営科学(ここでは経営工学も含めます。)は、応用先として「経営」に限定していますが、手法としてどのような科学分野を利用するかは何も限定していません。つまり、必要な科学分野や手法は使えるものを何でも使うということになります。

ただし、共通のベースとなるアプローチはあると考えられます。ドラッカーも述べていますが、「システムズ・アプローチ」と呼ばれるものです。

「システム」とは、一般的に、個々の要素がお互に連関して全体としてまとまった機能を果たすものです。日本語の「体系」に当たります。どのような要素をどのような方法でまとめるかは、システムの目的によって決まります。

システムズ・アプローチでは、個々の要素の視点で考えることと、全体の視点で考えることの両方が必要になります。分析と統合と言い替えることもできます。このような基本的な考え方を「システム概念」と呼んでいます。

空間的にも時間的にも大きな視点で全体を俯瞰して物事をとらえようとします。それは目的を明らかにし、目的を達成するための全体としての機能や役割を考えるということです。また、目的や機能を考えるうえで、時間的な長さ、すなわち過去や現在の情報や経験をもとにして、将来にわたっての影響も考慮します。

目的や全体の機能を明確にしたら、その細部に入り、要素を具体的に考察します。要素を個々別々に考察するだけでなく、相互の関連や連携の仕組みも考察の対象になります。各要素がいくつか集まって小さな組み合わせ(サブ・システム)を構成し、いくつかのサブ・システムがさらに組み合わされて全体のシステムを構成する場合もあります。

システム概念において重要なことは、各要素の和よりはるかに大きい機能を実現していこうとすることです。各要素がバラバラの状態であっては達成できない成果を達成するために、システムをつくろうとするわけです。そうでなければ、そもそもシステムをつくる意味はありません。

システムズ・アプローチを体系化した学問として「システム工学」があります。大規模・複雑なシステムを経済性・信頼性・安全性・対人間性などを考慮しつつ最良のものに創造していく学問とされています。そのための前提となる調査研究や計画の作成、システム稼動後のフィードバック、検証、改善も対象範囲に含まれます。

システムズ・アプローチを実際に適用する場面には、主に2つがあります。

一つは、既存のシステムに生じている問題からスタートして、その改善を実現していくものです。「帰納的アプローチ」と呼ばれます。

もう一つは、目的からスタートして、それを実現するためのシステムを創造するものです。「演繹的アプローチ」と呼ばれます。

意思決定支援

経営に科学を応用するという場合、広い意味で、特定の作業や工程を機械化するようなことも含まれると言えなくもありませんが、一般的ではありません。生産工程に科学を応用する場合、生産工程をシステムととらえ、いかに全体システムを最適化し、管理するかという観点でのアプローチになります。

経営科学や経営工学という場合に、経営の何に科学を応用するのかということに関しては、中心的な関心は「意思決定」にあります。「科学的アプローチによって経営上の意思決定を支援する」というのが、経営科学や経営工学の主な目的であると言ってよいと思います。

意思決定を支援する場合、どのような形で支援するかも問題になります。

  • 意思決定に必要な情報を整理し、体系化する
  • 意思決定の代替案(選択肢)を提供する
  • 上記の点も含め、意思決定のプロセス(ステップ)を情報システムで支援する

など、いろいろな方法が考えられます。

特定の意思決定分野に限定して、科学的手法を用意している場合もあります。計画策定、プロジェクト管理、品質管理、工程管理、設備投資などです。

意思決定のプロセスを支援するものとしては、意思決定支援システムがあり、ORとコンピュータ利用技術の結合によって意思決定を支援します。データベース、モデルベース(意思決定プロセスを特定の理論に従ってモデル化したもの)、対話管理ソフトウェアで構成されます。

意思決定モデル

意思決定とは、目的達成のために利用可能な複数の代替案(選択肢)の中から、実施のために一つを選択するプロセスです。

意思決定をモデル化したものとして、最も有名でよく利用されているものに、「サイモンの人間行動モデル」があります。

人間行動モデルでは、「意思決定人」という意思決定を行う能力をもった人間を仮定します。その能力は、「制約された条件の中で数個の代替案をつくり、その中で満足するものを自由に選択する」ものです。

モデルの中では、

  • 満足:S
  • 探求行動:L
  • 欲求水準:A
  • 達成水準:R

を人間の意思決定の構成要素と考え、これらの要素の関係から、意思決定のための行動が起こると考えます。

欲求水準(A)に対して達成水準(R)が大きければ、満足(S)が高まると考えられますので、意思決定に必要な探求行動(L)は行われません。

欲求水準(A)に対して達成水準(R)が小さければ、満足(S)は減少し、あるいは不満が高まると考えられますので、達成水準(R)を高めるために、意思決定に必要な探求行動(L)を開始します。

意思決定のための探求行動(L)には、4つのフェーズがあるとされています。

  1. インテリジェンス(内的・外的環境を探索し、意思決定を必要とするような状況や問題があるかどうかを検討する)
  2. デザイン(問題解決に役立つと考えられ、しかも実行可能な代替案を作成し、分析する)
  3. 選択(最も好ましい代替案を選択する)
  4. 実行(選択した代替案を実行する)

一方、意思決定のタイプには2種類があるとされています。

  • 定型的意思決定(反復・繰り返し的に発生する問題に関わるもの)
  • 非定型的意思決定(例外的で単発的に発生する問題に関わるもの)

前者については、原則・方針・手順、すなわち問題の解決の仕方を意思決定し、マニュアル化しておきます。個別の問題は、そのマニュアルに従って解決します。

経営科学の限界

経営科学は、体系的、論理的、数学的な分析と総合のための手法ですが、これを知ったからといって、誰でも意思決定ができるようになるわけではありません。

意思決定は、マネジメントが自らの判断力に基づいて行う必要があります。

経営科学の手法は、問題の理解に使うことはできません。決定要因を示してくれたり、問題解決の条件を明らかにしたり、守るべき原則を確認することもできません。

この手法だけで最善の解決策を決定することもできませんし、意思決定の結果を実行して成果をあげてくれるわけでもありません。

ドラッカーが指摘する経営科学が抱える問題について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

それでも、マネジメントの意思決定の過程において、判断のための重要な情報を提供することができます。

経営科学の役割

最も大きな力を発揮するのは、問題の分析複数の解決案の作成においてです。

マネジメントの視野や創造力が及ばない領域も含め、事業そのものや事業を取り巻く環境の変化の底にあるパターンを明らかにすることができます。現象の底流にある問題を提起することができます。

要因の関係性の有無、入手可能なデータの信頼度、正しい判断を行うために必要なデータを教えることができます。

それらによって、問題の解決案とその限界(リスク、確率)、解決案に必要な資源と行うべき貢献、影響などを示すことができます。

行動に焦点を合わせた選択肢を示すことができるため、時間、リスク、蓋然性について合理的な意思決定を可能にします。第三者に対する説明にも有用です。

ただし、小さな問題に濫用すると、部分最適化のために事業全体を犠牲にすることも起こり得ます。

まず事業全体の理解と分析を行ったうえで、個々の問題の分析に使う必要があります。

要するに、経営科学は、意思決定そのものの手法ではなく、意思決定を助ける情報を得るための手法、情報処理のための手法であると言えます。

思考の代わりではなく道具であること、行うのは機械的作業であって判断ではないことを十分に理解しておくことが必要です。

ドラッカーが経営科学に求めるものについて詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。