組織における「職務」、「責任」、「義務」、「権限」の関係

経営において、「権限委譲」が大切であるということは、一般的に言われています。

顧客ニーズや技術など、経営環境の変化が激しい現代において、かつてのピラミッド型の組織では迅速に対応することができないため、組織をフラット化し、あるいはチーム型にし、大幅に権限を委譲する必要があると言われます。

しかし、この場合の「権限」とは一体何を意味しているのでしょうか?

権限委譲というからには、それ以前には、職務を命令されても権限が与えられていなかったということになるのでしょうか?

職務が与えられるということは、当然、職務を遂行する義務が課されるということになるはずですが、権限がなくて、そもそも職務が全うできるのでしょうか?

権限もなく職務を行うということは、上司による常時監視のもとで、一挙手一投足を逐一指示されながら職務を行うということなのでしょうか?

日本の経営の特徴として、責任や権限が曖昧であるという意見があります。敢えて曖昧にしておいて、臨機応変に対応するのがむしろ望ましいという考えもあるようです。

しかし、責任や権限が曖昧な状態で、職務を個人に任せることができるのでしょうか?曖昧だから臨機応変に対応できるというのは納得できる説明とは言えません。むしろ、どのように行動すべきかがはっきりせず、調整に時間を要し、混乱しやすいということにもなりかねないのではないでしょうか?

責任や権限が曖昧な状態で、もし失敗やトラブルが生じたとしたら、そもそも誰の責任なのでしょうか?職務をやった人が責められるのであれば、曖昧に任されて結果責任だけを取らされることになるのではないでしょうか?

臨機応変に対応できるというのは、責任や権限がむしろ大きいということであり、大きな責任や権限が明確に与えられているからこそ、できることではないでしょうか?

「権限委譲が大事である」と言うと、とても耳触りがよいですが、職務、責任、義務、権限がそれぞれ何を意味しているのかがはっきりしない状態で議論されてはいないでしょうか?

その結果、組織の統制がとれなくなり、混乱が生じるのであれば、何のための権限委譲かが分からなくなってしまうでしょう。

本来、「責任」、「義務」、「権限」とは、事実上の職務そのものであり、職務の3つの側面に過ぎません。何かスーパーパワー的な「権限」が独自に君臨しているわけではないのです。

「権限委譲」という言葉は誤解を招きやすいので、本来「責任の委譲」と言うべきなのです。

職務とは

「職務」とは、組織によって個人に割り当てられるべく規定された仕事の内容のことです。

なお、「仕事」とは、何を、いかに行うべきかについて判断し、その判断を自ら遂行したり、他者に伝達して遂行してもらったりするものです。組織においては、その目的を達成するために行う様々な活動を指すと言ってよいでしょう。

責任とは

「責任」とは、一般的には、①立場上当然負わなければならない任務や義務、②自分のした事の結果(特に、失敗や損失)について責めを負うこと、③法律上の不利益または制裁を負わされること、を意味します。

つまり、何かをなさねばならない義務、なした結果に対する対処、の2つの意味があります。

組織においては、前者の意味、すなわち、「職務を遂行する義務」のことを指して使われることが多いでしょう。もちろん、その遂行結果に応じて、相応の賞罰が課されることがありますから、後者の意味も含むと言ってよいでしょう。

結局、「責任」とは「職務」と事実上同じ内容を指すと言うことができます。それを敢えて「責任」と表現するのは、組織と個人の契約によって、組織が個人に報酬を支払う条件で職務を割り当て、個人はその職務遂行を約束することになるからです。

職務を引き受けることが、組織(直接には自らの上司)に対して、責任を負うことになるのです。

義務とは

「義務」とは、すでに言及しているとおり、「責任」の意味に包含されます。果たすべき義務が、責任そのものです。

権限とは

「権限」とは、一定の自由裁量をもって行動する職務担当者に承認された権利です。

職務を引き受ける以上、それは責任を負ったことになり、それを遂行する義務が生じるわけですから、当然、それが遂行できるような力(道具や情報の利用権、一定の判断権、内外での連絡調整権など)が与えられなければなりません。遂行できない責任(義務)は、責任(義務)とは呼べないからです。

この責任(義務)を遂行するための力のことを「権限」と呼び、基本的には、組織によってあらかじめ承認され、規定されていることを前提としています。

なお、職務には、大きく分けて、自分自身が遂行すべき仕事と、部下に遂行させるべき仕事の2つがありますから、権限も、それらに応じて、自分で遂行する権限と、部下に遂行させる権限の2種類があります。後者は、特に、管理、監督などと呼ばれます。

したがって、一般的な印象としてとらえられているように、「権限」を、人を支配して命令する力(権力)か何かのように捉えることは正確ではありません。あくまで、与えられた職務という「責任」を「義務」として全うするために必要なものが「権限」であって、職務に自ずと付随すべきもの、むしろ職務そのものであるとさえ言えるのです。

決して管理者や経営者だけが持つ力ではなく、その職務を全うするために必要十分な範囲で当然に付随している力であるということです。職務が持つ力であって、属人的な力ではありません。

職務、責任、義務、権限の関係

結局のところ、「職務」、「責任」、「義務」、「権限」は、事実上すべて同じ内容を指していると言ってよいのです。

あるいは、「職務」に自ずから付随する三側面が、「責任」、「義務」、「権限」であるということができます。

委譲するのは「権限」というより「責任」である

アメリカにおける組織論の専門家であったアルヴィン・ブラウン(Alvin Brown)は、「責任」は組織の上位者から会社への職務の委譲によって生み出されると指摘しました。

企業で言えば、所有権を有する株主から、経営者が経営の総体について委任を受け、組織の階層にしたがって、経営者から順次職務が分割され、その一部が委譲されていきます。

そのようにして、一人ひとりの受け持ち分として、分割され委譲された職務のことを「責任」と呼ぶわけです。

組織階層の中間段階にある一人の成員に着目すると、その成員が、自分に割り当てられた「責任」の一部分を分割し、他人(部下)に移転させるとき、新たな「責任」が創出されたことになります。

ただし、「責任」は属人的なものではなく、そこに人員が配置される前に、組織上の計画として規定されるものです。

その「責任」(職務)に、ある人員が配置されることを受諾したとき、その人員は「責任」を遂行する「義務」を負ったことになります。

そして、「義務」を負った以上、「義務」を履行するための「権限」が同時に与えられることを意味します。

なお、ある成員が、自分に割り当てられた「責任」の一部を部下に委譲したとき、新たな「責任」が創出されると言いましたが、「責任」を委譲したからといって、その「責任」が部下に丸投げされ、当の成員の「責任」がなくなるわけではありません。

「責任」を委譲しても、その委譲した「責任」を遂行する「義務」は依然として残ります。ただし、自ら遂行する「義務」から、部下に遂行させる「義務」に変化することになります。

ですから、その委譲した「責任」に付随する「権限」についても、自ら遂行する「権限」から、部下に遂行させる「権限」に変化することになるわけです。

結局のところ、「権限委譲」という言い方は、非常に誤解を招きやすい言い方であり、ブラウンが表現しているところの「責任の委譲」と呼ぶのが相応しいと考えます。

一人ひとりの成員にとって、「責任」という自覚こそが重要であり、それが自ずと「義務」であり、「権限」が付随すると考えるのが、職務に対するトータルな見方であると考えます。

独立した権限と誤認されやすい計画・統制・意思決定の職務

職務の内容について考える場合、一般には、機能にのみ着目しがちです。機能とは、種類と言い換えてもよいですが、例えば、製造、営業、購買などといった区分による見方です。製造でも、加工、組み立てなどと細分化することができます。

ところが、職務には、このような機能(種類)とは別に、段階とでも呼ぶべき切り口があります。それは「計画・実施・点検」という段階です。これらの段階は、あらゆる種類の職務に共通の切り口であり、サイクルになっています。

つまり、「点検」の結果が「計画」にフィードバックされ、改善されて再び「実行」されるという繰り返しのプロセスであるということです。この意味で、「点検」は「統制」の働きに関わっていると言えます。

ブラウンは、この段階のことを「フェーズ(日本語訳:部面)」と呼びました。

さらに、ブラウンは、これらのフェーズの移行段階、あるいは各フェーズの途中の様々な段階においても、重要な要素があることを指摘しました。それは「決定」(意思決定)という仕事です。

「決定」は特定のフェーズではないため、ブラウンは、3つのフェーズとは別のものとして切り出していますが、あらゆる種類の職務に共通の切り口であることは同じです。

3つの段階は、現在では、「PDS(Plan・Do・See)」サイクル、あるいは4段階に増やして「PDCA(Plan・Do・Check・Action)」サイクルと呼ばれます。

この原型は、「計画・指揮・統制」という「管理過程」にあります。つまり、経営管理者の職務として位置づけられていたものです。PDSやPDCAのサイクルも「マネジメント・サイクル」と呼ばれるとおり、経営管理者を意識しています。

しかし、ブラウンは、あらゆる種類の職務に当然に含まれるものとしてフェーズ(および決定)をとらえていましたから、経営管理者だけの職務とは考えませんでした。

ブラウンは、「責任」を委譲するときには、職務の機能(種類)にのみ着目するのではなく、フェーズ(および決定)にも着目しなければならないと指摘しています。

つまり、部下に委譲する「責任」の中に、「計画」や「点検」あるいは「決定」のフェーズ等をどの程度含めるかが、部下の裁量の幅を左右するので、部下の能力を考慮しつつも、部下の動機づけに大きく影響を与えることを指摘しました。

世間一般で「権限委譲」と言う場合、「計画」、「点検」、「決定」の職務の一定範囲を部下にも担わせるという意味合いが含まれていると考えられます。

しかし、ブラウンに言わせれば、これまでよりも裁量の幅は広がるものの、より重い職務「責任」が委譲されるのであり、委譲された部下にとっては履行する「義務」の負担がより重くなることを意味します。したがって、その「義務」を全うするためのより大きな「権限」が当然に付随することになるのです。

以上、ブラウンの組織論を参考に、権限委譲の問題に関連して、職務・責任・義務・権限の意味ついて考えてみました。今では、ブラウンの組織論が明示的に省みられることはほとんどなく、おそらく古い考え方であるとみなされていると思います。

しかし、責任、義務、権限などの重要な要素が厳格かつ明確に定義され、緻密な組織論が展開されていますので、現代にそのまま適用するのは難しいにしても、基本原則として理解し、それをどこまで適用し、どこから適用できないのか、どのように変えればよいのかを考えることは、今でも非常に意義があると考えます。

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