変化のうねりに乗る − ルメルトの戦略論⑫

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

古典的な軍事戦略では、防御側は高地をとるのがよいとされます。高台は攻めにくく守りやすいからです。高地は非対称な自然条件を作り出し、防御側を優位にします。

ここで重要な問題は、有利な高地をどうやって奪取するかです。有利な高地ほど手に入れるコストが高くつきます。

未踏の高地を手に入れる最も確実な方法は、自前のイノベーションによって高地自体を作り出してしまうことです。

驚異的な技術革新あるいは画期的なビジネスモデルは、新しい高地を作り出し、競争相手が押し寄せてくるまでは、何年も富み栄えることができるでしょう。

もう一つの方法は、変化のうねりに乗ることです。変化のうねりは、テクノロジー、コスト構造、競争、買い手の意識や嗜好、政治など様々な要素の変化が積み重なって形成されます。

変化のうねりが押し寄せるとき、全く新しい戦略が可能になります。業界の構図がどう変わるのかを見極め、高地になりそうな方向を狙ってリソースを配分し、上手に波に乗ることです。

今日では変化のペースが速くなっていると言われますが、ルメルトによれば、実際、ほとんどの産業は、ほとんどの時代を通じて極めて安定しているといいます。ちょっとした変化はいつの時代にもあり、今日の変化が過去と比べて極めて大きいという見方は、歴史を無視しているといいます。

変化のうねりが過ぎてしまうと、その影響は誰の目にもはっきりしますが、変化を活かすにせよ影響を免れるにせよ、そのときでは遅すぎます。変化のうねりが形成される早い段階で気づいて手を打たなければなりません。

大事なのは予測ではなく、過去と現在に目を凝らすことです。数え切れないほどの変化とそれに対する調整とは毎年のように起きていますが、その中から大きなうねりができていく兆候を読み取り、パターンを見抜き、そこに働いている原動力を理解することが必要です。

表面的な現象から一歩踏み込んで、目につく影響を引き起こした根本原因を探り、波及的・二次的な変化の兆候を見逃さないことが大切です。

変化の原動力を見極める

何か本質的な変化が始まっているかどうかを見極めるためには、重要な細部に目を凝らす必要があります。

「変化のうねりが形成されているのではないか」という勘が働いたら、専門家に質問して恥ずかしくない程度まで知識をかき集め、真摯に教えを乞うことです。

重要なのは、表面的な現象にとらわれず、その下で働いている原動力や力学を見極め、その波及効果を感じ取ることが欠かせません。

うねりを察知するためのヒント

平穏無事なときには戦略策定の手腕はあまり目立ちませんが、変化のうねりがやって来るときには戦略がモノを言います。

幸いにも、経営者は変化の原動力を完全に理解する必要はなく、競争相手より正しく理解できれば十分です。

変化がまだはっきりした形をとっていないうちに霧の中に踏み込み、競争相手より10%でも多くを読み取ることができれば、優位に立てます。

変化のうねりを察知するための手がかりは、次のとおりです。

固定費の増加

製品開発コストの増大が、変化を引き起こす要因として最も単純なものです。このコストがかさむようになると、大手でなければ耐えられなくなるため、業界の合従連衡が進みます。

規制緩和

多くの変化が、政府の重要な方針転換から始まっています。とりわけ影響が大きいのが規制緩和です。

価格規制は一部の買い手に補助金を出して他の買い手を犠牲にします。規制が外されて価格競争が勃発すると、こうした不公平は解消するものの、それまで規制や補助金の恩恵を被っていた事業者は、有利でなくなってからもすぐには方向転換できません。

その原因は、業務にも意識にも慣性の法則が働くからです。補助金を受けてきた企業は自社のコストをきちんと把握していないことが多いので、コストのデータが乏しく、それどころか原価と価格を正当化する複雑な体系を作り上げ、本当の原価が分からなくなってしまうようです。

こうした企業は、過去の規制に基づく固定観念から抜け切れず、有望な製品群を打ち切って将来性のない製品群にしがみつくといったことをしがちです。

将来予想におけるバイアス

変化のうねりがやって来ると、その先どうなるのか、誰もが必死に予想しようとします。このときに「将来予想のバイアス」が横行します。

ある製品の売れ行きが好調だと、「もっと伸びる」と予想するのが普通です。いずれピークが来ると思っても、それがいつなのかは伸びのペースが鈍化するまで分かりません。

変化の大波が押し寄せると、多くの人は、巨人同士が価格競争や開発競争をするので、体力に乏しい中小企業は押し出されると予想しますが、これが常に正しいとは限りません。

変化のうねりに襲われると、とりあえず今成功している企業のやり方に従えばよいとも考えがちです。現在の勝ち組がそのまま将来も勝ち組になるか、少なくとも将来の勝ち組は現在の勝ち組に似ていると考えてしまうのです。これもまたバイアスです。

既存企業の反応

変化の大波が押し寄せてきたときは、既存の大手がどう反応するかが重要なポイントになります。

一般に、スキルや経験を蓄積し、確固たる基盤を持つ大企業ほど、それらを揺るがしかねない変化に抵抗すると考えられています。

収束状態

変化の力学について考えるときは、収束状態を見通すとよいでしょう。新しい技術や構造変化に直面した産業がどのように動いていくべきかを考え、どこに落ち着くかを予想します。

動いていくべき方向は、効率化の方向です。買い手のニーズと需要に可能な限り効率的に応じられる方向へと変化は進みます。それは企業の願望を表すビジョンとははっきり一線を画します。

産業の収束状態を明確に描き出せるなら、変化の波に乗りやすくなります。

収束状態を分析するうえでは、促進要因と阻害要因を見極めることが役に立ちます。

促進要因の一つには、ルメルトが「示威効果」と呼ぶものがあります。従来の認識や行動を覆すような証拠や事実が明らかになることの効果です。

阻害要因としては、政府の規制が典型的です。