人のやる気を起こさせるには − 「X理論」と「Y理論」②

どんな人事管理に関する理論でも、必ずその中心をなすものは「従業員にやる気を起こさせるにはどうしたらよいか」という考え方です。

人のやる気には、人が持つ欲求の充足が関係しています。

企業組織で従業員をやる気にさせる手段として、従来から過度に用いられ続けてきたのが金銭的報酬です。金銭的報酬の問題は、人間が持つ低度の欲求にしか対応しようとしていないことです。

人間の欲求にはいくつかの段階があり、現代においては、金銭を初めとする物質的欲求のみを刺激し続けることは、むしろ、従業員のやる気を低下させる原因となってしまいます。

欲求の階層

人間は絶えず欲求をもつ動物です。何か一つ欲求がかなえられると、すぐにまた別の欲求が頭をもたげてきて、際限がありません。

マズローによると、人の欲求にはいくつかの次元があり、重要度の階層をなしています。つまり、その人の置かれている状況によって、最も重要な欲求が変わるということです。

その時にその人にとって最も重要な欲求が、その人のやる気を起こす基になっていると考えます。

生理的欲求

最低限の生存に関わる欲求が「生理的欲求」であり、生命の維持に関わる欲求です。食べたい、休みたい、運動したい、雨水を避けたい、敵から身を守りたい、などの欲求です。

安全の欲求

生理的欲求が一定程度満たされた状態が続くと、次は「安全の欲求」が大きくなってきます。危険や脅迫・剥奪から身を守ろうとする欲求です。

「安全の欲求」は、公平な機会を求める欲求でもあります。経営者のわがままなやり方、差別待遇などがあると不安を感じ、雇用の安全を求めるようになります。

管理者や経営者であっても、自らの権限や地位を脅かされると、それらを守りたいという「安全の欲求」を感じます。

社会的欲求

安全の欲求が満たされると、次に「社会的欲求」がやる気を起こす重要な原動力となります。帰属したい、集団を作りたい、同僚から受け入れられたい、友情や愛情を交換したいという欲求です。

「社会的欲求」は、組織の団結力につながる欲求であるため、条件によっては能率的な企業目標達成に貢献します。

ところが、経営者は、従業員の「社会的欲求」を、組織を乱す悪いものであるかのように受け取り、その欲求を阻害するようなやり方で従業員を指揮命令することがあります。

その結果、従業員は、企業目標に対して反抗的・敵対的・非協調的な態度をとるようになります。

自我の欲求

社会的欲求の次に当たるのは「自我の欲求」であり、二種類あります。

一つは自尊心と自信を持ちたい、能力を伸ばしたいという欲求であり、自治や完成の欲求、知識欲などです。

もう一つは、自己の評判に関するもので、地位を得たい、認められたい、正しく評価されたい、同僚からしかるべき尊敬を得たい、などの欲求です。

自己実現の欲求

その上に、最後の欲求というべき「自己実現の欲求」があります。自分自身の能力を発揮したい、自己啓発を続けたい、創造的でありたいという欲求です。

病気の兆候

生理的欲求が満たされず、満足に食べることができなければ、肉体が病気になります。他の欲求でも同じです。

命じられたことしかやらない、敵意、責任逃れなどの態度は、社会的欲求や自我の欲求が満たされないことから起こる病気の兆候です。従業員の人間性が原因ではありません。

現状においては、生理的欲求や安全の欲求が概ね満たされていると考えれば、従業員に対する動機づけは、社会的欲求、自我の欲求、自己実現の欲求を満たすことに求められます。

金銭的報酬による刺激

経営者が従業員の動機づけに使いたがる金銭的な報酬について、実際にはどのように従業員を刺激しているのかをよく考える必要があります。

報酬としての金銭は、通常、それを別のものと交換することによって欲求を満たそうとします。それができるのは、一般的には、職場を離れた時と場所においてです。職場で仕事中に、その報酬を使って欲求を満たすことはまずありません。福利厚生などの報酬も同様です。

金銭のみが報酬として使われると、従業員にとって仕事は「仕事から離れたときに買える満足の代償」ということになります。つまり「仕事以外の楽しみのため仕事をする」という意味づけになり、「懲罰としての労働」という認識を強化し、「必要以上に働く必要はない」という発想につながることが予想できます。

さらに、金銭的報酬だけで刺激されると、金銭しか求めることができないと考え、金銭によって物を買ったり遊んだりすることにのみ価値を見い出すようになり、ますます金銭を欲しがるようになります。

このようにして金銭的刺激はどんどん効果がなくなっていきます。そうなると、次は罰によって脅しをかけることになります。

このような状況に直面すると、経営者はX理論をますます支持するようになります。しかし、実際は、X理論に基づいて扱われている従業員が、X理論に基づいて反応することを余儀なくされている、つまり従業員もX理論を信じ込まされている、というのが正しい理解ではないかと考えられるわけです。

結局のところ、X理論は従業員の人間性を説明するものではなく、経営者の特定の考え方であり、それに基づいて経営施策を行った結果として現れた従業員の反応であるということです。

この考え方を変えない限り、人間関係論などに基づく新手の手法を採用したところで効果はありません。

高次の欲求を充足させることの必要性

ただ、X理論につきものの「アメとムチ」を使った命令統制は、生理的欲求や安全の欲求が十分に満たされていない社会情勢においては、うまく機能し得ると考えられます。

しかし、生理的欲求や安全の欲求は、現在ほとんど満たされているため、従業員の欲求は、より高次な社会的欲求、自我の欲求または自己実現の欲求に移っているわけです。

したがって、アメとムチを使った命令統制で、従業員をやる気にさせることは難しいことになります。

従業員が、それらの高次な欲求を満たす機会を与えられないと、命じられたことしかやらなくなったり、怠けたりするようになります。責任を回避し、現状を改めることを嫌うようになります。それどころか、扇動者に付和雷同し、不当な賃上げを要求するようにもなります。