人事評価の管理 − 「人事管理」とは何か?⑥

人事管理の課題は、事業活動を円滑に遂行するうえで必要とされる質の労働サービスを、必要とされるときに必要とされる量だけ適正な価格で確保することです。

人事管理はいくつかの異なる機能で構成されますが、その一つは、働きぶりを評価する機能です。この管理は「人事評価の管理」と呼ばれます。働きぶりを評価した結果は、採用、配置、教育訓練、報酬決定など全ての人事管理にフィードバックされます。

「評価」は、今の自分を知るための道具としても重要です。今より良くなるために、今の自分を知る必要があります。

企業にとって社員を評価することは、経営成果をあげるための一つの道具であり、順番を付けたり、格差を付けたりすることが重要なわけではありません。

評価の基準は、「社員にこうなってほしい」という評価者の期待の表明です。その期待は、企業や職場の方向性に関わる経営者や管理者の考え方に依存しています。市場や技術が変われば、会社の戦略が変わるので、社員に対する企業の期待も変わります。

評価において最も大切なことは、評価者が評価される人に「何を期待しているのか」、つまり「何のために何を評価するのか」を明示し、正確に伝えることにあります。

人事評価の機能と管理

「人事評価の管理」とは、社員の今の状態(能力、働きぶり)を評価し、その結果を人事管理に反映させるための管理活動です。

人事評価には、「社員の行動を変える」という重要な機能もあります。

評価の基準は、評価者の社員に対する期待から作られ、その背景には「こうした会社を作りたい」を表現した長期の経営目標に基づく「期待する人材像」があります。

被評価者である部下は、よりよい評価を得るために努力することになるので、人事評価は、会社あるいは評価者が「こうなってほしい」という方向に社員の行動を変える機能を持っています。

社員の今の状態を知り、評価する方法は多様ですが、その最も中核をなす方法は、上司が日常の業務遂行を通して部下を評価する方法です。これを「人事考課」と呼びます(以下、「人事評価」は「人事考課」を意味するものとします)。

人事評価の原則

人事評価には、「知り評価する機能」と「人事管理に反映する機能」の2つの機能があり、それぞれの機能に対応して準拠すべき諸原則(「評価の原則」)があります。

「評価の原則」の目的は、社員から納得性が得られる制度を設計することです。人事評価は、配置、能力開発、処遇などの決定に活用され、社員に大きな影響を及ぼすからです。

「知り評価する機能」に関わる原則には、「評価基準の原則」(「何を評価するのか」)と「評価方法の原則」(「いかに評価するのか」)があります。

「評価基準の原則」には「合理性の原則」があります。経営目的を実現するうえで合理的であり、社員から見て納得できる基準でなければなりません。

この原則は、経営の考え方や社会の価値観に左右されます。近年は、厳しい経営環境を勝ち抜くために、挑戦的で革新的な組織を作りたいという意図に基づき、失敗を恐れず、革新的なことに果敢に挑戦する社員を積極的に評価するため「加点主義」が重視されます。

「評価方法の原則」には、設定された基準に基づく「公平性の原則」、評価の基準や手続きを明確にする「客観性の原則」、社員の納得性を高めるために、人事評価の基準、手続き、結果などを公開する「透明性の原則」があります。

「人事管理に反映する機能」に関わる原則については、「能力開発、配置、処遇のどれを決めるためなのか」などについての基本的な方針を決めておくことが必要です。

人事評価の制度設計

評価の原則に沿って制度が設計されます。つまり、「何を評価するのか」(評価の要素・基準)、「誰が、いつ、どのように評価するのか」(評価の方法)、「評価の結果をどのように活用するのか」(評価結果の活用)を決めます。

設計された制度に基づいて人事評価が行われ(実施の段階)、人事評価活動全体の結果が総合的に評価されます(評価の段階)。

さらに、人事評価活動を支援するインフラの整備も必要です。例えば、管理者の評価能力を高めるための研修体制の整備、配置や教育訓練などに活用できるように人事評価データを体系的に記録しておくための情報システムの整備などです。

評価の理論

人事評価制度を適切に作り上げるためには、まず「何を評価するのか」(評価の要素・基準)についての十分な理解が必要です。そのために、社員が行う業務遂行プロセスをいくつかの要因に分解することから始めます。

業務遂行プロセスとは、「能力」(知識やスキル)と「労働意欲」を持った個人が、それを発揮して「仕事」に取り組み、「成果」をあげる過程のことです。つまり、主な評価要素として「能力」、「労働意欲」、「仕事」および「成果」が考えられます。

「能力」と「労働意欲」は、業務遂行プロセスへのインプット要素です。「仕事」は業務遂行プロセス自身であり、スループット要素です。「成果」は仕事の結果であり、アウトプット要素です。

これら4つの要素に対する人事評価が、それぞれ「能力評価」、「情意評価」、「職務評価」および「成果(業績)評価」です。

ここで注意すべき点がいくつかあります。

第一に、業務遂行プロセスで発揮された能力(「発揮能力」)は、必ずしも個人が保有する能力(「潜在能力」)の全てではありません。能力評価の対象は、通常「潜在能力」です。

第二に、たとえ高い「潜在能力」を持っていても、「労働意欲(モチベーション)」がない限り、「発揮能力」として顕在化することはありません。

第三に、「発揮能力」の捉え方には2つの方法があります。一つは、「仕事」に直接必要な知識やスキルを明らかにし、それらを保有しているかどうかによって発揮能力を捉えようとする方法です。もう一つは、「発揮能力」が、業務遂行の場で「行動」として現れることに注目する方法です。

一般には後者の方法がとられ、その行動のことを「職務行動」と呼びます。特に、高い成果を安定的に生み出す職務行動を「コンピテンシー」と呼び、これを事前に抽出して、実際にその行動をとっているかどうかによって「発揮能力」をとらえます。

なお、コンピテンシーに当たる行動をとれることも一つの能力であるとみなし、「能力評価」、「情意評価」および「コンピテンシー評価」の3つを「広義の能力評価」とみなすこともあります。

成果を重視することの問題点

注意すべきは、能力・労働意欲(インプット要素)、コンピテンシー・仕事(スループット要素)、成果(アウトプット要素)と進むに従って、評価結果は不安定になることです。アウトプットに近づくほど市場に近くなるため、コントロールできない環境条件に左右されやすいからです。

成果を高めることが企業の目標であるとしても、成果のみを評価要素とすることが最善であるとは限りません。特に、長期的な観点に立って人事管理を構築したい場合に問題が生じます。

成果が図りにくい仕事は多数存在し、たまたまそのような仕事に配属されたために評価が低くなるとすれば、社員にとって納得性が低下し、労働意欲を低下させかねません。

社員が短期的な成果に注力するようになれば、会社の将来のために長期的な視野に立って働こうとする意欲を持たなくなり、長期的に必要となる能力を高めようともしなくなるでしょう。

結局のところ、成果のみを見ていては、経営目標もままならないということです。成果に必要な条件が整ってこそ成果はあがるのであり、その条件が能力・労働意欲・仕事です。

よって、個々の評価要素が持つ特性を考慮した上で、企業の経営目標に従って、複数の要素の最適な組み合わせを考えることが必要になります。

人事評価制度の実際

日本の人事評価制度は、能力評価、情意評価、成果評価から構成され、職務評価を行っていないことが一般的です。

能力評価の対象は、潜在能力です。情意評価は、仕事に対する取り組み姿勢、意欲、態度を対象とし、労働意欲と職務行動を含んでいます。ただし、顕在能力としての職務行動が評価されていたとは言えなかったことから、近年、コンピテンシー評価を取り入れる企業が増えつつあります。

評価要素が決まると、評価が客観的かつ公平に行われるように、評価要素を具体的に表現した評価項目が設定されます。

一つの会社にも、働き方や会社の期待が異なる社員が混在しているので、社員を複数のグループに区分し、それぞれに異なる評価要素・基準の体系(「評価区分」)を設定するのが一般的です。

評価区分は、一般に、若手社員、中堅社員、グループリーダー、管理職レベルといったように、キャリア段階別に設定されます。

評価要素・基準の構成は、社員区分制度や社員格付け制度と連係します。キャリア段階を表す職位に対応して求められる能力が設定され、この能力要件が能力評価と情意評価を構成する評価項目の基礎になります。

評価要素(能力評価、情意評価、成果評価)をすべて評価の対象にするとしても、企業の経営目標などによって、どの要素をどの程度重視するかが異なるので、ほとんどの企業では、評価要素ごとにウェイト付けを決めています。

ウェイトは、一般的に、下位のキャリア段階から上位のキャリア段階になるほど、インプット要素(能力、労働意欲など)よりもアウトプット要素(成果)のほうが高くなります。

実際の評価では、まず、評価項目ごとに評価し(5段階など)、評価要素ごとに合計します。次に、評価要素の合計にそれぞれのウェイトを掛けて全体を合計し、総合評価とします。

評価の時期については、短期に変動しやすい評価要素(情意評価、成果評価)は半年に一回、変動の少ない能力評価は一年に一回というのが一般的です。

評価結果は、配置と育成に活用されます。処遇に対しては、半期ごとの評価結果が賞与に反映されます。昇進・昇格・昇給に対しては、長期的な観点から、能力評価の結果が高いウェイトで反映されます。

人事評価のエラーと対策

人事評価の実践においては、客観性と公平性を確保することは簡単ではありません。人事評価には、次のようなエラーが伴うことが知られています。

  • ハロー効果(特に優れた点や劣った点があると、それによってその他の評価が影響されること)
  • 論理的誤差(密接な関係がありそうな項目や事柄が意識して関連付けられてしまうこと)
  • 寛大化傾向(評価者の自信欠如から評価を甘くしてしまうこと)
  • 厳格化傾向(評価を辛く付けてしまうこと)
  • 中心化傾向(厳しい優劣の判断を回避して、評価が中央に集中してしまうこと)
  • 逆算化傾向(先に評価結果を決めて、その結果になるように個々の評価を割り付けていくこと)
  • 対比誤差(自分の得意分野か不得意分野かによって、評価が甘くなったり辛くなったりすること)
  • 遠近効果(最近のことは大きく、何ヶ月も前のことは小さく評価してしまうこと)

このようなエラー、あるいは評価者ごとの評価の不均衡を回避するために、できる限り評価基準を客観化すること、評価者訓練を行うこと、評価者を多層化することなどの取り組みが行われます。

評価者の多層化については、2段階あるいは3段階の評価を行っている企業が多いようです。2段階とは、まず直属の上司が評価を行い、その結果を受けて、さらにその上の上司が評価するものです。

3段階の評価では、上記の2段階に加えて、部門間の不均衡を是正するために、評価結果の部門間調整を行う方法があります。

目標管理による成果の評価

人事評価制度の設計においては、評価要素ごとに、具体的な評価項目があらかじめ設定されますが、成果評価に関しては困難です。

そのため、成果評価においてよく利用されるのが「目標管理による評価」です。

目標管理は、組織目標と個人目標を統合して目標を設定し、個人はそれに向かって自律的に仕事を進める方法です。部下の自主性が引き出され、効率的な組織が形成できると考えられています。

評価期間(通常、会計年度)の初めに個人の業務目標を設定し、評価期間の終わりの時点での業務目標の達成度によって成果を評価します。

業務目標の設定と成果の評価は、社員の納得性が得られる透明性の高いものとなるよう、上司と部下の面談を通じて行われます。

業務目標の設定においては、まず部下が自己の目標およびその難易度を自己申告し、面談において部下の納得を得たうえで、最終的に目標の内容と難易度、遂行方法、スケジュールを決めます。

各部門の管理者は経営戦略や経営計画に基づいて部門の方針・目標・計画を設定しますので、これらを念頭に置いて、社員が自分の業務目標の設定に参画します。

業務目標の設定は、担当業務の中の重要な分野に絞り、定量化することが基本です。能力開発の目標も加えます。

目標管理で問題になるのは、高い評価を得るために簡単な目標を設定しようとすることです。そのため、目標の難易度を判定することが必要です。職能資格制度をとる日本企業の場合、社員の能力水準を表示する職能資格の定義に沿って判定する方法がとられます。

成果の評価は、目標の達成度と難易度の2次元で評価します。例えば、それぞれを5段階で評価し、さらに2つの評価を総合した評価が決まります。達成度と難易度の各評価と、総合評価との関係は、あらかじめ決定され、評価表として明示されることが一般的です。

評価の段階でも、まず部下が自己評価を申告し、上司との面談において評価の結果について話し合います。上司と部下の評価が異なっている場合は、その原因を話し合い、それに基づいて上司が最終的な評価を行います。

人事評価の国際比較

長期評価と短期評価を区別して、日本と欧米の違いを考えてみたいと思います。

長期評価の違いについて、一般的に、日本企業は職能資格制度を、欧米企業は職務分類制度を採用しているので、日本では能力評価を、欧米では職務評価を重視していることになります。

欧米型の人事評価は、会社が社員に要求する仕事そのものを重視します。つまり労働力の需要面から社員を評価する「需要サイド型」の人事評価です。日本型は、当面の仕事から離れて、社員が持つ潜在能力を重視します。つまり労働力の供給面から社員を評価する「供給サイド型」です。

狙いとする効果は、日本型の場合、潜在能力を評価することによって社員の能力向上意欲を刺激し、高い能力によって経営成果の向上を実現することです。欧米型の場合、現在の会社の要求を社員が確実に達成することを刺激することによって経営成果の向上を実現することです。

次に、短期評価については、日本も欧米も成果評価が中心です。違いは、対象者の範囲にあります。

欧米では、大卒を中心としたホワイトカラーについては短期評価が行われますが、ブルーカラーについては必ずしも行われません。ブルーカラーの賃金は、同じ仕事をしている限り、仕事の重要度のみに応じて支払うことが一般的です。

日本企業の場合は、ブルーカラーに対しても情意評価と成果評価が行われ、同じ仕事であっても、頑張った社員、より大きな成果をあげた社員にはより多くの賃金(主に賞与)を払います。