企業の人材活用とワーク・ライフ・バランス支援 − 「人事管理」とは何か?⑪

人事管理の課題は、事業活動を円滑に遂行するうえで必要とされる質の労働サービスを、必要とされるときに必要とされる量だけ適正な価格で確保することです。

人事管理はいくつかの異なる機能で構成されますが、その一つは、人材が能力を発揮できる就業条件を整備する機能です。この管理は「就業条件の管理」と呼ばれます。

近年、働く人々の生活関心や希望するライフスタイルが大きく変化し、生活と調和した働き方の管理が重要になってきました。

ワーク・ライフ・バランス(WLB )支援は、業務改革や生産性向上の取り組みと矛盾するものではありません。社員に意欲的に仕事に取り組んでもらうために不可欠な人材活用上の施策です。

WLBは、仕事と生活の時間配分を同程度にするなど、特定のライフスタイルを要求するものではありません。社員一人ひとりのライフステージや希望によって望ましいバランスは異なるので、多様なライフスタイルや生き方を受容するための取り組みです。

WLB支援は、単なる労働時間短縮の取り組みでもありません。時間生産性を向上させて、時間意識の高いメリハリのある働き方への転換を目指します。

新しい報酬としてのワーク・ライフ・バランス支援

WLBが実現した状態とは、「働く人々が、会社から期待されている仕事上の責任を果たすと同時に、仕事以外の生活でやりたいことや、やるべきことに取り組める状態」を指します。

WLBが実現できない職場では、働く人々が、会社から期待されている仕事上の責任を果たそうと努力すると、仕事以外の生活でやりたいことや、やるべきことに取り組めず、「ワーク・ライフ・コンフリクト」が生じます。

ワーク・ライフ・コンフリクトの状態にある社員は、仕事に意欲的に取り組めなくなることが、様々な調査によって明らかにされています。

企業の人材活用においてワーク・ライフ・コンフリクトを解消することが課題となった背景には、働く人々の生活関心の所在や、希望するライフスタイルが大きく変化してきたことがあります。

企業にとっての望ましい社員像、従来、必要なときに必要な時間を仕事に投入できる者でした。その背景には、高度経済成長期に「男性は仕事を、女性は家事や育児を担う」という男女の役割分業が確立し、男性の多くが仕事中心のライフスタイルを支持してきたことがあります。

ところが、女性の職場進出や共働き世帯の増加により、男女問わず、仕事以外の様々な活動に、以前よりも多くの時間を投入する必要や、投入することを希望する者が増加しています。

社員の中には、社会人大学院で経営学修士(MBA)などを取得するために自己啓発のための時間を希望する者や、親などの介護の必要に直面する者なども増加しています。

WLBは社員にとって新しい報酬です。社員の仕事への意欲を高い水準に維持するためには、企業は、社員が希望しているライフスタイルを実現できるような働き方を実現する必要があります。

実際の調査でも、既婚、独身の男女ともに、WLBが実現できていると認識している人では、仕事への意欲が高い傾向にあることが確認できます。

ワーク・ライフ・バランス支援と管理職の役割

WLB支援は、制度を整備するだけで実現できるわけではありません。

第一に、仕事管理や時間管理など人材マネジメントと働き方の改革が必要です。社員には時間制約があることを前提とし、その有限な時間資源を効率的に活用することを管理職や社員に自覚させ、仕事の優先順位付けや無駄な仕事を取り除くことなど、生産性向上につなげる必要があります。

第二に、WLB支援制度が活用できる人材マネジメントを日頃から行う必要があります。お互いの仕事をカバーできるように職場での情報を共有化し仕事の幅を広げるように、管理職は日頃から部下マネジメントを行う必要があります。

第三に、社員の多様な価値観やライフスタイルを受容できる職場風土とすることです。ワーク・ワーク社員、ワーク・ライフ社員にかかわらず、仕事に意欲的に取り組めるようにしなければなりません。

WLB支援を円滑にするための取り組みは、休業取得の有無にかかわらず、仕事の効率化を通じて職場の生産性向上に寄与することが明らかにされています。

ワーク・ライフ・バランス支援と女性の活躍の場の拡大

WLB支援は、運用のあり方によっては性別役割分業を固定化するものとなります。つまり、女性が子育てを担い、かつ仕事を継続できる環境を整備することだけになりかねないことがあります。

WLB支援が充実しても、男性の働き方が変わらなかったり、女性の職域拡大が行われなかったりする場合には、そうした状況を招きかねません。

女性の活躍の場を拡大するためには、WLBと雇用機会均等の両施策に取り組む必要があります。両方に取り組む企業では、男女にかかわらず、仕事の満足度や仕事への意欲が高くなります。

ワーク・ライフ・バランス支援と人事処遇制度の連携、企業業績

WLB支援の取り組みは、雇用機会均等や人材開発など他の人事施策と組み合わせることによって、企業業績にプラスの効果をもたらすことが、調査分析の結果、明らかになっています。

第一に、両立支援策の制度導入は、新卒採用、中途採用ともに質・量の両面で必要な人材の確保にプラスの効果があります。

第二に、両立支援策の導入と利用は、結婚や自己都合による退職を減少させ、育児休業の利用を通じて就業の継続を促進します。

第三に、両立支援策と人材開発戦略の組み合わせで、女性の仕事への意欲の向上を期待でき、男性の会社・仕事満足度にもプラスの効果が現れます。男女均等施策への取り組みが加わると、その満足度は一層向上します。

第四に、両立支援策を単独で導入すると企業業績にマイナスの影響がありますが、均等施策と共に導入することで企業業績にプラスの効果があります。

WLB支援制度を定着させ、利用しやすくするためには、他の人事処遇制度の接合が不可欠です。

企業における従来の人事処遇制度は、入社してから定年までキャリアの中断がなく、かつフルタイムで継続して勤務する社員像を前提として設計されていたため、人事処遇制度へのマイナス影響を懸念して、支援制度の利用を躊躇させてきたのです。

例えば、賞与や退職金の算定、人事考課や昇給・昇格の評価において、休業期間が不利に働きます。短時間勤務者に対する目標管理における目標設定や評価方法などの方針やルールが定められていない場合もあります。

かといって、休業期間の全てまたは一部を勤務したものとして人事処遇制度を行うことになれば、逆にWLB支援制度を利用しない社員からの不満が出て、制度を利用しづらくなる問題も生じます。

以上を踏まえ、WLB支援制度と人事処遇制度の円滑な接合のために、次のような検討が必要です。

第一に、社員の多くが、キャリアの途中段階で休業を取得したり短時間勤務に移行したりすることを前提として、現在の人事処遇制度を点検し、人事考課、処遇、昇格の仕組みを見直す必要があります。

第二に、WLB支援制度の利用者が不利益を感じることなく処遇に納得できると同時に、制度非利用者も不公平感を抱くことなく納得できる制度とし、両者間の処遇の均衡を確保する必要があります。

第三に、WLB支援制度の利用に関わる人事考課、処遇、昇格の取り扱いに関する情報を社員に提供し、人事処遇制度の透明性を担保することが必要です。とりわけ人事考課の実施者である管理者に、その運用に関して情報提供を行う必要があります。

育児休業と介護休業

労働市場の現況を見ると、女性が育児のために一旦離職すると、退職までに培った職業能力を活かせる就業機会を探すことが困難です。

あったとしても、正社員としての雇用機会が相対的に少なく、労働条件が退職前より大幅に低下することがほとんどです。

育児休業制度は、雇用やキャリアの継続を可能とすることで、そうした障害を取り除きます。企業にとっても、休業までに行った社員に対する教育訓練投資の回収が可能となります。

育児のための制度は、休業だけでなく短時間勤務など柔軟な働き方の提供が含まれます。また、男女を共に対象とします。

企業には、社員が育児休業を申し出ても、事業活動に及ぼす影響が少なくなるように業務分担や人事配置などの面で適切な措置を行うことで、社員が育児休業を申し出やすい状況を整備し、原職復帰などによって休業前のキャリアが継続できるようにすることが求められます。

育児休業期間中は無給であることが一般的ですが、雇用保険被保険者の場合は、休業前賃金の一定割合が雇用保険から支給されることになっています。また、社会保険料は免除されます。

介護に関しては、社員と企業にとってさらに大きな問題があります。老親介護には40〜50代の中高年社員が直面することが多いですが、家庭生活面では経済的負担が大きい時期に当たり、企業内では管理・監督職など職責が重くなっていることが少なくありません。

介護に関しても、中高年女性が主な担い手となっている現状があり、女性が離職する原因になっています。

介護と仕事の両立を可能とするためには、家庭に介護を必要とする者が発生した場合の発病から症状が一定するまでの間の緊急避難的な介護休業の制度や、勤務時間の短縮や柔軟化などが必要です。

介護ニーズは多様です。いつ、どの程度、いつまで続くかが分からないといった不安定要素を含んでいるため、よりきめ細かな対応が求められます。

介護休業中の給与、社会保険料、給付などの取り扱いは、育児休業と同様です。