経営活動に必要な人材を確保することは、人事管理の基本的機能の一つであり、それには2つの面があります。
一つは、今、あるいは将来必要になる人材を新たに調達することです。社外から調達すれば採用、社内から調達すれば配置転換ということになります。
もう一つの面として、会社の事業が縮小すれば、それに合わせて現有の人材を調整する必要があります。この機能は「雇用調整」と呼ばれ、この最も厳しい方法が「解雇」です。
どのような雇用調整策をとるかは個々の企業の問題ですが、そのあり方は労働市場全体の構造を決めることにつながります。
多くの企業の業績が悪化すれば不景気になりますが、企業が解雇を避け、社内のやり繰りで乗り切ろうとする雇用調整策を重視すれば、すぐには失業率が上がらない労働市場が形成されます。解雇が多用されれば、不景気の際に失業率がすぐに上がるような労働市場が形成されます。
日本は、終身雇用制を基本としてきたので、前者の雇用調整策を選択してきたことを意味します。今後、終身雇用を緩和する方向で人事管理が変化していけば、労働市場の構造を変えることになります。
雇用調整には大きなコストがかかるという問題もあります。社員をむやみに解雇すれば労働組合は反対し、労使間の緊張が高まります。個々の社員は会社の将来に不安を持ち、会社のやり方に不満を持って、労働意欲を低下させる可能性があります。
しかし、市場は不透明さを増し、競争が激化しているので、「業績が回復するまでしばらく我慢すればよい」と考えて厳しい雇用調整を先延ばしにしていると、企業の存続を脅かす可能性が出てきます。
雇用調整策もまた再編成を迫られていると言えます。
雇用調整
雇用調整とは、事業活動に要する適正な雇用量を確保するために、既存の雇用量を調整することです。雇用量を増やす方向と減らす方向があり得ますが、一般的には後者、つまり適正な雇用量の縮小に合わせて既存の雇用量を調整することを指します。
企業内で人材需要が縮小して余剰人員が発生した場合、短期的には、外注していた仕事を内部に取り込むことによって社内の仕事量を増やして余剰人員を維持する場合があります。これは、業務量の調整によって雇用調整を避けようとする取り組みです。
業務量の調整で対応できなければ、雇用調整を行わざるを得なくなります。
余剰人員の問題は、業務量に比べて人件費が肥大化していることを問題とする場合と、雇用量が多過ぎることを問題とする場合があります。前者に対しては人件費を削減する政策(賃金調整策)をとり、後者に対しては雇用量を削減する政策(数量調整策)をとります
雇用量は、厳密には、社員の人数と労働時間の掛け算で決まる労働投入量を示していますので、数量調整策にも、人数調整策と労働時間調整策があります。
労働時間調整策については、まず、所定外労働時間で調整する方法がとられます。ただし、この方法を常に使えるようにするためには、人員を少なめに配置して、残業を常態化しておく長期政策(残業構造化政策)が必要になります。
人数調整策には、採用抑制によって流入してくる人数を抑制する方法(入口政策)、解雇などの方法で流出する人数を増やす方法(出口政策)、配置転換・出向・転籍によって社内あるいは企業グループ内の余剰部門から不足部門に人員を移動させる方法(内部調整政策)があります。
出口政策については、雇止め、希望退職、整理解雇などの施策がとられますが、あらかじめ長期政策によって基盤を整備しておく必要があります。最も重要な制度は定年制度です。
企業は、正社員、パート社員などの非正社員、派遣社員などの異なる雇用形態の労働者を組み合わせる雇用戦略をとっていますが、出口政策による雇用調整がどの程度必要になるかを念頭に置いて、その最適な組み合わせを決めておく必要があります。
業績のいかんにかかわらず、社員(とくに中高年者)の退職を奨励する早期退職制度を整備しておくことは、不況時に希望退職を募集するための希望退職優遇制度の基盤を作ることになります。
内部調整政策についても、雇用調整が必要な場合に機動的に配置転換、応援、出向を行えるための基盤を長期的な観点から整備しておく必要があります。会社は業務上の必要性に応じて社員に何の仕事を担当させるのか、どこに異動させるのかについて広範な人事権を持つ必要があります。
日本企業における雇用調整の実態を見ると、基幹的労働者の確保、労使関係の安定、労働意欲の維持・向上を通して生産性の向上を図るために、解雇はできる限り回避し、その代わりに解雇以外の雇用調整策、特に内部調整政策を積極的に活用してきました。
労働組合は、仕事保障より雇用保障を重視する方針をとり、解雇を回避するのであれば、配置転換などの雇用調整には協力する方針をとってきました。
このような方針に従って、雇用調整策は、温和な方法から厳しい方法に向かって手順を踏んで段階的に進められてきました。
第一段階は、残業時間削減(労働時間調整)です。これを重視してきた結果、残業が常態化する状況が作り出されてきました。とはいえ、残業時間の削減で調整できる時間数には限りがあります。
第二段階は、採用を抑制しつつ退職などによる欠員を補充しないことによる自然減と、配置転換、応援、出向の内部調整の方法をとることです。
第三段階は、非正社員の契約更新を停止する方法(雇止め)と、雇用関係を継続したままで就業を一時停止する方法(一時帰休)です。
一時帰休は会社都合の休業ですから、平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があります。ただし、政府は、休業手当の一定割合を援助する雇用調整給付金制度を導入しています。
第四段階は、正社員を直接削減する方法です。退職金の割増などの優遇策を付けて自発的な退職者を募集する希望退職募集をまず行い、不足ならば社員を指名して解雇する整理解雇を行います。
解雇
解雇については労働契約法において制限されており、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合その権利を濫用したものとして、無効」とされています。
正当な解雇とみなされるためには、次の4つの要件を満たす必要があります(整理解雇の四要件)。
- 倒産のおそれがあるなどの経済的な必要性があること
- 解雇を回避するために残業規制、配置転換、希望退職募集などの努力を尽くすこと
- 客観的、合理的な基準に基づいて被解雇者を選定すること
- 解雇の必要性、実施方法などについて労働組合、社員に対して説明、協議すること
厳しい法的規制は、雇用の安定を通して労使関係の安定を実現し、労働意欲の高い社員を獲得できるメリットがあります。
規制が厳し過ぎると、特定部門の業績が悪化し、余剰人員問題が深刻化しても、会社全体の経営状態が悪化しない限り解雇できず、事業分野の再構築が雇用の面から阻害されかねません。
縮小部門の余剰人材と、拡大部門の人材需要が異なる場合、縮小部門から拡大部門に社員を異動させれば済むわけではありません。
日本の整理解雇の特徴は、明確なルールや慣行が弱く、経営上のメリットの大きい高齢者を中心に解雇する傾向があることです。若者に比べて高齢者の再就職は難しいという現実を踏まえると、一旦解雇されると失業が深刻化するという問題につながります。
アメリカでは、工場閉鎖や部門の縮小などの経済的理由による解雇を、労働組合と協議・交渉することなく会社が自由に決定できます、ただし、被解雇者の先任権ルールが確立されています。
先任権ルールのもとでは、景気が回復するなどして会社が新たに社員を採用する場合には、解雇した社員を優先的に再雇用するとの特約が付いた解雇が行われます。また、勤続年数の短い社員から解雇され、逆に勤続年数の長い社員から再雇用されます。
ドイツの解雇規制は、3つの面から構成されています。第一は、民法典による解雇通知期間の規制です。その期間は相当長く、しかも勤続年数の長い社員ほど長く設定されています。
第二に、解雇が最後の手段であり、被解雇者の選定に当たって社会的弱者を保護すべきとの観点から、解雇制限法による解雇事由に関する規定が定められています。会社は解雇の経済的必要性について立証責任を負い、被解雇者の選択指針、雇用継続の可能性、被解雇者選択に対する社会的考慮について不当でないことが求められます。
第三は、手続き規制が詳細に定められていることです。会社は、解雇通知に先立って事業所委員会の意見を聞かなければならないなどの手続きが求められています。
事業所委員会とは、事業所組織法に基づく従業員代表組織です。社会的事項(労働時間の配分、賃金支払いなどの事項)、職場・作業関連事項(工場の施設・設備についての事項)、人事事項(人員計画、採用・配置・解雇の規準などの事項)等について会社と協議するなどの権利をもっています。
退職とセカンドキャリアの管理
退職には、年齢を理由に一律に退職させる「定年退職」、社員が自発的に退職する「自己都合退職」、会社の決定によって社員を退職させる「解雇」があります。
「解雇」には、雇用調整策としての「整理解雇」のほか、勤務成績が著しく悪い、健康上の理由で長期にわたり職場復帰が見込めないなどの理由で行われる「普通解雇」、悪質な規律違反などの理由で懲戒処分として行われる「懲戒解雇」があります。
このような退職に関わる諸制度に、年齢などで一律に役職を解任する「役職定年制度」、転職を支援する制度、定年後の再就職を支援する制度などを組み合わせて、社員の高齢期のキャリア(セカンドキャリア)を管理し、支援しようとする企業が増えています。
セカンドキャリアは、同一企業あるいは企業グループで継続して就労するキャリアと、他社に転職する、あるいは独立開業するキャリアの2つのタイプに分かれます。
高年齢者雇用安定法によって、定年制度を設ける場合に、原則として定年年齢を60歳以上にすることが義務付けられたことに伴い、「役職定年制度」を導入する企業が増えました。課長以上の職位を対象にして55歳を解任年齢とし、解任後の賃金は低下するのが一般的です。
役職定年後は、多くの場合、これまでの知識・技能・経験、人脈・人間関係を活かすために、元の職場に配属されますが、元の部下が同僚や上司となるため、本人のモチベーションの低下、上司が指示・命令しにくいなどの問題があり、それを理由に他の職場に配置する企業もあります。
定年退職は仕事からの引退を意味するとは限りません。日本で60歳以降にも働いている人あるいは働きたい人の割合は、欧米先進国に比べて高い水準にあります。
このような状況に対して、企業は、定年後も同じ企業あるいは企業グループで継続的に働くことを可能にする政策と、再就職の斡旋・相談を行う政策をとってきました。
前者については、勤務延長制度(定年年齢に達した社員を退職させることなく引き続き雇用する制度)と再雇用制度(定年年齢に達した社員を一旦退職させた後に改めて雇用する制度)があります。
高年齢者雇用安定法では、公的年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられることに伴い、65歳までの安定した雇用を確保するために、次のいずれかの措置が義務付けられています。
- 定年の引き上げ
- 継続雇用制度の導入
- 定年の廃止
現状では、定年の引き上げや廃止を行う企業は多くありません。現役社員を対象にした人事管理に手を加えることなく、定年退職者の労働条件の大幅な変更が行いやすい継続雇用制度、特に再雇用制度が一般的です。
早期退職優遇制度、あるいは、これに転職・独立開業支援制度を組み合わせて高齢者のセカンドキャリアを支援する場合もあります。前者の制度では退職金の優遇が一般的です。後者の制度には、情報提供、転職先の紹介、資金的な援助、転職・独立開業の準のための特別休暇の付与などがあります。