リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。
この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。
戦略を立てるからには、今日の行動が将来の成果にどうつながるのか、説得力のあるストーリーで戦略を語って信頼を勝ち得なければなりません。
戦略のロジックは、冷静で懸命な人が納得できるものであることが必須条件です。直面する課題にどう取り組むのか、論理と論拠と証拠を示すことが必要です。
戦略は、十分な根拠に立脚した基本構造を持ち、一貫した行動に直結するものでなければなりません。この基本構造を「カーネル(核)」と呼び、次の3つの要素から構成されます。
第一は「診断」です。状況を診断し、取り組むべき課題を見極めます。死活的に重要な問題点を選り分け、複雑に絡み合った状況を明快に解きほぐすることが必要です。
何が問題なのか、何が障害物になっているのかを把握していれば、どんな戦略が可能なのかがより明確になります。
第二は「基本方針」です。診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示します。
第三は「行動」です。基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動です。すべての行動をコーディネートして方針を実行します。
第二の「基本方針」を戦略と称している企業が少なくありません。しかし、診断しないと、どのような方針が可能が、比較検討して選ぶことができません。また、基本方針に沿って行動を起こしてみないと、その方針が現実に実行可能かどうかを確認することもできません。
企業が取り組むべき課題は変化や競争への対応であることが多いので、状況を診断して課題の本質を見極めることが先決です。
診断がついたら、最も効率的かつ効果的に対処するための方針を決め、一連の行動とリソース配分をデザインし、方針を実行に移します。
診断に基づいて解決策を何通りか考え、その中から最善と判断したものを選び、具体的で一貫性のある行動計画に落とし込んでいきます。
大規模な組織の場合、時代遅れの業務慣行、官僚主義、既得権益、縦割り組織、旧態依然の経営手法など、内部に深刻な問題を抱えていることも少なくありません。こうした問題点を見極め、組織改革や組織再生の基本方針を打ち出し、人事の刷新や業務手続きの見直し、権力構造の解体・再編など一連の行動をとることになります。
なお、新しい戦略はあくまで「仮説」です。新しい取り組みであるからこそ戦略が必要であると言うこともできます。仮説の実行は「実験」に相当します。実験結果が判明したら、何がうまくいき、何がうまくいかないかを学習し、戦略を軌道修正します。
診断
戦略策定作業の多くは、何が起きているのかを洗い出し、状況を完全に把握することです。それができて初めて、何をするかを決めることができます。
問題の兆候が現れたときに、それがどの程度深刻なのか、他にもっと深刻な問題が隠れていないかを考えなければなりません。
診断とは、悪い箇所を特定し、病名をはっきりさせることです。断片的な兆候や症状からパターンを割り出し、どこに注意を払い、どれはあまり気にしなくてよいかを選別します。
診断は、すでに認められている枠組みとの類似性や共通性の形で示されることが多く、適切に診断できたときは、複雑な現状が整理され、よりシンプルな形で提示されますので、どこに注意を払うべきかが分かりやすくなります。
的確な診断は、単なる状況説明で終わらず、本当の問題を明らかにしますので、必要な行動を自ずと示し、解決に向けて前進することが可能になります。
優れた診断は、状況に対する全く新しい見通しを示してくれます。置かれている状況を従来と異なる角度から見ることによって、診断の結果は全く違うものになり、重大な戦略転換がもたらされることも少なくありません。
信頼できる診断が下されれば、従来の戦略を評価できるようになるので、それを軌道修正したり、状況に応じて方針転換したりすることも可能になります。
ところが、多くの場合、ある現象のみに焦点を当て、それ以外を棚上げして結論を出そうとするので、人によってまちまちな結論が主張され、どれも行動につなげることができません。各人の知識や経験に基づく憶測の域を出ず、結論が正しいかどうかを検証できないからです。
3つの課題
ルメルトの戦略においては、「問題」という言葉と「課題」という言葉が混在して使用されています。
ルメルトによると、「問題」は解決すべき困難な状況を想起させますが、「課題」は大きなチャンスでも生じるといいます。
「問題」を解決するための戦略においても、そのために実現すべきことが「課題」とみなされますので、戦略の議論では「問題」より「課題」が相応しいという見解を『戦略の要諦』で述べています。
ルメルトによると、戦略課題は大雑把に分けて3つの形をとるといいます。「選択に関する課題」、「工学設計上の課題」、「途方もなく困難な課題」の3つです。
選択に関する課題とは、選択肢がすでに明らかになっているものの、不確実性や数値化できない要素があって選ぶのが難しい状況のことです。例えば、大規模または長期の投資や契約をすべきかどうかという選択です。
工学設計上の課題とは、何か全く新しい製品や構造物を構想するケースで生じます。この場合、あらかじめ用意された選択肢が存在しない場合もありますが、現代工学の力によって様々な負荷の精緻なシミュレーションが可能になっています。
途方もなく困難な課題では、用意された選択肢がなく、設計をテストする工学的モデルもありません。解決策が存在するかどうかさえ定かでなく、行動と結果の因果関係も予測困難です。
こうした手強い課題に取り組むときは、「一体何が起きているのか」、「解決を困難にしている最大の原因は何か」、「どの障害物は取り除けそうか」、「どの制約は緩和できそうか」など、その課題の本質を見極めることが重要です。
基本方針
基本方針は、診断によって判明した障害物を乗り越えるために、どのようなアプローチで望むかを示します。目標やビジョン、願望の表現ではなく、難局に立ち向かう方法を固めるものです。
「基本」という言葉のとおり、大きな方向性を指し示すだけで、具体的に何をすべきかを逐一教えるものではありません。
こちらの行動がどのような反応を招くかを予測したうえで、行動を一定の方向に導きます。一貫した行動によって決定的な一点に努力を集中し、他の選択肢を排除し、逸脱を防止します。
決定的な一点とはアタックするポイントであり、強みあるいは優位性を発揮しうポイントです。
その意味で、良い基本方針は、埋もれていた強みを引き出し、あるいは新たな優位性の源泉を開発して、難局を打開しようとするものです。
戦略的優位があれば、リソースや行動の効果を何倍にも大きくすることができます。
困難を解決する方法はおそらく何通りもあるでしょうから、複数の選択肢から最善策を選びます。チーム内で出された案を、すでに分かっている事実や知識と照らし合わせ、うまく行かない提案は却下します。
行動
戦略は行動につながるものでなければなりません。すべての行動を書き連ねる必要はありませんが、具体的に何をすべきなのかは明確にしなければなりません。
より大きな効果をあげるためには、調和と連携がとれ、相互に補い合い、組織のエネルギーを集中するような一貫した行動が必要です。戦略の極意は、本当に重要な問題を見極め、そこにリソースや行動を集中することにあります。
戦略のカーネルから導かれる行動であればこそ、リソースの配分、具体的な行動計画、実際の行動が噛み合って、矛盾や対立がなく一貫したものとなります。行動の一貫性は組織にとって自然発生的なものではなく、どのリソースをどの行動に割り当てるかの設計が不可欠なのです。
手掛ける製品を絞り込み、それらの製品に何が求められるかを深く理解し、高い品質を維持すべく努力して、信頼を高めます。
専門分野に特化した企業では、深く狭い領域にフォーカスし、製品範囲の無計画な拡大や成長のための成長を避けます。
規模が大きく、多様で複雑な組織の場合、何かに特化した企業と同じような一貫性を追求するのは無理があります。その分、リソースの厚みで補う必要があります。
大きな組織の場合、行動計画を立てる際に最小限の一貫性を保てるようにすべきです。互いに矛盾する行動をとってはいけません。
戦略において明らかになった優位性の多くは、一連の行動の一貫性によって現実化します。様々な行動のコーディネーション自体が一つの優位性となって、相乗効果を生みます。
最も優先すべきことを決めるのは、戦略を立てる中で最も困難な作業です。多くの場合、苦痛を伴う選択を避けたいという気持ちが、一貫した行動を妨げます。盛りだくさんの「やることリスト」をつくり、全てを達成したがりますが、それは単なる願望に過ぎず、行動にはつながりません。
この場合の現実的な方策は、目標と達成期限に優先順位をつけることです。一貫性のある目標を選別し、残りは少なくとも当面後回しにするといった対応を考えるしかありません。
リーダーは、それぞれに異なる価値観を持ち、それなりに妥当な主張をする様々な利害関係者に対して、きっぱりとノーと言わなければなりません。これが一貫性を押し通すことの代償です。
行動をコーディネートするには、「近い目標」を立てるのも良い方法です。「近い」とは、とりあえず実現可能な目標を意味します。近い目標によって、問題の解決策を行動に結びつけることできます。
以上のような説明を聞くと、戦略とは中央統制型経済のようであり、近年の権限委譲とは逆行するように思えるかもしれません。中央統制型経済が非効率であることは歴史が証明していますが、権限委譲ですべてが解決するわけでもありません。
行動の主体がそのコストを引き受けない場合、あるいは利益を手にできない場合、権限委譲はうまく機能しません。意思決定や行動をうまく擦り合わせないと利益が得られない状況では、とりわけ調整が難しくなります。
そうはいっても、中央で指揮をとるより現場に任せたほうがうまく行くことは少なくありません。中央司令型は現場の知識や経験や専門性と対立し、思わぬコストを強いられることがあるからです。
「全社一丸となる」戦略は、得られるメリットが大きいときに限るのが賢いやり方です。何をやるにも全部門の行動を統率するというやり方では、現場に活気がなくなってしまいます。
通常の活動はそれぞれの部署に委ね、ここぞというときに行動を一点集中するのが賢い戦略であり、賢い組織です。