人事管理の課題は、事業活動を円滑に遂行するうえで必要とされる質の労働サービスを、必要とされるときに必要とされる量だけ適正な価格で確保することです。
人事管理はいくつかの異なる機能で構成されますが、その一つは、働きに対する報酬を決め、労働意欲の維持・向上を図る機能です。この管理は「報酬管理」と呼ばれ、さらに「賃金の管理」、「福利厚生の管理」、「昇進管理」に分けられます。
わが国の労働費用の内部構成を見ると、現金給与以外の労働費用が増加しており、その増加は退職金や法定福利費の伸びによります。この2つが、企業の大きな負担になってきています。
退職金制度については、社員に長く定着して欲しいという狙いもあって、勤続年数の長い高齢者に有利な制度として設計されてきたので、高齢化が進めば進むほど、企業の負担は増大していきます。
そのため、退職金を退職時に一括して支払うのではなく、長い期間をかけて支払うことによって年々の負担額を平準化するため、企業年金が導入されるようになりました。
企業年金は、企業が毎年積み立てていく原資を元手に、株や債券で運用して収入を得て原資を増やし、約束した年金を支払う仕組みでした。ところが、株価の低迷などによって運用収入が予想を下回り、約束の年金額を支払えない状態になり、解散する企業年金が増え始めました。
法定福利費についても、少子高齢化が進む中、社会保険料の負担が増加し、社宅、娯楽・体育施設など他の福利厚生費を削減せざるを得なくなりますが、社員の既得権益の壁がそれを阻みます。
労働費用の拡大が難しい時代にあって、賃金と同じく退職金や福利厚生の改革も避けられない状態になっています。
付加給付の管理
現金給与以外の労働費用を構成する福利厚生と退職給付のことを「付加給付」と呼びます。「退職給付」には、退職一時金と年金の両方が含まれます。
「福利厚生」は、法定福利厚生と法定外福利厚生から構成されます。前者は、社会保険制度などに基づき法的に義務付けられた保険料(の一部)を負担する報酬です。後者は、会社の裁量によって社宅の貸与などの福利厚生サービスを提供する報酬です。
付加給付の管理は、報酬の狙い(目的)、その報酬のために投下する費用、その報酬を社員に配分する仕組み(制度)の3つの観点から見ることができます。
付加給付は、労働費用に占める割合が一貫して増加し、労働費用の膨張圧力になっています。その主な要因が、退職給付と法定福利費です。
付加給付は、企業規模によって給付費が大きく異なります。企業が独自の裁量で決定できる法定外福利厚生と退職給付について、小企業は大企業の3〜4割程度の水準にとどまっています。
日本は外国に比べて、福利厚生や退職給付に多くの費用をかけていると一般に言われますが、現実は、先進国においてイギリスとともに最低水準です。
社員の高齢化が進めば、今後も退職給付や法定福利厚生の費用は増加します。退職給付は企業の裁量によるとはいえ、長期的に設計された労使間の約束ですので、簡単に増加を抑えることができません。
福利厚生の管理
「福利厚生」とは、社員およびその家族の福祉の向上のために、現金給与以外の形で企業が給付する報酬の総称です。
福利厚生管理の特徴は、報酬の目的、その報酬が社員に配分される仕組み(制度)の観点から見ることができます。
福利厚生には2つの目的があります。一つは法定福利厚生、つまり、社会保険制度などに基づき法的に義務付けられた保険料を負担することによって、公的な社会保障システムの一翼を担うことです。
もう一つは法定外福利厚生、つまり、社員およびその家族の福祉の向上を図ることを通して、人材の確保と定着、労使関係の安定を図ることです。生活上のニーズに合わせて報酬を社員に平等に配分する性格を持っています。
法定福利厚生には、労災保険、雇用保険などからなる「労働保険」と、健康保険、厚生年金などからなる「社会保険」の2つの分野があります。
日本の公的年金制度は、国民年金と上乗せ制度の2つで構成され、国民すべてが国民年金に加入し、一部を除く労働者は上乗せ制度である厚生年金にも加入します。厚生年金保険料は、労使が折半して負担します。
健康保険とは、公的な医療保険制度です。医療保険とは、病気やけがに備えて保険料を出し合い、医療サービスを受けたときに保険から医療費の一部を支払う仕組みです。民間の医療保険もあります。
公的医療保険には、一部を除く労働者を対象にした職域保険と、労働者以外を対象にした国民健康保険があります。
社会保険制度とは、法律に基づいて加入した企業の労働者に適用される制度であり、職域保険としての医療保険と、国民年金を含めた厚生年金制度の2つで構成されます。労働者以外の人が加入する国民健康保険と国民年金(上乗せ制度なし)は、社会保険制度には含まれません。
労働保険制度のうちの「雇用保険」制度は、労働者が失業した場合などに、生活および雇用の安定と就職の促進のために失業給付を支給するほか、失業の予防、労働者の能力開発などを行うためのものです。労使が負担しますが、使用者(企業)側の負担割合のほうが高く設定されています。
労働保険制度のうちの「労災保険」制度は、労働者が業務上の災害や通勤による災害を受けた場合に、被災労働者や遺族を保護するために必要な保険給付を行う制度です。保険料は、企業の全額負担です。
法定外福利厚生の事業の内容は、住宅関連、医療保険、生活援助、文化・体育・娯楽関連からなります。前二者については増加傾向にあり、後二者については減少傾向にあります。
全体を通して、法定福利厚生と退職給付の増加を補うために抑制されてきたと言え、合理化は避けられません。伝統的な一律の制度では、社員ニーズの多様化に対応でないという問題もあります。生活上のニーズに焦点を合わせるのではなく、成果対応型への再編が求められています。
退職給付の管理
退職給付は、退職を契機に、あらかじめ定められた就業規則、労働協約などにより社員に支払われる報酬です。
退職給付の目的には2つの解釈があります。退職する社員に温情的に支給するという解釈(功労褒賞金説)と、給与の一部を積み立てて退職時に受け取るという解釈です(賃金後払い説)。
現在は、後者が主流です。なぜなら、退職給付額の決め方が制度化されているので、会社としては、温情的に自由に決定できるわけではなく、制度に基づき、退職給付の会計原則に則って、将来支払わうべき原資を積み立てる責任が課せられるからです。
実際に、退職給付に係る費用を給与の一部として毎月支払う「退職金の前払い制度」を導入する企業も出てきています。
定年到達者の多くは、退職給付を日常生活資金あるいは公的年金支給開始までのつなぎ資金と考えており、老後の生活保障のための重要な所得であるとみなしています。
退職給付の算定方式が勤続年数の長い人に有利なように設計されていることから、会社は、社員に対する勤続奨励策としての機能を期待してきたことが分かります。
退職一時金制度
退職給付は、退職一時金と企業年金の2つの支払い形態を持つ制度として設計されていますが、退職一時金制度のみを採用する企業は減少し、退職一時金と企業年金の一体運用が広まりつつあります。
退職一時金の支給額は、一般に「算定基礎給」に「支給率」と「退職事由による係数」を乗じて算出されます。通常、「算定基礎給」には退職時の基本給が使われ、「支給率」は勤続年数に応じて設定され、「退職事由による係数」は「自己都合」が不利になるように設定されています。
退職一時金は、勤続年数に比例して、金額そのものが増加するだけでなく、増加スピードも速まるようになっています。
「退職事由による係数」は「自己都合」に不利なように設定されますが、勤続年数が長くなるほど不利な度合いは小さくなります。つまり、高齢層になると転職を促進する狙いがあるということです。
長期勤続者に有利につくられている退職一時金制度は、少子高齢化を背景に、企業の負担が確実に増大します。そのため、企業は一貫して退職一時金の増加を抑制する方針をとってきました。
算定方法を変更しないで退職一時金を抑制する方法としては、算定基礎給を基本給の一部に設定する方法、支給率を変更する方法があります。
算定方式を変更する方法としては、算定基礎額を賃金とはに決める「別テーブル方式」、勤続年数に応じて一定額を決める「定額方式」、職能資格制度に対応させる「ポイント方式」があります。
「ポイント方式」は、ある資格に格付けされる勤続一年あたりの点数を決めるものです。資格が高いとポイントも高くなります。これに基づき退職までの総ポイントを計算し、一定の単価を乗じて退職一時金を算定します。
この方式のメリットは、より高い成果をあげてきた社員により多くの退職金を支払うことができること、基本給と切り離しているためベースアップに左右されないことです。
退職一時金は、将来の支払い準備不足という深刻な問題に直面しています。そのため、企業会計制度として、積立不足の開示と補填が義務付けられています。
企業年金
日本の年金制度は、公的年金と企業年金の2階建て方式です。
公的年金は、すべての国民が加入する基礎年金である国民年金と、報酬比例部分の年金の2つからなります。後者には、被用者が加入する厚生年金保険、自営業者等の国民年金基金などがあります。
企業年金には、厚生年金基金、確定給付企業年金、確定拠出年金(企業型)など複数の制度が並立しています。
厚生年金基金は企業が設置する運営主体であり、確定給付型の制度です。厚生年金保険の一部を代行し、それに企業独自の年金を上乗せします。
以前は、これ以外の確定給付型として、適格退職年金制度がありました。これも企業が運営主体であり、生命保険会社などと契約して掛け金を積み立てる方式でした。
厚生年金基金と適格退職年金の制度は、運用環境の悪化の中で積立不足が発生し、企業はその補填に苦しむという状況が起こりました。
そのため、新しい確定給付企業年金と確定拠出年金(企業型)が設立され、既存の厚生年金基金は厚生年金の代行のない他の制度への移行が認められ、適格退職年金は廃止されました。
確定給付年金には、労使合意による年金規約に基づき、信託銀行、生命保険会社などの外部機関に積み立てる規約型と、厚生年金の代行部分のない基金による基金型があり、受給権保護のために統一的に定められた積立義務、受託者責任の明確化、情報開示の基準を満たすものについて承認されます。
確定拠出年金(企業型)は、拠出された掛け金が個人ごとに明確に区分され、掛け金と運用収益で給付額が決定されます。
企業年金の主流は、退職一時金から転換してきた制度ですので、ほとんどの企業では、年金と一時金の選択を認めています。
しかし、年金より一時金で受け取るほうが税制上有利であること、年金には物価スライド性がないので将来の受取額に不安があることなどから、多くの社員が一時金の形態で取得しています。
企業年金制度は有期であることが多く、主流は10年です。