スタートアップがアーリーアダプターの顧客をつかみ、フィードバックを得ながら様々な仮説を検証しつつ、期待の持てる売上をあげていくことができるようになったとします。
ところが、ある時から成長が止まり、横ばいになってしまうことがあります。成長のエンジンに問題があるからです。
「成長のエンジン」とは、スタートアップが持続的に成長するために必要とするメカニズムです。「持続的な成長」とは、次のような仕方で、過去の顧客の行動が新しい顧客を呼び込む状態を生んでいくことです。
- 口コミ
- 製品の利用による自動的な宣伝効果
- 有料広告(顧客の獲得費用よりも、獲得した顧客から得られる収益のほうが大きい場合)
- リピート購入(サブスクリプション、顧客の自発的リピート)
このような力が持続的な成長を支え、「成長のエンジン」としてのフィードバック・ループを回します。このループが早く回るほど、成長速度は上がります。
3種の成長エンジン
スタートアップでは、適切な尺度として「行動につながる評価基準」で進捗を評価することが大事です。しかし、計測すべき尺度の選択は容易ではありません。
この選択肢を狭め、どの部分にエネルギーを集中すべきかを分かりやすくするのが「成長のエンジン」です。
「スタートアップは餓え死にするのではなく溺れ死ぬ。」と言われるほど、製品を改善するアイデアは数え切れないほど浮かびます。しかし、その大半は僅かな違いしかもたらしません。
スタートアップは、検証による学びが大きい実験に注力しなければなりません。成長のエンジンを枠組みに据えれば、意味のある尺度に集中しやすくなります。
代表的な成長のエンジンは3種類あります。
一つの製品で一つの成長エンジンしか動かないわけではなく、複数の成長エンジンが同時に動く場合もあります。だからといって、同時に複数のエンジンを動かそうと狙うべきではありません。集中すべきは一つのエンジンです。
挑戦の要となる仮説をはっきりと持っていれば、自ずとどのエンジンが相応しいかが分かるようになります。
粘着型成長エンジン
顧客が魅力を感じ、長期にわたって使ってくれるように設計した製品を提供しようとするスタートアップに不可欠なのが、「粘着型成長エンジン」です。
データベースなどは、顧客が一旦使用を開始すると、容易に切り替えることができなくなります。このような状態を「ベンダーロックイン」と呼びます。このような製品が成長するためには、長期的にベンダーにロックインされても構わないと顧客が思うほど、優れた新機能を提供できなければなりません。
注目すべき指標は、顧客の離反率や解約率です。成長の条件は、新規顧客の獲得速度が離反(解約)速度より大きいことです。
ウィルス型成長エンジン
顧客がマーケターとなって製品を広げていってくれるような場合、「ウィルス型成長エンジン」を使っているということができます。
口コミによる成長というよりも、SNSやタッパーウェアのように、製品を顧客が使うだけで人から人へと認知が広まるような場合です。
利用される評価基準は、新しく登録した顧客一人当たり何人の顧客が新たに製品を使うようになるかを示す係数(「ウィルス係数」)です。成長の条件は、ウィルス係数が1を超えることです。
ウィルス型製品は、顧客から直接料金を徴収せず、広告などの形で間接的に収益を得ることがほとんどです。顧客が流入し、友達を誘うプロセスに摩擦を生じさせてはならないからです。
価値仮説の検証では、顧客とスタートアップの間で価値が自発的に交換されるかどうかを見なければなりません。金銭的な交換は、顧客が製品に対して対価を払うだけの価値を認めていることを示しますが、成長の原動力になっていることをは示しません。
例えば、SNSの場合、利用者としての顧客が関心と時間を投入しており、そのことが、別の顧客である広告主にとっての製品価値を生んでいます。
支出型成長エンジン
顧客を獲得するために一定の費用を支出する必要がある場合、「支出型成長エンジン」を使っていることになります。
顧客獲得費用には、広告費、営業マンの人件費やツールの費用、店舗の好立地への出店費用など、顧客を誘引し、実際にお金を払ってもらうために必要な費用はすべて含まれます。
成長の条件は、新規顧客の獲得に再投資できる金額より大きい売上をあげることです。成長速度を上げるためには、顧客当たりの売上を増やす、新規顧客の獲得コストを減らす、という2つの方法があります。
顧客の獲得は競争ですから、支出型エンジンで長期にわたって成長するためには、一部の顧客から他社より多くの利益を引き出せなければなりません。
成長のエンジンが製品と市場のフィットを決める
製品が失敗するということは、製品と市場がフィットしないということです。
製品と市場がフィットしているかどうか、フィットしつつあるかどうかは、成長のエンジンによって見ることができます。いずれの成長のエンジンも定量的なので、成長軌道に乗っているか、それに近づいているかは数字で判断できます。
エンジンがガス欠を起こしたら
成長のエンジンは、たとえうまく始動できたとしても、いつか必ずガス欠を起こします。対象の顧客を使い切ってしまう日が来るからです。
アーリーアダプターを掴んで成長したスタートアップが、製品開発をやり尽くした場合、アーリーアダプター市場の限界まで成長し、成長速度が鈍化したりゼロになったりするはずです。
問題は、スローダウンに数ヶ月ないし数年かかることです。虚栄の評価基準と従来型の管理会計を使っていると、その間も数字が大きくなっているように見えるため、前進していると誤解します。
このようなスタートアップがスローダウンに気づいたときには、かなり危機的な状況になっています。
ですから、行動につながる評価基準によってスローダウンの徴候を速やかに把握することができるようにするとともに、成長の源を新しく提供してくれる別のものを並行して準備しておかなければなりません。
ターゲットをアーリアダプターからメインストリームに移行する方法ももちろんあるわけですが、すでに述べたとおり膨大な作業が必要になるため、いずれにしても速やかな方向転換が必要です。
このような対応は、いわゆる事業ポートフォリオの管理に当たります。それが可能になるためには、まず、予想外の急速な変化に対応できる構造や文化、規律を持った組織、すなわち「順応性の高い組織」を作らなければなりません。