会社は、経営目標を実現するために、外部からヒト、モノ、カネ、情報などの「資源を調達」し、それらを内部で「活用」して製品やサービスに変換し、外部に提供します。会社のこうした活動は「経営活動」と総称できます。
経営活動を効果的・効率的に行うためには、組織と管理の仕組みが必要です。
経営活動は、生産、販売、財務など、異なるいくつかの種類の活動で構成されるため、それらの違いに対応して、組織もまた、異なるいくつかの機能を持った小さな組織(部門)で構成されます。
会社という組織は、一つの大きなシステムでありながら、小さなシステム(サブシステム)の集まりでもあります。
管理も同様です。一つの大きな経営管理システムは、生産管理、販売管理、財務管理など、異なるいくつかの機能に対応したサブシステムから構成されます。
ヒトに関わる部分を担当する管理のサブシステムが「人事管理」です。組織(部門)の目標を達成する方向に向かって、効果的に「ヒトを調達」し、「ヒトを活用」し、それらが少ない費用で効率的に行われるように管理します。
人事管理には、短期と長期の2つの目標があります。前者は、効率的・効果的なヒトの調達と活用によって、組織(部門)の現在の生産性を高めることです。後者は、変化の激しい市場で会社が存続・成長するために、変化への対応力を持つこと、つまり「有能な人材」を内部に蓄積することです。
「有能な人材」とは、業務に関連する高度な知識・能力・スキルを持ち、それらを十分に発揮できる人材です。労働意欲や会社に対するコミットメントが高くなければなりません。
人事管理の構成
人事管理は、経営管理という大きなシステムの中の一つのサブシステムに相当しますが、人事管理自体もいくつかの異なる機能で構成され、それに対応した異なる管理のサブシステムに分割されます。
第一に、人材を確保し、仕事に配置する機能です。この管理は「雇用管理」と呼ばれ、さらに「採用管理」、「配置・異動の管理」、「教育訓練の管理」、「雇用調整・退職の管理」に分けられます。
第二に、人材が能力を発揮できる就業条件を整備する機能です。この管理は「就業条件の管理」と呼ばれます。近年、働く人々の生活関心や希望するライフスタイルが大きく変化し、「生活と調和した働き方の管理」が重要になってきました。
第三に、働きに対する報酬を決め、労働意欲の維持・向上を図る機能です。この管理は「報酬管理」と呼ばれ、さらに「賃金の管理」、「福利厚生の管理」、「昇進管理」に分けられます。
第四に、働きぶりを評価する機能です。この管理は「人事評価の管理」と呼ばれます。働きぶりを評価した結果を、採用、配置、教育訓練、報酬決定など全ての人事管理にフィードバックします。
人事管理に影響を与える環境条件
人事管理は、それ自体として理想的な一つの内容が存在するわけではありません。内外の様々な環境条件が変われば、それに合わせて人事管理の内容も変える必要があります。
会社内の重要な環境条件には、経営戦略・組織・業績管理システムがあります。これらは、部門・職場・個人に対して、どのような仕事をし、どのような成果をあげて欲しいのか(労働力需要の構造)を決める働きをします。
他方、人材とは感情や独自の欲求を持った人間であり、会社の期待を実現する方向で意欲的に働いてもらうためには、人材のニーズ(労働力供給の構造。働くことに何を求めるか、どのような働き方をしたいか、など)にも応える必要があります。
こうした労働力供給側の要求を代弁する形で、会社内の労働組合が、経営者と労働条件などを巡って交渉し、様々なルールを作ります。人事管理はこのルールに基づいて行われます。
会社外の環境条件には、労働市場、労働関係の法律や政府の政策、社外の労使関係などがあります。
人事管理の基盤
会社には、仕事内容、働き方、キャリアの見通しの異なる多様な社員が雇用されています。これらの社員を一律に扱い、一つの人事管理の体系で管理することは困難です。
人事管理の細部を設計する前に、管理上の効率性を考えて、異なる人事管理の体系を適用すべきグループに社員を区分する必要があります。その区分のための基準を「社員区分制度」と呼びます。
さらに、同じ区分の社員であっても能力や意欲は様々ですから、会社にとって、一人ひとりの社員の重要度は異なります。会社が重要であると評価する社員には、高い地位と報酬を与え、更に高い貢献を求めようとします。
会社にとっての重要さの尺度を決め、それに基づいて社員のランクを決める仕組みのことを「社員格付け制度」と呼びます。
日本型人事管理の特徴と変化
これまでの日本型人事管理は、「社員の生活はできる限り保障する」という経営理念を重視して設計されてきました。
社員区分制度としては、家庭責任があるかどうかによって社員を区分し、世帯主となり得る男性が雇用の安定を保障される終身雇用型の基幹的社員、女性が補助的社員と位置づけられました。
社員格付け制度としては、基幹的社員に対して生計費に見合った給与を保障するために、年齢や勤続年数を重視する年功制度でした。
基幹的社員は雇用が保障され、長く会社に務めることになるので、会社と社員は共に協力して会社の維持・発展に努力するという関係が形成され、社員の経営参画意識が強まりました。
労働組合と会社の利害も共通する部分が多くなり、労働組合は会社別に組織されることが合理的であり、労使協調が労働組合の基本路線になりました。
「雇用と生活を守る」という人事管理の設計思想の前提には、「長期的な視野に立った経営」という考え方があり、これを支える資本市場の基盤がありました。金融機関、親会社、グループ会社、取引先といった安定株主の存在です。
雇用管理では、中途採用よりも新規採用が重視されました。新規学卒者を採用して最下位ランクに配置し、上のランクに欠員が生じたときには、社内の下位ランクの人材を配置する内部調達の方法が重視されました。
給与は年齢や勤続年数によって上昇していくので、それに見合って高度な仕事を行ってもらうために、
上位のポストに空きが出たときは、勤続の長い社員を優先的に配置しました。
仕事が減少して余剰人員が生じたときは、解雇するのではなく、人手の足りない他の仕事に再配置することを考えます。業務の変動に合わせた柔軟な配置・異動の管理です。
従来の日本型人事管理は、仕事内容や働き方の違いを超えて基幹的社員を同一の社員グループとし、同一の方法によって処遇する画一・平等主義的なものでした。
しかし、従来の日本型人事管理の前提にあった環境条件は、確実に変化しつつあります。
労働力人口は、出生率の低下を背景に減少しつつあります。労働力人口の構成を見ると、高齢化や高学歴化が進展し、働く女性やパート社員が増えています。
労働者の就業観や就業意識も変化しています。仕事志向的な考え方は後退し、仕事と生活とのバランスを大切にする考え方が強くなっています。