人事管理の課題は、事業活動を円滑に遂行するうえで必要とされる質の労働サービスを、必要とされるときに必要とされる量だけ適正な価格で確保することです。
人事管理はいくつかの異なる機能で構成されますが、その一つは、人材が能力を発揮できる就業条件を整備する機能です。この管理は「就業条件の管理」と呼ばれます。
就業条件の重要な要素に、労働時間と勤務場所があります。
労働時間は、始業時間と就業時間が定められ、その長さも固定されていることが一般的でしたが、最近では、労働時間制度の多様化と柔軟化が進んでいます。
その目的の一つは、企業側の労働サービス需要の変化に柔軟に対応することです。もう一つは、生活と仕事の両立を図り、働き方や仕事の進捗に合わせて労働時間の使い方を自分で選択したいと考える社員の就業ニーズを満たすことです。
そのための制度として、フレックスタイム制、裁量労働制、短時間勤務、ジョブ・シェアリングなどがあります。
勤務場所についても柔軟化と多様化が進みつつあります。社員の住まいの近くにサテライト・オフィスを設けたり、在宅勤務制を導入したりするなど、社員の働く場所の選択肢を拡大するものです。
これらの取り組みは、企業にとって、オフィス・コストの削減、長時間勤務の解消、これまで労働市場に参入しにくかった潜在的な労働力層を掘り起こしたりするメリットがあります。
労働時間の制度と管理
労働時間制度は、労働時間の配分を決める仕組みであり、社員が企業に提供する労働サービスの量と、労働サービスが提供されるタイミングを規定します。
労働サービスの総量を調整するためには、社員数を調整する方法と、社員一人当たりの労働時間数を調整する方法の2通りがあります。
労働サービス需要が拡大した際に、社員数を一定のままに社員一人当たりの労働時間数を増加させると、労働サービス需要が減少したときに、雇用を維持しつつ社員一人当たりの労働時間数を削減することで対応することができます。
労働サービス需要の変動は、経済の好・不況、季節や曜日や時間帯の違いによって起こります。このような変動に合わせて労働サービスが提供されるタイミングを管理することが求められます。
企業の操業時間や営業時間が、一人当たり・一日当たりの法定労働時間数よりも長い場合は、交代制勤務が活用されます。
労働時間は、働く人の生活時間や仕事と生活の関係を規定するので、ライフステージのある段階、例えば、育児や介護などを必要とするときに、企業が仕事と生活の両立を可能とする働き方を提供できれば、社員のストレス軽減や仕事意欲の向上に貢献することができます。
こうした社員の生活の視点に立った労働時間制度の柔軟化が、人事管理の課題の一つです。
今後は、自己啓発や社会貢献など、幅広い目的のために生活時間を使いたい社員が、一定期間、正社員のまま短時間勤務に移行できるような制度の導入も求められます。
社員の生活の視点に立った労働時間制度の柔軟化の方法として、ジョブ・シェアリング制も注目されています。日本での導入はまだ少ないですが、イギリスなどでは導入企業が増えています。
ジョブ・シェアリングでは、通常、一つの仕事(ポスト)を2人の社員が分担して担当します。2人が綿密に情報交換して、あたかもフルタイムの社員一人が担当しているのと同様に仕事を遂行します。企画的な業務では、仕事をシェアしている2人のアイデアを活用できるメリットがあります。
労働時間に関わる法規制
労働基準法が定める労働時間の上限(法定労働時間)は、一週40時間、一日8時間です。少なくとも一週間に一回の休日を与えなければなりません。一日の労働時間が6時間を超える場合は少なくとも45分、8時間を超える場合は少なくとも1時間の休憩を与えなければなりません。
実際の労働時間は、所定労働時間と所定外労働時間に分けられます。前者は、労働契約、就業規則、労働協約などによって社員が労働すべき時間として定められた時間です。後者は、所定労働時間を越えて労働する時間です。残業時間や超過勤務時間とも呼ばれます。
法定労働時間を超えて労働する時間は、法定外労働時間と呼ばれますが、所定外労働時間が法定外労働時間と同じとは限りません。なぜなら、所定労働時間が法定労働時間より短い場合があるからです。
例えば、法定労働時間8時間に対し、所定労働時間7時間であれば、所定外労働時間1時間までは、法定労働時間に含まれます。1時間を超える所定外労働時間の分は、法定外労働時間になります。
社員を、法定労働時間を超えて労働させたり、休日労働させたりする場合は、労働者の代表と協定を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります。また、法定労働時間を超えた分の労働や休日労働に対して、割増賃金を支払う必要があります。
なお、休日労働には、労働基準法で義務付けられた一週間に一回の休日に労働させる場合(法定休日労働)と、会社が休日と決めた日に労働させる場合(法内休日労働)とがあります。会社が週休二日制をとっている場合、2日の休日のうちの一日が法定休日となります。
一日の労働時間が8時間であり、週休二日制(土・日曜日。ただし、日曜日が法定休日)としている会社があるとします。
この会社で、土曜日に働かせた場合、法定休日労働の割増賃金を支払う義務はありません。なぜなら、土曜日は法定休日とは設定されていないからです。
ただし、その社員が月曜日から金曜日まで一日8時間働いているなら、すでに週40時間働いていることになります。それに加えて土曜日に働けば、週40時間の法定労働時間を超えることになりますから、法定外労働をしたことになり、法定労働時間を超えた分の割増賃金を支払う必要があります。
時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間で、月45時間を超えることができるのは、年間6ヶ月までです。
労働基準法は、年次有給休暇の最低基準を定めており、最初の付与日数は10日間(6ヶ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した場合)で、勤続を重ねるにつれて付与日数が増加し、最高付与日数は年20日間です。年次有給休暇を取得しなかった場合、その権利は翌年まで持ち越すことができます。
所定労働日が少ないパート社員に関しても、その所定労働日数に比例した年次有給休暇を与えなくてはなりません。
日本では、他の先進国に比べて年次有給休暇の取得率が低くなっています。完全取得を前提とした要員配置になっていないからです。休暇を取得すると同僚に迷惑をかけること、取得後に仕事が忙しくなることを心配します。病気などに備えて休暇を残しておこうとする意識も働きます。
休暇を取得したくても取得しにくい職場状況があるため、会社として一定日数の取得を計画的に付与する方法が認められています。事業所全体の休業による一斉付与、個人別付与、グループ別付与などがあります。計画的付与を行うためには労使協定が必要です。
なお、年10日以上の有給休暇が付与されている社員には、年5日の有給休暇を取得させることが企業の義務です。
企業における自主的な長期休暇制度
企業によっては、長期の連続休暇を導入したり、職業生活の節目に長期の連続休暇を導入したりしています。
秋や学校の春休みの時期などに個々人の希望に応じてまとまった連続休暇を取得できる「フリーバカンス休暇」、職業生活の節目に長期の休暇を取得して十分な休養をとり、心身の活力を維持することなどを目的とする「リフレッシュ休暇」などです。
長期の連続休暇は、企業にとってもメリットがあると言われています。
日頃は生産者の立場で行動することが多い社員が、生活者や消費者の側に長期間身を置くことによって、新しいアイデアの獲得や創造性を発揮できることなどが指摘されています。
組織開発にも効果があります。長期休暇を前提とした業務計画の作成や業務遂行方法の導入、長期休暇中の仕事の配分や分担の調整プロセスが、情報共有の促進や社員の育成機会となるからです。
労働時間短縮の課題
戦後における年間の実労働時間は、高度経済成長期初めの1960年までは増加しましたが、それ以降、労働力需給の逼迫や労働生産性の上昇を背景に減少し、1970年代後半に入ると、経済成長の鈍化などで横ばいを続けました。
1980年代には、日本の国際収支の黒字が増大し、対外経済摩擦が激化する中、内需拡大や国際的に調和のとれた産業構造の実現と共に、労働時間短縮が構造調整の柱として 掲げられ、2000年までに年間の実労働時間を1800時間程度に短縮する方針が打ち出されました。
こうした方針に沿って、労働基準法改正による週40時間労働制の導入、金融機関の完全土曜閉店、公務員の完全週休2日制などが実施されました。
しかし、1990年代半ば以降、労働時間短縮の動きは停滞し、フルタイム勤務労働者の年間総実労働時間は2000時間台で推移しています。
日本の実労働時間は、ドイツやフランスの水準を大幅に超え、アメリカやイギリスの水準に近いものの、両者を上回っています。原因として指摘されているのは、年次有給休暇の取得日数が少ないことや所定外労働時間が多いことです。
労働時間の短縮方法は、所定労働時間の短縮、恒常的な残業の削減、有給休暇の付与日数の増加と取得率の向上が主なものとなります。
1980年代末から労働時間短縮が進んだものの、所定労働時間の短縮による部分が大きく、残業の削減や有給休暇の取得は進んでいません。依然として残業を前提とした業務体制や要員配置になっており、残業手当を収入として期待する社員側の意識もあります。
業務体制の見直し(残業を前提としない業務計画や要員計画、仕事の効率化など)、職場風土の改革(付き合い残業をなくす、労働時間ではなく成果で評価するなど)、仕事の進捗に応じた労働時間管理(フレックスタイム制や裁量労働制の導入など)などの取り組みが求められます。
有給休暇については、取得率を高めることが重要です。取得率が低い理由は、「仕事が多い」、「休んだときの代わりがいない」、「病気などのために残しておきたい」、「上司や同僚に気兼ねがある」など、業務体制や職場風土の問題が指摘されます。
有給休暇の取得率を向上させるためには、完全取得を当然とする職場風土の確立、休暇取得時の代行者の選定など業務体制の見直し、有給休暇の計画的付与制度の活用などが考えられます。さらに、1〜2週間の長期休暇の取得を可能とすることも課題です。
労働時間の柔軟化
労働基準法の労働時間法制は、規則的な一斉就業の工場労働を基本的な労働形態として想定し、1日および1週間の両面で労働時間の長さに上限を設ける方式を採用してきました。
労働基準法の改正によって労働時間の柔軟化が認められ、産業構造の変化などによる事業活動や労働態様の変化、裁量度の高い仕事の増加などに対応し得る柔軟な制度の導入が可能になりました。
柔軟化には、労働需要の変動(業務の繁閑)に対応するものと、社員による労働時間の自己決定を容認するものの2つがあります。後者には、社員の仕事への意欲を高め、時間管理に関する目的意識を喚起して時間効率をあげること、生活と仕事を調和させることなどの効果が期待されます。
労働需要の変動に対応する制度には、変形労働時間制があります。1年単位の変形労働時間制の場合、1ヶ月を超え1年以内の一定期間を平均した1週間当たりの労働時間が40時間を超えない定めをすることにより、1日・1週の所定労働時間を1日10時間・1週52時間まで延長することができます。
社員による労働時間の自己決定を容認する制度としては、始業時間と就業時間を社員の選択に委ねるフレックスタイム制があります。実際に働いた時間と所定労働時間を清算する期間は、3ヶ月までが可能です。所定労働時間よりも実労働時間が長い場合は、その時間が所定外労働時間となります。
フレックスタイム制では、社員自身が選択できる出退勤の時間帯(フレキシブルタイム)が決められている場合が一般的です。必ず出勤していなくてはならない時間帯はコアタイムと呼ばれます。
フレックスタイム制は、業務効率の向上や時間の自己管理意識の向上などのプラス効果が指摘されています。制度が円滑に機能するためには、仕事の裁量度を高め、人事考課の評価項目を仕事の成果、とりわけ時間生産性に結びついたものに変えていくことなどが不可欠です。
労働時間の配分を社員に委ねる労働時間管理の仕組みとしては、裁量労働制もあります。専門業務型と企画業務型の2つがあります。
専門業務型は、研究開発や情報システム開発に当たる技術者など特定の業務に適用できます。
企画業務型は、事業運営上の重要な決定が行われる事業所の企画、立案、調査、分析などの業務が対象で、当該業務を適切に遂行するための知識・経験などを有する社員が従事する場合に導入できます。
企画業務型の導入には、労使委員会を設置して、対象業務と対象者の具体的な範囲、みなし労働時間、対象者の健康・福祉を確保するための措置、苦情処理に関する措置、実施に当たり対象者の同意を得ることなどに関して、5分の4以上の多数で決議することが求められます。
裁量労働制では、事前に定められた時間(みなし労働時間数)労働したとみなされます(「みなし労働時間制」)。休憩、時間外・休日労働、深夜業の法規制は適用され、みなし労働時間数が法定労働時間を超える場合は、協定の締結・届出、割増賃金の支払いが必要です。
労働時間管理が制度として柔軟化されても、運用面が制度の意図どおりに柔軟化されるとは限りません。仕事の量・質の適正化、仕事の目標の明確化、進行管理や遂行手段の選択権付与、成果による評価と評価基準の明確化、社員自身の自己管理能力の育成などが不可欠です。
勤務場所の柔軟化:サテライト・オフィスと在宅勤務
勤務場所を柔軟化する施策には、職住の近接化あるいは一致を図るサテライト・オフィスや在宅勤務などがあります。
サテライト・オフィスは、社員の住居の近くで勤務に都合の良い場所など、従来の職場(セントラル・オフィス)から分離された場所に設置される事務所です。社員はサテライト・オフィスで従来同様の業務を行います。
サテライト・オフィスとセントラル・オフィスへの通勤頻度の割合は様々です。主にサテライト・オフィスで勤務し、時々セントラル・オフィスに出勤する場合もあれば、その逆の場合もあります。
企業が職住近接に取り組んでいるのは、仕事と生活の調和を実現できる働き方を求める社員の就業ニーズを充足するためです。企業側のメリットとしては、これまで労働市場に参入しにくかった人々に雇用機会を提供し、潜在的労働力層を顕在化できることです。
サテライト・オフィスが定着するための課題として、次のようなことが指摘されています。
- 仕事自体や仕事の進め方を見直して自己完結的な仕事を増やす
- サテライト・オフィスからアクセスできるデータベースなどを整備する
- 社員の自己管理能力を高める
- セントラル・オフィスとの定期的なコミュニケーション機会を設定する
- セントラル・オフィスの管理者の意識改革を行う
- 人事考課の評価項目など人事管理システムを見直す(働きぶりではなく仕事の成果によって評価するなど)
サテライト・オフィスは、いわゆる「オフィスの分散化」とは異なります。オフィスの分散化は、組織や部門を単位としたものです。サテライト・オフィスは個人を単位とした分散化であり、同じサテライト・オフィスに通勤するそれぞれの社員の業務は全く別であることを前提としています。
リゾート・オフィス(ワーケーション)という考え方もあります。日常生活から切り離されたよい環境で集中的に仕事をしたり、休暇中にもある程度の仕事ができる環境を整備して長期休暇の取得を可能にしたりすることなどがあります。
在宅勤務は、就業形態によって在宅雇用と在宅就業の2つに分けることができます。前者は、自宅にサテライト・オフィスが設置されたものと考えることができます。後者は、企業と請負や委託の契約を結んで自宅で仕事を行うものです。
在宅勤務は、通勤の負担がなくなり、仕事と生活が調和した働き方が可能となりますので、通勤や生活が就業の制約となっていた人々に就業機会を開くメリットがあります。
在宅勤務、特に在宅雇用が定着するためには、業務を見直して個別作業や個別評価が可能な業務へと編成替えすることが不可欠です。社員にも自主管理能力の向上が求められます。
在宅勤務は一人自宅で仕事をするため、サテライト・オフィス以上に人間的な接触機会が少なくなり、孤立感が高まったり、自己責任が増大して負担感が増すことなどの問題があります。