昇進管理 − 「人事管理」とは何か?⑦

人事管理の課題は、事業活動を円滑に遂行するうえで必要とされる質の労働サービスを、必要とされるときに必要とされる量だけ適正な価格で確保することです。

人事管理はいくつかの異なる機能で構成されますが、その一つは、働きに対する報酬を決め、労働意欲の維持・向上を図る機能です。この管理は「報酬管理」と呼ばれ、さらに「賃金の管理」、「福利厚生の管理」、「昇進管理」に分けられます。

この記事では、「昇進管理」について説明します。

人事管理における「昇進」には、役職上の昇進(「役職昇進」)、職務等級上の昇進(「職務昇進」)、職能資格等級上の昇進(「資格昇進(昇格)」)の三種類があります。

「役職」とは、企業内の管理階層に対応した管理を主とする職務の序列です。「職務等級」とは、職務分析などによって仕事の内容を評価し、その仕事を序列化するものです。「職能資格」とは、社員が保有している職務遂行能力に基づいて社員を格付けするものです。

日本では、1970年代半ば頃まで役職昇進中心の昇進管理が行われていましたが、役職ポストの不足から昇進機会が減少し、昇進期待層の仕事への意欲が低下したため、役職と資格を緩く対応させた職能資格等級制度が導入されました。

役職と資格が一対一で結びついている場合は、役職昇進をしないと資格昇進できませんでしたが、両者の対応を緩めることで、役職昇進をしなくても昇格が可能となり、昇格によって職能資格にリンクした基本給である職能給を引き上げることが可能となりました。

このことは、職能資格等級に対応した職務遂行能力を必要とする仕事がない場合の昇格は、企業の賃金負担を高めるだけになることを意味します。

1990年代に入ると、こうした問題を解決するために、職務等級制度と職務等級にリンクした仕事給(職務給)を導入し、賃金負担増に歯止めをかけようとする企業が出てきました。企業の職務構成が変わらない限り、総人件費を一定に維持することができるからです。

役職昇進とは別に、高度で専門的な知識や経験を必要とする職務群を一つのグループとし、その中で職務昇進していく「専門職制度」を作ることで、キャリアを複線化する企業も増えています。

昇進によって報酬の改善や能力向上の機会が提供されることから、社員の昇進への関心は高く、昇進管理のあり方は社員の仕事への意欲を左右することになります。

昇進と選抜

企業内の管理階層の構成は、通常ピラミッド型ですので、管理階層が上がるほど、役職数は少なくなり、役職昇進には選抜が伴います。

他方、職能資格等級上の昇進(資格昇進、昇格)は、職務遂行能力に基づく昇進であるため、選抜という概念は本来ありません。ただし、資格昇進に伴い給与は上昇しますから、給与の上昇に見合った高付加価値の職務への配置が伴わなければ、企業には賃金の負担増のみが強いられます。

結局、職能資格等級制度においても、職務遂行能力に応じた職務の数と、職能資格等級別の人員数との均衡が不可欠となり、資格昇進において選抜せざるを得なくなります。

昇進と選抜のルールは、ターナーが提唱した「庇護移動」と「競争移動」のほか、その折衷としてローゼンバウムが提唱した「トーナメント移動」のモデルによって説明されます。

「庇護移動」では、キャリアの初期段階に、昇進機会が保障されたエリートと、昇進機会が閉ざされたノン・エリートに分けられます。エリートにのみ教育訓練を行うことによって教育訓練投資の効率化が実現できますが、ノン・エリートの動機づけは困難です。

「競争移動」では、キャリアの各段階での昇進競争への参加機会が、キャリアのかなり後半まで開かれます。社員の競争参加への動機づけを長期に維持できますが、教育訓練投資の効率化は阻害されます。

「トーナメント移動」では、キャリアの各段階での選抜によって、昇進競争への参加者が徐々に絞られていきます。昇進を続けるためには、キャリアの各段階での選抜に勝ち続ける必要があります。

トーナメント移動では、競争の勝者に次の段階の競争への参加機会を与えることで動機づけが可能です。勝者のみに昇進のための教育訓練を集中できるので、教育訓練投資が効率的になります。

ローゼンバウムによれば、トーナメント移動は、アメリカ企業の昇進競争に適合することが確認されています。将来の幹部候補生のためのキャリア・ルートを入社時点から設けている企業は少なく、しばらくしてからそうしたルートを設ける企業が増えてきます。ドイツも同様です。

アメリカやドイツにおける早期選抜の実施が、20〜30代の転社を多くしている要因の一つと考えられます。

日本における昇進管理方式

日本における大企業の昇進管理方式は、先にあげた3つの方式とは異なり、小池和男氏によって「遅い選抜方式」とモデル化されました。

トーナメント移動を「早い選抜方式」と位置づけ、それに対比される「遅い選抜方式」を日本企業の方式としました。トーナメント移動の場合、キャリアの初期段階で早く昇進した者ほどその後の昇進確率が高く、かつその初期段階の選抜時期が入社後3年までと極めて早いからです。

「遅い選抜方式」では、長期にわたり蓄積された評価情報に基づき、入社後かなり時期が経過した段階で、非管理職にとどまる者、課長など中間管理職に昇進しそこにとどまる者、部長以上の部門管理職に昇進したりトップ・マネジメントまで昇進したりする者に分かれていきます。

大企業の調査では、部長以上の中枢幹部への選抜が行われるのは、入社後15年前後経過した時点です。

決定的な選抜以前に、人事考課によって、昇給額、役職昇進、資格昇進に差が出ることはありますが、その差は小さく、その後の働きぶりによって取り戻すことが可能な程度です。つまり、決定的な選抜が行われるキャリア段階まで、同期入社の多くが競争への参加意欲を持ち続けることになります。

なお、「遅い選抜方式」は、竹内洋氏によって更に精緻化されました。同期入社者の各役職または職能資格等級への昇進について、その比率と昇進時間の差(同時期か、異時期か)による違いをモデル化し、次の4つに区分しました。

  • 「同期同時昇進」:同時期に高確率で昇進する場合
  • 「同期時間差昇進」・高確率で昇進するが、時期に違いがある場合
  • 「選抜」:昇進する確率は小さいが、時期はほぼ同じである場合
  • 「選別」:昇進する確率は小さく、時期に違いがある場合

日本企業の昇進パターンは、入社後の時間の経過とともに、同期同時昇進→同期時間差昇進→選抜/選別と変化していき、これが「遅い選抜方式」の内実であるとしました。

アメリカやドイツと比較して、日本では、入社後の比較的に早い時期に将来の幹部候補生のためのキャリア・ルートを設けている企業は少数です。しかも、昇進に初めて差が付き始める時期と、同一年次入社者の5割が昇進の頭打ちを迎える時期が、ドイツやアメリカに比べて相当遅いことが分かります。

「遅い選抜方式」のプラスの機能としては、まず、能力向上への意欲を長期間保持し続けることが可能なことです。次に、決定的な選抜の時期までに複数の異なる上司による評価情報が蓄積されるため、能力評価がより適正になり、社員から納得が得られる選抜になる可能性が高いことです。

マイナスの機能としては、経営トップや部門長以上の管理職の育成に相当の時間を要し、教育訓練投資の無駄が生じかねないことです。若手の抜擢もできません。また、長期にわたる競争を強いることによって、社員の間に過度の競争状況を作り出しやすくなります。

企業の競争力の主たる源泉が、経営トップや部門長以上の管理職ではなく、組織成員の多数を占める中堅層の能力やモラールに存在する場合には、プラスの機能が大きいと判断できます。

日本企業における昇進ルールの変化

「遅い選抜方式」が成り立つためには、いくつかの条件があります。

第一に、かなり高位の役職まで高い昇進確率を維持する必要があるため、ピラミッド型の階層構造を前提とするなら、役職数の持続的な拡大をもたらす企業規模の拡大が不可欠となります。

社員区分制度において、一定の役職までしか昇進機会が開かれていない社員区分の人数が多く、大卒ホワイトカラー層が高い役職を独占できることが必要です。

役職層での中途採用を制限し、内部昇進の機会を維持することも必要です。

第二に、昇進や昇給の僅かな差を社員に意識させるために、比較を可能とする準拠集団が必要です。同期入社者に新入社員教育などを行うことによって、同期意識を醸成します。これを背景に、同期に遅れをとりたくないという競争意識が形成され、僅かな差を社員に意識させます。

第三に、決定的選抜の時期までに能力など働きぶりの差がそれほど大きくならないことが必要です。ばらつきが小さいからこそ、昇進や昇給などの処遇差も小さくできます。

この条件を満たすために、採用段階での能力のばらつきが小さくなるように時間をかけた選抜を行い、採用後の能力の伸長にも大きなばらつきが生じないようなキャリア管理を行います。

職業能力の維持・向上がOJTで行われるとすると、同期入社者を同じレベルの能力が求められる仕事に配置し、上司や先輩の指導やアドバイスのあり方も均質化することが欠かせません。

第四に、昇進管理の対象となる社員層が、管理職への昇進志向を共有していることが求められます。

現在、これらの条件が失わつつあるため、従来の昇進システムにも変化が求められています。

第一に、高い昇進確率を維持することが難しくなっています。企業の成長鈍化、組織のフラット化による役職ポストの削減や増加テンポの低下、大卒社員の増加、大卒女性の増加と長期勤続化、女性管理職の増加などが背景にあります。

第二に、大卒採用数の増加は、採用時における潜在能力、同期入社者間における訓練可能性のばらつきを従来より大きくしています。

さらに、企業の成長鈍化によって、同じような能力開発機会が得られる仕事を同期入社者の間に均等に配分することが難しくなっています。その結果、同期入社者の入社後の能力伸長のばらつきが大きくなっています。

第三に、大卒男性社員についても同期横並び意識や役職昇進志向が弱まり、専門職志向が強まるなど、キャリア志向が多様化しています。

多くの企業は、課長や部長への昇進時期を変更したくないと考えているので、昇進ルールを変えざるをえません。

第一は、専門職制度の拡充による役職昇進にこだわらない風土づくりです。キャリアの多元化を進めることで、役職昇進圧力を分散させようとします。

第二は、抜擢人事の実施です。

第三は、役職定年制を導入・拡充して、役職ポストの占有期間を限定することです。

第四は、出向・転籍などを通じて企業グループ単位でキャリア管理を行い、昇進機会の拡大を図ることです。

今後は、同期同時昇進と同期時間差昇進の期間が短くなり、選抜の開始時期が早くなると考えられます。

専門職制度

専門職制度は、大企業を中心に定着しつつあります。導入理由として多いのは、スペシャリスト化して能力の有効発揮を図ること、管理職と専門職の機能分化による組織の効率化を図ることです。

1970年代の初めから1980年代の半ばにかけて導入された第一世代の専門職制度は、管理職ポスト不足に対応するための処遇ポストとしての性格が強く、社内活性化のための配慮でした。

そのため、次のような問題点が指摘され、専門職に配置された社員の仕事への意欲が低下しました。

第一に、管理職と専門職の組織上の役割分担が不明確で、専門職がライン業務に組み込まれて補佐的な仕事をすることが起こりました。

第二に、専門職イコール管理職不適任者というイメージが広がり、専門職を管理職より低く評価する状況が生まれました。

第三に、人事評価の物差しがライン管理者としての能力を測るものであるため、専門職として能力を伸ばそうとする意識が社員の間に育ちにくくなりました。

これらの問題点を踏まえ、第二世代の専門職制度が生まれつつあります。そのためには、いくつかの条件整備が必要です。

第一に、専門職の役割と職務要件の明確化です。専門職の職務は、それぞれの職能分野の中で専門性に応じて業務遂行自体を担うことです。

人と仕事との結びつきの柔軟性を維持するのであれば、個々の職務ごとではなく、いくつかの職務をまとめた職能分野ごとに専門職に求められる職務要件を明確化することが必要です。

能力ランクとして、管理職と専門職が上下関係にならないようにすることが不可欠です。なお、管理職を、マネジメントに特化した専門職とみなす考え方もあります。

第二に、専門職に期待される職能要件は職能分野ごとに異なるため、専門職の能力評価尺度も職能分野ごとに異なるものとなります。専門職制度を定着させるためには、複数の職能資格制度を導入する必要があるかもしれません。

第三に、キャリア管理について、入社後一定年齢までに複数の職能分野を経験する機会を設け、その間に企業と社員のそれぞれが適性を判断します。

マネジメントに適した人材はライン管理者としてのキャリアを歩み、特定の職能分野内で専門性を活かすことに適した社員は、その中で専門職としての道を歩むことができるようにします。

第四は、専門職の類型、例えば、「純粋専門職」と「マルチ専門職」といった類型を設けることが考えられます。前者は高度な専門性を持ち、企業外でも通用する社会的な専門性を持った者です。後者は、特定の職能分野内で幅広い専門能力を持った者です。

第五に、専門職だからといって、マネジメント能力が必要ないということではありません。専門職は他の職能分野との連携によって成果をあげるので、企業全体における自らの仕事の位置づけを理解し、連携を管理することができなければなりません。

管理職も専門能力が皆無でよいわけではありません。一定の専門能力がなくては、管理職として専門職への仕事の配分や管理ができません。

ポジティブアクションの必要性と取り組み方法

男女雇用機会均等法や女性活躍推進法の施行などにより、雇用の場における男女の機会均等が進展してきたものの、管理職に占める女性の比率は低いままであり、性別による職域分離も存在します。

そこで、雇用管理における男女の機会および処遇の均等確保に積極的に取り組み、女性の能力発揮を促進し、その能力を活用できる条件整備を行うための「ポジティブアクション」が推奨されます。

ポジティブアクションは、第一に、雇用管理における男女の機会および処遇の均等を阻害している要因を発見し、それを解消することです。

雇用管理に関わる制度を男女の機会および処遇の均等の視点から見直すだけでなく、雇用管理の運用面での阻害要因も検討し、それがあれば取り除くことです。

第二に、これまで存在してきた雇用管理における男女の機会および処遇上の違いに起因する女性の能力活用の遅れを解消することです。

女性の優遇ではなく、企業の人材活用を性別ではなく社員個々人の能力や適性、さらには希望に応じて行うことであり、性別管理を廃止して個別管理を実現することです。

ポジティブアクションは、大きく5つの領域に分けて取り組みます。

第一は、性別を排した募集・採用の実施です。採用に関わる社員が、性別に関わりなく選考を行っていることが重要です。採用に関わる社員の中心が男性であれば、その状況を解消する必要があります。

第二は、配置されている業務に男女で偏りがないようにすることです。男女による職域の違いは、男女の固定的な役割分業観(「女性は営業には向かない」など)や職場慣行に起因することが多いので、職場の意識改革が必要です。生産設備や職場環境などの改善が必要となる場合もあります。

第三は、昇進・昇格における男女の機会均等を実現するため、女性の昇進・昇格を促進することです。役職昇進の前提条件となる資格昇進の遅れの原因を問うことから始める必要があります。

昇進や昇格に必要な能力を獲得できる仕事に女性が配置されているかどうかを問うことも必要です。それが実現されていなければ、昇進・昇格の男女の機会均等は実現できません。

女性自身が昇進・昇格を目指すような動機づけや教育訓練の実施、さらには女性管理職の役割モデルを提示することも効果的な取り組みです。

第四は、生活と仕事の両立支援策の導入と充実です。昇進・昇格機会における男女均等を制度的に実現しても、生活の都合で退職せざるをえなければ、制度が活かされません。

第五は、経営トップ、管理職、男性社員、とりわけ人事管理を担う管理職の意識改革が求められます。

ポジティブアクションに取り組むに当たっては、トップの理解と関与、社内でのコンセンサスづくり、実施部門の明確化と権限付与が必要です。人事部門だけでなく、他部門の協力も必要です。

ポジティブアクションの実施部門には女性の担当者を含め、女性の意見を反映させた取り組みを立案・実施することが効果的です。

取り組みは、①現状分析と問題点の発見、②具体的な取り組み計画の作成(量的・質的目標、短期・長期など)、③具体的な取り組みの実施、④取り組み成果の点検と見直し、といったステップを踏み、この流れを繰り返します。