社員区分制度と社員格付け制度 − 「人事管理」とは何か?②

人事管理の課題は、事業活動を円滑に遂行するうえで必要とされる質の労働サービスを、必要とされるときに必要とされる量だけ適正な価格で確保することです。

人事管理の変化が様々な分野で起こりつつある背景には、2つの構造変化があります。

第一は、労働者の構成が多様化していることです。パート、アルバイト、契約社員、派遣社員など、多様な非正社員が増えています。正社員でも、管理職・専任職・専門職、総合職・一般職、全国社員・地域限定社員など、多様な区分が生じています。

どのような種類の社員が存在し、それらをどのように区分するかの決定が、人事管理の基本構造を決めます。

第二は、社内における労働者の「偉さ」の序列の決め方が変化していることです。「偉さ」の序列をどのように決めるかということも、人事管理の基本構造を決めることになります。

社内における「偉さ」とは「有能さ」のことです。企業は、有能な人材を確保・育成し、優れた業績をあげさせることによって、経営目標を達成しようとするからです。

人事管理においては、誰がより有能であるかを評価し、より有能な人材により高い報酬を配分することによって、有能な人材の労働意欲を一層高めようとします。序列の決め方が、評価や給与決定の方法を決め、高い評価と給与を得たいと考える社員の行動のあり方を決めます。

日本での「偉さ」の基準は、従来 、年功制でした。現在、能力主義や成果主義が強まっています。

人事管理の基盤

人事管理は、人材を効率的・効果的に育成・確保し、活用し、処遇するために、2つの基盤を持ちます。第一は、多様な社員をいくつかのグループに分ける仕組みであり、第二は、社員の社内序列を決める仕組みです。

第一の仕組みを「社員区分制度」、第二の仕組みを「社員格付け制度」と呼びます。

社員区分制度

社員区分制度を設計するには、区分の程度と区分の基準の2つを決める必要があります。その決め方によって、どの範囲の社員に同一の評価、賃金、配置、教育訓練等を適用するかが決まります。

区分の程度を細かくするほど、社員の多様性に的確に適合する人事管理の体系を作ることができる一方、多くの人事管理の体系が同居することになります。異なる人事管理が適用される社員群の間の均衡を図れなくなれば、社員群の間の不公平感が高まり、労働意欲が低下する可能性があります。

さらに、区分の程度を細かくするほど、企業内での社員の流動性が阻害され、区分の異なる社員群の間の意思疎通と協調性が阻害されるので、全体の生産性が低下するおそれもあります。

区分の基準については、社員の多様性をどのような観点で捉えるかによって変わります。これまでは、次の4つのタイプがありました。

第一は、仕事内容の違いによる区分です。代表的には、職種による区分です。

第二は、将来のキャリア形成に対する企業の期待の違いによる区分です。代表的には、総合職(経営幹部候補)と一般職(補助的業務担当)の区分です。

第三は、キャリア段階の違いによる区分です。例えば、業務に必要な能力を基礎から勉強する「能力養成期」、収益を出せるまでに成長し、さらに高度な能力を養成する「能力拡充期」、蓄積した能力を発揮し、成果を出すことが求められる「能力発揮期」に区分する方法です。

第四は、企業が期待する働き方の違いによる区分です。例えば、正社員とパート社員の区分、全国社員と地域限定社員の区分などです。

なお、社員の区分を決めたとしても、異なる区分の社員群に対してどの程度異なる人事管理を適用するかについても多様な選択肢があり得ます。

社員格付け制度

社員格付け制度は、企業にとっての重要度を表す何らかの尺度によって社員をランキングする、つまり企業内での社員の「偉さ」を決める仕組みです。

重要度を決める尺度として何を採用するかによって、制度の形態は異なります。仕事に関わるものであることに変わりありませんが、その要素にも様々なものがあるからです。

人が行う仕事の流れに関わる要素として、まず、インプットとしての「潜在能力」があります。しかし、「労働意欲」が乏しければ、潜在能力も部分的にしか発揮できません。「潜在能力」と「労働意欲」が相まって能力が発揮され、「発揮された能力」によって「仕事」がなされ、「成果」が出ます。

「労働意欲」を尺度とする制度には、年功制があります。長期的に会社のために働こうという労働意欲は、年齢や勤続年数と関連が高いという仮定に基づきます。

「潜在能力」を尺度とする制度は、職能資格制度です。日本で最も普及している制度です。

「仕事」を尺度とする制度は、職務分類制度です。配置されている仕事の重要度に応じてランキングを決めます。アメリカで主流とされています。

「成果」を尺度とする制度は、成果主義制度です。成果は短期に変動するので、長期的な観点からは尺度になりにくく、これのみで社員格付け制度として機能することは難しいとされています。

「発揮された能力」を尺度とする制度には「変動型職務分類制度」があり、新しい社員格付け制度として開発が進められています。コンピテンシー(高い成果を安定的に生み出す職務行動)を利用する方法が代表的です。

特定の仕事を遂行するには特定の能力を発揮することが求められるので、その能力をもって社員の格付けを決めるのですが、同じ仕事かつ同じ潜在能力でも、能力を発揮して安定的に成果を出せる人と出せない人がいるので、「変動型」と呼ばれます。

以上のように多様な社員格付け制度が存在しますが、どれが最善であるかは状況によって異なります。重要なことは、各タイプの功罪を正しく理解することです。

企業の人材需要は、短期的に変動する性質を持つ市場に規定されます。企業には、市場に向けて製品やサービスを供給する役割があり、市場のニーズを満たす経営活動を行うために必要な人材を確保する必要があるからです。

ところが、人材の確保や育成には時間がかかるため、企業には、短期的に変動する市場からの影響を遮断して、長期的な観点から人材を安定的に供給(確保・育成)する働きが必要です。

企業が必要とする人材を適切に供給することが、人事管理の基本的な役割です。短期と長期の観点を調整するために、一時的な人材余剰の発生に伴うリスクを負う必要があります。

人材余剰のリスクへの対応には、2つの方法があります。

一つは、需要の変動に合わせて人材の供給を柔軟に調整することです。この対応力を「市場調整力」と呼びます。もう一つは、発生する人材余剰を吸収できるだけの新市場(新しい仕事)を開発することです。その対応力を「市場開発力」と呼びます。

市場開発力を強化するための基本戦略は、高い労働意欲と能力を持った人材をできる限り多く準備しておくことです。

社員格付け制度の特徴を、市場調整力と市場開発力の2つの観点から捉えると、年功制度と職能資格制度は市場開発力に優れ、職務分類制度は市場調整力に優れていると考えられます。

日本型社員区分制度と人事管理の複線化

企業が事業活動を行うとき、内部で行う業務(内生分野)と外部に任せる業務(外生分野)を分けます。

内生分野で働く労働者は、企業から直接指揮命令を受けます。その中には、企業が直接雇用する労働者と、他社に雇用されてその企業に派遣される労働者が含まれます。直接雇用する労働者は、更に、正社員とパート社員などに分けられます。

外生分野では、委託・請負などの方法がとられます。請負でも、自社内で他社労働者が働く場合(構内下請)と、自社外に存在する他社に請け負わせる場合があります。

企業の活動は多様なグループによって担われますが、近年、この構成が変化しつつあります。一つは、雇用のスリム化を図り、雇用の柔軟性を高めるために、業務の内外生区分を変更し、外部に任せる業務分野を拡大する方向です。もう一つは、非正社員を増やす方向です。

日本の社員区分制度は、正社員をいくつかのグループに分けて人事管理が行われてきましたが、特にホワイトカラーを中心にして社員区分の再編成が進んでいます。

まず、補助的業務を担う「一般職」と基幹的業務を担う「総合職」に区分する複線型人事制度が導入され、勤務地の地理的範囲を限定する「勤務地限定社員制度」が普及しつつあります。

さらに、専任職、専門職などが導入されつつあります。前者は、豊富な経験を要する特定の領域の職務に就く者、後者は、高度な専門能力を要する研究開発などの職務に就く者です。

専門職は一定のランク以上の層を対象とし、そのランクまでは単一のキャリア・ルートを昇進し、それ以降、管理職と専門職に分かれるというのが一般的です。管理職と専門職のランクは一対一で対応し、専門職としての昇進が保証されます。役員レベルまで昇進する場合もあります。

処遇の面でも、職能資格制度のもとで管理職と専門職のバランスがとられています。

日本型社員格付け制度と職能資格制度

日本の社員格付け制度の特徴は、2つの尺度に従って社員をランキングしていることです。役職ランクと職務遂行能力(職能)の尺度(職能資格)です。両者には対応関係があります。職能資格は、役職制度に比べて細かく段階が設定され、一つの役職レベルに複数の職能資格が対応します。

職能資格制度によって能力があると認定された人から、対応する管理職が選抜されます。賃金などの処遇は、職能資格制度によって決定されます。

職能資格制度は、4つのステップによって設計されます。第1ステップでは、職務を調査し、必要な能力(職務遂行能力要件)を抽出します。第2ステップでは、職務遂行能力要件を職種別・難易度別に整理して、職務分類表を作成します。

第3ステップでは、難易度をいくつかの等級に分類して、仕事の違いを超えた各等級の共通的な能力要件(職能資格等級基準)を作成します。この等級が、職能資格に当たります。

日本の場合、平均的には11段階の職能資格等級が設けられ、能力要件は、業務に関わる専門スキルと社会的スキル(ヒューマン・スキルとコンセプチュアル・スキル(複雑な事象を概念化する能力))から構成されています。

第4ステップでは、各職能資格の名称、新規学卒者を入社時に格付ける初任資格、部長や課長などの役職に対応する資格、上位の資格に上がるために下位の資格にどの程度の期間滞留することが必要であるか、などの昇進の要件を決めます。

上位の資格への「昇進」は、役職が上がる「昇進」と区別するため、「昇格」と呼ばれます。賃金制度は資格等級に対応するように設計されるので、「職能給」と呼ばれます。

職務遂行能力は、あらかじめ決められた絶対基準(職能資格等級基準)に基づいて評価される絶対能力です(社員間での比較能力ではありません)。その基準は普遍的な尺度として表現され、仕事内容の異なる社員を一組の基準で共通に評価し、格付けし、社員の間の公平性を確保します。

職務遂行能力は、現に就いている仕事とは分離された基準で評価されるので、仮に会社の都合で能力を十分発揮できない仕事に就かざるを得ないときでも、能力に見合った資格が付与され、その資格に対応した給与が支払われます。

職能資格制度は人間基準に基づく制度です。社員に雇用を保障し、生涯を通じての能力開発を重視し、開発された能力を活かすように配置し、その能力に基づいて格付けと処遇を決めます。

職能資格制度は、企業経営にとってメリットがあります。

第一に、働き方の異なる社員を共通の基準で評価し、格付けするので、人事管理の公平性を強調し、多様な社員が協力し合う集団主義の利益を期待できます。

第二に、仕事と処遇の分離のルールによって、給与が仕事と離れて安定的に決められるので、変化する仕事に人材を機動的に配置でき、組織の柔軟性を確保することができます。

第三に、能力を上げれば給料が上がるという個人の能力開発努力を誘引するインセンティブ機能を組み込んでいるので、人材の能力向上を促進し、それを介して経営成果が期待できます。

ただし、仕事と給与が分離されることによって、逆に、会社への貢献度と給与とがリンクしないという問題も起こり得ます。

職能資格制度は、概念的には以上のような特徴がありますが、運用においてはいくつかの問題が生じています。実態上は年功的な運用となり、仕事と資格(給与)との間の整合性が崩れていることです。また、職務遂行能力の定義が曖昧であるため、能力開発に活用しづらいことです。

このような問題を背景に、より仕事内容にリンクした方向で社員格付け制度を再編する動きが強まっています。

ただし、従来の職務分類制度にも問題があります。職務評価が複雑でコストがかかること、仕事の変化に対応するためのメンテナンスが煩雑であること、職務に対応して給与が決定されるため柔軟な異動が阻害されることです。

そこで、これらの問題を回避した形で仕事志向を取り入れようとしています。それは「役割等級制度」と呼ばれ、職務を大括りにとらえた「役割」という概念を導入するものです。役割の評価に簡略した方法をとることで、コストがかからず、メンテナンスも容易です。