リアルタイム・ベンチマーキング − 「ベンチマーキング」とは何か?④

ハイテク分野において新市場を開拓するような新規事業を行おうとする場合、開発者側が自分の技術のもたらす真の価値について確かな認識を持つことは容易ではありません。

顧客にとっても、新たな技術やそのメリットを理解することが困難であり、自らの潜在的なニーズを明言することはほとんどできません。

いわば「見えない市場」であり、このような市場で成功するには、開発開始から市場に製品が受け入れられるまでの時間をどの程度短縮できるかという総合的な視点が重要です。

製品開発と市場認知活動を同時並行で進める必要があります。

市場認知活動の対象とすべきは、市場の構成者とされる「マーケット・インフラストラクチャ」です。それは「その製品を購入するであろう顧客の購買決定に影響を与える異なる階層の人、会社、その他の組織の一群」と定義されます。

消費財市場と産業財市場では、マーケット・インフラストラクチャの構成は異なりますが、一般には、先進ユーザ、提携会社、OEM先、流通チャネル、業界専門家、マスコミ等が含まれます。

彼らは顧客の潜在ニーズを映す鏡です。彼らとの対話を通じて顧客ニーズや製品アイデアを明確化していき、彼らの推薦を通じて顧客の理解や信頼を早めることができます。

通常、「ベンチマーキング」の対象は「測定基準」に相当しますから、ある程度は恒久的なものとみなされます。

ところが、見えない市場においては、その基準自体が不明確であり、激しく変化することも予想されます。したがって、ベンチマーク自体を常に定義し直し、それに対してベンチマーキングを連続的に実施していくことが必要になります。

このようなベンチマーキングを「リアルタイム・ベンチマーキング」と呼びます。マーケット・インフラストラクチャとの対話を通じて、自社のポジションと目標となるターゲットを明確にすることです。

具体的には、自社の価値提案に対する市場の評価、顧客の購買動機、購買を躊躇する原因、競争上のの鍵などの内容を確認しながら、仮説の設定と検証、すなわちトライ・アンド・エラーを繰り返し、学習を重ねていきます。

最初のアイデア創造

見えない市場では、顧客自身が製品のアイデアやニーズを認識していないので、最初にマーケット・インフラストラクチャに投げかけるアイデアは、開発者側で提示しなければなりません。

ただし、この場合にも、マーケット・インフラストラクチャのヴィジョナリーと呼ばれる人々のアイデアを参考にすることはできます。

アメリカでは、あるハイテク分野で成功を収めた人は、洞察力のある業界人として認められ、尊敬を勝ち得ます。このような人が「ヴィジョナリー」であり、業界内外での幅広いあるいは層の厚い対話のネットワークを築くようになります。

対話する相手の選択

開発・マーケティングのプロセスのどのフェーズにいるかにより、マーケット・インフラストラクチャの中で対話すべき相手が異なります。

市場の定義や製品デザインのような初期段階では、ヴィジョナリー、パートナーや先進的なOEMと対話することが賢明です。

開発が進んでくると流通業者やシステム・インテグレータなどを加え、市場導入が近い段階では更にマスコミや先進ユーザ等がリストに入ってきます。

対話のチャネル構築と維持

対話のチャネルには2つのレベルがあります。情報ネットワークと人的ネットワークです。

激しく動く市場の情報をリアルタイムに収集し、素早く市場に発信するためには、情報ネットワークを活用することが必要です。

製品のコンセプトや顧客の価値判断基準のような曖昧で定量化しにくい情報のやりとりは、人的ネットワークが核になります。

人的ネットワークを構築する際の鍵は「情報のギブ・アンド・テイク」です。相手に興味のある話、メリットのある情報を提供することにより、対話のチャネルが開けます。

情報のギブ・アンド・テイクは、情報を交換して意見を戦わせることにより、お互いに得をするような関係であって、物的なやり取りによって便宜を図るような関係ではありません。

人的ネットワークに関しては、アメリカに、対象的な2つの地域があります。

一つはシリコンバレーです。企業外の個人、グループ、企業とが共同開発することが比較的自由に行われており、会社を異動するのも日常茶飯事です。こうした環境で会社を超えた人的ネットワークが出来上がっています。

もう一つはボストン地域です。企業単位で垂直的に統合された製品開発が多く、企業間の人の動きは活発ではありません。したがって、情報交換は企業内とどまる傾向があります。

マーケット・インフラストラクチャとの対話のチャネル構築が比較的容易なのは、シリコンバレーであることが明らかです。

日本はボストン地域に似ていることも明らかであり、対話のチャネル構築に致命的な課題があることが分かります。

仮説構築力と情報判断力

リアルタイム・ベンチマーキングは、仮説と検証の繰り返しによる学習プロセスであることから、仮説構築力と情報判断力が重要になります。

これらの能力を備えた人材を採用・配属できることが理想ですが、次善の策としては、感性に強い人と論理性に強い人でチームを組ませる方法もあります。

本人の興味として、市場分野での顧客の肌感覚を持っていることが望まれます。顧客になりきったように自分の頭の中で顧客の挙動をシミュレーションできるような人です。

これらの能力には教育が重要です。実際のマーケット・インフラストラクチャに飛び込んで、実地で対話の訓練を積むことが最も効果的です。

ある企業での開発・マーケティングのプロセスは、次のようなサイクルで進むといいます。

  1. 市場環境分析
  2. 対象市場セグメントの規定
  3. 製品設計
  4. 市場開発戦略、ポジショニング戦略立案
  5. 製品の市場投入
  6. 顧客からのフィードバック、競合状況把握
  7. 製品改良、サービスの見直し

対話においては、仔細な事実や数字を追うのではなく、相手の思考の仕方、価値判断、行動の傾向などの本質を理解しようとすることが重要です。

自分でも明確な考えや仮説を持っていることが大切であり、常に「なぜ」と問いかける姿勢が必要です。