あらゆる資源の中で、成長可能なものは人的資源だけです。
優秀な人材を惹きつけられるかどうかも、優秀な人材を育てる能力についての評判に正比例します。
マネジメントの仕事は体系的な分析の対象となるので、その能力は学ぶことによって育つべきものです。
ただし、マネジメントの育成、確保、技能については、自己評価を基点とした体系的な取り組みが必要になります。本人と組織や上司の協同作業が必要です。
マネジメント教育には、組織に必要なマネジメントを明らかにする「マネジメント開発」と、個々の人としてのマネジメントの姿を明らかにする「マネジメント教育」の両面があります。
マネジメントは学ぶことができる
技術は進展し、オートメーションが浸透してきました。
オートメーションとは、生産のみに関わる原理ではなく、仕事一般の原理です。一連の仕事を統合されたプロセスとみなすものです。個々の仕事は全体に統合され、全体に影響を与えます。
もはや仕事を個々にマネジメントすることはできません。あらゆるマネジメントが、事業全体の目標から導き出される目標を持ち、長期的な観点からの意思決定を求められることになります。
国内と国外とを問わず、社会全体の動きに注意し、社会全体への影響も考慮したうえで、事業全体の目標に責任を持ち、自らの意思決定と行動を管理していかなければなりません。
問題は、マネジメントはかように高度化しているにもかかわらず、人の能力は変わらないということです。
なすべきことはマネジメントの体系化です。経験や勘と直感に頼ってきたことを、知識によって体系化することです。
マネジメントを知識の体系とすることによって、学び、教えることが可能となります。
ドラッカーによれば、マネジメントの体系は次の内容で構成されます。
- コンセプト(概念、本質的意味)
- 原則(人間活動に関わる基本的な規則や法則)
- パターン(型、類型)
- 手法(やり方、方法、技法)
これらの体系は、マネジメントになる前に基礎的知識として学ぶことができるものと、マネジメントの経験があって初めて学ぶことができるものとの2つに分けられると言います。
基礎的知識として学校教育や独学で学ぶことができるものには、次のものがあります。
- 論理、分析、数学的手法
- 科学と科学的手法
- 歴史や政治学によって社会を観察し、理解する力
- 経済の分析手法
- その他の一般教養(単なる文化ではなく、市民たる成人として仕事を行う前提となるもの)
マネジメントの経験があってはじめて学ぶことができるものには、次のものがあります。マネジメントのための高等教育が求められます。
- 目標によるマネジメント
- 事業の分析
- 目標の設定とそのバランス
- 目前のニーズと遠い将来のニーズの調和
- リスクを評価し、リスクを負うこと
- 判断と意思決定
- 社会の中の存在としての企業の理解、社会環境が企業に与え得る影響の評価、マネジメントの社会的責任
マネジメント教育の2つの側面
マネジメント教育には、2つの側面があります。
- 組織の健康と存続、成長に関わる「マネジメント開発」
- 人間としてのマネジメントの健康と成長、成果に関わる「マネジメント教育」
マネジメント開発
「われわれの事業は何か、何であるべきか」の問いに対する答えに関わります。組織に必要なマネジメントの姿を明らかにするものです。
今日とは異なる種類の市場、経済、技術、社会において成果をあげ、目的を達成するために必要なマネジメントの人間の種類を明らかにします。マネジメントの年齢構成、マネジメントの人間が獲得しなければならないスキルです。
また、マネジメント開発は、明日のマネジメントのニーズ、期待、願望に応えるための組織の構造と職務の設計にも関わります。
ドラッカーは、将来「組織を一人ひとりのニーズ、願望、可能性に応えさせるためのものとしてのマネジメント開発への関心の方が大きくなっているかもしれない」と言っています。
マネジメント教育
一人ひとりの人間を組織のニーズに応えさせるためのものです。人の能力と長所を最大限に発揮させ、成果をあげさせることです。目的は「卓越性」です。
ただし、マネジメントは育てるのではなく育つべきものです。体系化された知識を教えることはでき、実際に新しいものを学び続けなければなりません。
しかし、マネジメントにとってもっとも重要なことは成果をあげることです。成果をあげる能力は、教えることによって知ることはできません。実践を習慣化することによって自ら学ぶ必要があります。内側から来る動機がなければ、習慣化することはできません。
自己評価を基点にした自己開発が前提です。
- 成果をあげたものは何か
- 上司とともに設定した目標に基づいた評価であり、強みを明らかにします。
- その長所を最大限に発揮するために克服すべき条件は何か
- 優れた成果をあげることができるものは何か
- 学ぶべき新しいスキル、新しい知識、新しい姿勢です。
- 新しい経験、上司の手本が必要になります。
- 人生に期待するものは何か
- 自らの価値観、願望、進むべき方向です。
- 自分自身に対する要求や人生への期待に沿って生きていくために、行い、学び、変えるべきものです。
マネジメントとして成果をあげるために必要な習慣と能力について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。
上司には、ともに働く者それぞれの自己啓発努力を助ける責任があります。積極的に参加し、奨励し、指導しなければなりません。協同作業が必要です。
上司自身の意欲、ビジョン、成果にとっても、明日のマネジメントを育てることを期待されることほど効果的なものはありません。
マネジメント教育にあらざるもの
マネジメント教育に当たって、間違ってはいけないことがあります。
セミナーに参加することではない
セミナーは道具の一つです。組織全体と個々のマネジメントのニーズに合うものを吟味しなければなりません。
しかし、実際の仕事、上司、組織内のプログラム、一人ひとりの自己啓発プログラムのほうが大きな意味を持つと、ドラッカーは指摘します。
人事計画やエリート探しではない
ドラッカーが強く戒めているところです。
組織がなし得る最悪のことは、エリートを育成すべく他の者を放っておくことです。後々大きな反作用を起こします。
仕事の8割は、放って置かれた人たちが行わなければならないからです。彼らは軽んじられたことを忘れません。成果は上がらず、生産性は低く、新しいことへの意欲は失われていきます。
エリートが正しく選ばれることも稀です。ドラッカーは、その半分は口がうまいだけだったことが明らかになると指摘します。
重要なことは、エリートの選別ではありません。各段階ごとに必要な人事を適切に行うことであり、マネジメント層全体の水準の向上です。
人の性格を変え、改造するためのものではない
マネジメント教育は、本人の強みを発揮させ、成果をあげさせるためのものです。人の考えではなく、自分のやり方によって活躍できるようにするためのものです。
その人を変えるためではなく、その人らしさを発揮させるためのものです。
ドラッカーが厳しく戒めていることは、「雇用主たる組織に人の性格をとやかく言う資格はない」ということです。
要求するのは成果であって、忠誠、愛情、行動様式ではありません。そんなことをするのは人権侵害であり、権力の濫用であるとまで言っています。