戦略思考に役立つテクニック − ルメルトの戦略論㉔

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

戦略を練り上げるときは他人の視点に立つことが必要です。目の前の状況が、例えば、ライバルの目あるいは顧客の目にどう映っているか考えてみるのです。

しかし、その前に大事なことは、そもそもどうやって戦略を考えるのか、自分自身の思考法について振り返ることです。

人間は自分の思考を意志の力で完全にコントロールすることはできません。考えというものは、大半が、意志の力でひねり出すというよりは、思いつくものだからです。

次々に戦略を考えついたとしても、どうしてその考えが出てきたのかを振り返ることは滅多にありません。しかも、その戦略が正しかったのか、事後に検証しないことも少なくありません。

したがって、そのような人間の思考に関わる特徴を理解したうえで、より良い戦略を練るために役立つ思考法を身につける必要があります。

戦略策定においては、直面する課題の複雑さや困難さをまるごと受け止めたうえで、課題の最重要ポイント、すなわち成否を決する勝負どころを見極めるセンスを養わなければなりません。

忍耐力は殊の外重要です。錯綜する問題の闇の中に最初にかすかに差し込む光に飛びつきたいという誘惑があまりに強いからです。

目先のことや最初の思いつきに迷わされずに自分の考えを導いていくための習慣を身につける必要があります。

外から押し寄せる難題を解決するだけでなく、組織が健康体であるように注意を払い、内部崩壊を防がなければなりません。

いくつもの問題を抱える場合、組織の目的と戦略を立てる自分自身の野心とのバランスをとることも必要です。自分と他のステークホルダーとでは、野心も価値観や信条も違うことをわきまえなければなりません。

方針と行動の一貫性を保ち、多過ぎるイニシアチブや両立不能な目的を同時に追求して努力を水泡に帰すような愚を避けなければなりません。

第一は、近視眼的な見方を断ち切り、広い視野を持つための手段を持つことです。リストは良い方法です。第二は、自分の判断に疑義を提出する習慣をつけることです。第三は、重要な判断を下したら記録に残す習慣をつけ、事後評価をして反省材料として活用することです。

さらに、いくつかのテクニックがあります。

リストを作成する

リストの作成など極めて初歩的な取り組みのように思えるでしょう。しかし、リストそのものから何かを得るというよりも、リストを作るという行為が重要です。

複数の目標があるとき、標的を定められたミサイルを次々と発射するように、次々に目標を達成していけると考えるのは、単純に過ぎます。

人間の認識能力には限りがあります。一つのことに注意を向けると、それ以外のことは見えなくなってしまいます。人間は目先のことに気を取られ、もっと大切なことを忘れてしまうことがあります。

作るべきリストは、単に重要な問題のリストではなく、単なる「やることリスト」でもありません。重要であって、かつ実行可能な課題のリストです。

その中から最も重要な目標を選び出し、どうやってそれを達成するかについて熟考することに価値があります。

経営者は、日常業務に取り紛れていると、重要な課題が埋もれて見えなくなってしまいます。そのようなときに、リストが役に立ちます。

改めて、目標、強みや弱み、直面する課題などに思いを巡らし、その埋もれていた重要な課題が引っ張り出され、自社の置かれた状況を思い出させ、いま何をすべきかを考えさせるのです。

リストの作成は、認識能力の限界を乗り越える手段です。リストがあれば、忘れてしまうことを防げます。リストを作る過程で、抱えている問題の相対的な緊急度や重要度を天秤にかけることができます。「今やるべきこと」が明確になれば、問題解決に向けた行動を起こせます。

認識能力の限界や先入観、目先の問題にとらわれがちな近視眼的傾向を克服することは、根本的に重要です。

戦略的になるということは、近視眼的な見方をなくすということです。ライバルより広い視野を持つことです。競争相手が何をしているか、何をしていないか、常に認識していなければなりません。

だからと言って、遠い将来を予見する必要はありません。事実に基づいて、産業構造やトレンド、競争相手の行動や反応、自社の能力やリソースを観察し、自分の先入観や思い込みをなくしていきます。

第一感を疑う

良いアイデアは、手順通りにやったら出てくるというものではありません。アイデアを出すためのツールが出回っていますが、ツールは方向を示す役割は果たしてくれても、最後はどこからともなく湧いてくるのがアイデアのアイデアたる所以です。

多くの人は、まず問題の所在を突き止め、次にその解決策を提案するアプローチをとりますが、その後で最初の段階に戻り、それ以外に大きな問題はないかを見直す人はほとんどいません。

ところが、全員が同じ情報を手にしながら、各人が注目する問題点は多種多様です。ほとんどの人は自分が最初に注目した問題にこだわり、それを解決する戦略を提案します。

第一感は正しい判断につながることが多いものの、常に正しいと思い込むのは間違いです。状況によって熟考すべきであることは、認めなければなりません。多くの調査が、人間の判断は瞬時であれ一ヶ月の熟考後であれ、誤っていることが多いとの結論に達しているといいます。

第一感に頼るべきでないケースとしては、ある出来事が起きるかどうかの確率に関する判断、自分自身の能力と競争相手の能力との比較、因果関係の立証などがあげられます。

確率予想では、経験を積んだ専門家でさえ、先入観にとらわれがちです。多くの人が、広範な統計結果よりも印象的な事例に目を奪われます。自分の能力は過信しやすいものです。

生データからの推論では、人間はランダム分析のときでもパターンを見つけようとします。単なる相関関係を因果関係と誤認しがちです。自説に反する情報は見落としたり、見ないふりをしたりします。

人は複雑な問題に直面したとき、大抵は当惑します。変数が多く、未知の要素が多いと、どのような行動をとるべきか、選択肢も分からないし、ある行動をとったときの結果も読めません。何が問題なのかさえ、はっきり分かりません。

そんなとき、最初に閃いたアイデアは、溺れる者にとっての藁と言えます。一旦飛びついてしまうと、もっと良いものがすぐそこにあるかもしれないのに、もはや気づかなくなるのです。

そのため、人は何かを思いつくと、それを正当化することにエネルギーを使い始めます。自分の考えを厳しい目で検証するという苦痛な作業を逃れようとし、最初の判断が正しいのだと理屈をつけ、自分が嫌な作業から逃げたことを意識さえしません。

このような無意識の罠にはまらないようにしなければなりません。問題にどう取り組むか自分で選び、自分の考えの道筋を自分で導かなければなりません。

自分の考えを自分で疑い、検証できることこそが、戦略思考の極意です。

カーネルに立ち返る

カーネルとは、良い戦略に備わる3つの要素(診断、基本方針、行動)です。

困難な状況に直面したとき、3つの要素が揃った戦略をすぐに考えられる人はまずいません。おそらく最初に思い浮かぶのは、どれか一つの要素だけです。

アイデアが思い浮かぶプロセスは自分でコントロールできないので、どれか一つでも思いつくのは悪くありません。

カーネルの存在は、戦略が一つの要素では成り立たないことを思い出させてくれることに意義があります。

カーネル自体が首尾一貫した一つのロジックですので、カーネルに立ち帰れば、最初は一つの要素しか考えられなくても、そこから他の要素へと思考を拡げていくことができます。

ただし、ルメルトが勧めるのは、診断から始め、基本方針、行動計画へと進むことです。経営者はすぐに「どうしたらいいか」を聞きたがりますが、状況診断が先なのです。

最初の案を破壊する

多くの人は最初のアイデアにこだわり、その派生バージョンしか考えようとしません。

最初の思いつきで戦略を立てる悪癖を直す方法は、一つの戦略で満足せず、別の戦略を探すことです。もう一度状況をじっくり見て事実を確かめ、診断するところから始めます。

別の戦略案は、最初の案の弱点を克服できる案でなければなりません。最初の案の弱点をえぐり出し、矛盾を見つけ出して「破壊」するというステップが必要になります。

とはいえ、自分のアイデアを破壊するのは容易なことではありません。そこでルメルトが進めるのは、「バーチャル賢人会議」です。

これは、自分が師匠と仰ぐ人たちの集まりで、自分のアイデアを批判してもらいたいとき、あるいは新しいアイデアの刺激を与えてもらいたいときに、バーチャルで対話をするものです。

このやり方がうまく行くのは、人間に内蔵されたソフトウェアは、理論やツールよりも個性と価値観を持った生きた人間の言葉をより良く認識し、記憶するようにできているからです。

判断力を鍛える

企業経営のかなりの部分では、人について判断しなければなりません。とりわけ重要なのは、人々がどう行動し、どう反応するかを予測的に判断することです。

判断力は練習すれば向上します。そのための有効な方法は、自分の判断を書き留めておくことです。

自分の判断を明確にするためには、どれが重要で、どれがそうでないかを篩い分ける作業が必要になります。特に状況診断に関する自分の判断を確定し、書き留めておけば、他の人から違う判断が示されたとき、そこに学習の余地が生じます。

このやり方は会議でも使えます。今日の会議ではどんな点で議論が紛糾しそうか、そのとき誰が賛成し、誰が反対に回るか、自分の判断を前もってメモしておくと、自分の判断力を評価し、鍛えることができます。

いくつかの要因が変化したら、戦略の効果にどのような影響が及ぶのかを見越しておくことも重要です。そのためには、「何をするか(What)」から「なぜそれをするのか(Why)」へと視点を移す必要があります。方針を決めることよりも、方針を決定づけるような要因、特に懸念すべき問題点を見つけることに比重を移すのです。

自分の目を外に向ける

数学者は、何世紀にもわたって、公理系の学問(幾何学、代数など)では真実か誤謬のどちらかしかないと信じていました。

しかし、1931年にウィーンの数学者クルト・ゲーデルが「不完全性定理」を発表し、ある公理系が無矛盾ならば証明も反証もできない命題が存在することを示しました。その命題の真偽を判断するには、系の外の知識を援用しなければなりません。

このことは人間にも当てはまると考えられます。たとえば、直近の株価の動きだけに基づいて投資を行う場合、参照する情報は株価のみという閉じた系の中で投資判断が下されることになります。その系を支えるのは、「市場は正しい」という「公理」です。

このように系を閉じてしまうと、本来持つべき様々な疑問に目が向かなくなってしまいます。

自分の目で系の外を見ることが必要です。上記の例では、株価の動き以外に起こり得る疑問を見つけ、その答えを系の外で探さなければなりません。

現在の多数意見や趨勢に無定見に従うのではなく、深い知識や普遍的原則を探す必要があります。

群れる心理と内部者の視点

数々の人災は、判断と行動における5つのヒューマンエラーの相互作用によって引き起こされると言われます。

第一は、システムの設計限界を超えるエラーです。システムの設計段階で事前に想定できなかったため、解析不能のエラーが起こることがあります。

第二は、長い間波が穏やかだと、何の危険もないと錯覚しやすいことです。過去が順風満帆であれば、それに基づいてシステムが設計されます。このようなシステムは、嵐が来れば対応できません。

第三は、多くの企業や個人に、自らリスクを求めるインセンティブが働く場合です。うまくやれば自分は大儲けでき、他人は大損するのであれば、人はリスクシーカーになります。

第四は、群れる心理の存在です。どうしたらいいか分からないとき、他人のやり方を真似たくなります。しかし、全員がそれをすると、誰もが全く根拠のない行動をとることになります。「本当のことは誰かが知っている」と思っても、実際には誰も知らないことがあるのです。

第五は、「内部者の視点」、すなわち、妥当な関係情報を無視する傾向のことです。自分自身や所属集団、プロジェクト、会社だけが特別で別格の存在になり、外部の客観的な統計データなどを無視しがちになって、「自分(わが社)だけは大丈夫」と思ってしまうのです。

常に全体図を頭に入れ、冷静な判断を下すことを心掛けることによって、これらのエラーやバイアスをいくらかでも和らげる必要があります。現実を直視し、群れの大合唱を否定するデータに目を向け、歴史や他社の教訓から学ぼうとしなければなりません。