人事管理の課題は、事業活動を円滑に遂行するうえで必要とされる質の労働サービスを、必要とされるときに必要とされる量だけ適正な価格で確保することです。
人事管理はいくつかの異なる機能で構成され、一つは、人材を確保し、仕事に配置する機能です。これは「雇用管理」と呼ばれ、さらに「採用管理」、「配置・異動の管理」、「教育訓練の管理」、「雇用調整・退職の管理」に分けられます。
この記事では、「配置・異動の管理」について説明します。
配置と異動は、社員と仕事を結びつけ、仕事の遂行に必要な労働サービスの提供を社員に求めるための仕組みです。
配置・異動の連鎖が社員のキャリアになりますが、これまで、日本では、社員のキャリアのあり方を企業が決めてきました。
最近は、社員の仕事に関する希望と企業にとっての人材活用の必要性を調整し、配置や異動を決める方式を導入する企業が増えつつあります。
この背景には、キャリアの自己決定や自己管理を求める社員が増えてきたことや、キャリアの選択を社員に任せるほうが社員の仕事への取り組み意欲が高まるとの判断があります。
双方調整型の配置・異動の仕組みには、自己申告制度、社内公募制度、社内求人制度などがあります。これらの制度は、企業内に擬似的な労働市場を構築する効果があります。
双方調整型の配置・異動は、OJTによる能力開発機会の選択を社員自身に委ねることでもあります。希望するキャリアの実現のために、社員自身が配置・異動に関与し、必要な能力開発を行います。
初任の配属と異動
採用された社員を、最初の職場や仕事に配属することが、初任配属です。経験者を即戦力として採用する場合には、特定の職場や仕事に配属することを前提にしています。
新規学卒者の採用では、採用後の配属先を確定して採用活動を行う企業は一般的ではありません。採用選考や内定の段階で決まる配属先は、生産部門、営業部門、事業部門といった大括りの職能分野であることがほとんどで、入社後に具体的な配属先の職場が決まります。
配属先の職能分野や職場は、面接での情報、新入社員研修で得られた情報、本人の希望などに基づいて人事部門が決めるのが一般的です。配属後一定期間を仮配属期間として位置づけ、社員の適性などを観察し、配属先を変更する機会を設けている企業もあります。
初任配属先で定年までとどまることは例外的で、一定期間で他の職場に異動するのが普通です。同じ職能分野の中で異動する場合もあれば、他の職能分野に変わる場合もあります。転居を伴う異動もあれば、職場内での配置の異動もあります。前者は「転勤」、後者は「ローテーション」と呼ばれます。
異動の目的には、適性発見の機会の提供、よりレベルの高い仕事の経験による能力の伸張、異なる種類の仕事の経験による能力の拡大、部門間や職能間の人的交流の促進、部門の統廃合など要員の再配置やアンバランスの解消などがあります。
異動のタイミングには定期と不定期がありますが、前者は、適性発見や能力開発や人的交流を目的としたものが主です。
新規学卒者の初任配属では、本社の人事部門が権限を持っていることが多いですが、初任配属後の異動に関しては、人事部門が基本方針を作成しつつも、それぞれの職能分野の責任者が実質的な権限を持っていることが多いようです。
そのため、異動の範囲が特定の職能内や職場内に固定される傾向があり、初任配属の職能分野がその後のキャリアの展開範囲を決めているという実態につながっています。
配置と異動の実際
日本の企業では、キャリアの幅の広いゼネラリストが多く、キャリアの幅の狭いスペシャリストは少ないとしばしば指摘されますが、この主張は正しくありません。
連合が実施した「新しい働き方に関する個人調査(1995年)によると、いわゆるゼネラリストよりもスペシャリストのほうが多いことが分かりました。
なお、ここでは「複数の職能分野を経験し、かつ特定の職能分野の経験年数が長くない者」が「ゼネラリスト」に、「一つの職能分野のみを経験した者」あるいは「複数の職能分野を経験しつつも、勤続期間のほとんどを特定の職能分野で過ごした者」が「スペシャリスト」に当たるとみなしています。
そのキャリア形成が行われる特定職能分野がどのようにして決まるかというと、会社や人事の意向で決定された初任配属先で決まることが多いということが、同じ調査で明らかになりました。初任配属先について、社員本人が発言できる機会はきわめて限定されていることも分かりました。
配置と異動の国際比較
ゼネラリストが少ないのは、日本に限ったことではありません。アメリカとドイツと日本を比較した調査によると、アメリカやドイツではさらにスペシャリストが多く、この2国と比べたら、日本は相対的にキャリアの幅が広い者が多いことが分かりました。
この調査は、勤続期間に占める最長職能分野の経験年数を比較したものです。この比率が76%以上である者を「単一職能型」、51〜75%の者を「準単一職能型」、50%以下の者を「複数職能型」と呼ぶことにします。
日本では、この3者がほぼ均等に存在するのに対し、アメリカとドイツでは単一職能型が多く、残りが準単一職能型と複数職能型に二分されます。
配置と異動の新しい仕組み
日本では、従来、社員のキャリアのあり方を企業が決めてきましたが、近年、社員の希望と企業にとっての人材活用の必要性を調整し、配置や異動を決める方式を導入する企業が増えつつあります。
その代表的な方式が、自己申告制度と社内公募制度です。
自己申告制度
「自己申告制度」は、社員が仕事やキャリアなどに関する希望を会社に申し出る仕組みです。社員が提出した申告内容に基づき、上司との面談を実施する企業も少なくありません。
上司との面談が行われる場合、自己申告情報と共に、上司のコメントやアドバイスも人事セクションに集められ、人事情報として異動などに活用されます。
自己申告制度の導入目的は、いくつかあります。
第一は、社員に、意欲をもって仕事に取り組んでもらうことです。仕事やキャリアなどに関する社員の希望を適切に把握し、希望を生かした配置や異動につなげることで、社員が意欲的に働くようになると考えられています。
第二は、社員に、将来の能力開発目標を自覚してもらうことです。自己申告書の作成が、自分の適性や職業能力、これまでのキャリア、これから希望する仕事やキャリアについて考える機会になると考えられています。
第三は、上司と部下とのコミュニケーションを円滑化することです。自己申告書に基づいて実施される面談が、上司にとって仕事やキャリアなどに関する部下の希望をより適切に把握できる機会となるからです。
しかし、運用次第では問題も生じます。上司との面談が行われる結果、社員は逆に自己申告書に本音を記入しにくくなることがあります。また、希望が実現されない事態が繰り返されると、社員の意欲が逆に減退し、制度を軽視しかねません。
また、自己申告制度によって得られる社員の希望は、その時点での会社の事業分野を前提としているため、新しい事業分野の仕事を担えるような人材を探し出すための情報とはなりにくいとされます。
社内公募制度
「社内公募制度」は、担当する業務内容をあらかじめ明示し、その業務に従事したい社員を社内から広く募集する制度です。企業内に擬似労働市場を作り出します。
これに類似した制度に「社内ベンチャー制度」があります。新しい事業計画を社員から募集し、それが採用された場合、提案者自身に事業展開を任せます。
社内公募制度の導入目的は、第一に人材発掘です。新規事業へ進出する場合、その事業を担える社員を、既存事業を前提とした人事情報によって探し出すことは難しいからです。
第二に人材活性化です。自ら手を上げる社員のほうが、一般的に仕事に対する意欲や向上心が高く、積極的に仕事に取り組む可能性が高いと考えられています。
第三に組織の活性化です。管理職は、有能な社員を自分の部門にとどめておきたいと考えがちなので、適材適所や異動による人材育成が阻害されかねません。社員に手をあげさせることによって、人材の社内流動化が促進され、社員の自主的な能力開発意欲を高めます。
社内公募制度の運用上の留意点としては、上司を経由しないなど自由に応募できるようにし、応募情報の秘密保持などの配慮をすることです。この留意点を有効にするためには、管理職の理解が必要です。管理職にとっては寝耳に水となりかねないため、欠員補充などの対応が必要です。
人事部門としては、公募の選にもれた社員の意欲が低下しないようなフォローが必要です。
配置・異動と能力開発
異動の目的の一つに、能力開発があります。異動に当たっては、既存の能力が活かせる程度と、新しい能力が開発できる程度のバランスを考慮しなければなりません。
保有する職務能力からかけ離れた能力を求められる仕事への異動は、新しい職務能力を獲得するまでに相当の時間がかかり、受け入れ職場の負担が大きくなります。新しい職場の仕事をこなせるまでに当該社員の能力が伸びないリスクもあります。
それまで蓄積した能力を新しい職場で活かせる部分が少ないと、過去の人的資源投資の無駄になりかねません。能力が発揮できなければ、社員の意欲も低下します。
企業グループ内における配置と異動
配置や異動は、企業グループや協力企業にまで拡大される傾向があります。企業間の異動や配置の仕組みが「出向」や「転籍」です。
「出向」は、出向元の企業との雇用関係を残したまま、出向先と雇用関係を結び、出向先の企業に対して労働サービスを提供するものです。「転籍」は、転籍元の企業との雇用関係を終了させ、転籍先と新たに雇用関係を結ぶものです。
「出向」には、 出向元に戻ることを予定した「一時出向」と、一定期間の後に「転籍」に移行するものとに分けられます。
なお、社員が自主的に会社を変わるものは「転職」と呼ばれ、「転籍」とは区別されます。
出向や転籍の目的は、社員の能力開発、出向先等の人材不足の解消、出向先等への技術・経営指導、人的結びつきの強化、出向元等の社員の削減(人経費負担の軽減)、出向元等の管理職ポスト不足の解消、出向元等の定年後の雇用機会の確保などがあります。