「離脱」をめぐる政治学 − 「シンボリック・アナリスト」とは何か?⑳

アメリカのシンボリック・アナリストが他の人々から離脱していく趨勢は、音もなく秘かに進行しています。

その経済的未来がますます危うくなりつつある人口の五分の四が、ますます明るい未来を持つ五分の一の離脱に対して声高に抵抗していないからです。

根拠なき保護主義

アメリカのルーティン生産従事者には、潜在的な政治力が十分にあるように見えた時期がありました。

アメリカ市場が、関税や輸入制限その他の保護貿易を余儀なくされ、シンボリック・アナリストをはじめとするアメリカ人に、海外の低賃金のルーティン生産従事者を雇う代わりに、アメリカ人と契約して高い給料を払わせることに成功したかに見えました。

しかし、保護主義は政治的魅力を失いました。将来、アメリカ産業を低賃金の外国の競争相手から守るべきだとする主張は消滅すると考えられます。その理由はいくつかあります。

第一は、アメリカの基幹企業と、その本社部門を構成するシンボリック・アナリストたちの戦略の変化です。彼らはすでに、国境を超える商品やサービス、資金、テクノロジーの自由な移動によって成り立つグローバル企業に進化しました。

ルーティン生産にとどまるアメリカ人の数が減少するなかで、グローバル・ウェブに引き込まれる人たちが増えています。その多くが外国人所有企業に雇われ、またそうした企業の部品やサービス供給に依存しています。こうした労働者にとって、保護貿易はもはや害になります。

保護主義が衰えるにつれて、アメリカ人所有企業に働くシンボリック・アナリストは、一方で保護主義に反対しつつも、他方で特別助成や租税優遇措置、独占禁止法の特別免除など政府の気前良さを求めて圧力をかけ続けます。

シンボリック・アナリストは、子飼いのロビイストを持ちます。所属する商業組合は規模が大きく、選挙運動への貢献や属するPAC(政治活動委員会)はもっと大きいので、発言力も大きくなります。

外国人所有企業には適用されない扱いを求める彼らの要求は、こうした優遇措置がアメリカ産業を構成する企業を助け、ひいてはアメリカ経済を助けると習慣的に信じ、それが多くの議員や行政府の役人にも説得力を持ちます。

苦境に立つ対人サービス労働者

制約なしに世界進出を求めるシンボリック・アナリストの欲求は、対人サービス従事者との間に確執を生むことになるでしょう。

対人サービス従事者の生活水準は、顧客であるシンボリック・アナリストのグローバルな成功に依存します。比較的少数のシンボリック・アナリストが世界から獲得する高収入が、多数の対人サービス従事者の生活を間接的に支えるからです。

シンボリック・アナリストは、こうした束縛から逃れたいと考えます。地球上のどこからでも質が高くて安い対人サービスを手に入れられれば理想的だと思っています。

小売業や病院、ファストフード・ショップ、保管業では、最低賃金に近い賃金水準で働く労働者の不足が報告されています。経営者の秘書や弁護士補助職、看護師、接客の専門家など、より熟練の必要な対人サービス職でも人手不足になっています。

「人手不足」とは、どんな高い給料を払っても働き手が見つからないという意味ではなく、雇用者および顧客が進んで払う給料あるいは支払いでは希望する働き手が見つからないという意味です。

不満足な条件でやむを得ず働いている労働者は数多く存在します。仕事をする時間はあっても、必要な技能を持たない人々が多数いることが問題です。

雇用者側は、技能が不足する労働者を雇いたがりませんが、極端な人手不足なら選択の余地はありません。彼らを雇い、訓練しなければなりません。

要するに、人手不足解消の直接的手段は、給料を上げ、訓練を提供することです。これは、もっと高い給料をもらい、高度な訓練を受けている人々の相対的地位をも向上させます。

しかし、人手不足に直面したシンボリック・アナリストにとって、もっとコストの安い選択肢があります。安い賃金でも喜んで対人サービスを提供する移民に対して国境を開くことです。

移民たちは、すでにアメリカにいる対人サービス従事者の賃金上昇圧力を緩和し、その仕事のためにアメリカ人を教育する必要性を減らすことによって、人手不足を解消し得ると考えているようです。

長期的に見てさらに問題なのは、シンボリック・アナリストが対人サービス従事者の教育訓練に投資する意欲をますます失っていくことです。

こうした理由から、近年、アメリカのシンボリック・アナリストと対人サービス従事者の間で移民政策をめぐる対立が高まっています。

危ういアメリカ的成功の信念

シンボリック・アナリストの急増する所得の大部分に課税し、投票の大多数を占める残りの人々のほうに移転するよう強制することはできるはずです。

ところが実際には、中・低所得層は、高所得層にこうした要求をつきつける気がないようです。

一つの理由は、基本的な理解不足にあるかもしれません。節税や社会保障制度、連邦政府予算、予算外助成、税の抜け穴、州や市の予算などはあまりに複雑だからです。頭がよく、良心的と思われる政治家(そしてその専門スタッフ)でさえ理解が難しいのです。

また、ほとんどの国民は、アメリカ経済は今日でもアメリカの産業で構成され、アメリカの産業はアメリカ企業で構成されていると考えています。

企業の収益力やグローバル市場でのシェアの維持はアメリカ人投資家の肩にかかっているので、投資家がそこに資本を賭けてみようという気にさせなければならないと考えています。

大事なことをまず先にというわけで、国の経済的健康のためには個人の収益が最優先事項なのです。

現実に起こっていることの理解や受容の困難さに追討ちをかけるのが、当然の報酬という前提です。それはアメリカ人の良心の奥底にあって、共和国成立以来その役割を果たしてきた考え方です。

金持ちの財産は彼らの持つ値打ちの尺度あり、値打ちは才能の現れですから、彼らの財産を取り上げるのは不当なことであると考えます。

この議論の深層には、どんな人間も一生懸命働き、根性と積極性を持ち合わせれば金持ちになれるという信念が横たわっています。いつか、自分(あるいは子供)が金持ちの仲間入りをしたときに、自分(あるいは子供)の財産を取り上げられたくはありません。

しかし、シンボリック・アナリストが、質のいい学校や優れた医療制度、第一級の社会資本の整った孤立した居住地に引きこもり、その他大勢が取り残されたとしたら、取り残された人々やその子供たちがいつかシンボリック・アナリストになれる可能性は減ってしまいます。

貧しい人々の政治的無力感

恵まれない五分の四の人々がおとなしくしているもう一つの理由に、政治活動は結局何の効果もないと感じる無力感があります。シンボリック・アナリストがすべてのカードを握っていると考える彼らは、何が起きても諦めています。

アメリカ人の中・低所得層に属する多くの人々は政治的悪循環に陥っています。アメリカの政治についての嘲笑的な見方が、その最悪の予想を裏付けるような政府の決定によって報われるため、彼らは一層皮肉っぽく、消極的になります。

何十年もの間、この中・低所得層から大部分の力を得てきた民主党の政治家さえ、金持ちでないアメリカ人たちが政治に関心を持たなくなった頃から、関心を他に向けるようになりました。

1980年代に金持ちの個人や企業、商業組合などから選挙資金が共和党に流れ込んだ時、多くの民主党員は同じところから資金を集めるしかないと感じました。新人の共和党員より現職の民主党員を支援するほうが賢いやり方であると、経営者や銀行家を説得することは容易でした。

将来予想される選挙資金の需要増は、その資金を持っている人々が強く反対しそうな選択肢(厳しい累進所得税など)を忌避させ、国の問題について大胆な思考を抑制させるでしょう。

そうなれば、資金を提供できないか提供する気のない人々、政治活動に参加したがらない人々の声には耳を貸さなくなるかもしれません。

民主党がシンボリック・アナリストの利益に耳を傾けることは、政治活動など無駄だという大半の国民の諦めが立証されることになり、彼らをますます消極的にさせるでしょう。

シンボリック・アナリストに従属する人々

シンボリック・アナリストがエネルギーや資金をどのように、どこに向けるかの決断に、残りの人々は左右されるようになっています。

対人サービス従事者の依存関係は直接的です。自分たちの真ん中にいる裕福なシンボリック・アナリストが別の世界から金を引き寄せ、その一部を自分たちのサービスに対して支払うからです。

ルーティン生産従事者は、仕事をくれたり、自分の技能を高め、生産力を増すための訓練を受けさせてくれる、どこかの国の戦略的媒介者の決断に依存しています。

低・中所得で移動性の少ない人々は、シンボリック・アナリストに来てもらい、滞在してもらえるように気前よく餌をまく覚悟なのです。

地方自治体の支援を呼び込もうとする戦略的媒介者

入札によって地方自治体を選別しようとするグローバル・ウェブもあります。多額の補助金を出す自治体では操業を続け、そうでない自治体からは撤退するというものです。

これから進出する先を決めるために入札合戦を行う場合もあります。州や地方自治体の高官は、そのような入札に疑問を抱きません。その企業の名目上の所有者の国籍は関係ありません。

連邦政府は、アメリカ人所有企業と外国人所有企業を厳しく区別しています。そこで、アメリカ企業の戦略的媒介者は、自分たちの利益のための要求を通すだけの影響力をワシントンに持っています。

州や地方自治体の職員は世界中のシンボリック・アナリストと自由に交渉できる立場にあるので、外国の都市に事務所を持ち、取引先を探しているところも少なくありません。

結果として、州や市、そして国自体も、同じグローバルな仕事を求めて互いに入札合戦を行っています。雇用の誘致は、州や市の雇用の問題であると同時に、プライドの問題にもなります。誘致を約束した政治家の将来の経歴にも大いに響くかもしれません。

こうして、国籍に関係なくグローバル・ウェブに流れ込む補助金や税金免除の総額は、入札がない場合よりずっと大きくなります。

補助金や税の免除は、小・中学校や高等教育、ハイウェイや橋、レクリエーション施設、塵芥処理など、将来、良質な雇用を創り出すために必要な社会資本整備に使う公的資金の総額を減らします。

長持ちしないルーティン生産職を獲得するために補助金や税の免除を提供するのか、何十年も先に成果のあがる教育や社会資本の整備に財源を投資するのか、貧しい州や市は悩んでいます。

シンボリック・アナリストが握る政治力

シンボリック・アナリストは、対人サービスの料金が安いという理由で、第三世界諸国を旅行先にし、あるいはビジネス会議の場にする例が増えています。

旅費や通信費が値下がりするにつれ、シンボリック・アナリストは良質の対人サービスが安く受けられるなら、地球上のどこでも一時的に仕事の場を移すことができるようになっています。

他の国や州・都市に行けば安い税金の恩恵に預かれるという考えは、もっと一般的になっています。

そうなれば、対人サービス従事者やルーティン生産従事者は、自分たちが必要とされる以上にシンボリック・アナリストを必要としますから、彼らに対する政治的影響力はほとんど持てません。